契約の為に③
「インシニレイト!」
前方に浮かんでいるウンディーネの体に炎がまとわりつく。体が水分でできているのでブシュブシュと音を立てて蒸発していく。空中に浮かんでいる氷の針もその温度によって溶けているものもあるようだ。
「さぁ、行ってきて。私の為にっ!」
ブオンッと大きな音を立てて魔槍をウンディーネに向かって投擲するとそれで遊ぶかのように炎の大蛇が飛んでいく。
『!!』
フルールが投げたのはイフリートの魔槍。悠仁が使うのは知識の集積によって作られた温度なのに比べて、こちらは自然の頂点。際限なく上がるこの魔槍の温度は水が生命線であるウンディーネからすると脅威である。コンセントレーションもあり反応速度が上がっているフルールの攻撃を避けることは叶わないと判断したのか水を浮かべて防ごうとした。
パァァァァアアアアアン!!
水蒸気が辺りに広がる。目の前が真っ白になるが、相手を認識してから投擲した魔槍はただの水では抑えることができずにそのまま全てを蒸発させて突き進んだ。
『アアアアァァアアァァアァアァァァァ!!!!』
悠仁のインシニレイトでは発しなかった悲鳴を上げる。ただの契約の為の戦闘であるにもかかわらず命の取り合いをしているように感じてしまう。
「まだまだっ!」
「……ちょっと、お手伝い。」
フルールの攻撃が到達する前にステラがスクロールを広げる。
「エアバインド」
水蒸気で見えなくなったことで攻撃が当たりにくくなったので、それを補完するためにウンディーネの動きを制限したようだった。それの効果があったのかなかったのかは分からない。しかしフルールのそれは確実に命中した。
バンッ!!
水が急速に水蒸気になる音が聞こえる。水蒸気の向こうでは炎の大蛇が大口を開けてウンディーネに噛みついたのだろう。それが容易に想像できる、そんな音だった。もう悲鳴すら聞こえない。
「ガストッ!」
ステラが水蒸気を吹き飛ばす。攻撃の効果を確認するための物でもあったのだが、水蒸気の向こうでは驚きの光景が広がっていた。
「おお…。」
カインが声を上げる。それもそうだろう。目の前に見えたのはウンディーネだったが、その体は小さくなっておりなにより驚いたのが湖の水が減っていることだった。人間が見てはっきりとわかるくらいに量が減っているとなると相当な量である。この肌にまとわりつくような湿気の理由はそれだろう。コンセントレーションの効果は既に切れているので相手は等速に見えるが、その心配がないほどに弱っているようにも見える。
(油断は禁物、こういった時に足元は掬われる…)
悠仁は魔導書に指を走らせる。先ほど貯め込んだ魔法の魔力を2回分、杖へ送り込む。
(相手は弱ってる、ここでこれを使えば更に…!)
「Yujiさん!」
フルールの声が響く。視線を向けるとフルールは掌をこちらに向けて制止する姿勢を取っていた。既に魔法の発動直前だった悠仁はすぐにその対象を湖自体へ向けた。
ドォォォォオオオオン!!
水の中で高温の物体が出現したせいで大爆発が起きる。辺りはさながら大雨だ。
「フルール?」
「多分、もう大丈夫です。」
フルールがそういうので悠仁達はウンディーネに視線を移すとまるで子宮の中にいる胎児のように球体に包まれている状態だった。守りに全力を割いているようで攻撃する気配はなかった。そのままじっと姿を見守っていると空中に浮かんでいる水の球体がぶくぶくと泡を立て始め、弾けた。
『……いいでしょう。』
中からは一番最初に会った時と同じ大きさのウンディーネが現れた。
『さすがに能力の落ちた状態で貴女方を相手にするのは分が悪かったようです。ですが、約束です。私の力を貸し与えましょう。エレメンタリストの貴女、前へ。』
そういわれて、静寂の中フルールは足を進めて前へ出た。鎮痛剤の効果が切れてしまったのか足を引きずりながらの歩行だった。
『少し苦しいですよ。』
ウンディーネはそう前置きをして自身の体から水を抜き出して球体を作り出してフルールをその中に入れ込んだ。どう考えても水なので呼吸などできない状態だろう。そのまま1分2分と時間が経っていく。最初は平気そうだったフルールも段々とじたばたし始める。呼吸ができなくなれば当然だろう。
「あいつっ…!」
「カイン!待てっ!!」
フルールに危害を加えようとしていると判断したのかカインが武器を持って前へ出ようとしたところを悠仁が制止する。
「前にイフリートと契約した時の話を聞いただろ。多分これも契約の一部だ。ウンディーネ自身も痛みが伴うって話だったしもう少し様子を見よう。」
「……お前がそういうなら…。」
流石に悠仁がフルールに危害を加えるとは思わないカインは、長年のよしみもあって悠仁の言葉に従う。ただ心配そうに前を見つめていた。フルールの動きも段々と激しくなってきて、それが分かっていても命の危険があるように見えるレベルになってきた。そして…。
「………」
動きが止まった。
「さすがにあれはまじぃだろっ!!」
カインが走り出す。しかし。
ブシャァアァァアア!!と地面から水柱が上がった。それがカインの足をすくってカインは強かに背中を打った。いつものカインならそこから受け身を取ることもできたのだろうが、さすがにこの戦闘後には難しかったのだろう。
『下がりなさい。契約の最終段階です。』
カインに冷たく言い放つ。カインは尻もちをついた状態でウンディーネを睨みつけた。そしてウンディーネはそんなことどこ吹く風でフルールのことを見つめている。
『さぁ受け取りなさい。…あいつがいるのは気に入らないけど、あいつが認めるなら大丈夫でしょう。』
その言葉の後、球体の中にいたフルールの体がびくんと跳ねる。左目が輝きだして数度ビクンビクンと体を震わせた後遂に水の中から解放された。
「ぐっ、ゴホッゴホッ…うぇっ……」
水の中から解放されたフルールは大量の水を口から吐き出す。壊れた球体とフルールの吐き出した水が辺りの土を湿らせていく。
「お、おいっ大丈夫か!」
カインが立ち上がってフルールに駆け寄る。肩に手を乗せるとその手にゆっくりとフルールの手が重なった。
「だ…ゴホッ…大丈夫…。このくらい…。それよりも足の方が痛いわね…。ゴホッゴホッ…。」
咽ながらカインを心配させまいと返事をする。
「お、お前、その目…。」
「え?」
フルールが左目を押さえる。押さえた瞬間、何かスイッチを押したかのようにちょろちょろと涙のような水が流れ出した。
「あ、あれ…?あれ?」
「おいおいおい…ちょっと見せてみろ…。」
カインがフルールの目を見る。心配になった他のメンバーもフルールに近づいて様子を見てみると。
「ま、また目の色が…変わってる…。」
アリスも何かあったら回復をしようとして近づいていたが、その目を見て口元を手で押さえる。
『その目の変化が精霊の力を貸し与えた証拠です。これより貴女はこのウンディーネの力を行使することができます。あいつと一緒に貸すのはちょっと癪に障りますが、それはいいでしょう。』
「そ、それはどうも…。」
フルールは咳をしながらそれに応える。
『では私はこれで。まだほかにも汚染されている水のせいで助けを求めている眷属たちがいます。貴女方も気を付けなさい。』
そういってウンディーネは湖の水へ消えていった。
「あいつ…やることやって言うこといってさっさと消えやがったな…。ってそれよりもお前その足…。」
「あ、あぁ、これね。正直に言うとすごく痛いのよね…。歩けそうにないし、ちょっとおんぶしてよ。」
「おう任せとけ。ほら乗れ。」
そういってカインはしゃがんでフルールの方に背中を向ける。フルールとしては冗談だったのか少し恥ずかしそうに頬を掻いて周りを見ている。さすがに冗談とはいえ頼んでしまって好意でやってくれていることを無碍にするのは気が引けるのだろう。仕方なく赤面しながらカインの背中におぶさった。
「ほら、痛くねぇか。歩くぞ。すまねぇミーナ、ちょっと先導してくれ。」
「…わかったわよ。ほら、行くわよ。」
そういって帰りはミーナ先導の下森から抜けることになった。
契約は成った。それなのに勝ち鬨のひとつも上がらないのは、全員がフルールの足のことを考えていたからだろう。得たものと引き換えにしたものを数えるには、まだ少し早かった。
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――ヒュルテの森外縁部
「ちょ、ちょっと。なんか自分でいうのは少し嫌だけど重かったらおろしていいのよ…?」
「こ、これくらいなんともねぇさ…。悠仁だってやったんだ…。」
フルールが心配そうにカインに声をかける。もうそろそろ馬車まで着くとは言え足はプルプルしており、進行する速度もかなり遅くなっている。戦闘後に人一人を背負って足場の悪い森の中を歩くのは少し無理があるのだろう。
「よくもまぁそんなこと覚えてるな…。別に俺の場合は重くなかったけどな…。距離が長かっただけで…。」
「そ、その節は大変ご迷惑をお掛けしました…。」
アリスが恥ずかしそうに頭を下げてくる。まだ悠仁達がヴァリエスタを拠点にして冒険をしていたころ、草原に倒れていたアリスを悠仁が背負って街まで運んでいたのだ。
「いや、あのまま放っていくわけにはいかなかったからな…。ま、そのおかげで今こうして冒険ができてるんだ。あの苦労は価値がある苦労だったよ。」
「……あら、かっこいい。……なら、私の依頼にも、価値があった?」
それを聞いたステラがとととっと距離を詰めてくる。
「そ、そうですね。そう言えます。ステラとも冒険ができてよかったなって思ってますよ。」
「……ふふ。……嬉しいこと、言ってくれるね。」
どうやら満足のいく答えだったようだ。こういう時に間違えた選択肢を押してしまうと後後大変なことになるのは現実世界でも同じである。
「ほら、世間話してないで。着いたわよ。」
ミーナががさがさと音を立てて木から降りてくる。その体は少し血が付いていて、悠仁達の知らないところで少し戦闘があったことを示していた。恐らく先行して単独行動をしている敵を倒してくれていたのだろう。おかげで悠仁達は戦闘をしなくてすんでいた。
「あぁ助かった。索敵と邪魔の排除ありがとな。」
「ま、それが仕事だからねぇ。」
礼を言われて少し得意げになったミーナが血の付いた短刀をくるくると回転させている。
「さぁ、やっと帰れるぞ。」
「疲れましたねぇ…。」
悠仁が馬車に近づくとアリスも馬車の横でへにゃへにゃと崩れ去ってしまう。目立たないが戦闘中常にバフのかけ直しや細かい回復を行って、更に防御魔法の展開までしているとなると精神的な疲労は相当なものだろう。
「お疲れアリス。今回も助かった。」
「いえいえ、私は後ろに引っ込んでいるだけなので。」
「みんなアリスには感謝してるんだ。そこは胸を張ってもらわないと困るな。」
「そ、そうですかね…。」
手放しでほめられてアリスは照れている。だが、いつもそれだけの仕事をしているのだから褒められて然るべきだろう。
「ほら、下ろすぞ。」
「うん、っつつ…。」
カインの背中から降りたフルールはさすがに足が痛そうだ。それはそうだろう大腿部に穴が空いているのだから。
「ここから先は街に戻るだけだ。馬車の中にいとけ。」
「はぁ…。わかった。」
さすがに言い返す言葉もないようでフルールは馬車の荷台に乗り込んだ。アリスもそれの様子を見るために荷台に乗り込んでいった。
「お疲れ。」
「ま、体力仕事でお前にできて俺にできなかったら恥ずかしいからな。」
カインは悠仁に差し出された拳に自分の拳を突き合わせる。
「色々問題は山積みだけど、とりあえずは一つ一つ解決していくしかないんだから街へ戻るか。」
「そうだな、あいつの怪我も早く治してやらねぇと後遺症が残るかもしれないからな。」
フルールのことを言っているのだろう。NPCがどんな後遺症が残るかなど分からないが、けがは早く治すに越したことはないだろう。
「そうだな、そうと決まれば出発だ。1日くらいかかるだろうけど、エディオル村によって食料の補充をしたらすぐに街へ帰ろう。大陸中央部へ行くのはその後だ。」
「あいよ。頼りにしてるぜマスター。」
色々と問題と用事が解決したが、更なる問題が発生してしまったことに少し悩ましい気持ちを抱きながらも悠仁達は馬車に乗り込んでウンディーネとの契約を果たしたヒュルテの森を後にした。
ウンディーネ(精霊)
水を司る精霊。大陸全土にいる水の精霊の頂点でありそれらを統括するものである。イフリートと同格の4大精霊として数えられており、水を自由自在に操ることができる。風の精霊シルフィードとの仲は良好で精霊でありながら互いに力を貸し合う関係にある。火の精霊イフリートとはあまり仲が良くない。温厚な性格と言われているが、それは精霊の中で、しかもイフリートと比べてということであり特に人間的な温厚さはなく冷徹なときの方が多い。水を汚すことは自分自身を汚されているのと同じなので度を超えた場合にはその場に顕れて全てを流し去ってしまうこともあるという。




