契約の為に②
「フルール、ステラ、相手は火属性に弱い。どれくらいダメージが入るかはわからないが火属性中心に攻めるぞ。」
「Yujiさんがそういうなら。」
「……わかった。じゃあ、次はこれで。」
悠仁の指示を聞いた二人はすぐに指示を反映した行動に出る。相変わらずウンディーネの攻撃は続いており、アリスはユニラテラルカーテンを展開し続けている。早く攻撃の手を緩めさせないとアリスの衰弱が凄まじいことになる。
「我が蒼炎 その權勢留まることを知らず 沸き立つ喊聲のように燃え盛れ」
ありったけの魔力を注ぎ込む。どうせ短期決戦なのだ、後先のことは考えない。そしてそれを察知したようにステラが目の前の霧を晴らす。
「ガストッ」
急な突風が巻き起こる。どうやらウンディーネと悠仁達の間で発動したそれは一部分ではあるが霧を吹き飛ばし視界を確保してくれた。ウンディーネの姿が露わになり攻撃対象が定まる。
「インシニレイト!」
空中に浮かぶウンディーネの体にまとわりつくように炎が出現する。その炎は高温で、ウンディーネの体からどんどんと水を蒸発させていく。
『ァァァアアァアアッ!!』
悲痛な悲鳴が森を揺らす。効果は十分なようだ。
「己の身をも焦がすその情熱を 天災にも等しきその灼熱を 我らの敵を滅す力と成せ」
「……行くよ。」
フルールとステラも効果があることを見てすぐに攻撃に出る。
「ペインフルフレア!」
「ブレイズ!」
レッドキャップの討伐時にも同じような光景を見た。炎属性が弱点である相手にとっては脅威であるこの魔法を、上位職である3人が放つのだ、ただで済むはずがない。魔法が発動し、ウンディーネの体が炎に包まれた次の瞬間。
ブシュゥゥゥゥッッ!!!
物凄い勢いで水が水蒸気へと変化していく。炎の向こうではウンディーネの悲鳴が聞こえており、攻撃が絶大な効果を発揮していることがわかる。
(このまま押し切れば…。)
相手は精霊、だが長期間の浄化作業において衰弱していると言っていた。それは事実なようで、汚染された土壌の中に入っている水分ですらも浄化していたウンディーネは相当衰弱しているであろうことがよくわかった。精霊がただの冒険者である悠仁達の魔法で悲鳴を上げることなどないからだ。攻撃の手も止んでいてアリスもユニラテラルカーテンを解いていた。
「このまま…っ!」
そう思って更に魔法を発動させようとする。他のメンバーもそれに合わせて少し展開しようとしていたその時。
『アァ…。ソンザイノキキ…ヒサシブリノコウヨウカン…。』
機械音のような声が響いてくる。急な変容に背筋に氷柱を突っ込まれたような感覚に陥ったメンバーは全員動きを止めてしまう。
『アァ…マモルマモルマモル…。ケガサセハシナイ…。アァァァアァ……。』
何を考えているのかはわからないが突然の変貌に恐怖を感じた悠仁達はこのままではまずいと判断して攻撃に移ろうとした。
『ワガトモシルフィード…。チカラヲカシテ…。』
「!?」
フルールはそのセリフを聞き逃さない。
「シルフィード…っ!」
風の精霊シルフィード、フルールとの親和性が最も高いと言われているその精霊の名前を何故ここで、そう思ったがそれはすぐに解決をする。
バンッ!!
更なる破裂音。目の前では水がまきあがっていた。水面を平手で叩きつけたような、そんな様子だ。大小さまざまな水の塊が上空へと巻き上げられて。
(静止した…?)
それらがまるで宇宙空間に存在する水のように静止した。何が起こるのか分からないが不味いとは思える。どの強敵との戦闘の時にもこのような嵐の前の静けさはあったからだ。そしてその恐怖を助長させるように次々と不測の出来事が起こる。
サァァァァァ……。
風が流れる。それも、温暖なこの土地で一生感じることのないと思われる程の低温。戦闘で火照った体の熱を一瞬にして奪い去っていくその冷風。しかしそれは悠仁達を冷やすことが目的ではなく。
「細かい氷の…針…?」
アリスがぼそりと呟く。遠くて正確な大きさは分からないが先端を尖らせた氷の針に見える物が上空で無数に停滞している。そしてそのすべてが悠仁達の方向を向いている。
(あれを飛ばしてくるつもりか…。)
鋭利な刃物と同等の脅威を持っている物体が無数に上空で停滞をしてこちらに攻撃の意思を伝えてきているのだ。
「アリス、防御魔法を……。」
ズンッ……。
アリスに指示を出そうとした。そしてアリスもそれを認識して指示が出る前に行動を始めていた。それまではいつも通りだ。いつもの息の合っている連携である。しかし問題はそうではない。
音がした先を見るとフルールの右足、大腿の一部に穴が空いていた。
「は、え……?」
誰も気が付くことのできない速度、悠仁達は上級職。ステータス補正によって思考速度と運動能力は通常の人間を遥かに超える。動体視力においても同様である。プロ野球選手が投げた球に数mmの文字が書かれていてもそれを認識できるほどの力を持っている彼らが見ることすらできなかった速度。
「ぐっ……。」
フルールが歯を食いしばって悲鳴を抑える。気が付くまで待っていてくれたかのような出血。脚から溢れ出すそれはあっという間に地面を赤く染め上げていく。いち早く動いたステラがスクロールの封を切る。
「ヒール!」
淡い光が傷口を包み、出血は止まったものの空いた穴は閉じることはない。悠仁がフルールの目を見ると予想外の攻撃に戸惑いはしたものの戦意は削がれていないようだった。それよりも問題なのが。
「あ…、おま……。そ、それ…。」
カインだ。フルールの傷を見た瞬間に精気が抜けたような表情になっている。視線は完全にこちらに向いてしまっており、防御の体勢も崩してしまっている。
「おいっっ!!!」
悠仁の声が飛ぶ、だがそれくらいではカインの意識を戻すことはできなかった。
『ア…アァァァ…』
パシンッ!!
まるで銃弾の着弾した音。音が聞こえた後に空中に飛んだものがあった。小さな音を立てて地面に落ちたものに視線を向けるとそれの正体はすぐにわかる。
「ゆ、指…。」
見覚えのある銀色の金属が付いている太くたくましい指。長さからして恐らく人差し指だろう。そしてその持ち主など決まっている。
「へ…。」
カインの体が大きく開いている。どうやら剣を持っている右腕が後方へ弾き飛ばされているからのようだった。そしてそれがどこに当たったかもすぐに推測ができる。
「カインッ!!前だ!前を見ろ!お前だけじゃなくてフルールが危ないっ!!」
フルールの名前を聞いたカインははっとした顔をして前方を向く。自分の指が1本無くなっていることには気づいているのだろうか。
「くそっ!!フルール!痛み止めを飲め!ステラからもらった奴だ!」
さすがに激痛で足ががくがくしていたのを見て行動できないと判断した悠仁はフルールに指示を飛ばす。フルールもそれを理解したようですぐに収納の中から試験管のようなものを取り出して口へ含む。悠仁の時もそうだったが飲んですぐに効果があるようで動きがスムーズになる。
(フルールは動けるようになったが…。っていうか精霊が精霊の力を借りるって、そんなんありかよ…っ!)
ただでさえ化け物なのに別の精霊の力を借りているとなると絶体絶命である。
(攻撃は見えない…だが攻撃方法は分かる…。今の俺達だと認識することができないなら…。)
したくはないがするしかない。相手の意見を聞かないマスター権限ではあるが、こうでもしないと目の前の敵の攻撃を避けることはできない。
「律せよ其の心 朱く染まる騒擾の中でも 常に蒼く響け」
まずは自分に。
「コンセントレーション」
視界が一瞬歪む。体感時間がゆっくりになる、この後に感じるであろう頭痛を考えると既に頭が痛くなってくるが、死なない為には仕方がない。そしてそのまま全員に同じ魔法をかける。魔力を込め、全員に向けて杖を振り抜く。
「コンセントレーション」
かけられた全員がぴくりと体を動かしていた。時間の感覚が変わったので自分のかけられた魔法がわかったのだろう。アリスやミーナ、ステラ等はかけられること自体が初めてなのか少し戸惑ったようだがすぐに意識を戦闘へ向けることができていたようだ。
「くるぞっ!!」
悠仁の声が合図になるように目の前に剣山のごとく配置された氷の針が射出されるのが見えた。
(冷風で凍らせた後に空気の力で押し出して…これじゃまんま…。)
銃の構造と同じだ。まさか銃器の使用を徹底的にできないようにしているHOPEで相手が使うことなど想像もしてなかった。そして体感時間が2倍以上に伸びているにも関わらず速いそれを避けるためにはかなりの集中をしなくてはならない。遅くなっているのは体感の速度であって実際の時間を遅くしているわけではないのだからそれを避けるためには体に負荷をかけて動くしかない。アクセラレーションをかけられても尚避けるのが精一杯だった。
「くっ…。」
ターゲットなど定まりはしない。アリスにすらも攻撃を放ってくるところを見るとやはり通常のモンスターとは違うことがはっきりとわかる。
(ダメージが通っていることは分かってる…。ただ結局は…。)
あと少しが届かない。火力が足りないからこそ仕留め損ねてこうなっているのだ。手負いの獣は怖いとはこのことである。しかし、詠唱も短縮できる今こそが好機。
「カインは全力で防御!アリスは防御魔法と回復に備えろ!ミーナは矢を射掛けて少しでも残弾を撃ち落としてくれ!残りは火属性でっ!!!」
手短に指示を出す。カインは相変わらず動揺しているようだったがなんとか意識を敵に向けようとしていた。そうでなくては手が回らない。カインを守るだけのリソースは割けないのだ。悠仁は素早く収納から2本のマナポーションを取り出して蓋を刎ね飛ばす。
「我が蒼炎 その權勢留まることを知らず 沸き立つ喊聲のように燃え盛る…」
詠唱を手早く終わらせてタバルの魔導書に魔力を注ぎ込む。
「我が蒼炎 その權勢留まることを知らず 沸き立つ喊聲のように燃え盛る…」
2回3回と同じ魔法の詠唱を行って魔導書に魔力を注ぎ込んでいく。魔力切れで少し頭がくらくらしそうになるのでポーションを飲んで対処する。攻撃の回避をしながらなので少し零してしまったがそんなことは些細な問題だ。ステラもスクロールを束で出して攻撃に備えていた。そしてフルールも。
「魔手に握られたその槍を 貴方の僕に仇為す輩に 裁きの灼熱を」
長期戦は不利だ。全員が最大火力を目指す。
「フレアジャベリン」
フルールの左手に煌めく魔槍が握られる。そのまま右手に持った杖を振り続ける。
「それは優渥の一噛 嬬しき君を救う一手 爛々と煌めく真紅の体躯を今顕現させよ さぁ大義を掲げ狩り尽くせ」
鎮痛剤の効果なのか、それとも魔力切れのせいなのかはわからないがふらつく体を穴の開いた足で必死に支えて詠唱を終える。コンセントレーションの効果時間はそろそろ限界に近づく。長い詠唱だと分かっているのでカインは必死に前方から飛んでくる氷の針を防いでいる。コンセントレーションの効果中では見えている速度とその攻撃が持っている威力が関連していないので安易に対処するのは危険である。自分の指が飛ばされているカインはその威力が分かっているのでそれを踏まえて防ぐことができているようだ。フルールもそれを信じて防御の姿勢はとらない。
「エスタンスサーペント」
魔法名を宣言するとフルールの体に巻きつくように炎の大蛇が現れる。これで全ての準備が完了したと判断して悠仁は魔導書から魔法を発動する。




