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契約の為に①

――カースゼス領 ヒュルテの森 サヴィンスク湖


ザザザッと土を踏む音を出しながらメンバー全員はカインを中心にして扇形に広がる。相手は水の精霊、湖の中で戦闘を行うはずだ。


(近接職は圧倒的不利。ここはローブ職がダメージリソースになる必要がある。)


相手は空中に浮遊している上にその場所は湖の上だ。これでは近接職は近づくことすらできない。故にダメージリソースは魔法によるものになることは必至である。それが分かっている魔法職は全員攻撃態勢を取り、カインは誰に攻撃が行ってもいいような体勢を取り始めている。隙の無いその後ろ姿は何とも頼もしい。ミーナも短刀は完全にしまい込んで弓を取り出している。


(方針は全員理解している。ただ…。)


問題は相手の攻撃方法が不明なことである。相手は人間でも普通のモンスターでもない。ましてや魔法の詠唱すら必要のないローブ職からしたら化け物のような存在である。常に意識を集中させておかなければ予備動作を察知することはできないだろう。


「アクセラレーション」


アリスが着々とバフをかけていく。目立たないがこういった支援は本当に助かる。そして時計持ちのアリスはバフの時間を計算しながら戦闘をしているので常にバフが切れることはない。まだバフの力は中堅といったところだが、支援者としての資質はトップレベルである。


『士気は上々。冒険者、頂を目指す者はそうでなくてはなりません。こないようでしたらこちらから行きますよ。』


フワッとマナが流れる。悠仁が使うような魔法などよりも綺麗で美しい、湧き水のせせらぎのような優しさでマナが動いたと思ったら湖の水がドボリと持ち上がる。


「くっ…!!」


カインが右方へ走る。ウンディーネに向かって右方向で出来上がった巨大な水の鞭、太さは直径1m弱だろうか。単純明快、ここからの攻撃など誰にでも予想が付く。単純だからこそ小細工など通用しない。詠唱もなく行われるその行動に戦慄を覚える。


ぐっ…。


空気が震える。歩道を歩いている時、大型車が横を通る前に空気が揺れるのを感じた人は多いだろう。まさにその状態。圧倒的な質量がもたらす空気の動きは動作が始まった直後に悠仁達へ届いた。空気というのは粘性があるということを実感する。そしてそれに対して走り出したカイン。タイミングは完璧、その鞭の一番根元に向かって盾を構えながら突進する。


ドンッ!!


カインの強烈な踏み込み、地面を揺らすその踏み込みと共に水でできた鞭と真正面からぶつかる。


パァァァァアアアアンッッ!!


破裂音が鳴り響く。とてつもない質量の水と、運動エネルギーを持ったカインとの衝突はとてつもない音を生み出しぶつかった場所の水は弾け、まるで雨のように降り注ぐ。


「いいぞカイ……!?」


悠仁がカインに声をかけようとした次の瞬間ズシャァァァァ!!という大きな音を立てて何かが横を滑っていった。それにいち早く気が付いたのかミーナとフルールがそれを押さえていた。悠仁が後ろを振り向くとそこには二人に止めてもらったカインの姿が見えた。大したダメージを負っているわけではないがあまりの威力に口元が引きつっている。


「へ、へへ。中々いい攻撃だぜ。」


カインは何事もなかったかのように立ち上がるが、声は震えている。ウンディーネはそんな様子を見て何の遠慮もなしに次の攻撃へ移るようだった。


精霊との戦いには、モンスター相手の戦闘にはない静けさがあった。怒声も咆哮もなく、ただ水が動く音だけで死が近づいてくる。美しいものと恐ろしいものは、こんなに近いのかと思う。


「アリスはいつでもプロテクションを張れる準備だ!ステラ!フルール!俺たちは攻撃に移るぞ!持久戦に持ち込まれたら勝ち目はない!」


相手は精霊、周りにあるマナを自由自在に使いこなしそのエネルギーは無尽蔵だ。恐らく常に回復も続けているのだろう。そんな状態で持久戦に持ち込まれてしまったらこちらとしてはもう為す術がない。


(属性の塊である精霊に有効な魔法ってなんだ…。とりあえず水だから物理攻撃は効かないとして…。…ってつべこべ考える暇があるなら口を動かせっ!!)


悠仁は自分の頭の中で様々な考えが錯綜しそうになったのを抑え込んで一呼吸を置く。そしてタバルの魔導書を開いて杖を構えた。


「駆けろ黒雷 持てる力を瀝尽し 我が敵を滅せよ」


タバルの魔導書を通さないでそのまま魔法の発動をする。これはもうタバルに教えられたものだ。自分で使うことができる。


「ライトニングボルトッ!」


悠仁が攻撃しているのを見た他のメンバーも攻撃を開始する。


「私だって刀だけが取り柄じゃないのよ!!」


ミーナが収納から先端の輝く矢を取り出した。その輝きから見るに属性効果が付与された魔法の矢だろう。高価なのであまり使ってはいないようだったが出し惜しみせずに使うようだった。悠仁の攻撃に合わせて数本まとめて弦を引き絞り、そのまま矢を放つ。タイミングは完璧だった。それがウンディーネにぶつかる瞬間、その上空に出現した黒雲から黒い稲妻がウンディーネに向かって落ちる。


ズシャァァァアアアアン!!


けたたましい音を立てて落ちたその雷はウンディーネの体を通して湖に広がり幻想的な光景を映し出した。普段見られないその光景に見とれてしまいそうになるがウンディーネの様子に集中する。


(どうだ…っ。)


雷属性の魔法が通用するのか、まずはその確認をするしかない。


『……。』


ゆらりと、少しだけその体が揺れた気がした。完全に効かないわけではないが効果は薄いようだった。


「ウィンドカッター!」


ステラがスクロールを開いて魔法の発動をする。瞬時に発動したそれは見えない空気の刃を作りだしてウンディーネへ飛んでいく。空気が圧縮されていることで光の屈折が起きてそれで辛うじて視認することができるがそれはウンディーネの体にぶつかってそのまま通り過ぎてしまう。


「……んー。魔法でやる物理攻撃は、そんなに効かないみたい。」


ステラは少し呑気な声を出しながらスクロールの残骸を風に流している。


『さぁ、早くしないとそちらの体力が尽きますよ。』


優しい声を出しながらウンディーネは数個の水の球体を作り出す。全く想像ができない攻撃を見て悠仁達は恐怖に包まれる。一見して10個ほど、人の体よりも遥かに大きい球体を湖から作り出し、悠仁達を囲むように配置してくる。相変わらずマナの流れが綺麗すぎてこれから何をしてくるか予想もつかない。ただわかるのがここから致命的な攻撃が始まるということである。


「女神サラよ その高貴な羽衣にて我らを包み 御身に仇為す者達に 粛清する為術をお与えください」


予想ができない攻撃に対してできるのは全方位の防御だと判断したアリスが詠唱を手早く済ませる。先ほど全員にアクセラレーションの重ね掛けを行ったにも関わらず行動が早い。


「ユニラテラルカーテン」


アリスが杖を上空に円を描くように振る。すると悠仁達の周りを水色をしたカーテンのような物体が取り囲む。そして攻撃準備が済んだのかウンディーネが我々が杖を振るように手を動かした。


(一応精霊でも何かしらのトリガーになるようなことはするんだな…。)


辺りがあまりに静かで戦闘中であることを忘れてしまいそうになるが、悠仁達は今相手の魔法に囲まれている状態なのだ。そしてそんな考えを巡らせていると。


ズンッッ!!


地面が揺れる。それこそカインの踏み込みなど比べ物にならない程に。辺り一面が水しぶきに包まれた。原因はすぐにわかった。高圧で圧縮された水の球体から間欠泉のように物凄い圧で水が噴射している。それこそ人間の身体などバラバラになってしまう程の。


(本気で殺しに来てるな…。)


どのようなつもりで契約を結ぼうとしているのかは分からないが、かなり本気で力試しに来ているようだ。こうなってくると悠仁達も本気で対応するしかなく、また死の淵をさまようことも想定しなければいけない。


「アリスのこれ、ほんとに助かるわ…。安心感すごい…。」


ミーナが冷や汗を手の甲で拭いながら感謝を述べている。その場で感謝を述べたのはミーナだけだったが全員が同じことを思っていた。


「ただ今のうちに…!」


ミーナが魔法の矢を射掛け始める。ユニラテラルカーテンはその消費魔力と高度な魔法適正、そしてカーディナルのみが使用できる魔法であるがゆえにメリットが大きい。相手からの外からの攻撃を通さずに内側からの攻撃だけ通すこの壁は戦闘において圧倒的優位に立つことができる。


「炎よ…。」


安直な考えだ。古今東西どのゲームにおいても火属性というのはいつも水属性と相対するものとして描かれ続けてきた。今回がそうであるとは限らないが、それでもゲームでのお約束という物を踏襲しているこのHOPEでそれにかけてみようと思った。


「ファイヤーボール!」


タバルに教えてもらった、想像するのは蒼炎。見える全てを焼き払い、炎の恐怖を知らしめるには十分なそれをウンディーネに向かって射出する。ユニラテラルカーテンを通り抜ける瞬間にゴッという音を立ててウンディーネの目の前まであっという間に接近をした。


『……っ!!』


バンッッ!!


爆発音。辺り一面が白く染まる。どうやらファイヤーボールによって大量の水が蒸発させられたようだ。霧が立ち込める光景はまるで朝の山間部である。


(防いだ…。)


ウンディーネの攻撃が続いて視界が良好ではなかったが悠仁は見逃さなかった。ウンディーネは悠仁の攻撃を水の壁によって防いでいたのだった。ミーナの攻撃は防ぐことはないのにわざわざ防ぐということは。


(火属性は、使える。)


確信に近い予感。少しだけ口元が緩んでしまう。悠仁はすぐに攻勢に出る。

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