不測の提案
「よし、この辺りでいいだろう。フルール、頼めるか?」
「はい、わかりました。」
謎の実験場から少し離れた場所で悠仁がフルールに合図をする。悠仁達は魔法陣のある場所から排水が流れている場所まで歩いて移動した。いくつかの魔法陣から出ていた排水は小さな堀を作って纏められ、近くの川まで繋がっていた。既に止まってはいるが恐らく排水が出ている間はずっとここから川に排水されていたのだろう。フルールは排水が川に流れ込んでいた場所に手を突っ込み、源の翡翠を川底へ埋め込んだ。するとどうだろう、宝石が小さく輝いた後にそこから澄み切った水が流れ出したではないか。
「おぉ。汚染された水が薄まっていくな。」
カインが様子を見ながら声を上げる。排水は川に流れ込む以外に大量に土壌に浸み込んでいた。そしてその土壌からも川に汚染物質が流れ込んでいたため排水ではなく土壌からの物質によって継続的に汚染が続いていたが、それがどんどんと薄まっていくのがわかった。
――サヴィンスク湖から北西へ500m地点
(心なしか…。)
悠仁は足元を見つめる。行きよりも帰りの方が心なしか地面の状態がいい気がする。悪臭は完全に軽減しているのがわかる。
「何か、地面綺麗になっていませんか?」
「ええ、私も思ってました。」
アリスの発言にフルールが続く。どうやらみんなが思っていたようだった。
「確かに踏みしめるのが楽になった気がするな。」
カインも帰りにも関わらずあまり疲労が見られていないことから歩くのが楽になっているようだ。どうやら魔法陣から排出されていた液体は本当に土壌と水の汚染に関わっていたようだ。
「もうサヴィンスク湖は近い。恐らくこの辺が綺麗なのはウンディーネの力のおかげだろう。この様子だったらしばらくすれば上流側も綺麗になるに違いないな。」
「そうですね。ダメージは受け続けるようですけど、それでも綺麗になればまた力を取り戻すでしょうから、一先ずウンディーネとの約束は果たせたといっていいんじゃないですかね。」
フルールが嬉しそうだ。それはそうだろう、ここから帰ればウンディーネと契約ができるのだから。
「これで一件落着って感じだな。更に問題は見つかったけど…。」
悠仁はカインの背中に背負われている胸当てに視線を移す。書類と同じ紋章が描かれた胸当て。これがどこのグループに所属しているのか、何故あそこに落ちていたのか。それが分かれば今回のこのような大量虐殺まがいの事件の真相に近づける。
「これに関してはどのくらい時間かかるか分からないからゆっくり行くしかないだろ。…お、湖が見えたぞ。」
カインが湖に着いたことを知らせる。木々が生い茂る森の中を抜けるとそこには先ほど見た湖が見えたが、その姿は初めに見た時と比べて大きく変わっていた。
「おぉー…、これはすごいな。」
「わぁー!綺麗ですね!」
時刻は黄昏時。落ち行く光が湖に反射してキラキラと輝いている。湖にあった悪臭と、排水による汚染は綺麗に消えており恐らく元の姿だろう湖が悠仁達の前に広がっていた。
水が綺麗になるだけで、森の音まで変わって聞こえた。鳥が戻り、風の匂いから錆が抜けている。壊すのは一瞬で、戻すのには力がいる。その力を貸し続けた誰かが、この湖の下にいる。
「これがあんな色になっちゃうって相当な排水でしょ…。っていうかこの短時間でこの湖の水を完全に浄化しちゃうってウンディーネって…。」
木の上から降りてきたミーナがそうつぶやいた次の瞬間湖の水が不自然に波立ち、先ほどみたウンディーネの形をとった。
『解決できたようですね。』
「えぇ、上流で行われていた実験施設のようなものを破壊して、排水を止めたわ。これで川の水を含めて水の汚染は無くなると思う。」
フルールが先頭に立ってウンディーネと話を始める。
『そうでしたか。…実はここの他にも同じような汚染が為されている場所があります。あなた方の言うことが真実なのであればそちらも同様の方法で解決できそうですね。』
「ほ、他にもこんなことが…。」
フルールが驚きの声を上げる。あのような光景が他にも広がっているのかと思うと頭が痛くなってくる。誰が何故あのような悪逆非道な行いができるのか。それを聞いたメンバー全員は暗い顔になる。
『…ですがあなた方が解決してくれたものはその中でも最大級のものなようです。排水は一気に減って私の弱った能力でも浄化し続けることができるレベルに落ち着きました。』
「それは何よりです。それで…。」
フルールが本題に入る。契約が完全に達成されたかどうかは不明だが、できることはやったので冒険者として契約の内容について話す必要がある。
『そうでしたね。この問題が解決したら契約を結ぶ。そういった話でした。』
「その通りです。」
フルールの返答を聞いたウンディーネは黙り込んでしまう。
「な、何か問題がありますか?」
『この問題とはこの水質汚染のこと、それはまだ完全には解決していません。この状況を契約完了と捉えていいものなのか、そのことで私は悩んでいます。』
契約を重んじる精霊からすればその辺りは重要なことなのだろうが、水質悪化の問題を全て解決するとなると大変なことになる。水質汚染の原因はここだけではない。この川の上流にある場所が有毒魔素を最も多く排出している場所であることはウンディーネの話から分かる。点在する全ての魔法陣を停止するにはかなりの時間がかかる。
『契約とは遵守しなくてはならないもの。精霊である私が守らないのは眷属たちへの示しがつきません。しかしあなた方の働きにはそれ相応の対価がなくてはなりません。ということでこういうのはどうでしょう。』
水質が改善して気分がいいのかウンディーネは随分と饒舌だ。しかし何かしら良い方向へ提案を進めてくれているようなので、このまま任せてしまってもいいのかもしれない。
『今から私と戦闘をして力を示すというのは。』
(!?!?)
次の瞬間、周りのマナがざわめきだす。魔法適正がない前衛組もさすがに異変を感じ取って武器に手を付ける。悠仁も反射的に魔導書に手を伸ばす。周辺視野で周りを確認すると全員が武器を手に取っている。悠仁達も強敵を倒し続けてきた過去があることからそれなりの異変ではそんなに焦らないのだが、その全員を武器に手を伸ばさせるほどの力を感じさせられた。
「な、なるほど。」
『私は精霊。全ての水の妖精の頂点に立って水を司る存在。おいそれと契約を結ぶことはできません。しかし、弱っているとは言えここで私を倒すことができれば十分でしょう。もちろん全員まとめてで構いません。』
「へ、へへ。冗談きついぜ…。」
カインが盾も持ち出す。相手は水の精霊、水を自分の手足のように使うことのできる怪物。確かに長期間の能力使用によって弱体化しているとはいえそれでも尚地形を変える程の力を持っている。
「Yujiさん、どうしますか…?」
(これを逃したらいつになる。もちろん全ての魔法陣を機能停止させれば契約はできるのだろうが、具体的な個数が分からない以上、ものすごい数があることも予想できる…。今回はエルダーゴブリン数体で済んだが、もっと強敵が潜んでいる可能性も考えられる…。旅程にもかなりの遅れがでる可能性が高い、そして何より今のウンディーネなら…。)
いけるかもしれない。そう判断した悠仁はフルールに返事をする。
「やろう。ここが正念場だ。」
「…わかりました。」
フルールは振り向いてウンディーネのことを見据える。
「私たちのリーダーが決めました。ここであなたを倒して契約をしてもらいます。」
それを聞いたウンディーネは少し嬉しそうな声の震えで答える。
『いいでしょう、その勇気ある決断は英断です。愚断でないことを証明しなさい。』
グワッ!!
そんな音が聞こえそうな勢いでマナがウンディーネに集中する。
「戦闘態勢を取れ!!」
マナの流れと悠仁の戦闘開始の号令によって、ウンディーネとの契約をかけた戦闘が始まった。




