水害の調査④
「………。……?」
カインがピクリと体を震わせる。悠仁はその動作を見逃さなかったが、それの原因はわからなかった。しかしそれはすぐにわかるようになる。
(……!?)
すぐに足元を見る。何もない。しかし確かにそこに何かがあった。レッドキャップとの戦闘後、調べていたことがあった。最初の接敵時、レッドキャップの姿が見えないことに疑問をもった悠仁は図書館で文献を漁ってこのHOPEの世界にもゲームによくあるものが存在していることを知った。そしてあの時、自分の体で感じた感覚が蘇る。
(これは索敵の結界…!)
ザザザザッ!!
「敵よ!」
木の上でミーナが声を張り上げる。恐らく先行しているカインやミーナが既に結界に入っていたのだろう。魔法適正が低いので気が付かなかったのかもしれない。実際悠仁が横を見るとアリスもステラも『しまった』という顔をしている。
「展開!まとまるな!」
悠仁の号令でメンバーはそれぞれの距離を開ける。森という地形上囲まれるのは容易だ。この状態で囲まれてしまえばすぐに殲滅されてしまう。逆に言えば能力差がある時には包囲殲滅などの作戦を取らなければならない。
「敵の数はっ!」
「目視3!気配5!」
つまりミーナが見ている方向から3、側方から2ということだ。
「各自回避!カインは攻撃に移れ!この様子だと遠距離攻撃はない!」
先にこちらの位置を把握しているにもかかわらず攻撃してこないのは遠距離攻撃の手段を持ち合わせていない可能性が高い。一方的に攻撃できるのであればわざわざ接近してくる必要などないのだ。
「おうよっ!!」
カインは盾を背負い、両手で剣を握る。完全に攻撃モードに移行したようだ。他のメンバーもそれを踏まえて行動を始めた。
「カイン!前方10メートル!接近中」
木の上からミーナの指示が飛ぶ。まだカインの目には何も映っていない。しかしその言葉を完全に信じてカインは踏み出した。10メートル先にいる敵と、ぶつかるタイミングを見計らって大剣を振り下ろす。
「!?3時から攻撃ッ!」
フルールが後ろから追加の情報を流す。どうやらカインが前方の敵を攻撃するのに合わせてカインを狙って側方からの攻撃が行われるらしい。
「光よ 我が魔力を糧に 彼の者を阻む障壁を。」
アリスが素早く詠唱を行う。何度も口にしたその詠唱文は、まるで録音されている物を再生するかのようにスムーズに口から流れ出る。
「プロテクション!」
アリスがカインの右に障壁を作り出す。素早く出来上がったそれはカインに対しての側方攻撃を防ぐ。
『ヴェッ!?』
ゴンッという衝突音が聞こえる。何もないところに壁が出来上がったのだ。敵だろうが戸惑うのは仕方ない。
(さすが……。…!)
自分達以外のマナの流れを感じる。久しく見ていなかったので全然警戒していなかった。悠仁は意識を集中させてその場所を探る。
(俺の右後方…そして狙いはっ…!)
アリス。完全にパーティーの中核を狙ってきている。アリスは魔法発動後な為自身の周りの魔力が乱れているようでまだ流れの変化に気が付いていない。魔法は脅威である。追尾型であれば避ける方法はほぼ皆無であり、設置型であれば避けることはできるが威力はすさまじい。そして離れた場所から発動できるという利点だらけの攻撃手段だ。
「アリス!魔法防御!」
「!?」
悠仁の声が聞こえたアリスはすぐにベルトに据え付けてあるマジックシャードに手を伸ばす。ステラお手製のマジックシャード。即時発動で魔法から身を守ってくれる優れものだ。
パシャンッ!!
アリスがそれを地面に叩きつける。薄いガラスが割れるような音を出しながら砕けたそれからはみどりの光が放出され、球体状にアリスの体を包み込んだ。次の瞬間。
ストトトトトッ!!
その球体に向けて魔法の矢が刺さっていた。空気抵抗も少ないそれは森での奇襲に最適な魔法だった。恐らく相手はこの手の攻撃になれているのだろう。だが今回は狙う相手が悪かった。
「わかりましたっ!!」
アリスに向けられた攻撃を感じ取ってフルールが走り出す。何もない平原を進むような速度で走り始めたフルールはあっという間に森の中に消えていく。一人で任せても大丈夫だと判断し前方を見るとカインが1体仕留め、ミーナがカインを側方から攻撃しようとした敵を後ろから刺し殺していた。
(緑…。)
敵は完全にゴブリンだ。しかも装備が整っている。金属製の鎧を着ているゴブリンなど見た事も聞いたこともない。
(ただ今はっ!)
散々後方にいたのだ。前衛が戦闘に夢中になっている時に索敵をするのは後衛の仕事。悠仁は微かに音がした場所を見ながら詠唱をする。
「闇を司る精霊よ 其の眷属を具現させ 我が手足とせよ」
まずは知覚の強化。見えない場所まで感知できてしまえばこちらに利がある。
「ダークスプライツ」
杖を振るとふわふわとして黒い球体が出現して体の周りを回りだす。3周ほどした後は頭上に停滞し、悠仁の知覚補助を行う。
(見つけた…!)
悠仁から見て左後方、10メートルほど離れた地点で杖を構えているイメージが伝わってくる。既に詠唱を始めているようだった。
(それならこっちが早いな。)
悠仁はタバルの魔導書を開きそこに記されている文字を指でなぞる。それを読み取った後にそこから魔力を受け取り杖へ送り出し、杖を振り抜く。
「ライトニングボルト!」
頭上設置型の魔法、本来であれば視認していないと使うのは難しいがダークスプライツのおかげで相手の場所は把握できている。後はそこへ置けばよい。簡単そうだが、意外に難しいのだ。詠唱無しの魔法をされて、詠唱途中で反応できるほどの技量はなかったのか、頭上に置かれている黒雲に気付いた時にはもう遅かった。
ズシャァァァアアアアンッッ!!
近くで雷が落ちたような音が聞こえる。実際に落ちたのだが。
(倒れたな。後は…。)
「…大丈夫みたいだな。」
悠仁が周りを見渡すと最後の一体をステラが魔法で仕留めていたところだった。ハラハラと散るスクロールが事が済んだことを教えてくれていた。ミーナとフルールも森の中から帰ってきていた。二人が警戒していないところを見ると既に敵は殲滅されたのだろう。敵の殲滅が終わったことで悠仁達は集合し、敵の死体の前に立つ。
「さて…。どうみても普通のゴブリンじゃないな。」
カインが剣先で相手のふとももを突いている。見た目はゴブリンだ。しかしその体はリットリア領で見るようなものではなく筋骨隆々としており、金属製の鎧も身に着けている。確認した敵の中には魔法を使う個体もいた。
「魔法使うやつもいたな。」
「あ、そういえば。悠仁さんありがとうございました。おかげで助かりました。」
アリスがぺこりとお辞儀をしてくる。恐らく魔法攻撃を受ける前の警告のことだろう。確かにあれがなかったらモロに攻撃を受けていた。アリスの神官服は常にアップグレードを続けているらしいがそれでも無防備な状態での魔法は危ない。
「あぁいや。無事でよかった。俺も後少し早かったら先に攻撃できたんだけどな。」
「私も…急いで魔法を使わなければもっとマナの流れが穏やかだったのですが、急ぎだったので…。」
「なんか…俺が突っ込んだからみたいだな…すまん…。」
最終的にカインが頭を下げてきたことにメンバーからは笑いが漏れる。
「さて、問題はこいつらが結界を張ってたことだな。」
「結界?」
カインが疑問形で聞いてくる。
「あぁ、カインとかミーナは気が付かなかったよな。ただ、少し前を通った時に何か違和感がなかったか?」
「んー、あー、確かに。何かぬるっとしたような。」
「そういえばあったわね…。木と木の間を飛んでる時でよくわからなかったけど、言われてみれば…。」
「それが結界だ。魔法適正が高いともっとわかるんだけどな。恐らくそれに侵入したから相手もこっちに気が付いたんだ。」
結界の最もよく使われる方法だ。しかし、一介のモンスターが結界など張ることができるはずがなく謎は深まるばかりだ。
「普通なら危ないしここで引き返すところなんだが…。」
「ウンディーネと契約しちゃいましたからね。」
アリスが合わせてくる。ウンディーネは精霊だ。契約は人間同士のそれよりも固い。期限などは設けられていないのでいつまでかかっても大丈夫なのだろうが、それでも早めに片付けるに越したことはない。
「んじゃ先に進むか。陣形を元に戻して、進むぞ。このまま止まってたら体調を崩しそうだ。」
戦闘に集中していて忘れていたが辺りには相変わらず悪臭が充満している。悠仁達は先を急いだ。
歩き出してから、悠仁はもう一度死んだゴブリンを振り返った。誰かに装備を与えられ、結界の番をさせられていた緑の兵隊。倒した相手のはずなのに、使われていた側にも見えて、後味は妙に悪かった。




