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水害の調査②

――翌日 ヒュルテの森外縁部


「んー、いい天気……ではないな…。」


カインがインナー姿で伸びをしながら幌から外を眺める。曇天といえども光に照らされるその体は街にいる衛兵を凌駕するほどの筋肉が隆起していることがわかる。悠仁が同じ男性ながら少し羨ましいと思うのは不思議ではないだろう。


「雨降りそうねぇ…。」


ミーナも幌から顔を出して外の様子を眺める。顔は眠気に支配されており目が開いていない。


「この世界で雨が降ったら増水とかするのか?」


「どうなんだろ…リアルに作り込んでるって言っても限度があると思うのよね…。」


ミーナとカインは曇天を見ながらまだ寝ているメンツを起こさないように話している。かくいう悠仁は既に起きているが体を起こすのが面倒で目を開けたまま横になっている状態だ。寝床はくじ引きで決定した。悠仁とステラ、フルールは外のテントで、残りの三人は荷台の中での就寝だった。


「早く起きたから朝ごはんの準備ね。…カイン、ちょっと森まで付き合いなさいよ。みんなに新鮮な朝ごはんを出してあげましょ。」


「お、いいこというじゃねぇか。今日は動きそうだしウォーミングアップがてらに付き合うぜ。」


「言ったわね。じゃあどっちが大物を取れるか勝負しましょ。」


「乗ったぜ!勝った方には……ま、それは後で決めればいいな。んじゃアーマー着とくから準備しといてくれ。」


「おっけー。んじゃ5分後くらいに出発ね。」


「あいよ。」


そうしてカインとミーナは準備を終えて森へと消えていった。なんだか起きるタイミングを失っていて悠仁は二人がいなくなったことを確認してから体を起こした。


朝の狩り勝負に出かける二人の背中は、依頼の緊張とは別の、健全な浮かれ方をしていた。ああいう時間があるから、重い旅も続けられる。


「…んじゃ俺は二人が取ってくるであろう獲物の調理をできるように準備しておきますかね。」


悠仁は他のメンバーを起こさないようにテントから起きだして朝食の準備を始めた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「…とまぁここから湖まではそんなに遠くない。馬車は入ることはできないから徒歩で行くことになる。徒歩でも1時間あればいけるはずだ。」


悠仁がアリスの広げた地図を指差しながら確認を進めていく。


「あの、補足として。湖と川の氾濫によって地形が変化している可能性があります。一直線だとこのルートになりますが、それは難しいのでもう少し時間がかかるとみるのがいいと思います。」


「なるほどな。確かにその可能性は考慮してなかった。」


アリスの指摘は最もである。地震や火山活動で地形が変わることはよくあることである。水害で変わることがあっても何の不思議もない。


「…ん?今ってここだよな。」


カインが地図を指差して確認をしてくる。そこは先ほど現在位置として示したところだった。


「ああそうだ。どうかしたか?」


「いや、大きな問題じゃないかもしれないけど…。」


「気づいたことは小さなことでも言ってくれ、無駄な情報ってやつはないからな。」


「そうか、それなら。俺とミーナがさっき朝食を獲りに行った時なんだけどよ、ここに川があったな。しかもかなり川幅の広いやつだ。もとからあると思ったけど…。いや……。」


「どうした?」


カインが脳内の記憶を手繰り寄せながら何度も頭を抱える。


「よく考えたら川底にあった草って水草関係の形をしてなかったような…。ミーナ、覚えてるか?」


「そう言われると…。確かに普通に草原に生えてるような草だったような気がするわね…。……あー、ほら、川の真ん中に木があったじゃない。あれも手掛かりになるんじゃない?」


ミーナとカインが必死に思い出しながら話をしてくれる。意識していないことはなかなか覚えていないものだ。


「そうですね。もしそれがここにあるような木なら根を張るにはしっかりとした地盤が必要になるはずですから水の中では難しいですね。それもいずれ流されてしまうと思います。ということは…。」


「その川もできてからすぐってことか。」


「そうなりますね。これは思ったよりも早く増水しているようです。」


「でもよ、その川湖から流れ出てるんだろ?それにしては…。」


アリスの推測を元に悠仁が結論を出した後もカインは不思議そうにしている。


「まだ何かあるのか?」


「おう。なんか臭かったんだよな異様に…。色もなんかおかしかったし。」


「あー、そういえばそうだったわね。なんか生臭いっていうか、血の匂いに近かったわ。別に川の水が真っ赤だったってわけじゃないけど確かに色もおかしかったわね。」


「汚れることはあるでしょうけど、色がおかしいっていうのは妙ですね。」


ステラもその話を聞いて思案顔になる。増水によってできた川なので土が運ばれて茶色く濁ることがあるのは普通のことで、カインとミーナもそんなことはわかっているだろう。それでも変な色というのだからおかしな色なのだろう。


「…ここで考えてても何もわからないか…。まずは警戒しながら進んでいこう。その情報は助かった。またなんでもいいから報告を頼む。」


「ま、こんなことでいいならいくらでもしてやるよ。」


「頼んだ。それじゃあ行こう。ミーナは先行してくれ。俺たちの先導はカインに頼む。中央に俺とアリスとステラが並んで後ろにフルールで頼む。出発は10分後だ。馬車の中から消耗品とかを取り出して収納にしまっておいてくれ。」


各々了解の返事をして進行準備を始めた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

――ヒュルテの森外縁部南から中央へ向けて1km地点


「暗いな。」


カインの声が静かに響く。カプランドの大森林のように広葉樹が生い茂っており空からの光を遮っているためまだ昼前だというのに辺りは薄暗い。


「フルールとミーナが警戒しているとはいえ、奇襲をうけたら守るのはカインの仕事だからな。」


「分かってるって。」


時折聞こえるのは環境生物の鳴き声や、それらが起こす草の擦れる音などである。モンスターにはまだ会っていない。


(それなりにレベルの高い場所だ、しかも準レッドゾーンまではいかないがすぐそばはもう準レッドゾーンだ。ここまでモンスターに会わないことってあるのか…?)


悠仁が疑問に思っているが、それでも足は止めずにどんどんと森の奥へ進んでいく。しばらくすると水の音が聞こえる。その音が聞こえるのと同時くらいにミーナが木の上から帰ってきた。


「よっと…。前に出発前に話してた川があるわよ。行ってみる?」


「ああ、百聞は一見に如かずっていうしな。一度見た方がいいだろう。」


「了解、じゃあ川までの間も上で警戒してるから、地上のことは任せたわよフルール。」


「お任せください!」


フルールが胸を張ってふふんと鼻を鳴らした。そのまま足を進めていくと水音は段々と大きくなり、悠仁達の前には大きな川が現れた。


「こりゃまたでかい川だな…。」


「それに…においますね…。」


アリスが服の袖で鼻を覆って顔を顰めている。確かににおう。水が大量にあるおかげか臭いは薄いが、これがもし小さな川だったらと思うと近寄りたくはない。


「流れてきてるってことは湖の方が原因なんだよな。」


「そうだろうな。地図でも書いてあったけど、湖はこっちだろう。カイン、任せたぞ。」


カインが頷いて足を進め、悠仁達はその後ろをついて行く。ミーナは依然として木の上で警戒をしていた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

――カースゼス領 サヴィンスク湖


悠仁達が足を進めていくと大きな湖が見える。それは地図で見た物よりもはるかに大きく、サイズが変わっていることがわかった。


「対岸が霞んで見えるぜ…?」


地図ではこじんまりとした湖だったのに対して目の前に広がっているのは大きな湖だ。対岸は霧がかかったように霞んでいて見えない。色は赤錆色をしておりかなり臭いもきつくなっている。


「……。」


フルールが湖の方を静かに見つめている。


「…何かあったか?」


「いえ…。あったのではなく…。います。」


「いるってまさか…。」


「はい、この気配は人間でも動物でもモンスターでもありません。恐らくこれは…。」


フルールが集中するように目の前の湖を見つめていると、流入してくる川の水のせいか静かに波を立てていた湖面が不自然に波を立て始める。


「…きます。」


……ザァァァァアアアア!!!


海面から潜水艦が現れるかのように湖面から大きな水の塊が浮上する。


「うぉわぁあ!!」


先頭のカインが驚いて武器を構える。


「カイン!武器を下ろして!」


「はぁ!?!?」


「いいからっ!!」


フルールの声が響く。カインは防御本能を抑え込んで武器を下ろした。未知の敵が目の前にいるのに武器と防具を下ろすのは相当な勇気がいるだろう。


湖面の波が穏やかになる頃、脳内に響くように声が聞こえる。


『私と話せる者がいるようですね。…貴女ですか。』


「ええそうよ。私がエレメンタリスト。そういう貴女は…」


『私はウンディーネ、水を司る精霊。水の乙女なんて言われるわ…。』


こうして一行は念願のウンディーネを捕捉することができた。

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