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水害の調査①

――翌日 エディオル村 宿屋「旅人の拠り所」


「よし、全員揃ったな。」


悠仁がメンバーを見渡しながら声を出す。この宿屋「旅人の拠り所」は小さな宿屋だったので意識をしていなかったのだが、聞くところによると珍しくログアウト施設も兼ねているようだった。冒険者が良く通るということで備えられたのだろう。悠仁達は長期間のログインを継続していたためログアウト処理を済ませて現実世界での所用を済ませてきて、再集合したのだった。


「加工が終わった分の肉もいただいたのでこれで旅の糧食は問題ありません。」


アリスが木箱を片手で揺すりながら報告をしてくる。3日で全ての加工を行うと言い放った村長の言葉に誇張はなかったようですさまじい速度で加工が行われていた。それこそ村全体で行っているようで子供も総出で加工が進められていた。おかげで村はその辺の小さな町よりも活気に溢れ、燻すための煙が立ち上っていた。事情を知らなかったら火事でも起きているのではないかと勘違いしてしまうほどだ。


「ここ最近向こうで過ごす時間の方が少なくてやばいな…。帰った時にシャワーのつまみを左右どっちに動かせばいいか忘れてたぜ…。」


「おいおい、勘弁してくれ…。」


悠仁はカインの言葉に苦笑で返すが意外と笑い事ではない。HOPEの利用者にはこちらを専業にする者もおり、現実世界に最低限しか帰らないようなこともあるようだ。実際にステラは冒険者を引退してアリーシャでスクロールの露店を開いて生計を立てていた。悠仁も引っ越したばかりなのだが部屋の使い方などはいまだに覚えていない。


「……私、ホテル住まいだから。」


ステラがあっけらかんと言ってのけるがカインよりも先を行っていることにメンバーは苦笑いしか返せなかった。


「まぁ、それは置いとくとして準備ができたのならそろそろ件の湖に向かう。いいか?」


「はい、楽しみにしていましたからっ!」


フルールが待ちきれないといった様子で準備を進めていた。他のメンバーもやっと主目的を果たせるということで意気込んでいるように見えた。現実世界へ帰ることもできたので皆準備万端といったところだろう。


「よし、目的地まで馬車で1日ほどだろうから各自村で揃えられるものがあったら乗るまでに揃えておいてくれよ。じゃあ30分後に馬車で集合。解散。」


悠仁が号令をかけるとメンバーは一人だったり二人だったりに分かれて準備を始めていた。悠仁も馬車の御者をするので馬車に問題がないか外に出て確認をしようと階下に降りて外に出ると馬車の前で村長であるグルカルが佇んでいた。


「…グルカルさん。どうかしましたか?」


「ん?おぉ、Yujiさんじゃないですか。いやなに馬車が懐かしくてね。昔は大陸の東を中心に馬車を乗り回して行商人をやっていて、その後商会に引き抜かれましてね…。馬車を見ると楽しい思い出が蘇ってくるのですよ。…いやまぁ楽しい思い出ばっかりじゃなかったですが。」


グルカルははっはっはと笑い出した。歳なのか途中でせき込んでしまったが。


「おっとそうだ。これが用事じゃなかったのだ。Yujiさん、北で水害が起きている湖に向かうとおっしゃっていましたが間違いはないですか?」


「ええ、その通りですが…。」


急に険しい顔をしだしたグルカルを見て悠仁は身構えてしまう。


「実は北の湖周辺の情報が流れてきましてな。是非お伝えしようと思ってここまで来たのです。」


「情報…?」


情報の出どころや信憑性など気になる点はいくつかあるが、一先ず聞いてみようと悠仁は馬車の陰に誘導されてグルカルの言葉を待った。


「実は、湖の周辺で今まで見られなかったモンスターが確認されたようです。」


「モンスター…?」


HOPEの世界では不定期で生態系が変化するというシステムがある。例えばある動物が街の周辺で繁殖し個体数を増やしていたが、他から来たモンスターに駆逐されてしまい絶滅するなどである。場合によっては今までの常識が通用しないような変化を及ぼすことがある。以前は比較的初心者冒険者が集まる街の周りで高レベルモンスターが繁殖してしまって大事件になったこともある。


「はい…。なんでもエルダーゴブリンの姿が頻繁に確認されているようで…。」


「エルダーゴブリンというと知能面で通常のゴブリンよりも上位にあるあの…?」


「その通りです。あれが森の中に突如出現して、人に危害を与えているわけではないらしいのです。そもそも個体がちらりと確認されただけでどこを住処にしているかなどは分かっていないので…。ただ奴らは狡猾です。是非気を付けていただきたいと思いお伝えしに来ました。」


「なるほど…。ちなみにそのエルダーゴブリンが確認されたのは何時頃か分かりますか?」


確かにエルダーゴブリンは面倒なモンスターだ。個体によっては魔法の使用をする可能性もある。ある程度の個体数も確認するために時期の確認は重要である。


「確か…、水害が起こった頃だと思います。水害が発生して既に時間が経っておりますのでなんとも言えませんが、発生当時は頻繁に調査が入ったようでその時に確認されたといわれています。あの場所にはオークが幅を利かせていたようでそこにゴブリンがいるということで近隣の村々に情報が回ってきたようです。」


「なるほど…。」


ゴブリンとオークは種族的に仲が悪い。一緒の場所に生息することはまずなく、あったとしても戦争状態であることが通常である。そこにゴブリンが現れたとなれば種族特性を知っている者からすれば奇怪に映るだろう。


「こういった普通ではない事態が起こっている時は総じて危険が潜んでいる時です。私としても村の恩人に何かがあるのは悲しいです。どうかお気を付けください…。」


情報は必ずしも多い方がいいとは言えないが多くの場合それが適用される。


「わかりました。わざわざありがとうございます。メンバーにも周知したいと思います。」


それを聞いたグルカルは安心したように微笑んで頭を下げた後去って行った。


(水害にエルダーゴブリン、そして中央の戦争…。西に向かう程問題が起きているように感じるな…。)


悠仁はこれからの旅の行く末を想像して少し不安になりながら馬の様子を見に行った。


それでも、警告を持って足を運んでくれる人がいる。旅先で積んだ小さな信用が、こうして情報という形で返ってくる。旅とは案外、こういう貸し借りの連続でできている。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

――1日後 ヒュルテの森南外縁部


「これうめーなぁ。これだけであの村もっと発展できるだろ。」


「実際はここから水分などを抜くらしくてここまで肉の味がしないそうよ。」


「ほーん。まぁこれだけ食べにくるためにあそこの村までっていうのは確かに大変だな。」


カインは村で加工をしてもらったアルマーディアの肉で作ったソーセージを常温のまま齧っていた。恐らく前回の休憩時に火を通したものだろう。現実世界だろうとHOPEの中だろうと生肉を食べるのは食中毒の危険があるため基本的には調理することが勧められている。何故かHOPE内でも生肉を食べたがる冒険者がいるらしいがそれはまた別の話だ。


ゴソゴソ…パサッ…


荷台での会話に耳を傾けていた悠仁の耳に幌の衣擦れが聞こえる。音に気が付いて悠仁が振り向くと手に何かを持ったアリスが出て来るところだった。


「悠仁さん、鹿肉のジャーキーがありますよ。一緒にどうですか?」


アリスの手に握られていたのはアルマーディアのジャーキーのようだ。両手にジャーキーを持って笑っている姿は食品の販促ポスターのモデルのようだった。


「あぁいただくよ。集中して前を見ているとふと小腹が空くんだ。」


「わかりますわかります。私も勉強中とかついお菓子に手を伸ばして体重が……、この話は忘れてください…。」


アリスは何かを思い出したように虚しい顔をしていた。女性には女性なりの悩みという物があるのだろう。悠仁はそれ以上その話題に触れないようにしてアリスの為に腰を浮かせて一人分ズレる。アリスはまるで定位置かのようにそこへ腰を下ろして悠仁にジャーキーを手渡してきた。


「今日中に着きそうですね。」


「夜間に森に入るのは怖いから実際には明日になりそうだけどな。」


「そうですねぇ…エルダーゴブリンの件も気になりますし、不用意な行動はできませんね…。」


さすがに森のどこにいるという話までは聞けていない為、もし外縁部に近い場所に存在していたら夜間での戦闘になる。多少のモンスターであれば今の悠仁達であれば対応できるだろうがそれは通常時の話だ。これが夜間であればイレギュラーな要素が加わり、最悪の場合後遺症が残るレベルのダメージを受けることも考えられる。


「今日は安全に野営ができる場所を探すのに時間を割く必要がありそうだな。地図をみると周りはサリエンカルの森みたいに平原に囲まれてるようだし。」


「あ、そういえばさっき地図で良さそうなところをマークしたんですけど見てもらえますか?」


「お、それは助かるな。見せてくれるか?」


「はいっ!これですね、あ、もっとこっちに寄ってください。風で飛んじゃいます。」


「おっと、それは済まない。どれどれ…。」


肩を寄せ合って地図を見ている二人を荷台組がニヤニヤしながら見ているのを、二人が知る由もなかった。

アルマーディアのソーセージ(アイテム)

アルマーディアの肉を使ったソーセージ。空腹の解消に加えてスタミナの上限が少量上昇する効果がある。塩と肉の味が絶妙にかみ合ったそれは旅の途中で食べることができる贅沢な逸品である。サリエンカルの森に生息しているアルマーディアからは良い等級のソーセージが作られる。エディオル村の特産品として有名である。


アルマーディアのジャーキー(アイテム)

アルマーディアの肉を燻して作ったジャーキーである。水分を抜いて塩漬けにしてあるため保存食として優秀である。出来立てよりも時間が経ってからの方が美味しいとされている。エディオル村では独自の味付けを施しておりそこを通る冒険者は皆買っていくという。エディオル村の特産品である。


エルダーゴブリン(モンスター)

ゴブリンの上位種。知能が高く個体によっては魔法を使用することがある。知能に性能を振ったせいか防御力はそこそこであり、物理攻撃が弱点である。その中でも知能の高い個体は人間の発する言葉を理解し、使えることもあるという。

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