アルマーディア討伐作戦①
――エディオル村から東へ約5km サリエンカルの森周辺
「ものの見事に禿げあがってるな。」
馬車から降りたカインが呟く。辺りは背の低い草ばかりあり、それも枯れかけている。地面には水分が保持されておらず植物が生息するには過酷な環境だろう。少し離れた斜面には木が倒れ込んでいる。これも地面が砂化したことによって地面を掴み切れなくなったからだろう。悠仁がその大木に近づくとこれも見事に幹がはがされている。
「こりゃ完全に鹿の仕業だな。」
悠仁は以前にドキュメンタリー番組で見たことがあった。鹿による被害は森の存続に致命的な打撃を与える。木が枯れ、根が腐り、土を保持しきれなくなったことから土砂崩れが起き、他の植物も枯れ、地面の水分が保持できなくなり砂漠化を始める。上手く動物と植物のバランスがとれていればこのようなことは起きないのだが、今回の場合は今までの狩猟が行われなかったことが原因であると考えられた。恐らく定期的な狩猟が行われることよって繁殖力の高い個体のみが残っていたのだろう。それの個体数が減らされなくなれば個体数が爆発的に増えることは簡単に予想ができる。
「これだと…森の再生には時間がかかりそうですね…。」
アリスも今まで森だったと考えられる場所を眺めながら呟く。森は地上に住む人にとって宝物庫である。木材を始め、植物性の食料、動物性の食料、医薬品の原料の採取、水の確保など生活に必要なことが全てできると言っても過言ではない。それが無くなればその地域に住む人間がどうなるかは想像に難くない。
「思ったよりも深刻そうねぇ。っていうかここまで現実的に作らなくてもいいのに…。」
「それがウリなんだろ。ぼやいててもしかたねぇさ。フルール、森の方に何か気配は感じるか?」
「んー、ちょっと待ってね。」
フルールが目を閉じて森の方向へ意識を向ける。しばらくすると困惑したような顔をこちらに向けてくる。
「これは…思ったよりも深刻かもしれないわよ…。」
「深刻って言ったってせいぜい500やそこらだろ?それを50くらいまで減らせばいいんだからそんなに…」
「誰が500って言ったのよ…。正確な数は多すぎて分からないけど100頭単位の群れが私の感知範囲だけでも10はいるわよ…。多分森の奥にはもっといるんじゃないかしら…。」
「100頭の群れが10ってそれだけでもう1000頭だぞ…?お前さすがにそれは誇張しすぎじゃ…。」
「……カイン。……あれ。」
フルールの報告に疑いと驚きを隠せないカインの方をステラがトントンと叩いて森の方向を向かせる。何かを見せたいのかとカインは目を凝らして森のほうをじっと見つめた後ぎょっとしたように一歩後ずさった。
「カイン、どうしt……。なんてこった…。」
悠仁も目を凝らして森を見たが、カインと同じような反応をする。パーチのメンバーが見たのは無数の目。恐らく目だと思われるものだろう。森の中から無数の目がこちらを見ていたのだ。光が反射して、まるで夜空に浮かぶ星のように森から光る点が見える。
「あちらさんはこっちに気付いたみたいだな…。」
カインが剣を取り出す。
「勘弁してくれって…。まぁあっちからしたら俺達を見てそう思ってるだろうな…。」
今まで狩猟をされ続けてきたのだ。知能はそこまで高くないとしても狩られ続けてきた恐怖は沁みついているはずだ。そこまで考えてしまうとあまり気が進まなくなってしまうので途中で考えるのを止める。
考えるのを止める、というのも旅で覚えた技術のひとつだった。生態系を守るための駆除。理屈は正しく、それでも心のどこかは濁る。その濁りごと引き受けて武器を取るのが、依頼を受けるということだった。
「今回の依頼はアルマーディアの個体数を減らすこと、成功の基準は成体の全滅。ただ、分かってるだろうが森へのダメージは最小限に抑えること。つまり今回は近接職である3人が主力だ。準備はいいか?」
メンバーは武器を構えてコクリと頷いた。
「よし、行動開始。」
こうしてアルマーディア討伐依頼が始まった。
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――サリエンカルの森 外縁部東
「あっこら待て!!…だぁああああ!!こんなん無理だろっ!!」
「あっちょっと!!大きな声出さないで……あーあ…。」
足が速く攻撃を当てることのできないカインが大声を上げてしまったことでミーナが仕留めようとしていたアルマーディアが逃げ出した。ミーナは構えていた短刀を鞘にしまって木から降りてくる。同様にフルールも残念そうな顔をして木から降りてきた。
「す、すまねぇ…。でもよ、こんなに捕まえらんないもんか?」
「そりゃ相手の陣地だからな。直線距離ならミーナやフルールに分があるだろうが、これだけ木が生い茂ってればそりゃ向こうに分があるだろうよ。平地で直線ならカインでも追いつけるはずだぞ。」
カインは悠仁の言葉に納得したものの不満が残る顔をしている。カインのAGI、敏捷性であれば確実にアルマーディアを捉えることができるだろう。しかし相手が曲線や直角の軌道を取れば急に困難になる。鬼ごっこをしていて相手が急に方向転換したら捕まえるのが困難になるのは誰しもが経験していることだろう。それでいてここは森の中。木が生い茂っていて地面も安定しない中ではさすがに追いつけない。
「私とフルールが狩ったのが30頭くらいでしょ?これを1000頭単位で狩るってなると…。」
既に森に入ってから1時間半、悠仁達が使う魔法は基本的に森の環境を崩してしまうものだ。よって使えるのはアリスが使うアクセラレーションのような補助魔法に限られる。魔法が使えないことがこんなにも戦闘を難化させるのかとメンバー全員が痛感していた。
「日が暮れても終わりませんね…。ミーナさんと私が全力で走って狩り続けてもこれの10倍くらいが関の山でしょうから…。個体数が減って見つかりにくくなることも考えると7日はくだらないですね…。」
時間をかけすぎるのはウンディーネの情報が劣化してしまうことに加えて、連続ログイン時間が伸びすぎるため現実世界の体にも悪影響を及ぼす可能性がある。
(もっと短時間で…。且つ効率的に狩猟を進めるには……。……やっぱり魔法しかないよな…。)
手作業だからこそ時間がかかるのである。カインが本気を出せば1回で20頭くらいなら悠々と仕留めることができるだろうが自然が破壊されるのは目に見えている。結局のところ現状では手加減をしながら1頭1頭仕留めていくしかない。確かにこれでは一介の村人では既に手に負えないだろう。
「…アリス、なんか案はあるか?」
悠仁がアリスに助けを求める。それを聞いたアリスは首を傾げながらしばらく考える。
「結局のところ短時間で済ませるには魔法、それか前衛の皆さんの本気を出すしかないわけですよね…。そうなると……んー…森を傷つけてしまうと村の人たちの生活が立ち行かなくなりますし…。」
アリスも同じような悩みを抱えていたようだった。
(一度受けた依頼を反故にするのは信用にかかわる…。どうすれば…。……ん?ここで使わなければいいのか…?)
魔法を使わない理由は環境を破壊してしまうからだ。ではここで使わなければいい。
「…よし、時間もかけずにやるにはこれしかない。みんな、集まってくれ。」
悠仁は思いついた作戦を皆に話した。
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――1時間後 サリエンカルの森外縁から東へ500メートルの草原
「…1時間です。」
アリスの声が聞こえる。今悠仁の周りにいるのはアリス、ステラの二人だ。残りの3人は作戦の為森の反対側まで行ってもらっている。かなりの距離だが1時間で走ってもらった。
「よし、アリス頼んだ。」
「わかりましたっ。」
アリスは杖を取り出して詠唱を始める。
「光よ 我が前の溶暗を払い 我らに道を示せ!」
杖に嵌めこんである宝珠が力づよく輝きだす。この魔法を以前に見た時にはここまで強く光っていなかった事からかなりの魔力を注ぎ込んでいることがわかる。森の上空、はるか先を見据えてアリスは杖を振る。
「ブライトネス!」
次の瞬間、アリスの杖から網膜を焼き切るのではないかと思う程の光度を持った光球が出現しサリエンカルの森の上空へ勢いよく飛んでいく。まるで照明弾を放ったような輝きだ。昼下がりであるのに更に辺りが明るくなるような光度を保ちながら光球は森の上空まで到達する。
「ふえぇぇぇぇ…。」
アリスがふらふらし始める。
「おっと…。」
ふらふらしている体を悠仁が支える。恐らくアリスの残っている魔力を全て注ぎ込んだのだろう。ブライトネスの光度もそうだが、サリエンカルの森の中央までは1km以上ある。そこへ正確に魔法の操作をするとなるとかなりの精神力と集中力を要する。
「す、すみません…。」
「いいさ、これが号令みたいなもんだしな。…ほら、始まったぞ。」
ドンッ!!
爆弾が遠くで爆発したかのような音が聞こえる。さすがにここまで振動が伝わってくることはないが、静かだとは言え2km以上離れた場所から聞こえる程の音量だ。現場ではかなりの音が鳴っているに違いない。
ドンッ!!……ドンドンッ!!
次々と爆発音が聞こえる。作戦が問題なく始まったことを意味していた。
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――25分前 サリエンカルの森 中心部
ザザザザザザッ!!
「ちょっ!!お前ら速いって!!」
「だって後30分くらいしかないのよ!足をもっと動かす!」
前を走る2人に向かってカインが声を飛ばす。前からはそれに応答するようにミーナの声がかかってきたがその速度を落とす気はないようだ。
「ほらカイン、もっと走って走って。」
「お前らは軽装だからいいけどこっちはフルプレートだぞ!!少しは手加減ってものをだなっ!!」
「はいはいー、口を動かしている暇があったら足を動かすー。」
「あああぁあぁぁああああああ!!くそがぁああああああ!!」
ミーナとフルール、二人に言われてカインは更に足に力を籠める。カインはかなりのスタミナがあるがさすがにフルプレートアーマーを着こんだ状態では大変だ。
約30分前から3人は森を全力疾走している。足場が悪く木が多い森の中では馬は使えない。森の中を高速で移動するには結局のところ自分の足しかないのだ。ミーナとフルールはその職業特性も相まって木々の隙間を抜ける風のように走り抜けているが、カインはそうはいかない。フルプレートアーマーを着込んでいるためその筋力値をもってしてもさすがにスピード特化の二人には追い付くことはできない。そして速度が遅いということはどうなるか。
「くっそがぁ!!邪魔だっ!!」
カインが走りながら大剣を振り抜く。
ザシュッ!!
肉が引き裂かれる音が聞こえる。刃の餌食になったのは森に棲んでいるワイルドウルフだ。カインの進行方向にいたため不幸にもエンカウントしてしまったそれは敵対生物であったためカインに襲い掛かった。しかし二人に追いつけないとは言えカインは上級職、重量級の装備をしていても現実世界でアスリートが全力疾走をする以上の速度は出ているのだ。その勢いをそのまま伝えられた大剣を防ぐ手立てが偶々出会ったワイルドウルフにあるはずがなく、為す術なく体を両断された。姿形はアルテミラの森で見られるものと同じだがエリートクラスの能力値があるであろうそれを易々と両断するカインはもはや戦車だ。
「だぁああああ!!少し速度を落としてくれってっ!!」
「それじゃ間に合わないのよ!ほらっ!早くっ!」
ミーナが前方から声をかける。さすがに全力疾走はしていないようだがそれでもおいつけない。
(しょ、職業特性と装備重量ってこんなに差が出るのかよっ!!)
心の中でシステムを嘆きながらカインは二人の背中を追った。
それでも足を止めないのは、この走りの先に村の明日が懸かっていると知っているからだ。文句は口から出るが、足からは出ない。カインはそういう男だった。




