エディオル村①
――5日後 セダ領とカースゼス領の境から南に20kmの地点
「とにかく移動、移動、移動…。この世界にはなんで車がないんだ…。」
先頭のカインがぼやく。恐らく腰が痛くなってきたのだろう。こんなことを言い始める時は大抵疲れた時か腰が痛い時だ。普段の戦闘中はどれだけダメージを受けても泣き言ひとつ言わないのになぜかこういう時だけはこらえ性の無い性格が見え隠れする。
「車あったら世界観ぶち壊しだろうが。っていうか御者やってる俺の方が腰痛いんだからな。そっちはクッションあるだろ。」
「そんなのあろうがなかろうが大して変わらねぇよ。むしろ外の景色を楽しめない分こっちの方が辛いまであるぞ。」
「幌がなかったら雨降った時にびしょぬれになるだろ。俺なんてどうしようもないんだから、いざっていうときの保険としてそれくらい我慢しろ。」
どちらかを立てればどちらかが倒れる。世の中そんなものだ。文句をいいつつも理解はしているカインは少し不機嫌な顔をして収納の整理をしている。他のメンバーも口には出さないものの同じようなことを思っている者はいるだろう。馬車による移動は馬単体での移動の速度よりも遥かに劣る。加えて同一領内での景色の変化というものはそれほどなく、楽しみと言ったら点々としている村々を少し回るくらいだ。馬車に乗っている以上戦闘もないため退屈になるのは無理もないだろう。
(まぁ…それに…。)
現在移動しているここカースゼス領は何故か分からないが低木しかなく、それも枯れかけている。山は土砂崩れを起こしたような跡があり、段々と砂漠化をしているような地面だ。見通しがいいことは良いことなのだが、これでは景色の変化もなにもない。茶色と緑がまだら模様になっている風景を見て楽しいと感じる人間はそう多くはないはずだ。
「ふぅ…。…ん?」
溜息なのか深呼吸なのか分からないような息を吐いた悠仁が何か気が付く。目を凝らしてよく見てみるとそこは小さな村のような場所だった。
「ほらカイン、ご所望の暇つぶしがありそうだぞ。」
「んぁ?」
間抜けな声に吹き出しそうになってしまうが、カインの方を振り向いてちょいちょいと前を指差してやる。荷台の方から這い出してきたカインは悠仁の指さす方を見て軽く息を吐いた。
「随分と小さい村だな…。あそこに俺の暇つぶしがあるっていうのか?」
「行ってみないと分からないだろ?」
「いや…。ここに来るまでに4つくらい村あったけどどこも寂れてて特に見どころもなかったし…。寄る必要ないんじゃないか?」
カインはあまり乗り気ではないようだ。持ち上げられるだけ持ち上げられて期待が外れてしまうのが嫌なのだろうか。しかし、カースゼスに入ってから初めての村でもあるため悠仁としては情報収集を兼ねて寄っておきたい気持ちもあった。
「ま、そういうなって。何か美味い物でも売ってるかもしれないだろ?一応カースゼスに入ってから初めての村だから特産品とか変わってるかもしれないぞ?」
「まぁ…。お前がそこまでいうなら…。」
悠仁の前向きな説得によって少しは心変わりをしたようだ。カインはその言葉を信じたという様に荷台へ帰っていき、外出の準備を始めた。悠仁がちらりと荷台に視線を移すと前を見ていたアリスと目が合ってわかりましたという様に微笑みながら頷いてアリスも外出の準備を始めていた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
――カースゼス領北東 エディオル村
「すみません。」
悠仁は村に入って一番最初に会った女性に声をかけた。植物を編み込んだ籠に衣服を入れてそれを運んでいる最中だった。もうそろそろ日も暮れそうな時間帯だ。洗濯物を片付けていたのだろうか。
「はい、なんでしょう。あら?その格好に馬車…。もしかして冒険者様ですか?」
「はい、そうですが…。」
まるで探し物をしていたかのような不安そうな、しかしそれを見つけられてほっとしたような表情を浮かべている女性を見てなんだか嫌な予感がした。
「なるほど…。あぁ、失礼しました。何か御用でしょうか?」
「はい、本日この村に滞在させていただきたいと思っているのですが、どこか宿などはありますか?」
小さな村だ。宿屋そのものがない可能性もあった。
「ええ、ありますよ。ここは内地へ行く通り道ですからよく冒険者様がいらしていたんです。その為に宿を用意しています。ご案内しましょうか?」
最初は何か頼まれごとでもされるのかと身構えたが、どうやら杞憂だったようだ。案内までしてくれる相手を少し疑ってしまったことを反省する。
「お願いします。馬車はおけますか?」
「専用の厩舎などはありませんが、空き地がありますので置けますよ。ではこちらへ。」
そうして悠仁達は女性に連れられて宿屋へと向かった。
案内してくれる女性の歩みは丁寧だったが、時折こちらを振り返るその目には、まだ何か言い残したことがあるような色が見えた。小さな村の小さな気配。旅慣れてくると、こういうものが読めるようになってしまう。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
――エディオル村 宿屋「旅人の拠り所」
「おかえr…、おや、いらっしゃい。」
悠仁達は宿屋の横に馬車を置かせてもらい、女性に連れられて宿屋のドアを通った。正面には受付があり、そこには中年の男性が帳簿とにらめっこをしながら立っており、カウベルの音を聞いて顔を上げたようだ。
「ただいま。お客さんよ。」
店主の一言目を聞く限りどうやら村で最初に出会ったこの女性は宿屋に関連のある人物のようだ。かごを持ったまま受付の奥へ消えていったのを見てもそれは確実だろう。
「これはこれは、お見苦しいところをお見せしました。ようこそ当宿屋へ。部屋ならどこでも空いていますので好きな場所をお使いください。」
「では4人と2人で分かれたいのでそれに適した部屋をお願いします。」
「かしこまりました。ではこちらの鍵をお持ちください。黄色のものが大部屋、青いものが小部屋になっております。」
「ありがとうございます。では。」
悠仁は鍵を持って部屋に行き、カインと荷物を置いて女性陣の部屋へ向かう準備をする。
「悠仁って修学旅行とか行ったか?」
「そりゃな、今時行かない学校とかの方が少ないんじゃないか?」
「その時って夜中にこっそり女子の部屋とかに行ったりしたか?」
「あー…。行ったなぁ…。また懐かしいことを…。急にどうした。」
修学旅行。学生時代の一大イベントだ。同性同士で部屋でワイワイするのは楽しかったが、こういった時には異性の部屋へ教師の目をかいくぐってこそこそと行くのが醍醐味というか、定番というか。そして悠仁もその例に漏れずに女子の部屋へ行ったものだ。
「今も同じような状況だろ?夜でさ、異性の集まっている部屋に行くっていうこの状況。」
「まぁ、そうだな。」
「だけどだな、胸が高鳴ってるか?」
「いや…別に…。」
明日以降のことを話しに行くだけなのだからそんなに胸がときめくようなことはない。カインは何が言いたいのだろうか。
「じゃあ、何故あの時にはあんなにわくわくして、ドキドキしたんだと思うっ!」
「んー…。邪魔があったからじゃないか?教師っていう。」
「そう!その通り!」
声がでかい。
「教師という障害物があるから燃え上がる!だからこそ修学旅行というのは盛り上がる!俺達はあそこで反抗する力を養い、反抗することへの快感を学んだのだ!」
「…で、なにが言いたいんだ?」
「…あの頃に戻りたいなぁと…。」
「無理な話だ。俺達は歳をとりすぎた。」
少し悲しそうにしているカインの背中を叩いてやる。年を取るのは、辛い。
「んじゃ、ドキドキしない女子部屋への訪問しに行くぞ。」
「あいよ。」
悠仁とカインは地図等の荷物を持って少し離れた場所にある女子が集まる部屋へ向かった。数分で着くそこは、ドアこそ同じ大きさだが、部屋の間隔が広く中が広くなっていることを思わせる。コンコンコンと3回ノックをすると中から声が聞こえる。
『どうぞー。』
その声に誘われるように中に入ると、装備を脱いで少しラフな格好になっている。ドキドキしないといいつつ、こういった日常の見える恰好を見ると少し胸が高鳴る。女性陣の部屋にはテーブルが置いてあり、ベッドもしっかり4つ、広いからならではの家具の配置だ。
「お待たせ。」
「大丈夫ですよ、そんなに待ちませんでしたから。」
打てば響く鐘のようにアリスが返事をしてくる。あの一件があってから今までよりもぐっと距離が縮まったような気がする。
「じゃあ早速…」
コンコンコン。
アリスがテーブルに地図を広げて会議を始めようとしたその時、今しがた悠仁達が入ってきたドアからノックの音が聞こえた。




