ステップ
――1週間後 ウェイル領中央
「カプランドに寄ってこなかったのは正解だったな。」
先頭を馬で進むカインがポツリと漏らした。現在の位置はウェイル領中央。ルート的にはカプランドを通っても良かったはずなのだが、悠仁達はあえてよらずにここまでやってきた。
「何だか複雑だけどな。」
「いいんじゃない?またいつでも行けるでしょ。」
カプランドにはバーグがいる。ネイトもいる状況では長期滞在をしてしまうと考えたカインの提案だった。ネイトと最も仲良くしていたカインがそのようなことを提案することは驚いたが、別段寄らなくてはいけない理由もなかったのでそのまま通り過ぎてきた。
「そうですね。バーグさん達にはまた別の機会に挨拶をしに行きましょう。まずは先を急ぐ必要がありますからね。」
今回の旅の目的の中にはウンディーネがいる可能性のある場所へ行くことも入っているため、なるべく素早い移動が求められている。よって早めにリアッツォで馬車の受け取りをして先に進みたかったのだ。
「それで、今どのへんなんだ?」
「あーっと…アリス、分かるか?」
悠仁はカインから尋ねられてもすぐに答えられないくらい漫然と馬を走らせてしまっていた。交通事故はこういったことで起きるということは知っているのにやってしまうのは気が抜けていた証拠だ。悠仁はそんな自分の状態を確認しながらアリスに問いかけた。
「はい、今は丁度ウェイル領の中心部です。少し左手に行くと舗装された主要道路があるはずです。このまま馬を走らせれば半日ほどでリアッツォですね。」
ヴァリエスタを出てから1週間、途中主要な街で休息を取りながらここまでやってきたがようやく到着という話を聞いて皆少し安心したような気持ちになる。命の危険があろうがなかろうが、ゴールが不明瞭な旅は不安になるというものだ。
「よし、あそこで少し休憩してから再出発だ。次は休憩なしで行くからゆっくり休んでくれ。」
悠仁が少し先の大木を指差して宣言するとメンバーはそこへ馬を止めて調理器具を取り出しながら簡易的な設営を始めた。
設営はもう、号令の要らない速さだった。旅の年季は、こういう無言の分業にいちばん正直に出る。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
――ウェイル領 リアッツォ
「やっと着いたぁぁ……。」
腰を抑えながらミーナが口を開いた。辺りはすっかり日が暮れてしまっており、街から出ていく冒険者のカンテラの明かりと街から発せられている光以外は何も見えなくなっていた。夜行性のモンスターも少なくない為早く着きたかったのだが、思ったよりも時間がかかってしまった。
「よし、早く休みたいところだけどやることを済ませないとな。この馬を馬車乗り場に置くついでに明日馬車を引き取るということを伝えに行こう。後は…、カイン、俺の代わりに馬車乗り場に伝えに行ってくれるか?ついでに宿を取っておいてくれると助かる。前と同じ場所が空いてればそれでいい。」
「そりゃ構わねぇけど、お前はどうすんだ?」
同じ宿に行くのだから悠仁も一緒に行けばいいと思うのは至極当然のことである。
「俺はちょっとウェイルさんのところに行ってくる。アリス、付いてきてくれるか?」
「はい、大丈夫ですよ。」
「ってことだ。後は任せていいか?」
「わかった。じゃあ宿で。」
そういって悠仁とアリスはメンバーと別れてウェイルの住む城へ向かった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
――リアッツォ 領主の住まう城
「では、こちらでお待ちください。」
ウェイルの近衛であるウィリアムが応接室へ悠仁とアリスを通した。ウェイルは現在街の有力者との会議のためにすぐには来られないとのことだったが、そう時間はかからないということで応接室で待つことになったのだ。そして言われていた通り15分ほどするとドアが開き懐かしい姿が見えた。
「おぉ、Yuji君!久しいな!」
「ウェイルさん、お忙しいところに伺ってしまって申し訳ありません。」
「いや、気にしないでくれ。どうしようもないくらい忙しかったら別日にしてもらっているところだ。」
「そういっていただけると助かります。」
「立ち話もなんだ。座ってくれ。ウィリアム、彼らに飲み物を。」
閉じられたドアの向こうに向かってウェイルが声を出すと「かしこまりました。」と声が聞こえた後足音が遠ざかっていく。
「さて、今日は何の用かな。っと、そういえばパーチが特権クランになったって?」
「相変わらず耳がお早いですね。仰る通りヴァリエスタの支部長から特権をいただきました。」
「これはめでたいな!世界中を見れば数えきれないくらいのクランが乱立しているが特権をもらえるクランはそう多くない。ただ人数が多ければ、ただ実力があればもらえるってものじゃないからな。それにしても前々から思っていたんだが…。」
褒めるだけ褒めた後ウェイルは急にニヤニヤし始めた。
「どうしました?」
「いやなに、前々から思っていたんだがね。こうして私とYuji君が話しているじゃないか。それを黙って、まるで3歩引いた位置で話を聞いているようなAliceさんの雰囲気がもう長年連れ添った夫婦のように見えてね。」
「なぁっ!」
いつも真面目で優秀な冒険者であるウェイルからまさかそんなことを言われるなんて思っていなかった悠仁は大口を開けて変な声を上げてしまう。しかしそれを聞いたアリスはまんざらでもなさそうだった。
「…マスターとサブマスターは二人三脚でクランを支えていかなければなりませんから、私と悠仁さんももうそれなりに過ごしていますからそういった雰囲気が出ていてもおかしくないかもしれませんね。…ね、悠仁さん。」
「お、おう…。」
「はっはっはっ!すっかりAliceさんに実権を握られているようだな!これはパーチは安泰だな!」
「…ほどほどにしてくださいウェイル様。Yuji様が困っているじゃないですか。」
声が聞こえたのでそちらを向くと飲み物を用意してきたウィリアムが盆を持ちながら呆れていた。どうやらウェイルのこういった姿は今回が初めてではないようだ。
「こうして話をできるのは久しぶりなんだ。少しくらいいいじゃないか。」
「はぁ…。相手がパーチの皆様だからいいものの、これが領民に見られてしまったら領主としての威厳が…。」
「わかったわかった、程々にしておけばいいのだろう。全く、うちもパーチのことを言えたもんじゃないな。」
少しフランクすぎる言動を改めると宣言したウェイルの姿を満足そうに見てウィリアムは全員に飲み物を配り始める。
「それで…。」
「おお、そうだ。つい私が話してしまったな。ここに来たということは話があるのだろう。」
「はい、いくつか報告と、聞きたいことがありまして。」
「ふむ、なるほど。ウィリアム、私の次の予定は。」
「…次は30分後に商会のブレンク様と会議が入っております。」
「遅れると伝えてくれ。もし来たら城の誰かに適当に相手をさせておけばよいだろう。」
「わかりました。では、そのように。」
どうやらこの後に仕事が入っていたが悠仁達のために時間を取ってくれたようだ。
「なるべく早く終わらせますね。すみません。」
「そんなこと言わないでくれ。ブレンクとの話などいつでもできるのだ。こうして君たちの話を聞く方が私は楽しいのだよ。それで…。」
ウェイルが早く話を聞きたいと言わんばかりに体を乗り出してきたので、悠仁は佇まいを直してから話を始める。
「はい、何点かあるのですがまずは重要な話から。以前お話した紫ローブの人物に遭遇しました。」
「なんと…。また現れたのか…。」
「こちらでもアニバーサリーイベントのレイドボスは出現しましたか?」
「あぁ、丁度バロック平原の中央辺りに赤い衣服を纏った異形が出現したよ。確か報告ではレッドキャップと言ったかな。かなり手ごわかったようだ。死者も出ていることが報告で上がってきている。」
どうやらどこの地域でも出現したモンスターは共通なようだった。
「なるほど、こちらでもレッドキャップが出現したのですが、最初はそこまで手応えがなくそんなに苦戦することもなく倒すことができたのですが、討伐の後3人の紫ローブが急に空から出現したあとにレッドキャップに何か細工をして帰っていったんです。その細工でレッドキャップは蘇って大変な混乱になりました。」
「空から…そして細工…。…なんだか情報量が多いな…。」
「ええ…私もそう思います…。しばらく現れてなかった理由はわかりませんが、奴らは依然として活動を続けているようです。」
それを聞いたウェイルは腕を組んで考え込む。
「うーむ…。それを聞くと彼らはプレイヤーでは無さそうだ。空から現れるなんて派手な演出、不可能ではないのだろうが冒険者でそれをするとなるとかなり面倒だろう。それを踏まえるとNPCの可能性が高いな…。だが何故NPCがYuji君達だけにまとわりついているのか…。それがわからない…。」
「私もそれを考えていたのですが理由も分からず…。ひとまず彼らがまた現れたということをお伝えしておこうと思いまして。」
それを聞いたウェイルは少し納得のいかないような顔をしながら目を瞑った。
「わかった、頭に留めておこう。あれからずっと捜索をさせてはいるのだが、紫ローブの話を聞いていなかったので忘れそうになっていたよ。」
「ウェイルさんはご多忙なので…。次なのですが、大陸中央で行われている戦争が激化しているというのは本当ですか?組合の方からポツリと聞いた話なのですが。」
ウェイルはその話を聞くと表情を曇らせて眉間に指を当てる。
「…ああ、その通りだ。今大国間での戦争が激化している…。理由はわからない。その辺りは各領土の内情もあるようだから私には予想しかできない。この世界の住民の被害はかなりの数に上っていて、冒険者もそれなりに死んでいるらしい。どうやら各領地で有志の傭兵を雇っているようでね。短期間にしては割のいい仕事として人気になっているらしい。規約に違反していない限りどのようなプレイスタイルも容認されるべきだとは思うのだが、なんとも言えない気分だ…。」
「北に行く以上あそこを通る必要があるので…。もし何か詳しくわかったら教えていただきたいと思いまして…。」
「あぁ分かった。私も気になってはいたのだ。いつこちらに戦火が飛んでくるか気にはなっていたからな、調べておこう。」
「ありがとうございます、では最後に…。」
悠仁は一呼吸おいて今からの旅で一番直近の問題であることに入る。
「聞いてばっかりで申し訳ないのですが、今セダとカースゼスの境にある湖で氾濫が起きたのはご存知ですか?」
「あぁ、知っているよ。組合から報告が上がってくるからね。もう私は半分引退した身だからこういった情報は早く回ってくるんだ。これが一般の冒険者に流れてしまうといささか問題だが、私ならそういった不安はないからね。それで、なぜそれを知ってるんだい?」
「実はうちのフルールがウンディーネの捜索に関連する依頼を出していまして。それにこれが引っかかったんですけど、ウェイルさんはこの件をどう思いますか?」
ここは悠仁達よりも経験のあるウェイルに聞いた方が無駄足にならないでよいと考えたのでここに聞きに来たのだ。少なくともこういったことに関しては悠仁達よりも詳しいだろう。
「うむ…。確かにあれは不自然な現象だ。精霊はマナであるが故に自然の象徴ともされているが、やはり意識がある以上我々の考えている『自然』とは少々異なる現象が起きる。…まぁそれをこの世界の自然というのかもしれないがね。」
「ではやはりこの事案は精霊が絡んでいることも考えられると。」
「断言はできないが、力を持った妖精や、精霊が絡んでいても不思議ではないだろうね。もしウンディーネを探しているのであれば行ってみる価値はあるだろう。そもそも痕跡や予兆があるだけ珍しいんだ、行かない選択肢はない。」
「…なるほど、分かりました。」
どうやらウェイルの見立てでも行った方がいいということは確実なようだ。
「報告は以上になります。お時間を取っていただいてありがとうございました。」
「ああ、それはいいんだ。…それと、紫ローブは名前とかなかったのかい?」
「そうだ、確か名乗っていました。β、γ、δと言っていました。それぞれの格好は…。」
悠仁は羊皮紙に下手ながらもそれぞれの特徴をまとめた。
「なるほど、分かった。じゃあこれを兵士に配って同じような人物がいないか見回りをさせよう。」
「助かります。今回は本当に困ったので…。」
「そうだろうね、聞いてるよ。Yuji君のこともね。」
どうやら悠仁が1回死亡したことも伝わっているようだ。
「あはは、思い出したくないですね。あんな経験はもうこりごりです。」
「そうだろうね。まぁいずれにしても今生きているからそれでいい。これからは気を付けてくれよ。知っている人間の訃報は好きだろうが憎かろうが聞きたくないものだ。自分の存在が薄まっていくのだからね。」
「薄まる?」
「ああ、そうだ。私達が生きている今この瞬間、私がここにいることを保証してくれるのは君たちだ。つまり他者に覚えていてもらわないと我々は記憶にも記録にも残ることができないんだよ。私を知ってる人がすべて死んでしまったら、私がここにいたことは誰も証明できない。つまり、私がここにいなかったことになる。それはとても悲しいことだと思わないかい?」
確かに、自分の全てが忘れ去られてしまうのはとても悲しいことだ。
「そう、ですね。気を付けるようにします。」
「うむ、そうしてくれ。ウィリアム!Yujiさんたちがお帰りだ!」
ウェイルがドアの外に向かって声をかけるとウィリアムが部屋をノックして入ってくる。恭しくお辞儀をして悠仁達を城の外まで案内した。
「本日はありがとうございました。久しぶりにウェイル様も羽根を伸ばせたようです。」
「いえ、私達が来たことで羽が伸ばせるのであればいつでも呼んでください。さすがにダンジョンの探索をしている時には無理ですけどね。」
「はい、こちらからも何か相談させていただきたいことがあったら連絡をさせていただきますので、その時にはよろしくお願いいたします。それでは。」
そういってウィリアムは城へと戻っていく。それを見届けて悠仁とアリスは城門を出る。
「今回の件、手ごたえがありそうで良かったですね。」
「ああ、フルールもこの話を持って帰ったら喜ぶだろう。…そうだ、帰りに何か買って帰るか。」
「!、そうですね、そうしましょうっ!私、次に帰ってきたら行きたかった店があるんですっ!」
悠仁の提案に急にテンションを上げたアリス。首に巻き付いていたフェリスが突然の大声に顔を上げてきょろきょろと索敵をしていたが、声の発生源がアリスであることがわかった途端に再度寝てしまった。
「じゃあそこへ行こうか。あんまり遅くなると皆が心配するからあまり時間かからないようにな。」
「はいっ!」
そうして悠仁とアリスは土産話を抱えたまま街の喧騒へと消えていった。
賑わいの中を歩きながら、悠仁の頭の片隅では、さっきの言葉が静かに回り続けていた。覚えていてもらえなければ、いなかったことになる。冗談めかした口調だったのに、あの人は多分、本気で言っていた。




