環境の変化②
――1月中旬 ヴァリエスタ 酒場 栄光の杯
「こほん…えー、では、レッドキャップ討伐と報酬の受け取りを祝って…。」
「「「「「かんぱーいっ!」」」」」
ガツンッ!と木製ジョッキのぶつかる音が店内に響く。レッドキャップ討伐から2週間、ようやく落ち着いたのを見計らって悠仁達は行きつけの酒場に祝勝会に来ていた。
「いやー、お前が死んだって時にはびびったけどよ、まったくアリスちゃんがいてよかったぜ。もっとアリスちゃんに感謝しとけよ?」
「分かってるって…。まだ酒入ってないのに酒が入ったレベルの絡みしてくるのやめろって。」
カインが腕を悠仁の肩に回してきて体を密着させてくる。カインの着ている鎧も相まってかなり重い。これが30分続こうものなら肩こりになってしまいそうだ。
「まさか悠仁があんな無茶するとはねぇ。まぁ前からそんな感じがあったのは知ってるけど。」
ミーナも2週間前のことを思い出しながらジョッキに口をつけている。
「ま、まぁその話はもういいだろ…。アリスにはしきれない感謝をしているし、それにみんなにも感謝してるよ。俺の作戦がなんとなくでも上手くいくのはみんなが何とかそれについてきてくれてるからだからな。」
「おー、Yujiさんマスターっぽいですねっ!」
フルールも雰囲気に身を任せて随分とテンションが高い。
「……ぽい、じゃなくて、マスターなんだけど。」
ステラがフルールのボケに突っ込むとどっと笑いが起きる。この空気を感じていると帰ってきたのだと再確認できる。
「…。」
誰かに見られている気がして悠仁はその方向へ視線をやるとアリスと目が合った。目が合ったアリスは2週間前の度胸はどこへやら、恥ずかしそうに赤面して視線を逸らしてしまった。
(き、きまずい…。)
あんなことがあった後、あれは戦闘後の興奮もあっての行為だったのだろう。素面に戻ってしまえば恥ずかしいことこの上ない。
(あー…、俺アリスとキスしたんだよな…。それに…。)
アリスからの告白。年が離れていたため以前からそのような雰囲気を感じることはあったのだが、年寄りの勘違いだと思っていた。しかしそれが現実となった今、しばらく彼女がいなかった悠仁からすると年が離れた好意を持ってくれている女の子にどう接していいか分からなくなっていた。
「……。」
「おいっ!」
ドンッ!と背中に衝撃が走る。どうやらカインが強く背中を叩いたようだ。筋力値の高いカインが叩いたためテーブルに突っ伏しそうになる。
「おわっっ!何すんだよっ!」
「なぁにぼーっとしてんだよ!酒が足りねぇぞ!飲め飲め!すみません!ハニー酒2つ!大ジョッキで!」
カインが無断でアルコールの追加をしてくる。図々しいやつだと思いながらも、これがカインなりの気遣いなのだろうかと思うと悪態をつけない。
「わかったわかったから、とりあえず座らせてくれ…。あー、それと。」
悠仁が少し声のトーンを落として話し始めようとする。女性陣は女性陣で話に花を咲かせようとしていたところで少しタイミングが悪いのだが、酔って手元が狂う前にやっておかなければならないことがある。声のトーンが変わったことで悠仁が大事な話をすることがわかったメンバーはジョッキをテーブルに置いて話を聞く体勢を取った。
「あー、ごめん。これは早目にやっとく方がいいと思ってな。報酬の分配だ。」
「よっ!!待ってましたっ!!」
カインが手を叩きながら急にテンションが上がる。どうやらもう酒が回ってきているらしい。
「お前、飲むくせに酒弱いんだから気を付けろよ…?っとまた話が逸れたな。」
「ちょっとー、悠仁が酔ってるんじゃない?」
「うるさいうるさい、更に脱線させようとするな。えー、今回の報酬は白金貨17枚。日本円にして1億7000万という破格の報酬だ。これを一部資金としてプールして割り切れる金額にして等分配する。既に分け終わって革袋に移してあるから受け取ってくれ。一人頭金貨150枚。約1500万円にしてある。まずはカイン、よくやってくれたな。」
悠仁は自身の収納から革袋を取り出す。白金貨として渡してもいいと思ったのだが、視覚的にも多い方が満足感があると思いこのような形にした。パンパンに詰まってずっしりと重い革袋をカインに手渡しする。
「おうよ、それはお互い様だぜ。にしてもこの重量感、たまんねぇな。っていうか現実世界の2年分近い収入だぜこれ…。」
「まぁな。この資金力はどこから来てるのか怖くなる。さて、じゃあ順番に渡していくから受け取ってくれ。」
悠仁は席を回ってミーナ、フルール、ステラ、そしてアリスへと手渡しをしていった。
革袋を受け取る手つきは四人四様だった。両手で押しいただく者、重さを確かめて笑う者、そっと胸に当てる者。金の受け取り方には、その人の戦いが出る。
「今回は等分なのか?」
「ん?あぁ、そうだけど、何か問題あったか?」
カインが急に質問をしてくる。全員の袋の大きさが同じだったことに疑問を持ったのだろうが、特に問題はないはずだった。
「んー、悠仁、ちょっと革袋を出して開いてくれ。」
「は?別にいいけど、どうした?」
カインは別に悠仁が報酬をネコババしているとは思っていないだろう。カインも悠仁も金に関してはフェアであることは暗黙の了解だ。悠仁は収納から自分の革袋を取り出して机の上で開く。他のメンバー同様金貨150枚+元々の資金が入った袋だ。カインはその袋を見て何かを投げてきた。コントロールの良い投擲は綺麗な放物線を描いて悠仁の袋の中に着地する。
ジャラジャラジャラッ!!
小気味いい音を立てて着地したそれは10枚の金貨だった。
「は?おい、なんだこれ。」
「お前、アリスちゃんが入ってからの初戦闘の時の報酬を分配する時に言ってただろ?平等に分けるってことは均等に分けるってことじゃないって。活躍に応じた報酬を受け取るべき、だろ?お前は俺の仕事を代わりにやっただけじゃなくてアリスちゃんの命も救ったんだ。それが所謂【正当な】報酬ってやつだ。」
「カイン…。」
確かにそんなことを言ったことは覚えているが、それは遠慮しがちなアリスにもっと慣れ親しんでもらうための方便だったような気がする。だが、カインがそういうのであれば断る理由もない。
「ありがとう。」
「なぁに、今度は俺が活躍して報酬がっぽりいただくからいいんだよ。」
そういってカインは革袋を収納へしまい込んだ。それを見た女性陣も嬉しそうに自身の革袋を開いて10枚ずつ程金貨を握りしめてアリスの元へやってくる。
「私たちはー、アリスが今回のMVPだと思ってるからこれはアリスの分ね。はい、受け取らないとは言わせないからね。」
ミーナが笑いながらアリスの革袋に金貨を突っ込んでくる。
「あ、ちょ、ちょっと。」
「だめですよAliceさん。私の分少し多かったので返しますねー。」
「……私も、今回そんなに消耗品使ってないし。……そもそも消耗品は経費で落ちるから、私の出費、限りなく0に近いの。……それに、死者を蘇らせる奇跡まで、見せてもらったから。その感動分も入ってる。……受け取って。」
そういってステラは20枚程の金貨をアリスの革袋に突っ込んだ。既にパンパンだったアリスの革袋は収まりきらない程の金貨が入ってしまいテーブルに零れだした。室内灯が金貨を照らす。まるで映画のワンシーンのような幻想的な光を放っていた。アリスは立ち上がってぺこぺことお辞儀をして回ったあとに無理やり収納の口を閉じて軽く振り、金貨を一部白金貨へ変換したようだった。
「じゃあじゃあ!今回のMVPである二人に向かってぇ!」
ミーナがテンションを上げてジョッキを高く掲げる。それを見たウェイトレスが焦ってジョッキを持ってきた。追加のジョッキを受け取った悠仁とアリスは少し照れくさくなりながらも笑い合ってそれらを手にもって仲間と2回目の乾杯をしたのだった。
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――悠仁の元職場近くのログイン施設
少し飲みすぎて現実世界に帰ってきたにも関わらず少しくらくらするような感覚に襲われながらも悠仁は階段を昇って受付へ向かう。受付ではいつもと変わらず受付嬢が書類の整理と他の利用者のログイン処理をしていた。入店する人とすれ違いながら受付へ向かうとログアウトしてきた悠仁に気が付いてにこりと笑いかけてくる。
「お疲れ様でした。青木様。本日は元気そうで何よりです。ではこちらに腕を通していただけますか?」
受付嬢の言う通りに血圧計のような機械に腕を通すといつもは緑色に光るランプが黄色に光る。それを見た受付嬢は何やら機械を操作し始めて口を開いた。
「本日は換金処理が…800万円とされておりますが受け渡し方法はどうされますか?この金額であればこの場で現金払いもできますが…。」
「いえ、さすがにその大金を持ち歩くのは怖いので銀行振込でお願いします。」
「かしこまりました。では、本日中に送金処理を行っておきます。反映されるのは指定の銀行の翌営業日…、明日ですね、明日には反映されると思いますのでご確認ください。…ここまで大口の換金は初めてですね。」
一人一人の換金額まで覚えているのかと少し驚くが、そもそもこの施設は利用者もそこまで多くなく、スタッフは今目の前にいる女性のみなので覚えていても不思議ではない。
「ええ、ちょっと臨時収入が入りまして。」
「それは何よりです。大金は危険や手間と引き換えに手に入るもの、是非有意義に使ってください。」
「ありがとうございます、では今日はこの後に用事がありますので。」
「あら、私としたことが引き留めてしまいましたね。申し訳ございません。お気をつけていってらっしゃいませ。」
悠仁は施設を出て目的の場所へ向かった。
夜の街を歩きながら、口座に入る数字のことより、受付嬢の「有意義に」という言葉のほうが頭に残っていた。命懸けで得た金の使い道は、命の側に寄せたい。行き先は、もう決めてあった。




