環境の変化①
――レッドキャップ討伐から1ヵ月後 都内某所 悠仁のアパート
『……つまり、HOPEというゲームは多数の死者を出しているにも関わらずお咎めがないってことなんですかっ!?』
『えぇ、警察関係者に話を聞いても事実を認めるだけだが、それには正当な契約が交わされていたため何もできないという回答が得られました。当番組でもHOPEという次世代ゲームの栄光と闇を時系列でまとめましたのでご覧ください。』
「……んー。」
悠仁は朝食を食べながらテレビを見ていた。もう朝食というには遅い時間ですっかり日は昇っている。だがこんなにゆっくり現実世界でご飯を食べられるのは何時振りだろうか。ただ、一人で食べるご飯は何だか味気なく好きだったいくらの醤油漬けも「こんなもんか」と思えてしまうような味だった。そして食事のお供として見ているワイドショーではHOPEについての特集を行っている。主にHOPEの危険性に対しての話のようだ。
『…というように、当番組が実際にゲームへと参加してみたところ、それはまるで別世界のような光景だったと言っています。規約上写真などをメディアで紹介することができないのでこちらに再現イラストをご用意させていただきました。』
そういって司会が取り出したフリップには恐らくヴァリエスタの物であろう街並みのイラストが描かれていた。HOPEには写真を持ち帰ることのできる機能はあるのだがそれはあくまで個人、そして通信媒体に乗せないことが規約に明記されている。様々な理由はあるのだろうが、これを破るとアカウント削除を含めた厳しい罰則が設けられている。よってHOPEの中を知るにはイラストを使うことが多いのだが、これもかなりグレーゾーンだ。HOPEでは【実際に体験する】ということを重視しているためゲーム内情報を正当な理由なくネット上に乗せることを禁止している。禁止行為を行った後は基本的に罰則がある為これらはあまり破られたことはない。
『これは、確かに中世ヨーロッパの街並みを再現した美しい光景ですね。』
『はい、ですがこの綺麗な世界は建前でこのゲームは恐ろしい危険性を孕んでいたのです。』
その言葉の後におどろおどろしい音楽と共に次のフリップが出て来る。フリップには【ゲーム内での死は現実世界での死と直結している!?】と書かれており、カメラによってアップされたそのフリップは全画面表示のように画面いっぱいに表示されていた。
『えぇ!?それはつまりゲームの中で命を落としてしまうと、こちらでも死んでしまうと!?』
『まさにおっしゃる通りです。ゲーム内での死は現実世界での死を意味している。これがこのゲームの危険性です。これによって日本を含め世界中で多くの死者を出しています。…こちらにHOPE公式ホームページで公開されている月別死者数をグラフ化したものです。』
次に出てきたのは死者数を棒グラフで表したフリップだった。そこには同時に折れ線グラフによる死者数の推移が書かれている。そしてその中には一際目を引くものが存在していた。
『所々数字が跳ね上がっているところがありますねぇ…。特にその、先月末から今月頭の死者数が飛びぬけているように見えますが。』
『はい、番組が独自のルートで情報を集めたところ、どうやらゲーム内でアニバーサリーイベントという催しが行われたようでその際に多数の死者を出したと聞いています。』
「……。」
悠仁の見ているテレビの画面には【死者34000人 (アジア)】と書かれていた。悠仁達が行ったレッドキャップの討伐ですら100を超える死者を出したのだ。これを大陸全体、そして他のサーバーで行えば死者は確かに跳ね上がるだろう。
『しかもその死者の多くが前途有望な若者、大晦日から元日にかけての数時間でこれだけの人が亡くなったようです。』
『なんとっ!これは看過できる問題ではありませんよっ!もはや殺人です殺人!国や警察は何をしているんですか!?』
その後も続々とHOPEの暗い面の情報が出てきて熱血コメンテーターがいちいち大袈裟なリアクションを取りながら批判していった。確かに事実ではあるので何の否定もできない。しかし、その後気になるシーンが流れる。
『…HOPEではこのように死者を生み出すだけでなく身体欠損や、特殊な健康被害を発症することも判明しました。今回は脳神経学の権威である松井医師にインタビューすることができたので、詳しく見ていきましょう。』
「健康被害…?」
そういえば死ばかりを気にしていたが、ただの健康被害について考えることはなかったように思える。悠仁は食事の手がゆっくりになっていることに気付かないまま画面を見続ける。
『…代表的なものに慢性疲弊性脳神経障害、通称HOPE頭痛というものがあります。おかしな名前ですがこれが正式名称です。長期、しかも所謂高レベルの利用者に起こる症状で現実世界において慢性的な頭痛に悩まされるというものです。具体的な機序について説明していきます…。』
「HOPE頭痛…。」
小学生が考えたような名称ではあるが、どうやら本当にあるらしい。話を聞いていくと高レベル冒険者が使用する感覚を鋭敏にし、反応速度を上げる身体強化を日常的に、そして極限状態になるまで使うことで脳神経に不可逆的の負荷がかかり、ゲーム外では慢性的な頭痛に悩まされるというものだった。魔法の他にも職業特性によっても起こりそうな説明だった。
「確かに…あれが何回も続いていたら被害がないわけないもんな…。」
悠仁が使うコンセントレーション、そしてそれに類似する魔法だろう。コンセントレーションはごく短時間自身の集中力を強化し、思考力と判断力、そして反応速度を飛躍的に上昇させる魔法だ。しかし、それがただで手に入るわけではなく、使用後には頭痛や倦怠感に襲われる。これが体にいいわけがなく、悠仁達よりも高レベルになると更に負荷の高い魔法を使っていかないと死亡してしまうような場面に遭遇することは想像に難くない。
『…今紹介したいくつかの症状の他にも高い中毒性もあることが確認されており、今ではHOPEを辞めるために断酒会のようなものが定期的に開催されている医療機関もあるようです。』
『なるほど、松井医師、お忙しいところありがとうございました。……では次はHOPEが行っている世界的な癒着問題について…』
ピッ。
悠仁がリモコンの操作をするとテレビは小気味いい音を立てて画面が消えた。朝から見るにはあまり気分のいい内容ではなかったがアニバーサリーイベントでの死者数は確かに看過できるものではなく、世界中のあちこちでは遺族がALGOに対して集団での訴訟を起こそうという動きがあるようだ。
「まぁ…、それもきっと握りつぶされるんだけどな…。」
ALGOの持っている資金力、人脈はすさまじく噂では米国の大統領ですら買収しているという。そのような企業に人がいくら集まろうが太刀打ちできないだろう。ALGOはきっとHOPEがリリースされるずっと前からこのような状況を想定して、根回しを続けてきたに違いない。そんなことを考えながら悠仁が皿を片付けようとしたその時。
ブーッブーッブーッ。
携帯電話のバイブレーションが机に伝わって音を立てていた。急いでシンクに皿を沈めて携帯を見ると電話の主はアリスだった。悠仁は応答ボタンをタップして電話に出る。
「もしもし、どうした?」
『おはようございます。悠仁さん。』
「あぁ、おはよう。まだ集合時間には早いはずだけど。」
悠仁が壁掛け時計を見ると時刻は午前11時。起きるのには遅いが今から本格的に活動するにはまだ早い時間だ。
『今日から長旅じゃないですか、だからちょっと色々相談や買い出しなどをしたいなーと思いまして。他に用事がなかったら向こうで集合しませんか?』
「そうだな。何を買い出しするかっていうのも相談しておかないと他の人たちに指示できないし。フルールもいるだろうから一緒に相談をしようか。」
『はいっ!えーっと、時間はどうしましょう。』
「好きな時間でいい。俺は前よりも施設が近くなったからな。」
『えとえとっ!じゃあなるべく早くで!私は今から準備して向かうので1時間後には着きます!』
アリスは電話の向こうで既に行動を始めているようでガタガタと音が聞こえ始めた。そんな素直なところが微笑ましく悠仁はつい笑ってしまった。
『あーっ!いま笑いましたね!』
「くくく…いや、笑ってない笑ってない…。じゃあ向こうでな。」
『あ、悠仁s!』
プツッ。と受話器から切断の音が聞こえてくる。面白いのでそのまま切ってしまった。向こうで会うのが楽しみだ。だが、あまり急がれても困るので悠仁は通話終了の文字が出ている画面からメッセージアプリに切り替えてメッセージを打ち込んでいく。
「えー、『急いできて事故にでもあったら大変だから急ぐのは家だけにして家から出たらゆっくり来てくれ。俺も今から準備するから大丈夫だ。』っと。」
気持ちに余裕がない時は周りの状況に気を配れないものだ。そんな気持ちで走ろうもんなら事故に遭ってしまう可能性があるため、それを予防するためにも悠仁はアリスにメッセージを送った。送ってすぐに返信が返ってくる。
『わかりましたっ!悠仁さんもお気をつけて!』
文字だけなのに声すら聞こえてきそうだった。楽しそうに話しているのが目に浮かぶようだ。悠仁は笑いながら携帯をテーブルの上に置いて着替えを始めた。
テレビの中の34000という数字と、電話の向こうの一つの声。同じ世界の話なのに、体感の重さがまるで違う。数字を悼むことと、目の前の声を守ること。自分にできるのは後者だけだと、着替えの手を動かしながら思った。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
――1時間半後 リットリア領ヴァリエスタ 冒険者統括組合5F クランハウス
「誰かー…。」
悠仁がクランハウスに入るとまだメンバーは誰も来ていないようで声に反応したフェリスがとことこと奥からやってきて悠仁の体を伝って頭に乗ってきた。悠仁はフェリスを頭から下ろし、胸に抱いて頭を撫でながらどこに座っていいかきょろきょろとしてしまう。新しいクランハウスはレベルⅢの物だ。今までのクランハウスとは違い、内装は木造になっておりカプランドで滞在をしたバーグ家を彷彿とさせる。外の光景もボタン一つで作られたものか実際の外なのかを変更できるし、誰もいないにも関わらず暖炉が煌々と輝いている。恐らく火は絶えないようなシステムなのだろう。しかも今回はワンルームではなく、各自の部屋まで用意されている。個人用のチェストなども存在しているため物の管理がとても楽になった。聖堂の物に比べれば見劣りするが調理場も存在している。必要な家具も一通りそろっており、申請すれば追加の家具も用意してもらえるようだった。
「寒くなかったか?」
「クルルル。」
返事をするようにフェリスが喉を鳴らす。フェリスのエサが入っているチェストからストリダの実を取り出して目の前に持っていってやるとくんくんと鼻を動かした後にパクリと一口で食べてしまった。
「あー、エサを上げる前におやつはまずかったな。」
悠仁はそのままエサの準備をして皿に盛ってやるとフェリスは地面に降りてパクパクと食べ始めた。悠仁は居間にあるテーブルに腰掛けて少し休憩する。
「なんか、新しい場所に移動してばっかりだな。」
クランハウスはレッドキャップ討伐の報酬として付与された特権の特典である。しかし移動したのはそれだけではなかった。話は2週間前に遡る。




