事後報告②
「報告によると…。Yujiさんは一度死亡したと書かれていますが本当ですか?」
死亡、その言葉を聞いて一瞬思考が停止するが冷静を保って話に応答する。
「…えぇ…。私の記憶はありませんが、周りからの報告によると私は一度死んだということになります。そういった状況になってしまう行動を取ったのも確かです。」
「…そう、ですよね。報告書にもそう書かれています。その後女神と思しき存在が降臨し、Yujiさんが生き返ったとも。」
「…私もそのように聞いています。生き返った記憶はありませんが羽根の生えた少女が天に帰っていくのは目撃しました。」
「…Yujiさんが生き返ってくれたのは朗報も朗報で、これ以上ない奇跡なのですが、問題はそこではないのです。」
「…というと?」
死亡して蘇ったのだから治療費関連の計算が面倒臭い、というその程度の話だと思っていたのだが違うのだろうか。
「…Aliceさんがその過程で使ったアイテムが問題なのです…。」
「わ、私の…?」
ここからは悠仁の預かり知らぬ出来事だ。アリスに任せた方がいいだろう。
「…はい、今回の別件で行わせていただいた契約には【治療費と消耗品の代金を全額負担する】と書かれています。つまりアリスさんが使ったそのアイテムもこちらが負担する契約です。…もしかして髪についているそれが件の。」
「え、えぇ。これが使用したアイテムです。」
「…なるほど、少し見せていただけますか?」
「い、いいですけど。大切なものなので大事に扱ってください。」
「それはもちろんです。」
言質を取ったアリスは自身の髪から大切そうに羽根を外してハリヴァへ渡す。ハリヴァはそれを両手で丁寧に受け取ると360°あらゆる角度から観察している。
「…確かにこれは…。私が知っているアイテムの中には入っていないようですね…。このアイテムの詳細を聞かせてもらっていいですか?」
「それは…。私が街で迷子になっていた少女を助けたお礼に貰ったものです。…ただの少女ではなかったみたいですが…。」
「…というと?」
「彼女は女神サラの娘、女神レイナだったんです。つまりその羽根は彼女の翼から抜かれたもの、ということです。」
「女神…、なんということでしょう…。」
ハリヴァ自身の手の中にある物がとんでもない物であることを認識したようで、すぐにアリスに返してきた。壊してしまっては責任など取れないのだろう。
「死者を蘇らせる時には、高度な魔法に加えて依代が必要になるとされています。私も仕事柄何度か見たことがありますが、これはその中でも一級品に入るでしょう。…申し訳ございませんがこのクラスの物になりますと一日二日でご用意できるものではありません。しかも女神の聖遺物となると手に入るどころか見ることすらできないかもしれません…。」
「ま、まぁ…。それは難しいと思います…。」
アリスが困ったように対応する。女神となると会うこと自体が奇跡であり、それに加えて体の一部をもらうことができるなど考えられないことだ。当然の反応だろう。
「契約をさせていただいた身としては大変恐縮なのですが、これに関しては組合の威信にかけましても必ず代金の補償、若しくは代替品の準備をさせていただきますので、しばらく待っては頂けないでしょうか…。」
死者を蘇らせるためのアイテム。それ単体では意味を成さないが、知識ある者が持てば凄まじい効果を発揮するそれは基本的に市場には出回らない。その多くは特殊な突発的クエストの消化や、高難度のクエストを達成した時のアイテムとして扱われるが、そういった場合そもそも価値の分かる人間が手にすることが多い為自身や仲間の保険のために手放すことは滅多にない。手放したとしてもそれはとてつもなく高価であることは想像に難くない。
「それは、用意していただけるのであればそれに越したことはないですが…。」
「組合が一度結んだ契約を反故にするなどということがあろうものなら、今後の信用を失ってしまいます。支部長である私が責任を持って遂行させていただきますのでしばらくお待ちいただければと思います。」
「…わかりました。よろしくお願いいたします。」
アリスの言葉を聞いたハリヴァは満足したように頷いた。
「では、最後に細かい点についてです。使用した消費アイテム及びこれからの治療費、装備の修繕費に関してはまとめたものを後日提出していただければ代用品、若しくは現金にてお支払いします。治療費に関しては請求先を組合にしていただいて構いません。如何なさいますか?」
「今から書類を作ってもらうのも時間がかかると思うので、こちらで建て替えておきます。」
以前にも請求先を指定した場合があったが、書類を作るのに時間がかかっていた。今回は書類が出来上がるのを組合で待っているほど体力が残っていない。
「わかりました。ではそのように。いつでもいいので組合に来ていただければお支払いいたします。」
「お願いします。」
コンコンコンッ。
「確かに。……あ、丁度準備ができたようです。入って。」
ハリヴァの許可をもらったノックの主が革袋を持って部屋へ入ってくる。そのサイズはあまり大きくはない。ハリヴァはその革袋を受け取ってそのまま悠仁に受け渡す。
「では、こちらが今回の報酬になります。確認をしていただいた後お受け取りください。」
間違いの無いようここで確認しろということだろう。悠仁は革袋の口を広げて逆さまにし、机の上に中身をあける。
ザラザラザラッ!
金貨とはまた違う音を出しながら白く輝く硬貨が机の上に広がる。悠仁はそれを丁寧に一つずつ取って数えていく。
「…15、16…17。確かに、白金貨17枚ですね。分配はこちらで行います。」
「よろしくお願いいたします。では、他に質問はありますか?」
「いえ、大丈夫です。」
「それならよかったです。…貴方、パーチの皆様を出口までお送りして。」
ハリヴァは近くに控えていた男性職員に命じて悠仁達を組合の出口まで送る。先ほどまでごった返していた組合のロビーは嘘のように静まり返っている。悠仁が周囲を見渡すと数名は残っているようだが、大多数は解散したようだった。
その静まり返ったロビーの隅に——いた。
灰色の外套。目元まで覆う、無地の仮面。柱の脇の長椅子に座って、帳面に何かを書き続けている。リアッツォの関所で見た、あの『審判』の装いだった。
悠仁達が前を通り過ぎる、その一瞬だけ、羽根ペンが止まった。
「——死亡と、蘇生。」
温度のない声だった。
「両方の記録は、初めてです。」
それだけ言うと、仮面はもうこちらを見ることもなく、帳面に戻っていった。
(……記録されてるのか。俺の死まで。)
問い返す気力は、今日はもう残っていなかった。ただ、初めて、という言葉だけが、妙に耳の奥に残った。
「では、私はここで。」
悠仁達を出口まで送ってきた男性職員は頭を下げて戻っていった。組合のドアから出た悠仁達の間に沈黙が流れる。
「…とりあえず、休むか。あそこでいいか?」
悠仁の提案にフルールとステラ以外がこくりと頷く。その二人も遅れてこくりと頷いていた。
遅れた二人分の頷きが、今日という日の重さを言っていた。すぐに頷ける日ではないのだ、誰にとっても。
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――酒場 栄光の杯
カランカランッ
「いらっしゃいっ…って随分と懐かしい顔じゃねぇか。」
カウベルが鳴ったことで視線をこちらに向けた店主が驚いたような顔を見せる。悠仁達がまだヴァリエスタを拠点にして活動をしている時には随分と世話になった。互いに名前も知らないが顔は嫌という程合わせている。
「…久しぶりだな親父さん。席、使っていいか?」
「おう、ちょうどいつものところは空いてるぜ。注文はそこにいるウェイトレスにしてくれ。」
悠仁が視線をずらすとそこには懐かしいウェイトレスがいた。親父さん同様よく見たものだ。悠仁達は奥の角席に座る。しかし、そこでも沈黙が流れている。その理由はなんとなく想像できた。
「…あー。何か質問あるか?」
悠仁が言葉を発する。恐らく悠仁への対応に困っているのだろう。
「…お前、大丈夫なのか?」
まずはカインが話し始める。
「…怪我なら問題ないな。痛むところもない。」
「そういうことじゃ…なんていえばいいのか…。」
何でも溌溂、そして明け透けに話すカインが随分としおらしいものだ。
「そうね…、私も何を…何から聞けばいいのか…。」
ミーナもどう聞いていいのか分からないような様子だった。不可抗力とは言えそのような事態を招く行動を取ってしまった悠仁は何から話そうか悩みながらも口を開いた。
「そうだな…。まずは、心配かけてすまなかった。」
立ち上がって全員に頭を下げる。ここにいるメンバーは本気で人のことを心配する人間ばかりだろう。
「もしあの状況が自分だったら…、皆も同じことをしたかもしれないから、その点は許してほしい…。」
それを聞いた全員は黙っているが、沈黙による肯定であることは誰もが分かっていた。
「とりあえずアリスを押したことまでは覚えてるんだ。それ以降は覚えて無くてな。気が付いたらなんかすごいことになってたって感じだ。怪我もしてないし……、ただローブはな…。」
悠仁がローブを脱いで、小学生が図工で作った作品を親に見せるように広げる。その背中部分には縦に裂け目が入っていた。各耐性の高い物であることは分かっていたのだが、さすがに近距離からの物理攻撃にまでは対応できなかったようだ。
「これは修繕が必要だな。…でもまぁ被害っていえばこれくらいだ。後はアリスにアイテムを使わせちゃったくらいか…。」
「あれはっ……その、偶然でしたけど、よかったんですあれで。懐かしい人にも会えたし。」
「でもあれは相当な価値の…。」
「仲間の命より価値のある物なんてありませんよ。悠仁さんの命よりも価値のある物なんて、私の持ち物にはありません。」
ちょっと戸惑っていたような素振りを見せていたアリスだが、悠仁の言葉を聞いて真剣な顔つきになって真っすぐ悠仁の目を見つめる。
「…そうか、そうだな。仲間の命より大切な物なんてないな。」
「そうですよ。あれでよかったんです。」
その答えを聞いてアリスは満足そうに微笑む。つくづくこのクランは仲間思いが揃っているようだ。
「とまぁそんなわけで俺はこうしてぴんぴんしてるから心配はしてくれなくて大丈夫だ!すまなかったな!」
「……全く、ほんとですよね。私、あの瞬間は心臓が止まるかと思いましたよー!」
「……私も。いろんな場面、見てきたけど……体が固まったのは、初心者の頃以来。」
少しおどけて見せた悠仁に反応してフルールとステラが話し始める。皆いつも通りの空気にしようと努力しているように見えて少し申し訳ない気もするがこれも気遣いだと思ってありがたく受け取っておく。
「しばらくはこのネタで弄られそうだな。これは早目にお開きにした方がよさそうだ。報酬の分配は明日にしよう。店に入ったのに何も飲まないっていうのは失礼な話だからとりあえず一杯だけもらって今日は帰ろうか。」
「…そうですね。今日はあまり騒ぐ日ではない、ですよね。」
強敵に勝利した。報酬ももらった。特殊な事案だったが死者も出ずに全員が生きている。これは大勝だろう、これ以上ない晴れの日だ。だが、100人を超える死者が出た日でもある。こういった日に騒ぐのはやや不謹慎な気がする。
「よし、じゃあ勝利を祝ってささやかに乾杯するか。すみませーん。」
カインがウェイトレスを呼び止めて各々一杯だけ飲み物を注文する。しばらくすると全員の前に飲み物が並んだ。誰もアルコールの入っている物を頼まなかったのは何故だろうか。
「…みんな来てるな。…それじゃ、今日の勝利と、命を散らした冒険者の輝きへ。」
傍から見たら無駄死にだったかもしれない。無鉄砲な行為だったかもしれない。ただそれを光らせるのが生きた者の役目だと思った悠仁はそんな音頭を取った。全員はジョッキを掲げた。
「乾杯」
「「「「「乾杯。」」」」」
パーチが祝う乾杯の中で最も静かな乾杯だった。




