閑話(Alice)②
――3時間後
すっかり日は傾き、あたりは夕暮れだ。しかし二人の母親捜索は難航していた。
街の人に特徴を伝えて聞いても、冒険者に聞いてもそのような女性は見たことはないと。
確かにこの街は広い。人口は定かではないがかなりの人数のNPCと冒険者が居ることは間違いない。広場のベンチに腰掛けて休憩をする。目の前に伸びる影の長さが夜の訪れを伝えてきているようだった。
歩き疲れた足の裏がじんじんと熱い。隣に座るレイナの足は地面に届かず、所在なげに小さく揺れている。広場を行き交う人の誰もが帰る場所へ向かう時間で、その流れの中で自分たちだけが止まっているようだった。
「…お母さん、私が迷子になったから帰っちゃったんだ…。」
泣きそうになりながらレイナが呟く。
「そんなことないよ、お母さんも必死にレイナちゃんのことを探してるよ。」
「…」
「そうだ、休んでる間さ、レイナちゃんが普段どんなことをしてるか教えてもらってもいい?お姉ちゃん気になるなぁ。」
「…んー、本当はあんまり言っちゃいけないって言われてるんだけど…。」
「大丈夫大丈夫、お姉ちゃんは口が固いことで有名だから!」
「…うん!お姉ちゃんならいいよね!」
そういってレイナは自分の生活について語ってくれた。
「あのね、お屋敷にいるんだけど、いつも礼拝をするの。」
「へえー、週1回とかじゃなくて?」
キリスト教の礼拝は日曜日の午前中にやることで有名だ。もちろん他の日に礼拝してはいけないなんて事はないだろうが。
「ううん、毎日。でもいつもはお母様がやってることを傍でみて覚えるの。難しくてレイナにはまだできないし、何をしているかわからないこともあるんだけど…。」
「そうなんだ、レイナちゃんは頑張ってお勉強してるんだね。」
「うん!私もお母様みたいな立派な『 』になるの!」
(あれ?)
肝心な部分が聞こえなかった。まるで雑音が入ったように。
「へ、へぇ。そうなんだ。レイナちゃんはお母さんみたいになりたいんだね。」
まぁいいだろう。母親の職業は何であれ母親に憧れて夢を追いかけるのはいいことだと思う。
「でもね、お菓子とか食べ過ぎちゃだめって怒られるの…。」
「そうなんだ、怒られちゃうんだね。」
「でもね、怒るのも分かるの。レイナね、お菓子が甘くておいしいからついいっぱい食べちゃうから…。」
「そうなんだね、でもレイナちゃんはちゃんと自分のいけないことも分かってて偉いね。」
「ママはね、すごく忙しいの。だからあんまり怒らせないようにしないと…」
「お母さんは怒ると怖いの?」
「怖いんだよ!みんなに『 』って呼ばれているのに!…でもいつもはすごく優しいの。寝るときに絵本も読んでくれるし、食事は必ず一緒に摂ってくれるの。」
(食事…か…)
Aliceは自身の幼少期を思い出し、少し憂鬱になる。
「…優しいお母さんなんだね。」
「うん!私お母さんが大好きなの!」
Aliceにはレイナの目が眩しく、尊いものに見えた。
(あぁ、いいなぁ、こういうの)
「…よぉし!じゃあもう少し大好きなお母さんを探してみようか!」
「うん!」
Aliceはレイナの手を取って歩き出そうとする。
「あの!すみません!」
後ろから声がかかる。振り向くと背の高い女性らしき人物が立っている。夕日が眩しくてその顔までは分からないがレイナと同じ綺麗な栗色の髪をしている。
「はい、なんでしょう。」
目を細めながら答える。
「あ!お母さん!」
レイナはAliceの手を離し女性の元に走り出す。
「あぁレイナ!」
女性はしゃがみ、走ってくるレイナを抱きしめる。
(あぁ、お母さんだったのか。見つかってよかった。)
二人の表情は窺い知れないがAliceは安堵で胸を撫で下ろす。
「あのね!あのね!」
レイナが今日の様子を母親に話しているようだ。しばらくすると母親らしき人物は立ち上がりこちらに歩いてきた。
「Aliceさん、と仰るのですね。レイナから何があったかお聞きしました。本日は娘がご迷惑をかけたようで大変申し訳ありませんでした。そしてありがとうございました。」
女性はAliceの手を両手で包み込む。
「あぁ!いえ!困ったときはお互い様といいますか…」
「ふふ、あなたは優しい方なのですね。だからこそ…」
「…?」
「いえ、忘れてください。ほらレイナ、Aliceさんに言うことがあるでしょう。」
そういってレイナを促す。
「お姉ちゃん!今日はお母さんを探すのを手伝ってくれてありがとう!…その…。」
レイナは母親の顔色を窺う。その顔を見て母親は静かに頷いた。レイナの顔がぱっと明るくなりAliceに何かを差し出してきた。
「…これは、羽根?」
「うん!」
とても綺麗な白い羽根だ。うっすら輝いているようにも見える。ほんのり温かさも感じる。
(なんか、すごく懐かしさを感じるような、触っているとなんだか気持ちがいい…)
「これは?」
「その羽根はね!大切なもの!お姉ちゃんならあげても大丈夫だから!」
「本当はおいそれと渡していい物でもないのですが、あなたにならいいでしょう。娘の気持ちです。どうかお受け取りください。」
「そうなんだ。いいの?私がもらっちゃって。」
「うん!お姉ちゃんにあげる!」
「そっか、ありがとう大切にするね。」
「それで、私からは…」
また手を取られる。温かい両手でAliceの右手を包んでくる。
「あなたは神官なのですね。」
「え、えぇ…」
(あれ、私職業話したっけ…?)
「そうですね、それでしたら…」
女性がそう呟くとAliceを優しく光が包み込む。
「!?」
急なことに驚いているAliceにレイナが声をかける。
「大丈夫だよお姉ちゃん、ちょっと目をつぶってて。」
レイナに言われて素直に目を閉じる。
どのくらいの時間がたっただろう。何をされているのか。少し不安になり片目を開ける。
「…あれ?」
目を開けると光はおろか、二人の姿は無く。夕日も落ちていた。
「あれ…、二人は…」
そう思い足を前に出そうとするAliceは手に何かが握らされていることに気がつく。
「…これは…、時計?」
とても綺麗な彫刻の施してある金の懐中時計が手に握られていた。
「なんか…これ…」
違和感を覚える。
(この時計…、何か普通のものと違う…。)
チッ チッ チッ チッ…
懐中時計の秒針が動く感覚が身体に伝わってくる。
(なんかこれ、まるで私の身体の中に時計があるような…)
時計の針が動く感覚が自身の身体に伝わってくるなどありえない。普通なら耳を近づけないと音すら聞こえないというのに。
(でも…)
(とても優しい…、そんな気持ちが詰まっている気がする。まるで守ってくれているような…)
Aliceはその懐中時計を神官服に括り付ける。腰に括り付けてもその感覚はなくなることが無かった。
夜の広場には、家々の夕餉の匂いが薄く流れ始めていた。半日を一緒に歩いた小さな手の感触が、まだ掌に残っている。名前と、羽根と、時計。もらったものを一つずつ数えてみると、探し物を手伝ったのはこちらのはずなのに、貰ったものの方が多い一日だった。
(なんか不思議な時計だけど、まぁいいか。)
「さて、私も帰ろうかな。すっかり夜だぁ…でも。」
不思議と後悔はしていなかった。むしろ充実感すら感じていた。
Aliceは胸の中に確かな優しさと満足感をしまい、聖堂へと向かうのであった。
「時計」(貴重品)
世界に流れている時間を数字として計ることのできる機械。HOPEの中では時計は街中にしかなくフィールドに持ち出すことができないが専用に作られた物に関しては持ち出すことができる。ダンジョン内でも時間を確認できる時計は貴重品として扱われ、最上級の価値があるとされている。その中でも秒針付の時計は最も高い等級である1等級に分類されており、通常の手段や狩りでは入手は困難であり、存在を疑う高レベルプレイヤーも少なくない。




