閑話(Alice)①
――10ヶ月前 始まりの街ヴァリエスタ
「何度見ても本物にしか見えないし…」
Aliceは街を見回して呟く。
「何度見ても本物の人間と区別がつかない…」
人々を見渡して呟く。
「すごいなぁ、ゲームってこんななんだぁ…」
(直接闘うのが怖かった私はクレリックという職業を選択した。何でも、回復をするみんなのサポート役になれる職業らしい。目立つのは好きじゃないしこれでよかったと選択を恨んだことはまだない。)
「今日はどんなことしようかなぁ、街を見てるだけでも楽しいんだけど…ん?あれは…」
街の一角、大きな建物の間の路地裏で小さな影が見えた。暗くてよく見えない。
「なんだろう、あれ。」
Aliceは影の正体を確認するため路地裏に入っていった。
路地裏は表通りの賑わいから一枚隔てられて、石壁の冷たさが残っていた。怖くないと言えば嘘になる。それでも泣き声らしきものを聞いてしまった以上、聞かなかったことにして歩き出せるほど、Aliceは器用ではなかった。
「うぅ…ひっく…」
影の正体は少女だった。どうみても小学校低学年くらいの身長だ。ある程度の年齢にならないとこのゲームに参加ができない以上NPCであることは確定であった。
(NPCも迷子になるんだなぁ…)
「あのー、あなたこんなところでどうしたの?」
「ひっ…」
完全に怯えている。
(うぅ…ちょっと傷つくなぁ…でもまぁ怖いときに声をかけられたらみんなこうなるよね…)
「あー、ごめんね。そこの道からあなたの姿が見えてどうしたのかなって。お母さんは?」
警戒させないように一定の距離を保って話しかける。
「ママ…う…うぇええええええん!」
「あぁぁ…ごめんね、いきなり声をかけられてびっくりしたよね。」
「う、うぅ…」
「あなたさえよければ一緒にお母さんを探すのを手伝わせてくれないかな?」
しゃがんで目線の高さを合わせる。
「うぇ…うぅ…お姉ちゃん、誰…?」
「自己紹介がまだだったね、私はAlice、あなたの名前を教えてくれる?」
「…レイナ」
栗色の髪をした少女の名はレイナというようだ。青色の瞳が涙で潤んでいる。
「そっかレイナちゃんって言うんだね!今日は何をしてたの?」
「…買い物」
「そっか、買い物に来てたんだね。お母さんと一緒だったの?」
「そう…」
「いつ頃はぐれちゃったのかな?」
「私がね、りんごみてたの。それでね、おいしそうだなって思ってね。値段を見たの。」
「うんうん、それで?」
「でね、屋台のおじさんが安くしてくれるって言うから、お母さんにお願いしようとしたの、そしたらお母さんいなくなって…う…うぅ…」
思い出したのだろう、レイナという少女はまた涙目になる。
「大丈夫だよ、私と一緒にお母さんを探そうね、おいで。お母さんの今日の服装を教えてくれるかな?」
「…うん。」
こうして母親探しが始まった。
小さな手はAliceの手の中で最初こそ強張っていたが、歩き出して十歩もしないうちに、ぎゅっと握り返してくるようになった。頼られている。その感触は思っていたよりずっと重くて、ずっと温かかった。
「レイナちゃんはよく買い物に来るの?」
「ううん、いつもおうちから出させてもらえないの。今日は月に一度の外出日なの。」
「へぇー、そうなんだ。じゃあこれだけ人が多かったら迷っちゃうね。」
良いところのお嬢様なのか、昔の自分に少し重なる部分に妙な親近感を覚えた。
月に一度しか外に出られない子が、その大事な一度の日に迷子になって泣いている。それがどんな心細さなのか、Aliceには想像ではなく記憶で分かる気がした。
「お家は街のどのあたり?」
「…んと…、それは言っちゃいけないって言われてるの…。でもすごく遠いところなの。」
すると家に直接、というのは難しそうだ。このゲームには憲兵というものや聖堂のNPCがいるが、交番のようなものもないし誰かに頼むことは難しそうだ。
彼女に歩幅を合わせながら歩いていると急に左手を引かれる。というよりはレイナが立ち止まったので先に行った自分が後ろに引かれた形だ。
「どうしたの?お母さん見つかった?」
そういいながらレイナの視線をなぞると飴細工の屋台があった。屋台では職人が鋏を器用に使い動物を象ったものや花を象ったものなど様々なものを作っていた。
「レイナちゃん、食べたいの?」
「…!?う、ううん…大丈夫…。」
耳元で声をかけられて驚いたのかびくっとしている。普段からあまり人と話さないのだろうか。そう思いながら飴細工の値段を見ると10銅貨らしい。
(お菓子だし妥当な値段ね)
「あー、お姉ちゃんあの飴食べたいなぁ。でも1人で食べるのはちょっと恥ずかしいなぁー。誰か一緒に食べてくれないかなぁー。」
ちらっとレイナに目配せをしながらぼやいてみる。言葉の裏側の意味に気付いたのだろう。レイナは顔を赤くして俯いてる。
(ちょっとわざとらしすぎたかなぁ…)
Aliceはたははと頭をかく。
「…私が一緒に食べてあげようか…?」
レイナがおずおずと進言してくる。
「ほんとに!助かるなぁ。そうだなぁ、どれがおいしいか分からないからレイナちゃんが選んでくれる?あとお礼がしたいからレイナちゃんもどれが食べたいか教えてくれるかな?」
「…おねえちゃんは、これ。」
そういってレイナが指をさしたのはタンポポのような花を象ったピンク色の飴だった。
「わぁ綺麗。レイナちゃんはどれがいい?」
「…おねえちゃんに選んでほしい。」
(か、かわいい…)
「そうだなぁ、じゃあ…」
そういってAliceは鳥の姿を象った飴を選んだ。
「わぁ、鳥さんだ。」
「うん、綺麗だね。すみません、この二つをいただきたいのですが。」
「…あ!あぁ…、そうだな、こほん…。」
何か驚いていたような屋台主が咳払いをしている。
(私何かおかしなことしちゃったかな…)
露店は行ったことがあるが、NPCが運営する屋台で買い物をするのは初めてだった。何か粗相をしたのかもしれない。
「ええと、二つで15銅貨でいいよ。」
「ホントですか!安くしてくれるって!レイナ。よかったね。」
「うん!」
そういってAliceは15銅貨を店主に手渡し飴をもらう。
「…嬢ちゃん、ちょっといいかい…?」
「…?何でしょうか。」
店主が声をかけてくる。
「その、お嬢ちゃんと一緒にいるその女の子…」
「!?レイナを知ってるんですか!?」
「あぁ…いや、すまん、なんでもない。あとこれ。」
そういって店主は15銅貨を手渡してくる。きょとんとしているAliceに続けて言ってきた。
「お代はいらねぇ。事情は分からんがそのレイナって子を大事にしてやってくれ。」
「…?そうですか?ありがとうございます。」
何のことだろう。良くわからないがお金がかからないならそれにこしたことはない。まだゲームを始めたばかりで万年金欠だ。
「おねーちゃーん!行くよー!」
もらった飴の棒を嬉しそうに握りながら手を振ってくる。
「あ!ごめんね!今行くね!…それじゃあ、ありがとうございました。」
Aliceは店主にぺこりとお辞儀をしてレイナの元へ走り出す。
「…レイナって…まさかな…。」
店主はAliceの走る先を見つめながらそう呟いた。
「ごめんねレイナちゃん、さぁいこうか。」
二人で手を繋いで飴を舐めながら母親を探すのだった。




