希望
――ヴァリエスタ 入り口
「へぇぁ…疲れたなぁ…」
「本来ならもっと疲れてる予定だったからな…」
「本当に幸運でしたね…」
「まともな移動手段も考えておかないといけないわね…」
口々に今日の感想を口にする。
「ホントよかったよ、帰りに荷馬車が通りかからなかったらあの距離を徒歩で帰ることに…、考えただけでも頭痛がしてくる…。」
「俺はもう途中で野宿を覚悟してたぜ…。」
「まぁ終わりよければってやつだ。俺はアイテムの換金をしてくるからみんなは酒場に行っててくれ。」
「「「はーい。」」」
3人はがやがや話をしながら酒場へ歩いていく。
「さて、と。捌きにいきますかね。」
今日のドロップ品を持って工業地区へ足を向かわせる。
工業地区では職人が店を多く構えており、素材を直接取引できたり素材を持ち込んでアイテムの作成を依頼したり、自身のスキルでアイテム作成をする際の場所を貸してくれる店もある。
夕方の工業地区は、一日の仕事を締めくくる音で満ちている。鎚の音はまばらになり、炉の火を落とす煙があちこちの煙突から細く立ちのぼる。革と炭と焼けた鉄の匂いは、市場とも酒場とも違う、働く者の区画の匂いだ。この時間にここを歩くと、冒険者というのも結局この街の産業の一つなのだと思い知らされる。
道すがら、組合の掲示板の前に人だかりができていた。真新しい大判のビラが貼られている。『クラン「黄金錠」新規団員大募集!初心者大歓迎・装備支給・安全な狩場をご案内!』。ご丁寧に、金色の錠前の紋章まで刷られている。
(装備支給、ね。うまい話には裏があるって相場が決まってるんだが…)
最近、こういう景気のいい勧誘をよく見かける。それだけ新顔が増えているということなのだろう。
人だかりの中には装備の真新しい顔がいくつもあって、ビラを見上げる目はどれも真剣だった。始めたばかりの頃の自分たちなら、装備支給の四文字に心が揺れなかったとは言い切れない。金のない新人にとって、うまい話を疑う余裕というのはそれ自体が贅沢品なのだ。
「ジマルのおやっさん、買取お願いできる?」
「おお!坊主!今日は随分遅かったな!」
悠仁は店の中で鍛冶をしていた白髪の男性に声をかける。恰幅のいい腹を揺らしながら男性が近づいてくる。
「おう!まだやってるぜ!今日は何を持ってきてくれたんだ?またワイルドウルフの牙や爪か?」
「いや、今日はこれなんだ。」
そういって収納から今日のドロップアイテムを取り出しジマルの前に並べる。
「これは…、モンスターの骨だな。しっかりしている。こっちは…これはジャイアントバットの翼じゃねぇか。アルテミラの森では出現しないはずだが?」
「あぁ、おやっさんには言ってなかったっけ。パーティーのメンバーが増えたんだ。しかも俺達より高レベルのメンバーがね。」
それを聞いたジマルは驚いた顔をして悠仁に尋ねる。
「どんな心変わりだ?お前さんメンバーは増やさないって言ってなかったか?」
「まぁそうなんだけどさ。色々あってね。」
「そうか、いやむしろ安心したぜ。2人じゃ危なっかしかったし、なにより男色があるんじゃないかとヒヤヒヤしてたからな。」
「いや!それはないから!」
「はっはっはっ!それはともあれ、この翼、高値で買い取れるぜ。」
「それは助かるけど、なんでだ?」
「なんの影響かわからんが、最近冒険者が増えてな。まぁ波があるのはよくあることなんだが、今回は増え方が多くてよ。急増したおかげで防具の需要が爆上がりで、人手はいいとして素材が不足してんだよ。」
「あー、なるほど。」
元々人気のゲームだ。何かのきっかけでプレイヤーが急に増えることも珍しくない。ただ、今回のきっかけが何なのかは、悠仁には思い当たらなかった。
テレビで特集でも組まれたか、有名人が始めたか。思いつく理由はどれもありきたりで、どれも決め手に欠けた。まあ、客が増えれば素材の値は上がる。こちらには都合のいい風だ。悠仁は詮索を打ち切って、卓に並んだ素材へ目を戻した。
「特にいくつかは今剥ぎ取りをしたんじゃないかと思う位新鮮なやつがあるな。」
「あー、それね。」
恐らくミーナが戦闘中直接切り落とした物だろう。飛んでいる蝙蝠の翼を切り落とすのは非常に難易度が高いと思うのだが、ミーナは何回かそれをやってのけた。
「これ全部買い取っちまっていいのかい?」
「あぁ、頼む。」
「するてーと…、骨や牙、翼を合わせて…、銀貨80枚ってところだ。んで状態がいいのもあるのと、需要も加味して、端数は切り上げるとして…。」
ジマルがぶつぶつと呟いている。頭の中で算盤を弾いているようだ。
「全部ちょうど金貨1枚ってところだな。それで大丈夫か?」
「そんな高値になるの!?」
予想を超える金額を耳にして大声を出してしまう。
「まぁな。量が量だし、高いのはやっぱり翼だ。金属製でも革製でも防具には良く使われる。お前さんが着ているようなローブには使うことないけどな。そしてこの需要だ。こっちはこれでも利益がでるぜ。」
「はぁー、そんなすごいんですね。じゃあお願いします。」
「あいよ、これ何人で集めたんだ?」
「4人です。固定メンバーになりそうですね。」
「そうか、よし。じゃあこれが金だ。確認してくれ。」
「金貨なんて持ったの初めてだよ。えーっと…、あれ?親父さん銀貨もあるけど。」
「おまけだよ、4人だと割り切れないだろ?俺のお得意さまだしな。それにお前さんが新しいメンバーを迎えるなんて考えられなかったからな、お祝いだと思って受け取っておいてくれ。」
「親父さん…」
ただの仲のいい店主以上だとは思っていたがそこまで心配してくれていたのかと目頭が熱くなる。
思えば2年間、悠仁とカインの持ち込む安い牙や爪を、ジマルは一度も面倒がらずに買い取ってくれた。商売の帳尻だけで言えば、とうに割の合わない客だったはずだ。それでも坊主と呼び続けてくれる相手がこの街にいる。その心強さは、袋の中の金貨では換算できないものだった。
「これからも贔屓にしてくれよな!」
「ああ!任せてくれ!」
そう言って店に背を向ける。袋に入った金が、それ以上の価値があるように思えた。
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――栄光の杯
「おー!きたきた!Yuji!こっちだこっち!」
カインが悠仁を呼びつける。今日は角席じゃないようだ。
店の中央の大きな卓に、三人はもうすっかり収まっていた。ミーナの前には早くも魚料理の皿があり、Aliceが取り皿を人数分きちんと並べている。指定席が角席でなくなったのは、四人になって卓が手狭になったからだ。こういう小さな変化が、いちいち胸のどこかをくすぐる。
「待たせたな。」
「もう食事は頼んじゃってます、いつもと同じようにお酒と肉料理、それにミーナちゃんが好きな魚の料理を頼んじゃいましたけど、大丈夫ですか?」
「あぁ、それで構わない。ありがとう。」
「いえいえ。」
Aliceがにっこり笑う。
「さて、食事をしてアルコールが入って忘れてしまう前に今回の報酬の分配を行う。」
そういって収納から布袋を取り出す。
「待ってました!…ってそんだけか?」
「ちょっと少なくない?もしかしてYuji、ぼったくられた?」
カインとミーナが不満をぶつけてくる。確かに袋の大きさをみたらそう思うだろう。
「あぁ、じゃあこれが今日の報酬だ。」
そういって全員の前に金貨と銀貨を並べる。
「ききききき、金貨!しかも銀貨まで!?」
カインが驚きの声を上げる。無理もないだろう。悠仁も金貨なんて初めて触った。
「わー、随分と稼げましたね!」
「金貨もあるならそう言ってよ、全部銀貨だと思ったじゃない。」
「でも、これ相場よりも随分と高くないですか?」
「あぁ、最近冒険者増加に伴って需要が上がってるみたいでな、あとは質のいいものがあってそれも値段に反映してくれた。ということで今日の稼ぎは金貨1枚と銀貨20枚ということになった。」
「これは…もはや感動モノだな…。俺も頑張った甲斐があったってもんだ…。」
「これならお二人の装備も新調できそうですしよかったです。」
「もう少し稼ぐ必要があるとはいえ、この調子なら装備をそろえるのもそう遠くなさそうだな。」
悠仁は金貨と銀貨を袋に戻し、銀貨に両替して全員に分配する。
卓の上を銀貨が渡っていくあいだ、誰も袋の中身を疑わない。分配のたびに思う。金の勘定がこんなに気持ちよく済む集まりというのは、それだけで一つの財産だ。
「よぉし!今日は俺のおごりだ!Yujiには昨日約束してたしな!さぁ好きなだけ食ってくれ!」
「そーんなことしてると、装備買うお金なくなるわよー?でも、そういうなら。」
4人での狩りは、偶然の出会いから始まったが、これからどうなっていくのか。
(でもきっと…)
いい方向に進んでいくんだろう、そう思い悠仁は好物のハニー酒に口を付けるのであった。
「換金」(システム)
ゲーム内マネーを現実世界のお金として変換すること。大聖堂で換金を行うことができる。相場は1銅貨=10円が基本。それ以上はそのまま計算していけばよい。
逆に現実世界のお金はゲーム内マネーに換金することはできない。プレイヤー間での現実世界の金銭を用いたゲーム内マネーのやり取りは禁止されており、俗に言うRMTに抵触する行動が見られた場合厳しく罰せられることになっている。AIが思考や発言、その他の条件を調べ上げるため、逃れることは不可能に近い。




