帰途
――ライン鉱山 上層
ライン鉱山に悠仁一行が侵入してから既に2時間が経過した。その間戦闘は連続して発生していた。
「ピィイイイイイ!」
興奮したジャイアントバットがカインに向けて突っ込んでくる。
「遅いぜ!ふんっ!」
人の大きさほどもある蝙蝠の突進を耐え切る。
「いいぞカイン。炎よ…。」
手早く詠唱をする。
「ファイヤーボール!」
「ギャッ…」
ジャイアントバットが焼け焦げる。
「あまり焼きたくは無かったんだが…。」
「仕方ないですよ、今回は経験値も目的の一環ですからアイテムよりも熟練度、そう考えましょう。」
ジャイアントバットの翼は柔軟で伸縮性に富んでいる。軽い上に鎧や革の防具の繋ぎに使われたり、その他生産品に広く使うことができるため需要が高い。それを求めてか、ここにくるまでに職人らしきパーティーがジャイアントバットを狩っているのを何回か目撃した。
職人たちの狩りは冒険者のそれとは手際が違って、倒すというより収穫に近い。翼を傷つけないように急所だけを正確に突き、手早く処理して次へ移っていく。同じ洞窟の中で、戦う者の暮らしと作る者の暮らしが並んで営まれているわけだ。この世界の奥行きは、こういう擦れ違いの中にいちばんよく見える。
「やっぱりYuji、最初にも言ったが新しい魔法覚えたほうがいいって。」
「今日の収入を見て考えるさ…」
魔法は聖堂、若しくは魔術師協会で習得をすることになっている。魔法は習得するのに金がかかる。基本的にレベルがある程度あって、ステータスに問題なく、職業適性があれば習得するのは難しくないとされている。もちろん高難度の魔法になればそういうわけにはいかないが。
金がかかるからこそ、覚える魔法は生活の順番で選ぶことになる。攻撃か、回復か、移動の便利か。魔法使いの覚えた魔法の一覧を見ればその人間の暮らしぶりが分かる、というわけだ。悠仁のそれは長らくファイヤーボール一つで、つまりはそういう2年間だった。
「はぁ…はぁ…、にしてもこれで何体目だよ…。攻撃はそんなに受けてないけどさすがに疲れるなこりゃ…」
ずっと盾役に専念しているカインがぼやく。
兜をつけないカインの額には汗が幾筋も伝い、カンテラの灯りに光っていた。籠手の手を握ったり開いたりしているのは、盾を支え続けた腕が強張っている証拠だ。それでもぼやきの割に、その顔はどこか誇らしげだった。守り切った者の顔である。
「お前は前衛で集中しているからな、特に疲労するだろう。俺も疲れたが多分お前ほどじゃない。それでも、な。」
「あぁ、ミーナちゃんとAliceちゃんがいなかったら結構まずかったな。」
「Aliceはすごいのよ!スキルのCTをほぼ完璧に把握して使うことができるから無駄がないの!このレベル帯では最高のクレリックよ!」
ふふん!と無い胸を張るミーナ。
「そ、そんなことないよミーナちゃん。」
「謙遜しなくていいのよAlice、本当のことなんだから。」
(確かにその通りだった、あのスキル回し…。)
CT中のスキル、魔法の発動はペナルティが入る。CTには2種類ある。一つは、同じ魔法を使用してからもう一度その魔法を使用する場合。もう一つは、他のスキルを使用してから次の行動をするまでのCT、所謂硬直時間みたいな物だ。一度、戦闘においてAliceがライトヒールとキュアポイズンを連続して使う瞬間があったが、間髪いれずに発動したにも関わらずペナルティを受けた様子は無かった。まだ修羅場になっていないから焦ることはないが、簡単にできることではないだろう。
詠唱の合間の立ち位置も見事なものだった。カインの斜め後ろ、悠仁の射線を切らない場所へ、戦闘の流れに合わせて半歩ずつ移動していく。誰かに教えられたのか、それとも痛い目を見て覚えたのか。いずれにせよ、その半歩の積み重ねがいつかこのパーティーの誰かの命を救うのだろう。レベルの数字より、悠仁はこういうものを信用することにしている。
「いやー、ミーナちゃんとAliceちゃんには助けられちまってるな。にしてもよミーナちゃん。」
「ん?どうしたの?」
「さっきからよ、何でジャイアントラットも体を狙わずに足を良く狙うんだ?ジャイアントバットもだけど。さっくり体に当てたほうが早く倒せるだろうに。」
カインが疑問に思っている。
「あー、だってそのほうが経験値が多く入るでしょ。私が倒しちゃうと私ばっかりに経験値が入ってYujiとカインが育たないじゃない。」
「あー!なるほどな!そうか、パーティーに入ってるから経験値は入るけど直接倒したほうが多く入るのか!」
「そうですね、働きに応じた経験値が量になって現れるので今回続けざまに防御と戦闘を行ってるカインさんはかなりの経験値を獲得しているはずです。」
「しかもここのモンスターの強さ的にちょうど適正だしねー。2時間も狩り続けてればレベル上がってるんじゃない?」
「おぉ!そうなのか!どれどれ…」
カインが自分のプレイヤーカードを収納から取り出す。
「…おぉ!!!Yuji見てくれ!」
「どうした…?おぉこれはすごい。」
カインのレベルが12から14に上昇している。もともと13にそろそろなるかならないかの瀬戸際だったのだがまさか1レベル分稼いでしまうとは。
「すごいなカイン、これならここで狩り続ければもっとレベルが上がりそうだな。」
「いや、毎日は勘弁してくれ…。精神と命を削ってる感すごいのと、パワーレベリングしてる感が半端ない。」
「確かに…Aliceの回復と、ミーナの補助があるからこのレベルのモンスターを複数体相手にできているな。特に少し前のネズミと蝙蝠の同時攻撃には参ったな…」
「あれは危なかったな…。ミーナちゃんが綺麗に回避してくれてなかったら大変なことになってたぜ。」
種類の違うモンスターの同時攻撃は大変である。ジャイアントラットだけだと確定しているのであれば足下を中心に見続ければいいし、ジャイアントバットなら上を見ればいい。しかも相手が同じなら同じ行動を素早く連続でおこなえば防御は完了するが、見る場所や攻撃が違うと、違う動作を素早く連続でこなす必要があるので難易度が段違いに上昇する。先ほどの戦闘ではジャイアントバットの攻撃に気をとられてしまったカインの足元を、ジャイアントラットが通過してしまうという事故があったのだ。
(まぁあの身のこなしだから心配はしてなかったけどな…)
ミーナはモンスターが飛び掛かってくるのを確認するや否や素早いバックステップで攻撃を回避して前にダッシュをしてナイフを首に突き刺していた。まさにハンターの戦い方だ。
一部始終はほんの二呼吸ほどの出来事で、悠仁は詠唱の途中で目標を失ったくらいだった。回避から反撃への切り返しに、迷いの間がまるでない。この速さが後衛の生存率をどれだけ引き上げてくれるか、考えるまでもなかった。
「今日はこの辺にして帰るとしよう。これ以上はカインの疲労が酷い。事故に繋がりかねないからな。」
「さんせー、私もこんなに長く洞窟にもぐったの久しぶりだよぉー…、早く太陽がみたい…」
「そうですね、私の収納もそろそろいっぱいですし、帰りの戦闘も考えるとこの辺りで引き上げるのがいいと思います。」
「そうだったー…帰りも戦闘があるんだったな…。帰りはなんか楽に帰る方法とかないのかよぉ…」
「だからこそ冒険は計画的にな。さて、帰ろうか。」
一行は道を引き返し始める。
来た道は同じはずなのに、帰りの洞窟は少しだけ広く見える。慣れというより、疲労が警戒の輪郭を丸くしているのだ。こういう時こそ危ない、と悠仁は先頭を行くミーナの背中に改めて目を配った。行きに数えた天井の雫は、帰りも同じ調子で落ち続けている。
「それにしても明日が休日でよかったよな、じゃなかったらこんなに長く狩りもできないし…。そういえばミーナちゃんとAliceちゃんはこんな時間までゲームしてて問題ないのか?」
カインが二人に問いかける。
「あー、私は大丈夫。仕事終わりに来てるのと、何より社会人だし。」
「私は…、お店が家から近いので。」
「そうか、ならよし!帰りたくなったらすぐ言うんだぞ!」
(カインも中々に面倒見がいいからな。女性が相手でこの時間となると気になるところもあるだろう。)
「カイン、じゃあ帰るまでしっかり守ってもらおうかな、来るわよ!」
ミーナが敵を感知したのかカインに敵の接近を知らせる。
「よっしゃ任せとけ!」
「無理はするなよ!」
「私もサポートしますね。」
こうしてライン鉱山、帰宅の旅が始まった。




