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羽根

――リットリア領 アルゴラ台地 頂上


「あぁ…っ!!」


アリスの目の前、あと少しで手が届きそうだった悠仁の背中には大きな鉈が深々と刺さっており腹部からはその刃が見えていることから貫通していることがわかる。


(どうしてっ…どうしてっ…!!)


あと少しで届いたのだ。よく見えなかったが悠仁は恐らく手を引いたように見えた。


「こんのくそがぁああぁぁぁああ!!!」


遅れてやってきたカインが盾を投げ捨てて大剣を両手で持ち、地面から天へ向かって振り抜く。レッドキャップはもう避ける体力も受ける体力も残っていなかったようで体は数メートル上空へと浮かんで、数秒後強かに地面に打ち付けられた。


「ふっ!!」


燃え盛る魔槍を持ったフルールが高く飛び上がり、重力を利用してレッドキャップの体を地面に縫い付ける。レッドキャップの体はビクンビクンと痙攣して、その後動けなくなった。フルールは死亡確認のためにすぐに剥ぎ取り用ナイフをその体に差し込むと、ガラガラとアイテムを落としてその体は消え去った。


「悠仁さんっ!悠仁さんっ!」


アリスが鉈の抜けた悠仁に必死に呼びかける。出血量は素人から見ても致命的。アリスの白と青を基調とした神官服は悠仁の血で赤く染まり、絶望を加速させていく。


(血がこんなに…これは…。)


アリスの職業はクレリック兼カーディナル。人の体を治し、癒すことを生業とする職である。何人も何人も治療をしていたため、悠仁の様子を見ればわかる。


【これは助からない。】


「悠仁っ!!」


「Yujiさんっ!」


「先輩!」


「あぁ…!なんてことっ!」


他のメンバーがアリスと悠仁の元へ駆けつける。アリスの足に頭を乗せられて、ぴくりとも動かない悠仁のことを囲み、皆様子を窺う。


「くそっ!!」


カインが収納から持てる中で一番のヒーリングポーションを取り出して悠仁の体に振りかける。しかし、回復の証拠でもある淡い光は発生せず効果がないことがわかる。


「アリス!回復を…っ。」


ミーナがアリスに向かって叫ぶ。しかしアリスは俯いたまま肩を震わせるだけで動かない。


「ちょっとアリス!ぼーっとしてる場合じゃっ…。」


ミーナがアリスの肩を掴もうとした瞬間、アリスがその手をはたき飛ばす。


「分かってますっ!!誰よりっ!何よりっ!何とかしなくちゃいけないのはっっ!!」


アリスが叫ぶ。その顔は整った顔立ちが台無しになるほど涙でぐしゃぐしゃになっており、瞳も涙で赤く染まっている。アリスは再び俯いて自身のふとももの上に頭を乗せている悠仁を見る。ぽたりぽたりと涙が悠仁の頬を伝って地面に落ちた。


アリスが悠仁の手を取る。


(冷たい…冷たいよ…。悠仁さん…。)


いつも自分の頭を撫でてくれた手。大きな大きな、優しい手。怖がっていたアリスをいつも落ち着かせてくれていた、温もりが溢れる手。それがどうだろう、冷たく重く、まるで初めからこうだったと錯覚させるような温度をしている。だがどんだけ祈っても、どれだけ願っても、状況は改善しない。ここが聖堂だったならばチャンスがあったかもしれない。しかしここはアルゴラ台地、戦場だ。


「だめ…だめ…。待って…、まだ私…。悠仁さんに言ってないことが…。」


どんどんと失われていく体温を目の前にしてアリスは今までにないほど頭の中が真っ白になっていく。今まで何人もの冒険者を治療してきたにもかかわらず大切な人がそう言うことになったらなんと脆いのだろうか。


(どうしたら…あぁ…血が止まらない…。だめ……もう…。)


ぺろっ。


アリスの頬に柔らかくて小さい物が這う。アリスが視線を向けるとフェリスが涙を舐めとるように頬を舐めていた。アリスと目が合うと突然肩から降りてアリスの収納を噛んでずりずりと引き摺ろうとしている。


「フェ、フェリス、一体…。」


フェリスは何かをしたいように見えた。ただアリスにはフェリスが何をさせたいのかは分からない。ただ収納に注目させたいようだった。こんな時に余計なことをしている暇などないのだが、他に手もないのでフェリスが引き摺ろうとしている自分の収納に手を突っ込んでみる。


(…え?)


手に伝わってくるのは温もり。温かで、触っているだけでその悲しみが癒えていくようなそんな温もりだった。アリスはそれを掴んで、収納から取り出した。


「これは…。」


アリスの手に握られていたのは羽根。白く、柔らかく、とても軽いが、ぼんやりと輝いていて、仄かに温かい羽根だった。くすんでいるところなどどこにもなく、真っ白で綺麗なそんな羽根を握っていると羽根に関する記憶が甦ってくる。


(これは私が試験の時に…いや、そうじゃない、これは…。)


段々と頭を落ち着ける。この羽根はアリスがまだHOPEの世界に入ったばかりの頃、手に入れたものだ。アリスは藁にも縋る思いでその羽根を両手で包み込んで祈りを捧げる。


(どうか…どうか…。)


【…こほんっ…。我が敬虔な僕よ。我に何を乞う。】


(!?!?)


突然アリスの脳内に声が鳴り響く。かなり幼い、そして女の子のものと思しき声が聞こえたのだ。突然のことで驚きを隠せないが、今はそれどころではない。超常現象だろうが頼れそうなものにはなんでも頼る。


(私の大切な人が死の淵を彷徨っています…。どうか救っていただけませんか…。)


【……】


(どうか…どうか…。)


【よかろう、ではその羽根の持ち主を強く思い描き、祈りを捧げよ。】


(羽根の、持ち主。)


この羽根の持ち主、街の中で泣いていた可愛い女の子。栗色の髪をしたちょっといじらしい女の子。笑顔が可愛くて、この羽根をアリスに渡した……。


…………………………………………。


「……え?」


いきなり訪れた静寂。今までパーチのメンバーを含め悠仁の周りに集まっていた冒険者の声がざわざわと聞こえていたが、突然その声が消える。そして閉じている瞼から感じる強い光。アリスはそれに釣られて瞼を上げる。


「あ、あ。」


間抜けな声が出る。仕方ないだろうそれだけの光景がアリスの前に広がっていたのだから。


ヒュサッ!!


力強く風を切る音が耳に届く。アリスの目に映ったのは曇天の闇夜を照らす光の中、天から降りてくる白い球体。そしてそれが力強く広がり、中から現れたのはアリスの記憶にある少女。


「レイナ…。」


「久しぶりだね。お姉ちゃん。…とと、ダメダメ。…こほん。」


背中から綺麗な双翼を生やした少女は宙に停滞したまま咳ばらいし、高度を下げてアリスに話しかけてくる。


「その者は既に旅立とうとしています。引き留めたいなら祈りなさい、そして言葉を紡ぐのです。」


あまりの驚きで思考が停止しそうだが、アリスは跪き、両手を組んで祈りを捧げる。そして一つ一つ、言葉を紡ぎ始める。


「お願いお願いどうか逝かないで…」


辺りは静まり返っている。縋るようなアリスの声と、風が吹く音だけが響き渡り皆の視線はアリスに集中する。


「あなたはまだこの世界に必要な人 主よ慈悲深き女神よ 死の甘い香りと 神の口笛に誘われたこの迷い子を…」


アリスの双眸から涙がこぼれる。その言葉一つ一つを、天から舞い降りた少女は目を閉じて聞き入る。


「その御名の下 今一度祝福を与え給え」


「…いいでしょう。汝の願い、確かに聞き届けました。我が手でその者の命を掬いましょう。羽根を。」


アリスは立ち上がって、握り込んでいた羽根を少女へ手渡す。羽根を受け取った少女は悠仁の体に向かってその羽根を投げる。吹いている風を無視してその羽根は悠仁の体の上にゆっくりと落ちた。


「さぁ、戻るのです。貴方を必要としているか弱き我が僕のために。」


少女が命じると、悠仁の体は金色の光に包まれてゆっくりと宙に浮き始める。段々と浮き上がるその体はアリスの目線ほどで止まり、ゆっくりと体を起こしていく。丁寧に地面に両足を付けられ、悠仁はゆっくりとその瞼を開けた。


「…あれ…、ここって…。」


聞きたかった声。見たかった目。触れたかったその手。アリスの欲しかった全てがそこにある。


「あ…あぁ…。」


アリスは手を伸ばしてよたよたと歩き出す。まるで生まれたての小鹿のようだ。視界は涙でめちゃくちゃで、まともに前を見ることもできない。ずっと見たかった姿なのにその姿をはっきり見ることすらできない。その姿を見たくてアリスは服の袖で涙をぬぐう。悠仁に内緒で買ったメイクも崩れてしまっている。こんな姿どうやっても見せることはできない。だが今は、それよりも。


「ア、アリス…?あれ、どうして。俺は死んだはずじゃ…。」


アリスは手を伸ばす。もう還ってこないと思った温もりがそこにある。アリスの手を悠仁の手が包む。

手が触れた瞬間、胸が高鳴る。私はこれが欲しかったのだと、再確認する。


「ゆ、悠仁さん…。」


「アリス。」


自分よりも大きなその体を、アリスは両の腕で抱きしめる。もう自分の腕から逃れないように。アリスは泣き顔を見られないようにその胸に顔を埋めると優しく、懐かしい香りがした。


「…心配、かけたな。」


「ホントです…。ホントに…、貴方って人は…。」


「ごめん…。」


「…いやです…。許しません…。」


「それは、困ったな。アリスに許してもらえないなら死んでいた方がマシかもしれないな。」


「ダメです…。それも許しません…。」


「なかなか無茶なこと言ってくるな。うちのサブマスターは。」


「悠仁さん。」


アリスが顔を上げる。涙で腫れた瞳が痛々しい。しかしそんなことは関係なく、アリスは悠仁の目をまっすぐ見据えた。


「ん?許してくれるのk」


「好きです。」


「…は?」


「…聞こえないフリはダメですよ。もう言いません。」


「え、ちょ…。」


この驚いた顔が見れたので、少し許してあげよう。そう思ったアリスは悠仁の体から離れて少女の元へ向かう。


「…久しぶりだね。お姉ちゃん。」


「久しぶり、レイナ。少し背が伸びたみたいだね。」


「えへへ、私も成長期ってやつだからっ!」


少女はまだ小さな体を反って成長していることをアピールしてくる。そんな昔と変わらない姿になんだか緊張が解けてくるようだった。


「あなたは、神様なんだね。」


「…そう。私は女神サラの娘。後の女神になる存在。…って言ってもまだまだ半人前だけどね。」


レイナは困ったように笑う。以前アリスと出会った時よりも随分と成長しているようで、その表情からは大人っぽさを感じる。


「…ありがとう。」


「ふふ、あの人、お姉ちゃんの好きな人なんだね。」


「そうだよ。私の大好きな人。でもね。」


アリスは目の前にいる小さな少女を抱きしめる。


「わわっ…。」


「あの人を助けてくれてありがとうレイナ。あなたのことも大好きだよ。」


アリスはその小さな体を壊れないように、しかし力強く抱きしめる。少し驚いていた様子のレイナも、アリスの背中に手を回して優しく抱きしめかえした。


「うん、私も。お姉ちゃんが大好きだよ。」


レイナはアリスの背中をポンポンと叩く。これではどちらが姉か分からない。


「君もありがとう。神の使いの名は伊達じゃないね。」


レイナはフェリスの頭を撫でる。あまり人に懐かないフェリスが嬉しそうに喉を鳴らしながら頭を撫でられている。


「…私、そろそろ行かないと。…お姉ちゃん、これ。」


レイナは悠仁に使い終わった後の羽根をアリスに手渡してくる。


「もう誰かを助けることはできないけど、私の一部だから。お姉ちゃんに持っていてほしいな。」


アリスはその羽根を受け取って収納にしまい込む。


「…うん、大切にする。あ、これ。」


アリスは自分の髪につけている花飾りを取り外してレイナの髪につける。


「これ、あの人にも褒められたんだ。羽根のお返しに持っていてほしいな。」


「ふふ、ありがとう。大切にするね。じゃあ…。」


レイナは双翼を広げて力強く羽ばたく。体は宙へ浮いてその瞬間、天から再度光が差し込んだ。レイナは優雅に、そしてゆっくりと羽ばたいてその光の中に入り込んでいく。


『ね、私上手にできたかな。』


『えぇ、レイナ。よくできたわ。花飾り、よかったわね。』


『うんっ!』


アリスの耳に懐かしい声が聞こえてくる。きっとアリスにしか聞こえていないであろうその声の相手にアリスは祈るのではなく、ゆっくりとその頭を下げた。


「ア、アリス。今のは…。」


天からの光が消えると同時に驚いたような顔をしたミーナがアリスに駆け寄ってくる。それはそうだろう。天から人が降りてきた後に悠仁が生き返り、また天に帰っていったのだから。


「んー、その話はまた今度。それよりも…。」


「へっ?」


未だに驚いたような表情が顔に張り付いている悠仁を見てアリスは微笑んだ。


「帰りましょう。寒いですから。」


アリスはもう一度天を仰いで、そして歩き出した。

ブレッシング(魔法)

神聖属性の7小節魔法。死の淵にある者を現世に呼び戻す魔法。膨大な魔力を消費する上にカーディナルでなければ使うことのできない魔法である。神の祝福を受けるため高い信仰心と清らかな心も必要になるという魔法という体系から少し外れた魔法である。神の奇跡ともいえるその魔法は単体では発動することができず、依代を用意する必要がある。その形状、種類は様々だが等級が1の物が多く、貴重である。


女神レイナの羽根 (アイテム)

女神レイナの羽根。仄かに光っている。触れると温かく、優しい気持ちになれる羽根。鳥類のものと比べて信じられない程軽量である。女神は自身の体の一部を分け与えることでその者とのパスを開くことができる。それは依代となり、その者を助ける。神の規律として平等に守るべき人間に対して軽々しく手を差し伸べてはいけないとされているため、神の持ち物を持てる人間は非常に稀である。

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