対レッドキャップ⑧
(こっちの被害がそのまま相手の有利に繋がる、つまりこっちの失点は許されない…。)
今までのレッドキャップの行動から、血液が敵のエネルギーであることが判明した。悠仁達の流す血液は大したことがないのだが、初心者冒険者が襲われた場合、殺害をされるので多量の血液がまき散らされることになる。この状況は、充電器を横に置きながら電気製品を使っているような感覚だろう。後先を考えなくても攻撃ができるというのは脅威だ。守るほど不利になる戦場——そんな理不尽が、確かにここにある。
「アリス、やることは多いが頼む。」
「はい、任せてください。」
その声に迷いはなかった。悠仁は一瞬だけ、隣の小さな相棒の横顔を見る。任せられる、と思える。それだけで肩の荷が一つ軽くなった。
今回の作戦では、明らかにアリスの負担が大きくなる。悠仁が攻撃に移るため全体の管理はアリスが行い、水晶を見ての弱点属性の告知も行い、バフの更新や、必要があれば自分が攻撃に転じ、負傷したメンバーがいれば回復に回る必要がある。悠仁が全体の管理ができればよいのだが、ダメージソースとして大きな役割を担うため、それが困難である。
「ステラ、頼むぞ。フルールは詠唱時間的に少し厳しいところがある、俺とお前が鍵だ。」
「は、はいっ。こほん…、大丈夫です。」
「…?」
少し焦っているようにも見える。気だるげな「……」を口癖にする普段の彼女らしくない、上ずった声。戦闘の経験値的には一番積まれているはずなので、ここで緊張する理由が見えないが、責任を感じているのだろうか。星の魔女帽子の鍔をくいと下げて、ステラは表情を隠した。
「カインとミーナ、フルールは武器に属性付与をして近接攻撃、確実に次の弱点がわかる場合には魔法攻撃に移ってくれ。」
「おうよ、任せとけ。そろそろ我慢の限界だぜ…。」
「私はこいつのカバーをすればいいわけよね。任せて。」
「わかりました。じゃあ私も基本はカインの補助ですね。」
それぞれの役割を確認していく。役割を確認している間も、アリスはプロテクションで相手の攻撃を防いだり、アクセラレーションの重ね掛けをしている。会話の裏でも、その指は一秒も止まっていない。
「そうだ、それで問題ない。相手は手負いの獅子だ。馬鹿じゃない、恐らく自分の弱点が解析され始めているのもわかるだろう。だから短期決戦だ、長期化させてしまえば被害の拡大と相手の回復につながるからな。」
悠仁は全体の意思統一を図る。皆もうベテランだ。一度説明を行えば、最適な行動を起こしてくれるだろう。言葉は短くていい。背中を預け合った時間が、足りない説明を埋めてくれる。
「じゃあ…。」
カインが盾の持ち手と大剣の柄を握り込んで、疾走の体勢を取る。それを見て他の2人も身構えた。空気がぴんと張り詰める。
「後は頼むぜっ!」
ドンッ!と地面に穴を残して3人は走り出す。あっという間にレッドキャップに接近したのだが、3人の攻撃を何とか防ぎきるレッドキャップの身体能力は驚異的だ。手負いになってなお、その反応は人智の外にある。
「恐らく…氷です!」
アリスの声が響く、悠仁とステラは攻撃に移る。悠仁は杖と魔導書を、そしてステラはスクロールを取り出す。どうやってもステラの魔法発動が早い。ステラはスクロールの封を解いて魔法の発動をする。
「フロストバイト!」
「水よ 槍持たぬ我の槍となり 我らの敵を討て」
ステラの目の前では氷の大蛇が出現し、レッドキャップへ向かって飛んでいく。
「アイススピア!」
悠仁も素早く詠唱を完成させて、自身の頭上に氷の槍を出現させる。時間を優先したので、その数は4本だ。杖を振ると、レッドキャップへ向かって飛んでいく。
「!?離れろっ!!」
カインが大きな声で他の2人に指示を出した。2人も驚いたような顔でレッドキャップから距離を取る。次の瞬間、予想していなかったことが起きる。
パパパパパンッ!!
レッドキャップの周りで、飛んでいったはずの氷の蛇と、悠仁が作り出したアイススピアが粉になって消え去った。砕けた氷の粒が、陽光を弾いてきらきらと降る。
「まさか…。」
数瞬、瞬きをしてしまったら見えなかっただろう。悠仁が見たのは、レッドキャップの頭上に浮かんだ氷の槍。レッドキャップがどのような魔法を使うか分からないのは今まで通りだが、悠仁の予想が正しければ。背筋を、冷たいものが滑り落ちた。
「カイン!俺のか!?」
「…ご明察だよっ!!」
それだけ叫んでカインは再度レッドキャップに接近する。
(まじか…。思った以上に…。)
悠仁はマナポーションを飲み干して気持ちを落ち着かせる。喉を通る液体の冷たさで、辛うじて鼓動を抑え込む。
「ゆ、悠仁さん。今のってまさか。」
「あぁそうだ。あいつ、俺の詠唱文を真似してアイススピアを使いやがった…。」
「そんなことできるんですか、だって詠唱文って…。」
そう、詠唱文とは定型ではない。自分の中の魔力を、自分のイメージ通りに現実世界へ顕現させるために唱えるものだ。このゲームでは職業レベルが足りていなければ使うこともできない上に、一節ごとに魔力を込めるのも多節になるほど難しくなる。人によってイメージが違う物を、同じ詠唱文で発動させることは困難なのだ。指紋を盗んで指の形まで真似るような、そんな芸当だ。
「あいつはそれができるってことだ。こりゃ本当に短期決戦にしないとまずい。」
恐らく込められる魔力の量は、破壊された魔法を見ると同等。追尾型の魔法を迎撃できるほどの認識能力と正確性。恐らくレッドキャップは既にアイススピアの性質を理解しただろう。相手の手が増えたことで、こちらの防御が困難になってしまった。これ以上不用意に相手に手を与えるのは、形勢逆転を意味している。盤面が、また一手分こちらから遠ざかった。
「どうすれば…。」
「大丈夫だ、手はある。少し威力は下がるだろうが、こっちにはこれがあるからな。」
そういって悠仁はタバルの魔導書を叩く。アリスは少し意味が分かっていないようだったが、論より証拠だ。悠仁は軽くウィンクをしてアリスに次の属性を言う様に促した。窮地でこそ、軽口の一つも見せておく。リーダーが余裕の顔をしていれば、それだけで仲間の指は鈍らない。
「えと、雷ですっ。」
「よし、駆けろ閃光 我に仇為す眼前の敵に 等しく死を齎せ」
「それって…。」
そう、これは悠仁のライトニングボルトの詠唱である。しかしこれは改良前の物だ。これを魔導書に素早く移動させる。魔力を受け取った魔導書はページがパラパラと捲られて、悠仁が唱えた詠唱とその構造が書き込まれる。すると、悠仁の頭の中に声が響く。
『これっ、前に教えたじゃろう。ライトニングボルトというのは…。』
「いいんだタバル。やってくれ。」
『なるほど、策があるということじゃな。やれやれ、老人を使うのはたまで頼むぞ。』
そういって魔導書に書かれている文字が書き換わる。これが目的なのだ。レッドキャップが盗めるのは、見せた詠唱文だけ。なら、見せる物をすり替えればいい。悠仁は魔導書から素早く魔力を杖へ移動させる。少し頭痛がするくらいの速度だが、いまはそれどころの話ではない。悠仁は杖を振ってその魔法を発動する。
「ライトニングボルト!」
悠仁がその魔法名を宣言すると、レッドキャップの上に黒雲が出来上がる。
「悠仁!まただぞっ!!」
「任せとけ!今見せてやるっ…!」
レッドキャップも同じように魔法を発動するはず、なのだが。
『ギッ…!』
発動しない。恐らくカイン達にはレッドキャップが詠唱していることが聞こえているのだろう。それでもレッドキャップの魔法は不発に終わったのだ。盗んだ詠唱文と、込めた魔力の設計図が噛み合わない——種を割られた手品師の、空ぶった指先。カイン達はライトニングボルトの衝撃に備えてレッドキャップから距離をとる。細かい攻撃に合わせてバックステップと前進を繰り返している姿は、さながら激しいダンスだ。バチバチと帯電している黒雲はその勢いを増し、その時が訪れる。
パァァァァアアアアアンッ!!
破裂音と共にレッドキャップに黒雷が落ちる。空気が焦げ、髪の先まで産毛が逆立つ。ギリギリ制限時間に間に合ったようで、その轟音の向こう側で、微かにレッドキャップの悲鳴が聞こえている。
(思った通りだな。これならいける。)
「悠仁さん、今のは…。」
「その話は後だ。今は畳みかけるぞ。」
「は、はいっ。次は風ですっ!」
それを聞いたステラはすぐに次のスクロールを取り出す。封を切ってすぐに魔法名を読み上げた。気だるげな仕草のまま、しかし手だけは矢のように速い。
「ドレッドゲイル」
ドンッ!!
爆発音のようなものが鳴り響いたと思ったら、レッドキャップの体が左へ吹っ飛んでいた。頭にクリーンヒットしたようで、かなりのダメージを受けているように見える。ここが勝負どころだ。流れは、確かにこちらへ傾いている。
「次は…火ですっ!あれ…ってことは…。」
アリスが水晶を地面に丁寧に置いた。何を考えているのかは分からないが、それよりも悠仁は詠唱を開始する。
「炎よ…。」
それをすぐに魔導書へ流し込み、変換をして杖へと流し直し、振る。
「ファイヤーボール!!」
「悠仁!」
悠仁が魔法の発動をしたと同時に、カインから再度警告が飛んでくる。
「大丈夫だ!恐らくそれは不発に終わるっ!」
「はぁ!?」
「いいから避けろ!」
悠仁は出来上がった蒼く輝く火球を、杖を振り、レッドキャップに向かって飛ばす。
『ギェッ…!』
レッドキャップも何かを発動させようとしたようだが、それは不発に終わって、モロに悠仁の強化されたファイヤーボールを食らい、体が炎に包まれている。一度刷り込んだ偽の詠唱文が、また相手の手を縛ったのだ。悠仁が手ごたえを感じていると、横で空気中のマナが輝きだす。悠仁が釣られて横を見ると、アリスが杖を構えて詠唱をしていた。
「我は主の従順なる僕 我を害することは主に仇為すことに等しく その罪は死を以ってのみ赦される 主はここを終わりの地と定めたり 故に罪を償い地に還れ」
今は火属性攻撃が効く時間であるが、アリスが詠唱しているのは神聖属性魔法だ。その長い節の一つ一つが、静かな鐘のように空気を震わせる。
「なんで、」
「大丈夫です、見ててください。」
アリスは全てを悟ったような余裕で、悠仁に向かってウィンクをしてきた。
「アリスがそういうなら。」
悠仁の返事を聞いて満足そうに笑ったアリスは、魔法名を宣言する。
「パニッシュメント」
空が割れる。間から出て来るのは水色の腕、その手には巨大なメイスが握られており、人間では太刀打ちのできないものであることが、遠目からでも理解させられる。その影が落ちただけで、台地の空気がずしりと重くなった。
「いつでも。」
ステラがアリスに向かって微笑む。普段の気だるげな顔に、ほんの少しだけ熱が差している。どうやら悠仁の魔法の着弾と同時に、行動を封じていたようだ。ステラの手元からは、ハラハラと黒く変色したスクロールの欠片が流れていた。使い切った札の残骸だ。アリスは頷いて、杖を振り下ろした。




