対レッドキャップ⑦
悠仁とアリスが覗き込んでいる弱見の水晶の先にいるのはレッドキャップ。今現在もうちの前衛三人を相手に余裕ともいえる体制で攻撃を防いでいるその敵に、赤く渦巻いていた何かがまとわりついて色を変化させている。青、水色、黄色、緑と規則性は分からないが、約15秒ごとに変化しているように見える。
その色の移ろいに、悠仁は妙な引っ掛かりを覚えていた。乱雑なようで、どこかに芯がある。手品の種が、布の下で確かに動いている気配。
「まさかっ!!」
悠仁は勢いよく顔を上げた。一つの可能性が脳裏をよぎる。もしその仮説が正しければ、今までの行動に説明がつくのだ。あの理不尽な防御も、自分達がさんざん振り回された理由も。
「アリス、何秒ごとに色が変わってるかわかるか?」
「………、15秒ですね、しかもかなり正確です。」
水晶を見つめるアリスの瞳が、針のように細められている。一瞬の閃きすら逃さないという集中。
「よし、色の変化に規則性は?」
「………、まだわかりません。ただ、赤色になって次に赤色が出て来るまでは時間がかかっているので、箱から無作為に抽出して、全部選択し終わったら出しているような感じだと思います。」
「なるほど…。次の赤色が来るタイミングは分かるか?」
「…今でたばかりなので1分後…、それくらいだと思います。」
「わかった、水晶は預けるから、なったら大声で知らせてくれ。俺は間に合う様に詠唱を始める。」
素早く会話を終了させて、悠仁は詠唱を始める。
(設置型で発動までが早くて短いけど、確実にダメージを与えられるもの…。)
自分が使うことのできる魔法の中から、今回の仮説を証明するために適したものを選択する。検証のための一手だ。外せば、確かめる手段そのものが減る。
「顕現せよ我が炎 峻烈なるその揺らぎで包み込み 焼き尽くせ」
そしてそれは、まだ発動タイミングではない。悠仁はいったんその魔法を魔導書へストックする。そしてアリスの掛け声を待った。
長く長く感じるその時間、前衛の3人の観察をすることができた。カインはレッドキャップ向かって右側に立ち、大きな鉈による攻撃を受け続けている。筋力と体力に物を言わせて正面から打ち合いをしている。鉈と剣がかち合うたびに、火花とも鉄粉ともつかぬものが散る。ガッ、ガッ、と鈍く重い音が腹の底まで届いて、離れている悠仁が思わず目を閉じてしまいそうになるくらいの衝撃が伝わってきている。一打受けるごとにカインの足が、わずかに、確かに後ろへ滑っているのが見えた。
ミーナとフルールは、その柔軟な戦闘方法、素早い状況判断に加えて体の柔軟性もあり、ダンスをするように攻撃を避けている。カインのように正面から受けるのではなく、全てヒットしないように避けているのだが、その体にはいくつもの血の筋が描かれていることから、如何に攻撃を回避するのが難しいかが想像できる。掠めた刃が一本、また一本と赤い線を引いていく。ステラは補助魔法で援護をしているようだった。銀白の長髪を星の魔女帽子の下に流したまま、低い背丈をわずかに揺らして杖を操る。気だるげな所作の裏で、その指先だけが休まず動いている。3人が至近距離で時間を稼ぐことができているのは、そのおかげであることが大きい。
初心者冒険者達は、ある者は絶望したように、ある者はまるで映画を見ているかのように、その光景を見ている。誰かが小さく祈りの言葉を漏らし、誰かは口を半開きにしたまま動けずにいる。彼らのレベルと経験では、一回のミスがそのまま命に関わるのだ。戦闘に参加させたくてもできない。そして離れすぎてしまうと不意な行動に対応できない為、今の状況になっているのだ。守るべき背中が、そのまま重しでもあった。
悠仁は魔導書に浮かび上がっている文字を撫でる。優しく、愛でるようにその文字列を撫で、これから起こることに思いを馳せる。
(どうか…、この予想が…。)
今からしようとしていることも、結局は予想の末にあることだ。確証などない。一つの読み違いが、誰かの命に化けるかもしれない。悠仁はせめて少しでも状況が好転すればよいと願い続ける。
「悠仁さんっ!」
待ちに待った、しかしどこかで聞きたくなかった声が聞こえる。賽は投げられた。ただ今やらなくては、絶対に勝利はないのだ。
悠仁は目を閉じながら魔導書から魔力を自身に戻し、杖へと送る。瞼から伝わってくる宝珠が光る速度が、随分とゆっくりに感じた。
「……3人!後退!」
悠仁が叫ぶと、3人は何の疑いもなく距離を取る。その信頼の速さが、今は何よりありがたい。レッドキャップはすかさず距離を詰めようとするが、その足はステラの魔法によって泥に沈んでいた。
(頼む…。)
希望というには少し頼りがいのない明かりに手を伸ばし、悠仁は魔法を発動する。
「フレアトルネード!」
赤く、しかし以前よりも確実に温度が上がっている炎が、竜巻が発生する時のようにレッドキャップの足元からせり上がってきた。炎は一瞬にして立ち上り「ゴォォォ!!」と強い音を出しながらレッドキャップの姿を覆い隠す。その熱気はどんどんと勢いを増していき、顔に照り付ける。汗ばんだ頬がじりじりと炙られ、瞼の裏まで赤く染まる。とても長く感じた5秒ほどの魔法の効果が切れ、その中からレッドキャップの姿が現れる。
『ギェフ…ギェ…ギェ……。』
「き、効いてる!?」
「おい悠仁どういうことだ!」
ミーナとカインが驚いたように声を上げた。炎の中から出てきたレッドキャップは、先ほどの攻撃からは想像もつかないくらいのダメージを負っていたのだ。焦げた肉が斑にめくれ、立ち上る薄煙が血の臭いと混じる。もちろん致命傷というにはほど遠いものだが、続けていけばどんどん有利に戦闘を進められると確信できるような、そんな雰囲気だ。
「話せば長くなる。ただ、あいつの弱点属性は時間によって周期的に変わってるってことだ。」
悠仁の仮説は正しかった。レッドキャップは復活後、自身の弱点属性を意識的か無意識的かは分からないが、時間で変化させることによってダメージを負うことを防いでいたのだった。その為、火属性魔法が効く瞬間に火属性攻撃を行ったため、効果的であると誤認してしまったのだ。実際にはタイミングが合っただけであり、偶然だったのだ。盤面を支配していたのは相手で、こちらはその掌の上で踊らされていたにすぎない。だが今、種は割れた。
「つーことは、指示に従って攻撃してけば、あの糞野郎を倒せるってわけだな。タネがわかっちまえばこっちのもんよ。散々手こずらせてくれたじゃねぇか、しっかりお返ししてやんなきゃなぁ。」
カインは手甲の上から指をボキボキと鳴らして怒りを漏らしている。今まで突破口もなく、ただ一方的に攻撃されていたことが相当ストレスだったのだろう。足元を固定されながらも鉈を投げ飛ばしてくるレッドキャップの攻撃を剣で弾きながら、その主を見据えている。歯を剥いて笑うその顔は、もう敗者のそれではなかった。
「私もそろそろなんかしたかったのよねぇ。ねぇアリス、近接攻撃って効くの?」
「えぇ、恐らく。どの色にも…えと、どの属性も弱点にならない場面があるので、多分その瞬間かと。」
「へぇ、じゃあ私もリベンジできるって訳ね。乙女の柔肌に傷をつけた罪は、しっかり償ってもらうわよ。」
ミーナは短刀の背を撫でながら嬉しそうに笑っている。目が笑っておらず、カインと同じくストレスがたまっていたようだ。頬を伝う血の筋を、親指でぐいと拭った。
「あ、すみません。そろそろテラーマッド切れるので準備お願いします。」
悠仁とアリスがメンバーに説明している間、ステラが行動を制限してくれていたようだ。気だるげな「……」を一つ零して、ステラは次の詠唱へと指を滑らせる。
「よし。弱点属性はアリスが指示する。それまでは攻撃を受けないように、攻勢に転じられる瞬間は一気に行くぞ。俺とフルールとステラは属性を変化させながら攻撃…。ってフルールは難しい…、あぁ、そうだ。」
スクロールによって魔法の即時発動ができるステラ、魔導書に魔法のストックをすることで魔法の同時発動、そして即時発動を可能にしている悠仁、フルールは使う魔法は強力であるものの詠唱は長く、発動が間に合わない可能性がある。手札の形が、それぞれに違う。
「あんまり長い時間使うと負荷が大きいから、ここぞってときだけにしたいんだが、フルールに補助魔法をかける。これで上手く魔法を叩きこんでくれ。」
以前悠仁が自分に使ったことのある魔法。非常に効果的ではあるが、身体に大きな負荷がかかる。ただ回数と威力を制限すれば有用的であることと、この期に及んで出し惜しみなどできないと判断したため、使用することにする。
「は、はいわかりました。」
あまり気は進まない、そう思いながらも悠仁は詠唱を開始する。賭けるのは仲間の身体だ。だからこそ、ためらいは飲み込む。
「律せよ其の心 朱く染まる騒擾の中でも 常に蒼く響け…コンセントレーション!」
杖をフルールに向かって振ると、体は青い光に包まれて淡くなり、消えていく。
「火属性です!」
丁度良くアリスの声が響く。そして次の瞬間、フルールが少し口を動かしたと思ったら、既にその手には魔槍が握られていた。
「はぁっ!?」
カインが驚きの声を上げる。無理もないだろう、普段は長時間かかる詠唱をした後に出現するジャベリンが、既にその手に握られていたのだから。コンセントレーション、使用後のデバフを引き換えに思考速度、反応速度を劇的に上昇させる魔法、ここにアリスのアクセラレーションが加わり、その対象者が素晴らしい身体能力の持ち主ならば、起こることは分かっている。
フルールはまるで映像を早送りしたかのような動きでジャベリンを投擲するが、その速度は思ったほどではない。フルールはそのままレッドキャップに接近をしている。レッドキャップもジャベリンには反応できたようだが、その後に来たフルールの牽制に見事にかかり、ジャベリンを防ぐことができずに直撃した。
ドンッ!!
破裂音と共に、レッドキャップの肥大化した左腕にジャベリンが突き刺さる。思った通り効果があったようだ。悠仁達の視線の先では、汚い悲鳴を上げているレッドキャップがジャベリンを引き抜こうとしている。そうこうしている間にも、フルールが風のような速度で悠仁達の元へ帰ってきた。
「これすごいですn……っ…!」
「お、おいっ。」
フルールが側頭部を押さえてよろめいたため、すかさずカインがその体を支える。
「これがデバフ…副作用みたいなものだ。行動自体は制限されないが、かなり強い痛みが使用後に襲ってくる…。」
悠仁はこれを、Delivoraを使用した状況で使用し、死にそうになったことがある。強化前でもこれだけの副作用があるのだから、乱用は厳禁だろう。効果時間も短い為、使い時をかなり制限されている。一枚の切り札は、抜くたびに使い手を削る。
「だがフルールのおかげで…。」
悠仁はレッドキャップを見る。レッドキャップの左腕はだらりとぶら下がっており、どう見ても行動の支障になっている。小さなプラスを積み重ねていけば、総合的には必ずプラスになる。
「おし、このままいけば……っっ!!」
カインが急に走り出す。周りは何が起きたのか分からなかった。カインが走り出した右前方、その先にはなぜか集団から離れていた初心者冒険者の一人がうずくまっていた。誰もが反応できなかったくらいの速度でも、さすがにレッドキャップに近い場所へは間に合うはずもなく。
キンッ……。
聞きたくなかった音が聞こえた後、冒険者の身体は半分に切断された。ほんの一拍前まで震えていた背中が、二つになって地に落ちる。カインもそれを見てブレーキをかける。伸ばした手が、届かなかった距離のまま宙に残された。肉になった冒険者の身体からあふれ出る血液にレッドキャップが手を向けると、血だまりからレッドキャップの左腕に向かって線が伸び、フレアジャベリンによって開けられた穴を塞いでいく。
辺りに、生々しい鉄の臭いが満ちた。初心者達の一人が嘔吐き、別の一人が声を殺して泣いている。
「…あれが全ての元凶って訳か…。」
血液はレッドキャップが行動するうえで必須になるもの。魔法の使用にも使われ、体の補修にも使われる。鉈の再生にも使われるそれは、逆に言えば原料を絶ってしまえばこちらに有利に働くということである。だが、その原料は——自分達が守るべき者達の命なのだ。
「…勝つためのカードは揃った。そして相手の手ももう見えた。後は順を間違えないように出していくだけだ。気合を入れろ、道は見えてる。」
残念ながら冒険者を救うことができずに帰ってきたカインの背中を叩きながら、悠仁は皆に宣言する。叩いた掌に、カインの肩の震えが伝わってきた。後はどれだけミスをしないかの根競べだ。悠仁達は武器を構えて、最後の攻勢に移ろうとしていた。




