対レッドキャップ⑥
「くっ!ふっ!っっ!!おらっ!」
ガンガンガンと鈍い金属音を出しながら、カインはレッドキャップの攻撃を防いでいる。盾で、剣で、時には手甲そのもので致命傷を防ぎながら、時間を稼いでいる。フォートレスに転職したカインは、攻撃よりも防御を重視している。簡単に攻撃に転じることはできないが、その防御力は折り紙つきだ。打ち合うたびに火花が散り、その一つ一つが、削られていく時間そのものに見えた。
「ぐぁっ!!つぅ!…ちょっとまてやぁっ!!!」
その攻撃は速く、訓練の時のミーナとフルールの連撃を見ているようだった。カインも良くそれについて行っているが、時折完全には防ぎきれずに、鎧の上から攻撃を食らっている。如何に高品質な鎧を着ているとはいえ、打撃に関しては弱い。出血はしていないだろうが、その鎧の下に無数の打撲はあるだろう。ランダムターゲットのせいで、カインから急にターゲットがズレるため、カインは大胆にもその右肩を掴んで引き摺り倒す。
「もらったぁぁあああ!!」
地面に引きずり倒されたレッドキャップの顔面目掛けて、カインが剣を振り降ろす。
ドンッ!!
何をしたのか、どのような動きをしたのか、悠仁にはさっぱり見えなかったが、音がした次の瞬間にはレッドキャップの体が宙に浮いており、カインの剣は地面に深々と刺さっていた。漫画のようにそれを引き抜くことにてこずることもなく、カインは一息にその剣を蹴り上げて地面から出す。
「ちっ!すばしっこいやつだぜ…。」
(カインが防いでいてくれる間に、対策を考えないと…。)
悠仁達は弱点属性が火だと考えていたため、火属性攻撃に重点を置いて攻撃を続けていた。しかしその説は間違いだったことが先ほど判明したため、作戦の修正が必要になった。このまま弱点属性以外の攻撃を続けていても、いつか倒せるのかもしれないが、それではこちらの被害は拡大の一途をたどり、勝利すら怪しい。復活したレッドキャップの耐久力と攻撃性能は非常に高い為、先にカインがダウンすることは目に見えている。
(もっと効果的な攻撃…。ただ…。)
今まで効果があったのは近接攻撃、そして火属性攻撃のみだった。この中で火属性攻撃を防がれてしまうとなると、選択肢はかなり絞られてしまう。パーチのダメージリソースは、魔法攻撃に偏っている。近接攻撃を行える者はいるが、魔法攻撃に比べてその攻撃力は低い。そしてモンスターも魔法攻撃が効くものが多い為、なるべくならその戦法を使いたい。
(炎属性の攻撃が効いたり効かなかったり…。なんなんだ…?)
この世界に万能のモンスターはいない、そういわれている。ここはゲームの世界だ。万能のモンスターがいて、それを攻略することなど誰にも不可能で、何かしら突破口があるはずなのだ。ノワールの時もそうだった、エンフィールドの時も、そして訓練の時も。
(ただそれが…。)
目の前ではカインが、顔を血で濡らしながら攻撃を防いでいる。攻撃が防ぎきれなくなってきたのか、ミーナとフルールがその防御に参戦している。といっても、小さい方の鉈を短剣、短刀で弾いて軌道をずらす程度の働きしかできていないようだが。三人がかりで、ようやく一匹の小鬼の手数を捌ききれずにいる。その事実が、状況の絶望を静かに語っていた。
(時間は…残されていない…。)
レッドキャップの攻撃は収まることをしらず、むしろ激化してきている。このままだと、先に音を上げるのはこちらになることは、火を見るよりも明らかだ。
「…アリス。」
「はい。」
悠仁がその名前を呼ぶと、右側からブロンドが揺らめいているのが見えた。
「この状況。アリスならどう見る。」
「…。かなり不味い状況です。向こうはそのままでもこちらを全滅させられる力を持っているにも関わらず、こちらは決定的な手段を持っていない。カインさんもレベル以上の働きをしてくれていますが、これが長期化すれば命に関わってきます。」
「つまり速やかに対策を講じる必要がある。そういうことか。」
「その通りです。ただ、私も火属性魔法が弱点だと思いましたが、それは間違いであったことがわかりました。私のパニッシュメントも効果は薄かったですし、別の方法を考えなくてはいけませんが…。」
アリスも悠仁と考えが同じだったようで、自分の考えを伝えながら苦々しい顔をしている。その時。
「カイっ!きゃぁ!!」
「おいっ!フルール!やめろミーナ!引け!」
「えっ!あぁ!!」
前衛で悲鳴が聞こえる。事故だ。攻撃を捌き切れなかったカインの援護にフルールが入ろうとしたのだが、それがフェイクだった。カインに攻撃しつつ、器用にフルールの脇腹に鉈の柄で打撃を入れる。左腕の攻撃を防いでいたカインはそれを防ぐことができなかったばかりか、ミーナもそのフェイクに騙されて、フルールごと吹き飛ばされる。
「くそっ…。」
段々とこちらの戦力が削られている。土煙を出しながら地面を転がった二人を見ているととても痛々しいが、致命傷ではない為、すぐに地面から這い上がってカインの元へ駆けていく。フェイクまで織り交ぜてきたこの状況が続けば、そのうち大事故に発展することは間違いない。一人でも欠ければ、その瞬間に均衡は崩れる。誰もがそれを分かっていて、それでも踏みとどまっていた。
「どうすれば…。」
(考えろ…考えろ…。実力で負けているんだ…。俺たちにできるのは、頭を使ってこの状況を変えることだ…。)
1対1では、確実にレッドキャップに勝つことはできない。そして後方にいる初心者冒険者達にも、これ以上の被害が出ないようにしなくてはならない。つまり被害者をこれ以上出さないようにして、相手の息の根を止めなくてはならないということだ。誰一人として手を抜いている者がいないこの状況で、その惨状。
(はっ……。全く…無理難題だ…。)
自分達の身でいっぱいいっぱいなのに、周りまで守れと。受けた自分がいうのもなんだが、馬鹿馬鹿しいくらいの無理難題である。背後では、もう声も出せずに身を寄せ合っている初心者達がいる。その視線が、見えない錘のように肩にのしかかってきた。
「大丈夫、大丈夫ですよ。」
「アリス…。」
いつもの声、いつものトーン、いつものペース。この子はいつだってそうだ。しっかりしているように見える、しかし実際は悠仁よりも一回り近く若いのだ。そして、このゲームの死について誰よりも知っている。怖くないはずがない。しかしいつだって悠仁の隣で、余裕を持った表情をしてくれるのだ。
「悠仁さんなら大丈夫です。いつもこういう時に、皆のことを助けてくれているじゃないですか。」
「…そう、だったか。」
買い被りすぎだ。いつも偶然だったに過ぎない。ノワールの時も、エンフィールドの時も、助けたように見えて、助けられていたのはいつも自分だった。それを助けているなど、勘違いにもほどがある。
(過大評価だ…。確かに成長したが、皆ほどの機転も能力も持っていないのに…。)
結局のところ、弱いのだ。
(俺は弱い。…あぁ…本当の意味で…。)
認めなければならない。自分は弱いと、自分だけでは何もできないと。悠仁はアリスを見据える。その緑の瞳には、自分が思っているよりずっと深い覚悟と、それでも崩さない優しさが宿っていた。
「…アリス。」
「はい。」
「助けてくれるか?」
「…はいっ!」
少し驚いたような、だけど嬉しそうな表情で元気よく答える少女に、なんて救われる気持ちになるのだろう。
(あぁ…本当に、この子は…。)
世が世なら、神に愛される子というのはこういった人間なのだろう。そう思わせてくれる笑顔。強がっているのが馬鹿らしくなってきた悠仁は、自分の小ささを鼻で笑って下を向く。
もふり。
戦闘中には感じることのないような感触が、首に伝わってくる。首に手を伸ばすと、マフラーとはまた違った感触が手に伝わってきた。血と汗と焦げた土の匂いの中で、それだけが柔らかく、温かかった。
「…フェリス?」
どうやらアリスの首からこちらに引っ越しをしてきたようだ。「どうしようもないやつだ」といわんばかりに鼻を鳴らして、悠仁の首に巻き付いた後にしっぽをふさふさと揺らしている。
「ほら、フェリスも助けてくれます。大丈夫ですよ。」
「…そうだな…。」
幸運の運び手が助けてくれるのだ。これに勝る味方はいないだろう。悠仁がその尻尾を撫でると、ふと頭の中に一つの考えがよぎる。
(弱点…分からない…?何か、何かあった…。)
相手はまごうことなき強敵だ。そして弱点が不明な状況、こんな状況を想定したことがあった。しかもごく最近。
(思い出せ…。何かあった…。)
記憶の糸を手繰る。そんなに昔のことではない。考えたことがあるということは、対処法も考えたはずなのだ。
(弱点…弱点…。……っっ!!)
遂に目的の記憶を手繰り寄せた悠仁は、フェリスの尻尾を撫でる手を止めて収納へ手を伸ばす。片手では持つことができなかったので、収納の位置をずらして両手を差し込んで、目的の物を取り出す。何の素材で出来ているかもわからない箱だが、重要なのは中に入っている物である。
「それは…?」
「弱見の水晶…。もしかしたら…。」
悠仁はその箱を包んでいる紐を外して投げ捨てたあとに、箱を地面において、丁寧にその箱を開ける。中には以前に見たように、内部で赤い渦が漂っている拳大の水晶があった。
(やばい…使い方までは聞いてなかった…!)
相手の弱点が視覚化できるようになるという水晶。貴重なアイテムであるらしいが、使い方まで聞いていなかった。
「水晶の使い道なんてどうせ…。」
悠仁はそれを持ち上げてじっと見つめる。しかし当然のように、何も起きない。
「…。」
「何も起きませんね…。」
まさかこんなに早く使うとは思っていなかった。その為、使い方を聞こうとすらしていなかった。ここにきてその準備不足が仇となるとは思ってもいなかった。後ろではカインが咆哮を上げ、鉄と鉄のぶつかる音が絶え間なく響いている。手の中の水晶だけが、世界から切り離されたように静かだった。
「どうやって…。……ん?」
悠仁が持ち上げている水晶の先に、初心者冒険者が映り込む。その冒険者が映った瞬間、赤い渦は消え去って、冒険者の右腕が赤く染まった。
(もしかして…。)
悠仁はその冒険者に近づいて質問をした。
「あの、ちょっと。もしかして右腕痛めてるか?」
「は、はい。少しですけど…。」
よく見ると腕は不自然なほど膨らんでおり、かなり腫脹しているのがわかる。どう見ても少しではないが、本人がそう言っているのと、そこまで治療をしている余裕はないので、短く礼をいって悠仁は離れる。その少年の、痛みを堪えてなお気丈に振る舞う顔が、守らねばならないものの形を悠仁の胸に刻んだ。
「ってことは…。」
悠仁は水晶越しにレッドキャップを見る。
(弱点…、相手が攻撃されたくない場所なんかは、これを通して見ればいいのか…。…は??)
レッドキャップを弱見の水晶越しに見た悠仁は、その光景に驚いて口を開けてしまった。
「ゆ、悠仁さん…。どうかしまし…。これは…。」
悠仁が水晶越しにレッドキャップを見ていることに気が付いたアリスは、横に来て同じように水晶を覗き込んだ。その先には、驚くべきものが映っていた。
「い、色が…。」
「変化してる…?」




