対レッドキャップ⑤
次はこちらの番だと言わんばかりに、レッドキャップは走り出す。左右非対称なそのバランスの悪い体からは想像もつかない程の速度で接近をしてくる。地を蹴る音が、心臓の鼓動より速く迫ってきた。
「離れろっ!」
カインの声が響く。メンバーはその声に従ってカインから距離を取った。しかしそれも少しである。あまりに離れすぎると、ランダムターゲットの際にカインの防御が間に合わない。
ドンッ!
ダンプカー同士が衝突したかのような音。腹に響くその音は、レッドキャップの巨大な鉈とカインの盾がぶつかった音だ。このゲームにおいて質量の概念はどうなっているのか分からないが、お互いの目方では考えられないような音だ。
「ぐ…おらぁっ!!」
カインは盾を押し込んでレッドキャップの鉈を上へと押し上げ、そのまま右足で相手の腹部を蹴り飛ばす。ほんの少し、1m程の距離が空くが、カインはそれを見逃さない。
「ふっ!!」
すかさず、その炎を纏った剣で切りつける。
ガンッ!!
レッドキャップは態勢が崩れていたにもかかわらず、右手の鉈でそのカインの攻撃を受け止める。さすがに重量差があるようで段々と押し込まれているようだが、驚異的な反応と身のこなしだ。現実世界の人間で、この動きができる者はなかなかいないだろう。あの小さく歪んだ体に、これほどの理性じみた狡猾さが詰まっていることが、悠仁にはただ薄気味悪かった。
「風よ 彼の者達の背には重すぎるその荷を どうか一緒に背負ってあげて」
後方での治療中であっても切れることのなかったアクセラレーション。時計持ちは伊達ではない。何よりその慎重な性格が、バフを確実にしている。アリスが機能していることでの安心感は凄まじい。漫然と戦闘を行うことは良くないのだが、バフが切れる瞬間がないのは心に余裕ができる。
「アクセラレーション」
メンバー全員の体が淡い緑色に光る。元々効いているのであまり効果がないように感じるが、これがあるのとないのとでは行動速度が大きく違う。目の前で剣戟を繰り広げているカインも、あの動きができるのはこれがあるからだろう。
「お?……おらっ!!」
カインが何やら不思議な声を上げてから、したり顔でシールドバッシュを繰り出す。武器の上からとはいえカインのシールドバッシュを受けたレッドキャップは、2m程吹き飛ばされる。
(カインのシールドバッシュであれだけ飛ぶってことは、重いのか軽いのか……ん?)
悠仁はレッドキャップの着地点に何かを見つける。赤く光る、カンテラの明かりのようなものが揺らめているのが見えた。そして次の瞬間、それは光の強さを増してレッドキャップへ襲い掛かった。
ガッ!
レッドキャップが体を捻って、その光を受け止めた。
「あちゃー…やっぱりこれ目立つわよねぇ…。」
レッドキャップの姿に隠れて見えなかったが、その後ろにはミーナが控えており、その明かりの正体は炎を纏ったミーナの短刀であった。どうやら誰にも知られないように、レッドキャップの背後に移動していたらしい。
(あー、それで…。)
カインはそれを見つけたので、後ろに吹き飛ばしたのだろう。それに合わせて刺突を行おうとしたが、明かりで気付かれてしまった、といったところだろう。近接職はその場その場で考えることが飛躍して、しかもそれを互いの中で分かりあってしまうため、こちらからするとかなり困る状況にもなりうる。言葉を交わすより速い呼吸の合わせ方は、見ていて頼もしくもあり、置いていかれるようでもあった。
ミーナはレッドキャップの鉈に蹴りを入れてその反動で空中へ上がり、距離を取った後、着地の瞬間姿を消す。霞が掻き消えるようなその光景は、良くできたCGを見ているようだった。
「炎よ…。」
炎属性、1小節では大したことないかもしれない。それでも通じるのかを確認する。タバルの魔導書を通せば、ただのファイヤーボールでもそれなりの威力になる。
(……まてよ。)
タバルの魔導書は、炎属性と雷属性の魔法の威力が増大するとされていた。しかしそれは、生前のタバルの知識を用いて詠唱文とそのイメージの組み換えを行うことで実現していた。魔法の添削をしてもらうようなイメージである。
(ってことは、自分で初めから…)
悠仁は頭の中でイメージする。ヴァリエスタでの訓練を。自身が今まで作っていたものではなく、蒼く燃え盛る火球を。それが齎す結果を。指先に、訓練の日に味わったあの灼ける感触が蘇る。
「ファイヤーボール!」
悠仁が杖を振ると、そこに現れたのは蒼い火球。しかしその大きさは、訓練の時よりも小さかった。
(あれ…、何か失敗したか?)
訓練の時よりも威力は落ちているが、それでも確実に、いままで自分が使っていたものよりは威力が上がっていると感じられたので、悠仁はそのまま杖を振る。火球は悠仁の元を離れて、レッドキャップを追尾し始めた。レッドキャップは自身が攻撃の対象になっていることを悟ったのか、悠仁から見て左方向へ駆け出す。しかし追尾型の魔法は、相手を認識していれば延々と追尾させることができる。疲労なのか、そこまで速度を出す必要がないと感じているのか、レッドキャップの動きは悠仁が知覚できるようなレベルであり、追尾は止むことはない。
ダッ!!
地面を蹴る音が聞こえ、その姿が消える。一般人にはそれは消えたように見えるだろう。ただ悠仁が発動していたダークスプライツは、闇の中での視界を強化し、視界外の敵をある程度認識できるようにする。つまり姿が見えなくなったからといって、その追尾が途切れるわけではないのだ。
『……!?』
レッドキャップはその脚力で、上空へ跳躍をしていた。そんなに高くはないが、その速さと暗さでは視界から消えるのには十分だった。レッドキャップもこれで追尾が途切れると思ったのだろう。少し驚いたような様子が伝わってくる。しかしそこには、違和感がある。その息遣い、攻撃を受ける態勢、口元の動き、そこから悠仁が感じたのは。
(余裕…?)
余裕。レッドキャップの弱点属性は炎属性だったはずだ。それを受けることになっているのに、レッドキャップからは余裕の雰囲気が漂っている。まるで大したことないと言わんばかりに。背筋を、嫌な予感が冷たく撫でていった。
ドンッ!!
空中で花火が上がったように爆発が起きる。ファイヤーボールがレッドキャップに直撃したからだ。通常であれば、弱点属性が炎の敵にあれが当たれば大怪我になる。その答え合わせをするかのように、空中から影が落ちてくる。
ストンッ。
ガードレールを超えたくらいの足音。どう考えてもあれは、視界から消える程上空からの着地の音ではない。つまりそれくらい、威力を殺すのに十分な余裕があったということだろう。
『ギ…ギィ……』
レッドキャップの口角があがる。どう考えてもあれは挑発だ。「お前の攻撃など効かない」と言わんばかりの。その歪んだ笑みが、夜目にもはっきりと見えた。
(小節数に問題が…?それとも接触部位の問題…?クリーンヒットを避けただけか…?)
確かに、威力に難ありと言わざるを得ない攻撃ではあった。そこらへんのモンスター相手だったら十分だが、相手はエリアボスに匹敵する相手。中途半端な攻撃は相手を逆上させる結果になりかねないし、魔法防御力を上回ることができなかったら大したダメージにならない。そして追尾型の魔法は、その利便性故に着弾までの時間がかかるのと、攻撃の被害を軽減されやすいという欠点がある。加えて追尾型の魔法は、基本的に必中である。魔法の使用者に知覚されている以上回避することは不可能だが、当たり所の調整を行ったり、障害物を使ってその威力を軽減したりすることが可能である。故にそれらを空中で行った可能性がある。
(考えられる原因が多すぎて、絞り切れないな…。もう少し…。)
「アリス、もう一回あいつの動きを止めることはできるか?」
「えと…。姿が変わってから身体能力も上がってるようなので、確実とは言えません。それに一度その手段を使っているので、回避される可能性があります。」
「わかった。…ステラ、アリスの補助ができる魔法はあるか?」
「…エアバインドの重ね掛け、また足場を悪くしてからって方法もありますけど…少し博打になりますよ。」
補助魔法を使う二人の見解は、ほぼ一致しているようだ。相手はそのへんのモンスターではない。恐らく高い学習能力を持っているだろう。つまり同じような戦法は、相当効果的でなければ通用しないということだ。一手読めば、向こうは二手返してくる。そういう相手だった。
「…ファイヤーボールが何故そこまでの効果がなかったのかを調べたい。何とかしてもう一回頼む。」
「わかりました…。では。ミーナさん、いいですか?」
「っとと、何?」
ステラがミーナのことを呼ぶと、どこからともなくミーナが現れる。もはや知らない人から見たら、手品を見ているようにしか見えないだろう。
「これをレッドキャップの足元に転がして、なんとかして踏ませられませんか?」
ステラは収納の中からマジックシャードを取り出した。中に何が入っているかはわからないが、今回の作戦に必要なものだろう。
「踏ませる、ねぇ…。私一人だと無理そうだから、カインと相談ね。すぐにやっていいの?」
ステラは悠仁にアイコンタクトを取る。悠仁はそれに頷きで返すと、ステラは了承したようにミーナに返事をした。
「おっけー、じゃあ準備しといてね。近づくのって結構神経使うんだから。」
そういってミーナは、それを持ったままカインの元へ走り出す。そして二言三言話した後に軽く手を振って、その姿を消した。カインは「おい!詳しく!」と叫んでいるのを見ると、大した状況説明が行われてなかったのだろう。相変わらずの対応だ。こんな場面でなお崩れない二人のやり取りに、悠仁は奇妙な救いを覚えた。
そもそもレッドキャップからの攻撃が断続的に続いており、カインはその攻撃がメンバーに、そして他の冒険者達に行かないように防いでいる。何度かランダムターゲットと思しき行動も見られたので、それらがこちらに飛んでこないことから、かなり神経を使ってくれているのがわかる。我々が安心して話せているのは、攻撃がないからだ。その盾の向こうで、カインは一人で死線を引き受けている。
「ったく…こんな無茶はこいつだけでいいってんだよ…。」
「ちょっと、それは失礼じゃない?」
「事実だろうが…よっ!!!」
ガンッガンッ…ドッ!!
カインは何回かの切り合いをした後に、隙をついてシールドバッシュを行う。後ろではきっと、ミーナが控えているのだろう。レッドキャップもそれが分かっているようで、飛ばされるときにそこまで抵抗をしないで体の体勢を入れ替え、ミーナがいるであろう方向を向きながら飛ばされた。そしてミーナも、それが分かっているように炎を纏った武器をちらつかせている。
段々とレッドキャップとミーナの距離が縮まり、ミーナが短刀を振り上げる。それを防ぐようにレッドキャップは鉈を構えるが、それはフェイクである。そのまま左脚を振り上げて右腕を蹴り、体のバランスを崩した。左右非対称であるが故に、バランスは悪い。ピンポイントでバランスを崩されたレッドキャップは、右足を後ろに出して体を支えようとするが、そこにはミーナが転がしていたマジックシャードが転がっていた。
「よっと!」
後はその動きを変えないように、ミーナは距離を取った。
パキンッ!!
高い音を立ててマジックシャードを踏み抜いたレッドキャップの足元から、急に太い蔓が生えだす。その光景はまるで、ジャックと豆の木だ。レッドキャップの体を支柱にするように伸びたそれは、ガチガチに体を固定する。
「風よ 彼のものの自由を その力で縛り給え」
それを見たアリスはすぐに詠唱を開始する。連続で魔法を使用しているので少し辛そうだが、ここでやめるように言うわけにもいかない。
「エアバインド!」
その瞬間、レッドキャップの体は更に固定される。体の大半は既に動きを止めているのだが、肥大化した左腕だけはまだかろうじて動いており、マジックシャードによる拘束も解きそうだ。すぐさまステラがスクロールを取り出して、魔法を発動する。
「エアバインド」
エアバインドの重ね掛け、さすがに拘束魔法を3つも使われたレッドキャップは、完全に動きを止める。これなら設置型魔法が通るようになるだろう。レッドキャップが動く心配がなくなり、ヒーリングポーションをカインに投げ渡したフルールが、悠仁の横に跳んでくる。
「私もいいですか?Yujiさん。」
「あぁ、頼む。ここで大ダメージを与えられれば、これからが楽だ。」
詳しく、細かく条件の確認をしたいところだが、死者が出ている以上、その時間はない。畳みかけられるところで、なんとかするしかない。その「死者」という二文字の重さを、悠仁はもう一度奥歯で噛み潰した。
悠仁とフルールは杖を構えて詠唱を始める。
「我が蒼炎 その權勢留まることを知らず 沸き立つ喊聲のように燃え盛る」
「己の身をも焦がすその情熱を 天災にも等しきその灼熱を 我らの敵を滅す力と成せ」
「あぁ、私も。それっ!」
その様子を見たステラは、更にスクロールを取り出してその封を切った。
「インシニレイト!」
「ペインフルフレア!」
「ブレイズ!」
まるで炎属性魔法の展示会だ。こんな状況でも、こんな状況だからか、綺麗に激しく燃える炎属性の魔法は、見る物を魅了していた。初心者冒険者達は、命の危険があるにもかかわらず、その光景に釘付けになっている。
炎の壁が身動きの取れないレッドキャップの周囲を囲み、段々とその範囲を小さくしていく。
ゴォォオ!!
目の前が急に明るくなる。その囲みの中から炎柱が立ち上った。ブレイズの効果である。白く輝くその炎は、逃げ道のない囲いの中で爛々と燃え盛っている。熱波が障壁を越えて頬を叩き、夜が真昼に変わったように台地を照らした。悠仁は目を閉じて、先ほどの光景を思い出す。完全に姿が見えなくなっているので、座標の指定は自分の記憶を頼りにするしかない。記憶をたどり、場所の固定をして魔法の発動をする。
(ここっ!)
丁度その瞬間、ペインフルフレアの仕上げである火球が上空に生み出されて、墜ちる。
ドォォォォオオオオンッッ!!
爆発要素のない魔法の連続だったのだが、これだけ集まると、もうそれは爆発だ。持てるだけの炎魔法を叩きこんだ。小節数も多い物だ。ブレイズに至っては、スクロールの減衰を受けているが4小節の魔法である。
(これならさすがに…。)
その効果を発揮し終えた炎が、段々と勢いを失っていく。光度が高すぎて何も見えなかったが、段々とその視界を良好にしていく。煙が薄れていくその一瞬を、誰もが息を詰めて見守った。
「……ん?」
「えぇ…うそでしょ…?」
「あれを食らってまだ…。」
一番初めに気が付いたのはカイン。炎の中で立っている、二足歩行の生物。そもそもあの攻撃を食らっては、採集不可能なレベルまで粉々になっていることも珍しくない。それなのに体の欠損無しに立っている。これにはミーナも悠仁も、不思議だと思う気持ちを通り越して恐怖を覚えた。
全員の攻撃は、決して優しい物ではなかった。上級職に転職したメンバーの攻撃は、まだ低レベルとはいえ下級職のそれをはるかに上回る。魔法適正も、込めることのできる魔力量も増えているため、威力は高い。それを3つ同時に食らっても、まだ立っている。
「しかも…あれって…。」
段々とこちらに歩いてくるレッドキャップ。その地面は既に雪など欠片すら残っておらず、完全に乾燥した上に炎が燻っている。それを踏みしめながら現れたレッドキャップは、多少のダメージを食らっていると推測できるものの、大ダメージとは言えない状況だった。一歩、また一歩。乾いた灰を踏む足音が、こちらの確信を一つずつ砕いていく。
(くそっ…どういうことだ…。弱点属性は炎じゃなかったのか…!?)
『ギェッ…ギェッ…ギィィィ…』
してやったりという口元を表しているレッドキャップに対して、悠仁達の余裕は段々と無くなってきていた。




