予期せぬ介入
「おいおいおい…あれで無傷とか……。ん?」
ボトン……。
レッドキャップの左側で何かが落ちた。そしてそれを見ていたフルールは満足そうな顔をしていた。悠仁はまだそれを認識できていない為目を凝らして見てみるとそれはレッドキャップの左腕だった。その証拠にレッドキャップの左腕はなく、そこからは紫色の液体が流れ出ていた。
「よっし!さすがイフリート!やるじゃない!」
フルールは姿の見えないイフリートの賛辞の言葉を贈る。テンションが上がっているフルールは珍しい。ただ、それよりもすごいのはイフリートの槍を顕現させても尚まだピンピンとしているフルールの方だ。精霊とは魔力の塊であり、言い換えれば意志のある魔力だ。それが作り出す武器は純粋な魔力でありそれを人間が行使しようとすれば、神経と精神が焼き切れて不可逆な障害を負うどころか死ぬことすらあり得る。イフリートの加護もあるのだろうが、それでも異常が何もないのは格段にレベルアップしている証拠だろう。初めて出会った頃の、危なっかしかった彼女を思えば、隔世の感がある。
『ギェ…ギギギ……。』
恨みの籠ったような、先ほどよりも重い声を出しながらレッドキャップは足元に転がっている自分の腕だったものを拾い上げる。
ドッ……。
次の瞬間、鈍い音が悠仁達の耳に届いた。何の音かはわからない。ただフルールが満足そうに笑っている。アリスも見えなかったようで、空中に浮かんでいる明かりを少し動かすとレッドキャップの背後に仲間の姿があった。そう、先ほどまで冒険者の誘導をお願いしていたパーチの遊撃手が。
「バックスタブ。…正面からばかり攻撃してくれる敵ばっかりじゃないってこと、これで覚えられたでしょ?」
レッドキャップの背中、人間でいう脊椎がある場所に深々とミーナの短刀が突き刺さっている。刀身が見えない程突き刺さっているため恐らく心臓がある辺りまで到達しているだろう。
『ギェッ…ガ…ガギ…ガァ……。』
レッドキャップが苦しそうな声を上げるのを聞いてミーナは満足そうだ。さっき守れなかった者達の分も、と言わんばかりに。短刀を両手で持って握り込み、刀身を捩じる。筋線維が引きちぎられるような気味の悪い音を響かせた後レッドキャップの体を蹴り飛ばして距離を取った後、悠仁達の場所まで駆け寄ってくる。
ミーナに蹴り飛ばされたレッドキャップは力なく地面に倒れ込み、助けを求めるように上半身を起こして右手を伸ばすが助ける者など誰もおらずそのまま腕が地面にだらりと転がった。
『お、おい…あれ…死んだのか…?』
『そう見えるけど…。』
『す、すげぇ…あの人ら、やっちまったよ…。』
『う、うぉぉぉぉぉおおおお!すげぇええええええ!!』
ワァァアアアアア!!と歓声が上がる。勝鬨だ。悠仁達がレッドキャップの命を絶ったことで恐怖から解放された冒険者は互いを抱き合って喜んでいる。生き残った、という実感が、涙となって溢れる者もいた。だが悠仁達の表情は暗い。
(違う…こんなはずはない…。このゲームがこんなにあっさりと今の状況を許すなんて…。)
他のメンバーもそう思っているようで、いまだに消え去らないレッドキャップの死体との距離をしっかりと保ち、警戒を解かないでいる。周りでは初心者冒険者達が喜んでいたのだが、今回の勝利の中心人物が喜んでいないことにぽつりぽつりと気づき始める冒険者が出てきた。歓声も段々と静かになり、辺りには不気味な空気が流れ始める。その時。
パァァァァアアアアアンッッ!!
轟音を響かせてレッドキャップの前に紫電が落ちる。その衝撃は凄まじく辺りにいた冒険者は吹き飛ばされていた。せっかく取り戻した安堵が、一瞬で恐怖に塗り替えられる。悠仁達はカインの防御によってその衝撃からは逃れられておりしっかりとその先を見据える。そしてその煙が風で拭き流された跡からは悠仁の心臓が破裂しそうな声が聞こえた。
「あーあー、困るんだよなぁ。こんなに壊しちゃって…。」
「こら、あんまり動かさないの。直らなくなっちゃうかもしれないでしょ?」
「…やることは手早くやれ。」
聞き覚えのある声。これを最後に聞いたのは未開のダンジョン第3階層の攻略時、悠仁達がやっとの思いで地下からの脱出を果たした先で襲撃された時だ。その声の主だと思われる紫色のローブを身に纏った3人の人物がレッドキャップの体を囲むように立っていたのだ。相変わらず顔は見えないが、ローブの上から体のシルエットからカインのようながっしりした体格の人物と、女性のような細い体型が一人、そしてまるで子供のような小さな体型をしている者が一人だった。
一番小さな子供のような人物はレッドキャップの体をゆさゆさと揺らしたり、左腕を持ってバタバタと振ったり、レッドキャップの臭いを嗅いだりしている。まるで壊れた玩具をいじる子供のように。その無邪気さが、かえって背筋を凍らせた。
「紫の…ローブ…。」
しばらく見ていなかったので忘れていた。しかし悠仁達の旅の問題にはいつも付きまとっていた。アリーシャでの露店商人、カプランドでの誤報を流した人物、未開のダンジョンで襲撃を行った者、全てにこの紫ローブの人物が絡んでいた。点と点が、嫌な形で繋がっていく。
「こんの…っ!」
カインが走り出す。その声からは怒気が漏れており相当な怒りが伺えた。目の前で死んでいった者達の顔を、カインも見ていたのだ。
「カイン!待て!」
悠仁の制止を振り切ってそのまま剣を振り上げて紫ローブの人物に切りかかろうとしたが、その時。
「あ、ちょっと待って。」
「…!?!?」
レッドキャップの体を弄っていた子供のような人物が立ち上がってカインにストップと言わんばかりに掌を向けたのだ。掌を向けられたカインは映像を一時停止したかのようにぴたりと動きを止めてしまった。助けに向かうために走り出そうとしたミーナの身体も動かないようで困惑の表情を浮かべている。
「違う違う、今はその時じゃないって。今回の相手はこいつ、でしょ?」
深くかぶったフードからはその顔を伺うことができなかったが、目を覆い隠すほどの白髪が見えた。そして無邪気にカインに声をかけたその人物は女性だと思われる人物から何かを受け取った。
「あれは…。」
「あれって…前に見つけた…。」
悠仁とアリスが目を凝らすと、レッドキャップの死体に一番近い、子どものような人物が握っていたのは以前悠仁達がここで見つけた紫色の心臓だった。大きさはそれよりもやや小さいが、形は同じように見える。
「んー、なんでこんなに簡単に死んじゃったんだろ。あー、ここってリットリアか。それで補正かかってたのかな。ま、そんなことはどうでもいいや。それっ♪」
そのまま持っている心臓をレッドキャップの口にねじ込む。その瞬間、静謐な湖面に投石をしたように紫色の波動が辺りに広がる。心臓が高鳴る。ガラス製のコップを落としてしまって地面に着地する瞬間のようなキリキリとした嫌な高鳴りが体全体へ広がった。
(良くない…これは良くない…。)
ダメージを受けたわけでも状態異常を受けたわけでもない。それでもわかるのはこの状況が悠仁達にとって望ましくないものだということである。悠仁も体を動かそうとしたのだが、アリスにエアバインドをもらった時のように体がびくともしない。ただ見ているしかないこの状況は、刻一刻と深刻さを増していく。指の一本すら、動かせない。
「あれー?これでよかったはずだけど…。」
グググググ…ペキ…ペキキ…ゴキャッ!!
関節を逆折にした時のような気色悪い音と共にレッドキャップの左肩の部分から失われたはずの腕が生えてくる。しかもそれは現実世界の伝統にあるような枯れ枝のような細い腕ではなく、どうやって見てもその体に不釣り合いなほど太い腕だった。
『ギェヒ…ヒヒヒヒ…ブフー…』
死んだ。そう思われていたレッドキャップが興奮したような息を漏らしながら立ち上がった。場には何とも言えない絶望感が漂う。歓声を上げていた冒険者達は、再び石のように固まっていた。
「んー♪いいねいいね♪ちょーっと形は違っちゃったけど、しっかりリミットが解除されているみたいだね。」
「な、何が目的で…っ」
剣を振り上げたままの体勢で動きと止められてしまっているカインが、口だけを動かしてその人物に目的を問う。
「あー、こうさ、もっと命かけてほしいんだよね。こんなあっさりと終わって、はいめでたしめでたしチャンチャン♪なんて何も面白くないし、やってる意味ないんだよね。」
そういいながら一番小柄な人物がカインへ近づいてくる。カインの目の前30cmほどまで近づくと、囁くように話し始める。
「君たちには期待しているんだ。もっと命の炎を燃やしてほしいんだよ。彼ならきっとその役を果たしてくれる、期待していい。」
足元に転がる十数人分の死体を「期待」と呼んでみせる。その軽さが、何より恐ろしかった。
「お、お前は…誰だ…」
「あー、自己紹介をしてなかったね。特に名前はないんだけど。僕はγ(ガンマ)って呼ばれてるよ。あっちのおっきいのがδ(デルタ)、こっちのがβ(ベータ)、もう一人は不在だけど許してね、あいつも忙しいんだー。」
舌を出して茶目っ気を出しているのだろうが、この状況では茶目っ気も何もあったもんじゃない。
「余計なことは言わない。ほら、用事が済んだのだから戻るわよ。」
「…お前はいつも余計なことをする。」
「はーい、ごめんごめんって。」
γと名乗った人物は他の二人の場所まで戻って何やらごそごそとしている。
「くっ…まて…。」
カインが声を絞り出して制止するが、その体はその役を果たすためには遠すぎる。指先が、空を掻くだけだった。
「大丈夫大丈夫、焦らなくてもまた会う機会はあると思うしぃー…。ま、生き残ってたらの話だけどね。今回はそいつに僕の代わりをお願いしたから、そいつで我慢しといてよ。」
悠仁達の場所まで届く声は心底嬉しそうで、笑っているのが手に取るように分かった。
「じゃ、そゆことでー。」
ひらひらと手を振ったと思ったら紫ローブの3人は霞のように風に流されて消えていった。その瞬間、蜘蛛の巣から抜け出したかのように体が自由になり、力を入れていた分体がつんのめってしまった。どうやら他の冒険者達も同様だったようで転んでいる姿が所々で見られた。カインは体が自由になったことですぐに後方へと退避してレッドキャップの様子を伺う。
『フシュー…フシュー…』
肩を上下に動かして呼吸をしている。その熱のこもった息は冷たい大気で冷やされて白い煙となって風に流されている。
「完全復活ってやつみたいだな…。」
「あまり相手にしたくないですが…、仕方ないですね。」
悠仁とアリスが杖を構える。その姿を見て他のメンバーも武器を構えて臨戦態勢になった。一度殺した相手と、もう一度。今度は、さっきより悪い条件で。
「第二ラウンドってことだろ?ここが闘技場だったらもっと盛り上がってたんだけどな。観客が少ないのが良かったのか悪かったのか…。」
カインは軽口を叩いているが口だけしか笑っていない。この危機的状況はよく理解しているようだった。
『ギェェェェェェェエエエエエ!!!!』
復活したレッドキャップの耳を劈くような声が、第二ラウンドの始まりを知らせた。




