↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
240/301

対レッドキャップ②

ビシャァァ……


心臓と、こと切れた死体が保有していた血液が辺り一面にまき散らされた。まだ新鮮な血液の臭いが台地の頂上に充満する。鉄錆びた、むせ返るような臭い。風が吹いているにもかかわらず常に香るそれは血液の量が多いからなのか。喉の奥に絡みつくようで、悠仁は無意識に唾を飲み込んだ。


『そ、そんな…ザック……。』


一人の女性が肉塊と化した男性へ近づく。恐怖のせいか足腰に力が入らないようでずりずりと地面を這うように近づいていく。しかしその先に何がいるかが見えなくなっているようだ。視界に映るのは、もう動かない一人の男だけ。災害から我が子を守るように、死体に覆いかぶさるとすんすんと泣き始めた。足元に無防備な獲物、このような状況を敵が見逃すわけもなく。


「やめ――」


悠仁の喉から出かけた声は、間に合わなかった。


キンッ……。


ごとり……。


静かに首が地面に転がった。その顔からは生気が抜けているもののどこか満足そうな顔だった。最期に愛しい者の傍に行けたから、なのかもしれない。レッドキャップは満足したように鉈を投げ捨てて血液から魔力を抽出し、新しい鉈を作り上げる。強敵とはいえシステムに支配されているのか、ランダムターゲットの行動が終わったら素直にカインに向き直ってくる。


「…容赦ねぇな…。」


これはゲームだ。だが、ここでの死は現実世界での死と同義である。目の前でバタバタと死んでいっている冒険者は見た事も会った事もない他人だが、それでも同じ世界で生きている人間だったのだ。名前があり、帰る場所があり、たった今「ザック」と呼ばれていた誰かだったのだ。相手が異形の存在で合ったら多少この殺戮行為も心のどこかで納得できるのだろうが、中途半端に人型の相手だとよりその猟奇性が際立って見える。


「ランダムターゲットの特性があるようだが、変わらずヘイトは取り続けてくれ。少なくともローブ職へ攻撃が行かないように。」


「おうよ、任せとけ。」


ランダムターゲットが起きるということはカインに攻撃を集中させることも難しくなってくるということだ。このような未経験、且つ強大な敵との戦闘では自分の消耗を如何に抑えながら突破口を探すことが定石である。しかし、それは堅牢な盾が攻撃を防ぎ続けるからこそ実現しうる話であり、ターゲットが固定できない状況では脆い作戦である。安全に頭を回し続ける時間が必要なのだ。


(その場しのぎにしかならない…ことはカインも分かってるよな…。)


悠仁の指示に何も返してこなかった。だがカインも馬鹿ではない。そんなことはわかっているだろう。だが大切なのは攻撃を続けて相手にランダムターゲットの隙を与えないことである。未だに台地の端でガタガタと震えている冒険者もおり、それに対してはミーナが対応している。段々と正気を取り戻している者も増えてきたのか悠仁達の後ろに人の塊が出来始めている。盾の後ろに集まる雛のように。守るべきものが、増えていく。


(状況は良いとは言えないが、段々と好転していることは確かだ…。)


まだ相手の攻撃方法も完全には理解しておらず、ランダムターゲットという特性まで見てしまった。一つ一つの攻撃は脅威で、油断すれば悠仁達でさえ危険だ。端から見れば完全に劣勢である。しかしそれでも見えた情報を掴み続けて上へ上り続けるしかないのだ。


「フルール、倒れない程度に暴れてくれ。ステラも消耗が激しくならない程度に。ただ何の属性の攻撃が有効だったか、どの程度の攻撃で合ったら効果があったのか、俺の方でも確認するが自分達でも覚えておいてくれ。」


「わかりました。カイン、私は動くから頼むわよ。」


「…無理はするなよ。」


「…いつもそのくらい素直な方がいいわよ。…っ!」


フルールが駆け出した。元高レベルのハンターでありアクセラレーションが付与されているフルールの初速はカインの繰り出す一閃の最高速度にも匹敵する。ローブ職でありながらその下に未だ革鎧を装着しているのはこういった接近戦を想定しての物だ。


魔力が注ぎ込まれた短剣は淡い緑色に輝いており、その空間に一筋の光を残す。20m以上あったレッドキャップとの距離はまるで初めから数歩しかなかったかのように詰められ、静寂の空間に金属音を響かせる。


「あら、やるわね。」


『ギ…ギ…ギギ…ェ…』


フルールがその速度と、全体重を乗せた攻撃はレッドキャップの持っている鉈で防がれていた。フルールの短剣の刃と鉈の刃がぶつかったようだが、鉈の刀身の7割ほどまでフルールの短剣が食い込んでいる。あと少し。あと指一本分の押し込みがあれば、断ち切れていた。レッドキャップは鉈を両手で保持してその衝撃に耐えたようだ。軽い口調で反応をしたフルールだったが、攻撃を防がれたことはかなり悔しかったらしく、見た事のないような表情をしていた。


「ふっ!」


フルールは短剣を鉈の刀身から抜き去るとそのままレッドキャップの腹部を蹴って距離を取った。自分の攻撃が直撃しなかったのが相当悔しかったのか着地をすると同時にローブの下から短杖を取り出して詠唱を始める。


「猛々しく燃える火の精霊よ私の手を取り力を貸して」


以前にも聞いたことのある詠唱。これから何をするか分かったカインはフルールの前へ走り出し、盾を構える。エレメンタリストの使う魔法は強力だが、反面詠唱が長くなってしまう。既に何をするかはわかっている他のメンバーもその攻撃が十分に効果を発揮できるように行動をし始めた。ステラがアリスに目配せと、指をくるくるして何かのジェスチャーを出している。それを理解したのかアリスはぱぁっと笑顔になってこくりと頷いた。この惨状の中で、その一瞬だけ、いつもの二人がそこにいた。


ステラは収納から迷いなく一つ一つのスクロールを取り出してその封を切り、その魔法名を宣言する。


「テラーマッド!」


フルールに傷つけられた鉈を放り投げて新しい鉈を準備していたレッドキャップの足元がぐずぐずの沼地に変化した。突然足場が不安定になったことで驚いたのかレッドキャップはそこから逃げ出そうとする。足場が悪いにもかかわらず移動する速度はかなり早く、目を離したら効果範囲外へ出てしまいそうだった。


「だめですよ。……風よ 彼のものの自由を その力で縛り給え」


ステラのテラーマッドで行動が鈍くなっているレッドキャップに対して更にアリスが妨害魔法を唱える。


「エアバインド」


ヒュウッという音がしたと思うと、レッドキャップは空間に磔にされたかのようにその動きを止める。その様子を見てステラとアリスは目を合わせて笑いあった。どうやらこの状況を狙っていたらしい。


(なるほど…。)


魔法は相手のことを知覚していなければ不発になる。エアバインドもテラーマッドも座標指定の魔法だが、エアバインドの方がその魔法の特性上よりピンポイントで座標の指定が必要である。つまり、高速移動している相手にはなかなか使用することができない。そこでステラがテラーマッドで移動速度を落とし、アリスが魔法を発動しやすくしたのだ。事前の打ち合わせもないのによくもまぁそのようなことをやってのける物である。


「魔手に握られたその槍を 貴方の僕に仇為す輩に 裁きの灼熱を」


フルールのオレンジ色の左目の奥で小さな炎が輝きだす。イフリートから借り受けた力の発動だ。短杖をローブの下にしまい込み、目の前の空間を握り込むようにして魔法名を宣言した。


「フレアジャベリン!」


フルールの手元と紅く輝き、ゴォッ!と音を立ててそこへ魔力が集中する。その強大な魔力の流れは空気の流れも生み出し、まるでフルールの手に空気が集まっているかのような現象を引き起こす。


集まった魔力は煌々と輝く炎の槍を作り出した。イフリートが持っているとされている炎の魔槍、そのレプリカである。しかしレプリカといってもイフリートとの契約を果たしたフルールの持つそれは本物のそれに限りなく近い。炎の塵をはらはらと散らしながら輝くそれは地上に落ちた太陽のようだった。雪原を、真昼のように照らし出す。


「カインっ!」


フルールがそのジャベリンを持って大きく振りかぶる。野球選手の投球フォームのような恰好のままカインに声を飛ばすと、カインは右方向へ再度ステップをして避けた。パンッ!と何かが弾けるような音を出してジャベリンはフルールの手から射出される。先ほどのフルールの疾走を超える速度を出している。


ドォォォォオオオオン……。


先ほどの悠仁のフレアトルネードのような大爆発が起きる。恐らくフルールのフレアジャベリンは未強化にも関わらずタバルの魔導書で強化されたフレアトルネードよりも威力が高いだろう。


(どうだ…?)


フルールの攻撃はパーチで出せる攻撃の中でもかなり破壊力が高い物である。これを簡単に防がれるようでは勝ち目はないに等しい。期待と不安を胸に、巻き上がった土埃が風で飛ばされるのを待つ。一秒が、やけに長い。しかしその期待を裏切るように、その中心にいたレッドキャップは立っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。