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対レッドキャップ①

――リットリア領南 準レッドゾーン アルゴラ台地頂上


『え、おい…あれって…死んだ…のか…?』

『うっ…おえぇえぇええぇ……』

『嘘…嘘よ…』

『うわぁああぁぁああああっ!!!』


悠仁達の後ろは阿鼻叫喚だ。無理もないだろう、目の前で先ほどまで話していた人間10数人が物言わぬ肉塊となったのだから。一瞬だった。挨拶を交わし、装備を確かめ合い、これから狩りに行くのだと笑っていた連中が、瞬きの間に原形を失った。レッドキャップの足元は赤い液体の入った水風船を爆発させたかのように赤く染まっていた。湯気すら立っている。今回の作戦は所詮冒険者の寄せ集めである。大規模なギルド遠征ではない。リーダーの居ない集団は脆く、冒険者は蜘蛛の子を散らすようにバラバラになる。


「あ、おいっ!!」


カインの制止など誰も聞いていない。聞く余裕がないのだ。きっと彼らの脳内は今死の恐怖で満たされており、恐らく仲間の声すらも届かないだろう。単体で戦闘力の高い相手からすればこのような状況は一方的なハンティングを楽しめる絶好の場だ。獲物が逃げ惑えば惑うほど、狩りは盛り上がる。


(まずい…。このままだと全滅もありえる…。)


『ぐっ…!や、やめっ…!!』


首を掴まれて空中へ持ち上げられている男性冒険者はジタバタともがいて、レッドキャップの手をガシガシと叩いているがびくともしない。ステータスにあまりにも大きい開きがあるのだ。蹴る、爪を立てる、唾を吐く。生きるための全てが、相手にとっては羽虫が暴れる程度のことでしかない。


キンッ……。


中腹部を切断され、男性の下半身は重い音を立てて地面へと落ちる。まだ息はあるようだが、あまりの激痛と恐怖に意識を失ってしまっているようだ。戦場で意識を失うということ、それは死に直結している。こうして一人、また一人と犠牲者が増える。数を数えるのも馬鹿らしくなる速度で。


「ミーナ!!」


「…何っ!?」


悠仁が叫ぶとまるで今までそこに控えていたかのような速度でミーナが現れる。


「声だとだめだ、直接冒険者を捕まえてきてくれ!まだ理性の残っていそうなやつを中心にっ!このままだとすきに喰われて全滅コースだ!」


「わかったわ。」


短い返事だった。だがその短さに躊躇いはない。そういうとミーナは影に溶けるように気配を消して台地を走り始める。そして気にしなくてはいけないのはそこだけではない。


「カイン!ヘイトを稼いでこっちに注意を引け!お前に攻撃が集中するようにしろ!」


「おうよっ!ウォオオオオオオオオオオオオオ!!!」


カインは盾と剣と打ち鳴らし、ドンッドンッ!と地面を力強く踏みしめる。腹の底に響く音だ。逃げ惑う冒険者の幾人かが、その音に弾かれたように顔を上げた。フォートレスはその職業特性としてヘイトを貯めやすいため、戦士だった頃の挑発とは比べ物にはならないほどのヘイトを稼ぐことができるはずだ。


『ギギ…ギェ……。』


レッドキャップは先ほどの冒険者から抜き去った心臓を投げ捨ててカインを見据える。べちゃり、と赤い塊が雪に落ちる。右手に持っている鉈をくるくると空中で回転させながら距離を詰めてくる。遊んでいる。明らかに、遊んでいる。


「おらこいよ!弱い者いじめしかできないのか!?」


『ギェッ…ギェッ…グッ…!』


手品のように右手に持っていた鉈が消え去る。次の瞬間、離れている悠仁にも届くほどの衝撃と音が鳴り響き、カインの目の前で辺りを眩いほどに照らす火花が散った。


「ふんっ!!」


悠仁の後方数メートルのところで何かが落ちる音が聞こえる。悠仁が慌てて振り向くと先ほどまでレッドキャップが持っていた鉈が落ちていた。主人の手から離れた鉈は塵となり、雪と共に地面に還っていく。どうやら凄まじい速度で鉈を投げたようだ。悠仁の目にはそれが捉えられなかったが、カインの目はそれを逃さず防いだだけでなく、後方の人物に当たらない角度で弾いていたのだ。背筋が冷えた。あれが少しでも逸れていたら――そう考えて、考えるのをやめた。


「あっぶねぇ…。」


口では危ないと言っているが、それを感じさせないほどの状況判断には味方の悠仁でさえ感服させられる。盾を構え直すカインの手は、震えてなどいない。


「おら、ご自慢の武器はもうねぇな。降参するなら楽に殺してやるぜ?」


「カイン、あなたそれ悪党のセリフよ…。」


武器を失ったレッドキャップを挑発するように言葉を発したカインに、バックアップとして控えていたフルールが突っ込みを入れる。場違いなほど軽いその一言が、強張っていた悠仁の肩からわずかに力を抜いた。レッドキャップはそれに返事をするように右手を開く。


ズズズズズ…。


低く、重い音と共に地面から複数の線がレッドキャップの手元へ集中する。


「あれは…、血液から…?」


フルールが状況の確認をする。その線の根元は地面にまき散らされた冒険者の血液だった。先ほどまで仲間だった者達の血が、今度は敵の力に変わっていく。どうやら血液から何らかの方法で魔力を吸収しているようで、その数瞬後見覚えのある鉈がレッドキャップの手に握られていた。


「武器の残弾はほぼ無限って感じだな、面白れぇ。」


強がって見せるカインだが、その顔は引き攣っており汗が止まらない様子だった。敵は物理攻撃を中心に行うが、魔法に近い物を使うこともできるようだ。どちらにせよ、まだ判断材料が少なすぎる。どのような物理攻撃をしてくるかも、魔法攻撃をしてくるかもわからないのだ。ここからは互いの手の内が分からない状態での打ち合いだ。


「カインは前進!フルールはそのバックアップ!俺とステラは攻撃、アリスは全体を見て援護を!」


悠仁の指示を聞いたメンバーはすぐさま陣形を整える。こういった局面でリーダーの指示を冷静に聞いて、それを信じて行動できることは命を繋ぐうえで非常に重要である。


「プロ野球選手のピッチを至近距離で受ける気分だな。」


そういってカインはズンズンと前へ歩き出し5m程の距離まで詰める。この距離で先ほどの投擲をもらったら、並の冒険者では即死に近いダメージを受けるだろう。ただ、軽口を言っている時のカイン程信頼できるものはない。


「援護します。…風よ 彼の者達の背には重すぎるその荷を どうか一緒に背負ってあげて」


相手は投擲をしてくる。移動速度が速いに越したことはない。アリスはその思惑の下、詠唱を終えて魔法を発動する。


「アクセラレーション!」


アリスが頭上に円を描くように杖を振ると、陣形を組んでいる全員にしっかりと魔法が降りかかる。体が軽い。地面を蹴る感触が、いつもより一拍早く返ってくる。


(あいつが前にいる限り大丈夫。俺達は強くなった。)


悠仁は背中に背負っていた杖を取り出し、タバルの魔導書を開く。ここに来る前に既に魔法の仕込みは終わっている。悠仁と、そしてタバルの得意とする炎属性魔法、ここにきて出し惜しみなんてしない。


悠仁がその魔法のことを考えると、空中に浮いている魔導書がバラバラバラッ!と大きな音を立ててページが捲られる。ピタリと止まったそこが、悠仁の使いたかった魔法のページである。文字に指を滑らせると、そこから魔法のイメージが脳内に流れ込んでくる。頭の中に浮かび上がるイメージ、それを維持したまま魔導書から逆に流れ込んでくる魔力を体の中で操作し、杖へと送り、顕現させる。頭のどこかで少し笑いながらのため息が聞こえたが、無視をする。どうせ力を貸してくれるのだ。この際野暮な突っ込みは無しとしよう。


「フレアトルネード!」


悠仁は魔法の発動条件であるその魔法の魔法名を宣言する。するとレッドキャップの周りに鬼火が発現する。90度ごと、4つの蒼い鬼火は一瞬にして巨大化し、時計回りに渦を描きレッドキャップを包み込む。そのまま渦が段々と小さくなり、最後に。


ドォォォォオオオオンッッ!!


圧縮された蒼炎が爆発をした。目の前でダイナマイトが爆発したのではないかという衝撃が辺り一面に広がる。熱風が頬を撫で、雪が一斉に溶けて湯気が立ち上る。蜘蛛の子を散らすように逃げ回っていた初心者冒険者達もこれには足を止めて魅入っているようだ。視界の端には体を揺さぶって話を聞かせているミーナの姿が映っていた。あの炎は、彼らにとって束の間の希望に見えたかもしれない。


「ひゅーっ!豪快だな悠仁!」


「油断するなよっ!あれくらいで死ぬ相手じゃないだろ!」


「わかってますよ……っと!!」


ガギンッ!!


辺りは熱量のせいで雪が全て溶け切り、地面が露出していた。雪が解けたせいで生じた水蒸気、そして地面からの土埃によって視界が著しく悪いにも関わらずレッドキャップは再度鉈を投擲してくる。そして驚くべきはその状況でもしっかりと防ぎきるカインの反応である。


「油断しちゃだめよ。」


「分かってるっての。だからちゃんと防いだだろ?」


前方ではいまだにフルールとカインが軽口を叩き合っている。まだ悠仁程一緒に旅をしていないにも関わらず、言い合えるその余裕は流石である。


『ギ…ギ…』


煙の向こうから錆びた金属同士をこすり合わせるようなレッドキャップの声が聞こえる。煙の向こうが見えるわけではないので様子を見るしかないと思われた。


(…あまり好ましい戦法ではないけど…今なら使える。)


悠仁は杖を構える。煙があって相手が確認できないというのは視覚に頼っているからである。魔法は相手を知覚することができれば誘導し、当てることができる。


「闇を司る精霊よ 其の眷属を具現させ 我が手足とせよ」


つまり視覚に頼らない方法を取れば良く、悠仁はその手段を持っていた。


「ダークスプライツ」


闇の妖精の召喚魔法。夜にしか使用できないという制限があるが、使用者の知覚を大幅に補ってくれる。視覚は完全に閉ざされているので確認はできない。しかし相手が魔法に近い技を使う以上、必ず魔力の流れがあるはずである。そして悠仁はウィザード、メイジの上級職だ。魔力の流れはエレメンタリストには及ばないものの知覚をすることができる。つまりそれを増幅することができれば。


「……。」


悠仁は目を閉じる。喧噪が遠ざかる。煙の匂い、血の匂い、自分の鼓動。そしてその奥に。すると脳裏に白黒のサーモグラフィー映像を見ているかのようなイメージが浮かび上がる。


(なるほど…そこに…。……っ!!)


悠仁が捉えていた影、それが一瞬自分の方ではなくレッドキャップの斜め後ろ。ミーナがいる方へ意識を向けたのだ。


「ミーナっ!!後方回避!!」


悠仁の声を聞いたミーナは職業特性とステータスの補正が効いていたためか瞬間移動をしたような速度で後方回避をする。


キンッ……。


またあの音が聞こえる。この音が聞こえた後には必ず惨劇が訪れる。

ミーナは魔法適正が低い為、ダークスプライツによる知覚強化ではレッドキャップ程鮮明に姿を捉えることができない。だが、それでも攻撃を受けていないことは分かった。ミーナの高速移動、そしてレッドキャップ自身の高速移動によって晴らされた煙は驚きの光景を現した。


「ラ、ランダムターゲット…!」


カインが驚いたように声を上げる。高速移動をしたレッドキャップは今さっきまでミーナが話しかけていた冒険者の頭部を掴み、既に腹部を両断し上半身と下半身を分けていた。さっきまで震えながら、それでもミーナの言葉に頷こうとしていた、あの男だ。


今現在レッドキャップに攻撃をしたのは悠仁のみであり、意図的にヘイトを寄せたのはカインのみである。よってシステム上では悠仁とカインにしか攻撃は行かないはずなのだが、このゲームでは上級モンスターにある特性が備わっている。


それがランダムターゲットである。ヘイトの多寡、有無に関わらず自身の攻撃範囲にいる対象へターゲットが移るのである。そして今回のモンスターは確実に上級という名を冠するだろう。つまりこのような状況は起こりうることだったのだ。


(くっそ…!)


ミーナが助けようとした命だった。あと一歩、あと数秒早ければ。だがそんな仮定に意味はない。レッドキャップはその冒険者の上半身に下から右手を突っ込みぐちゃぐちゃと不快な音を立てた後に心臓を取り出した。ぐちゅりと握りつぶして右手を鮮血で染め上げ、それを自身の服に塗りたくる。その後身体を拾い上げてレッドカーペットを敷くように辺り一面に血をまき散らした。

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