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対レッドキャップ③

ズズズズズズ……


レッドキャップはその肥大化した左腕、そして今まで通りの右腕を前へ突き出し、辺りに飛び散っている血から鉈を作り出す。どのような原理なのかはわからないが、右手には今まで通りの物、左腕にはその腕の太さに合ったような巨大な鉈が作られていた。両手に、大小二つの凶器。それだけで、戦況の更新を否応なく突きつけてくる。


「…あれに当たったら冗談じゃすまないわよ…。どうなってんのよ…。」


「…あれはさすがにやべぇかもな…。……っ!!!」


ブォンッ!!!


レッドキャップの姿が歪んだ。何が起きたのかは分からない。初心者冒険者達はおろか悠仁にも分からなかった。恐らく近接職の3人でなくては分からなかっただろう。その証拠に3人はそれが起こる前に体をピクリと動かしていた。残念ながら気づけていてもそれに対応した動きができるかどうかは別らしく、実際に動くことができたのはカインのみにとどまったようだ。


ドゴンッ!!


確かに金属音だった。金属同士がぶつかるって生まれるはずのそれは、あまりの衝撃で衝突音にも聞こえた。その衝撃は反射的に人の目を閉じさせるのには十分な威力を持っていたため、何も対策をしていなかったローブ職の3人は目を閉じてしまい詳細が分からない。


「やべぇっ!!」


何が起きたのかはわからない。ただカインが血相を変えて後ろを振り向いた。次の瞬間。


ドグシャァァァアアア!!


悠仁達の後ろに集まっていた初心者冒険者達の集団の中から血煙が上がる。そして大砲の球が飛んでくるように何かが悠仁達の方目がけてヒュルヒュルと飛んでくるのが見えた。皆がそれをじっと見つめていると、まるでその光景はスローモーションのように感じられ、段々と近づきパーチのメンバーと初心者冒険者達の間にドスンと落ちた。


「こ、これは…。」


「腕…ですね…。」


「くっそっ…やっちまったっ…!」


それを見てカインがとんでもないことをしてしまったという顔をしている。悠仁達の後ろに落ちてきたのは腕、それも人間物で、恐らく近接職の人の物だろう。手甲がついたままのそれは痙攣を起こしながら地面でぴくぴくと指を動かしていた。さっきまで誰かの体の一部だった、その指が。後方では悲鳴が聞こえてきており、救護と回復薬を求める声が聞こえている。アリスは悠仁のローブの裾を引っ張ってきて、視線を合わせてくる。恐らく後方への救護へ向かうということだろう。悠仁は静かに頷くと、アリスも頷き返して後方へと走っていった。


悠仁は状況の確認のためカインの盾を見るとその右上が少し凹んでいた。あの鉄壁の盾が。悠仁はそのまま視線をレッドキャップへ移すと、そこには先ほどまであったものが無くなっていたのだ。


「まさかあいつ…あの鉈を…。」


「あぁそうだ…。しかもでかい方をさっきよりも速く、な。上手くいなしきれなかった…。」


カインが悔しそうに歯を食いしばっている。カインはレッドキャップの鉈投擲を盾で受けて上手く後方へ飛ばすことでダメージを最小限に抑えていたのだが、今回は巨大な鉈を先ほどよりも高い速度で投擲されたため綺麗に飛ばすことができなかったようだ。


「あの速度だと、さすがにコントロールきかねぇな…。くそっ…これだと…。」


悠仁には最初に行われた普通の鉈の投擲すら見えなかった。つまりその後の攻撃など見えるわけがないだろう。カインでもその対処が厳しいとなると投擲に対する手立てが完全に消えることになる。それをレッドキャップも理解したのかグフッグフッという嫌悪感を抱く息を吐き出しながら再度鉈を左手に作り出した。理解している。こちらの手詰まりを、あれは理解して、楽しんでいる。


(ん…少し小さい…?)


正確にサイズを計っているわけではないから分からない。もしかしたら緊張と恐怖などの心理的な状況が影響してそう見えているだけかもしれないが、その鉈のサイズは先ほどの物よりも少し小さく見えた。鉈が生成されたことで再度投擲がされると思ったカインは盾を構えて目を見開き、攻撃に備える。しかしその攻撃が来ることはなく、レッドキャップは予想外の攻撃を仕掛けてくる。


『ギヒィィイイ!!』


その左右非対称になった体でこちらに接近してきた。その速度は駆け出すというレベルではなく【射出】に近い速度だ。その巨大な体からは想像もつかない速度での接近だったが、さすがに鉈の投擲よりは遅かったらしく、カインがその進行ルート上に立ちふさがった。


ガギンッ!!


けたたましい金属音が響く。カインの様子を見ると大きな鉈での攻撃をその盾で受け止めている最中だった。しかしレッドキャップの視線はカインではなく、その後ろを見ているようだった。


(なんで目の前の敵じゃなく…。)


「ぐぐぐ…ぐぉぉぉぉおおおおお…。」


悠仁がそのようなことを考えているうちにもレッドキャップによる攻撃が段々と効いてきてカインが劣勢になっていく。カインよりも背が小さいレッドキャップの攻撃にも関わらず上方からの振り下ろしをされた結果、段々と足が地面に沈み込んでいっている。腕と鉈にはとんでもない質量があるようだ。カインが剣も持たず両手で盾を支えているのをいいことにレッドキャップは右腕の鉈を振り上げる。


「…カインっ!!」


「間に合って…っ」


ミーナとフルールがその俊足で走り出す。軽量な二人が地面に窪みを残すほどのスタート、音よりも早いのではないかと錯覚しそうになる。


ゴンッ!!


二人の持っている武器と鉈が衝突する。さすがにパーチの俊足二人が間に合わないわけがなく、二人の武器はカインに届く前に鉈を受け止めていた。しかしそれもじりじりと押されている。


「さ、さっきよりも力がっ…!!」


「お、おもっ…!」


小さい方の鉈でも二人で支えるのが精いっぱいだ。二人の俊敏性は非常に高いが、筋力値はそうでもない。この状況を見ると、巨大な腕によってフルスピードで振り下ろされた大きな、レッドキャップの身長ほどもあるそれを受け止めているカインはかなりの筋力値であることがわかる。


「こ、これ以上は…。」


(アリスは後方、俺の魔法は3人を巻き込む可能性がある…。何とかして3人を離さないと…。)


「ステラ!なんとかして3人とレッドキャップの距離を離すことはできないか!?」


「…簡易的なプロテクションなら張れます!」


「頼む!カウント3だ!3人とも聞いてるな!各自カウント3攻撃の動線上からの回避!」


そういって悠仁は魔導書を開く。ストックしてある魔法を脳内でイメージすることによってそのページが開かれる。魔導書に記された文字を指でなぞり、その解読と同時に流れてくる魔力と、そのイメージを脳内で固める。


「3!」


ステラの声が響く。ステラは神聖属性の魔法を詠唱によって発動することはできないが、プロテクションはスクロールで作成できる範囲の神聖属性魔法だ。スクロールの発動によって瞬時に顕在化するそれは即席の盾としては上等である。段々と鉈の刃が二人に近づいてくる。カインもゆっくりと足が沈んでいき、膝が曲がってきた。


「2!」


ステラの声が響く。本当に1秒ほどしかカウントの間は空いていないのに何と長く感じることだろう。ステラはスクロールの封を切った。細腕からは想像もできない程の力で押されているのか二人がかりであるのに首から十数cmの場所まで刃が迫っている。あと一拍。判断を一拍でも誤れば、ミーナとフルールの首が飛ぶ。


「1!」


魔法名を口に出す。プロテクションは設置型の魔法であるが故、正確に座標を認識しなくてはいけないのと、今回の場合数cmの狂いで刃を抑えきれずに大事故に繋がる可能性がある。ステラは3秒の間に集中し、狙いを定めた。気だるげな普段の様子は、どこにもない。


「プロテクション!」


フルールとミーナが支えている鉈と二人との間にプロテクションによる壁が生成される。アリスが作るそれよりもサイズも厚さも控えめだが、勢いのついていない鉈を一時的に抑えておくには十分である。


「離脱しろ!」


悠仁の声を聞いた3人はすぐさま後方へ回避する。プロテクションにはヒビが入り始め、耐久度は既に限界に達していることがわかっていたので、多少の危険はあるが回避の指示を出した。


ドンッ!!


カインがいなくなったことで巨大な鉈は標的を失って地面へ深々とめり込んだ。レッドキャップは気怠そうにそれを持ち上げて肩に担ぐ。相手から視線を外さないようにバックステップをしながらカインが悠仁の元まで帰ってくると、珍しく話し声が届く距離まで近づいてきた。


「悠仁!もしかしたらまずいことになるかもしれないっ!」


「くっ…どうした。」


今現在でもやや劣勢であるのに、ここで更に良くない情報は聞きたくなかった。だが、聞かないわけにもいかない。悠仁はカインの報告に耳を貸す。


「あいつ…口が…。」


「…は?」


口、最初に見たレッドキャップは岐阜県の名産品である「さるぼぼ」のように顔には何もない状態だった。口などどこにも存在しておらずのっぺらぼうというのがいい風体をしていたはずだ。悠仁はその報告に驚いてレッドキャップを見る。


『フシュー……』


その白い息は確かに口から発せられていた。不揃いな犬歯が並んだ口。確かにレッドキャップが復活した時にも白い息は見えていた。ということはその瞬間から口が出来上がっていた可能性がある。


「口…ということは…。」


ステラも嫌な顔をする。そう口があるということは相手の攻撃手段が広がることになるのだ。


「詠唱ができるわね…まったく…。」


ミーナもそれに気が付く。特にミーナは魔法に対する術を持っていない為、こういったことには敏感なのだろう。そう、口があるということは言語を発することができるため、魔法の詠唱文を唱えることができるのだ。つまり相手の攻撃手段の中に物理攻撃以外の可能性が生まれたということになる。


(厄介だな…)


そんな悠仁達の嫌な期待に応えるかのように、レッドキャップは口をもごもごと動かし始める。


「…… …… ……… …。」


(4小節…!)


どんな言語を用いているのかはわからない。言葉も聞こえなければ口も読めない。ただ感じるのは強大な魔力の流れ、それこそ悠仁やフルールが使うようなものだ。ローブ職であるならば初心者冒険者でも知っているだろうが、近接職であるならまだ小節の理解すらできていない冒険者もいるこの状況で、4小節の魔法が発動されたらとんでもないことになる。


「アリス!」


悠仁が叫ぶ。聞こえているかはわからない。ただこの状況で確実に攻撃を防ぐことのできる術を持つのはアリスのみだ。


(頼む…っ)


悠仁達だけならカインが何とかしてくれるかもしれない。しかし今回は後ろに初心者冒険者達がいる。どんな攻撃をしてくるかわからないこの状況で頼れるのはやはりアリスである。声が届かないことも考慮してカインは前進して剣を構えている。レッドキャップの周りに魔力が集まり、火球を形成した。しかしその生成過程に問題があった。


(何か地面から…。)


丁度レッドキャップの左腕の陰になっていて良く見えなかったが、悠仁が作るファイヤーボールと生成過程が違うことに気が付く。しかもファイヤーボールは火球一つの魔法だが、今回の魔法では火球は4つ。明らかに別種の魔法だ。


(色が違う…大きさも…。温度か…いや…あれは核があるから…。そうか!)


「カインやめろ!これは斬れない!」


「やってみねぇと…」


「だめだ!下がれ!」


使命感に駆られて対抗しようとするカインを悠仁は必死に後ろに下げる。脳内にある自分の知識を繰り、悠仁はこの魔法の存在に行き着く。


(頼む…。)


足が逃走をしようとしている。だが、ここで前に立つ悠仁達が逃げてしまえば後ろには防ぐ手段はおろか逃げる手段すら持たない初心者冒険者達が残るのみだ。しかもこれは追尾型の魔法、避けることは困難である。そんな気持ちすらも壊すようにレッドキャップから魔法が射出された。


「ユニラテラルカーテン!」


それと同時に希望の声が届く。悠仁達の目の前にはゆったりとはためく水色のカーテンが出来上がり、魔法の進行を遮る。


ドンッドンドンッ!!……ドンッ!


まるで巨人に家を揺さぶられているかのような衝撃が地面と空気を通して悠仁達に伝わってくる。腹の底まで響く連打。目の前の光の壁に攻撃がぶつかって砕けていく。一つは攻撃が通用しないと踏んで進行ルートを変えたのか側面からの攻撃だった。それを見てカインが唖然としていた。


「あっぶねぇ…。」


「ひゃぁ!…お、お待たせしました!」


アリスが後方からジャンプで飛んでくる。身体強化の魔法がかかっているのか人を飛び越してもあまりあるほどの跳躍力だった。スカートが捲り上げられアリスは小さな声を上げていたが、着地した後は何事もなかったかのように悠仁の横に並ぶ。張り詰めた空気に、ほんの少しだけ血の通った温度が戻る。


「後方の様子は。」


「生きている人たちに関しては応急処置を、ステラさんにいただいた痛み止めを渡した人もいます。痛みで暴れていたので助かりました。」


「…ありがとう、助かった。」


「いえいえ。というよりわ、私が悠仁さんの声を、その…聞き逃すなんてないですから…。」


何を言おうとしたのかは少ない言葉でも伝わったようだ。よくもこのうるさい状況で悠仁の声を聞き分けることができている。この緊張続きの中でいつも通りのアリスはとても安らぎになる。悠仁は口角を上げてアリスの頭を撫でた。


「ゆ、悠仁。今の良く分かったな…。」


カインが驚いた様子でこちらを見てくる。


「あぁ、あれはイミテーションコメットだ。地属性と炎属性の両方を持つ高度な魔法なんだが…。たまたま図書館で見ていてよかったよ…。それよりも…。」


ユニラテラルカーテンはプロテクションの上位互換、相手からの攻撃は通らないがこちらからの攻撃は通す最強の盾、この機を逃すなんてことはあってはならない。


「アリス、ステラ、フルール魔法攻撃だ。こちらからの攻撃は通る。せめて弱点の属性を…。」


それを聞いた4人はしっかりと頷いて各々の杖を取り出して詠唱を始めた。

イミテーションコメット(魔法)

分類的には炎属性の4小節魔法。岩石を核にして周りに高温の炎を纏わせそれを射出する魔法。地属性の性質も持っているため多少の物理攻撃と魔法攻撃どちらの特性も持つ特殊な魔法である。その特性上完全に防ぐのは難しく、魔法の中では非常に高い性能を持つものである。上位互換には本当に隕石を呼び起こすものもあるという。

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