不気味な静けさ③
――依頼説明後 クランハウス
バタン。
最後尾にいたフルールがドアを閉めた音だ。普段は明るい空気の絶えないパーチだが、今日に限ってはそうもいかない。重い空気が流れ、誰もが口を噤んでいる。
「やっぱり…あれだよな。」
その沈黙を破ったのはカインだった。何とも歯切れの悪い言い方だが、この場にいる全員はそれだけで意思の疎通ができていた。
「あぁ、あれだ。」
「そうだよな…、お前の見立てではどうなんだ?」
カインがフルールの方を向く。そもそも魔力の流れがおかしいということでアルゴラ台地まで足を運んだのだ。その魔力の流れを敏感に察知していたのはフルールであり、この中で最も自然に近い感性を持っているのもフルールだった。
「魔力の流れとしては大したことない……と思う。だけど魔力を周りから無造作に集めてて、今でも魔力を集め続けているっていうのなら、魔力の受け皿は尋常じゃなく大きいしそれを体の創造に使うとしてもかなりの強度になると思う…。」
「つまり?」
「つまり、今回の敵は私たちが今まで戦闘をしてきたモンスターの生い立ちとは明らかに違っていて、その強さも未知数。未知数って言っても低い方でわからないんじゃなくて、高い方で…。」
「そうか…。」
カインが椅子に腰かけてその話を無表情で聞いている。カインは仲間を守る状況になったら何が何でも守り切る。それこそ自分の命を使い果たしてでも守り切るだろう。だが馬鹿という訳ではないし、恐怖心がないわけでもない。強大な敵を目の前にしたら怖いに決まっているし、逃げ出したくもなるだろう。
いつもお調子者で元気なカインが黙ってしまうと場全体が静まり返ってしまう。
「…一応リーダーとして話しておかないとな。」
その沈黙を和らげるように静かなトーンで悠仁が話し出した。
「今回組合から依頼を受けた。内容は今回の敵の討伐及び初心者冒険者の護衛だ。今回の敵は他の地域でも同時に発生しているようだが、ここは他の地域に比べて比較的その脅威度が低いらしい。だがそれでも初心者冒険者にとっては凄まじい脅威だ。恐らく直撃する攻撃を一度でも耐えられたらそれだけで称賛ものだろう。俺達も知っての通り組合は冒険者の冒険を援護する活動もしてる。だから今回の依頼も初心者冒険者には勧めたくなかったみたいなんだが、どうにも聖堂が絡んできてそれを良しとせず初心者冒険者も平等に参加させるように指示を出したらしい。」
「おいおいそれって…。」
「あぁ、危険行為だ。殺人行為と言ってもいいかもしれない。まだ知識のない冒険者にこんな危険な依頼を受注させるなんて何を考えているのかわからないが、聖堂は組合よりも大きな力を持っているらしく断れなかったらしい。ここは始まりの街だ。初心者冒険者の集まるこの街でそのモンスターに対抗できるのは俺たち含めごく少数らしい…。そこで組合から打診があったんだ。」
「私たちに守ってほしいって?」
ミーナが少し呆れたように話に口を出してくる。立場が逆だったら悠仁も同じようなことを言っていたかもしれない。
「あぁ、その通りだ。組合は直接手を出すことができない決まりらしい。だが今回は危険だと分かっているにも関わらず初心者冒険者を依頼に参加させている。だから俺達にモンスターの討伐を依頼すると同時に初心者冒険者の護衛も依頼するってさ…。」
「お前はそれを受けたのか?」
「……あぁ。」
「…そうか。」
カインが悠仁に確認を取ると、悠仁は苦虫を噛み潰したような表情でそれを肯定する。その答えを聞いたカインは椅子から立ち上がりゆっくりと悠仁に近づいてくる。その顔は俯いており表情は伺い知れない。だが、その両の手が強く握りしめられているところを見ると想像できることはただ一つ。
(そりゃ殴りたくもなるよな…。)
今回の依頼は仲間を危険に晒すものである。しかもその最前線に立つのはカインだ、それに加えてこの話は悠仁とアリスで進めた話であって他のメンバーの了承などとっていないのだ。自分のあずかり知らぬところで勝手に話を進められて、その話が命に関わるものだったと知らされたらいい気持ちはしないだろう。
(一発くらいは素直に受けてやるか…。)
カインはそのままずんずんと近づいてきて、悠仁の前で腕を振り上げた。
(こいつの馬鹿力なら壁まで吹っ飛ぶかも…。クランハウスも攻撃が効かない範囲なのか…?)
殴られた後のことを考えながら悠仁は静かに目を閉じた。これからくる衝撃と痛みに耐えるために。
「………。……?」
いつまで待っても来るはずの衝撃がやってこない。叱られる子供のように片目を開けて状況を確認した瞬間、背中に軽い衝撃を感じた。
「おっ…と…。」
少し前のめりになる体を、右足を前に出して支える。悠仁が後ろを振り向くとそこにあったのはカインの満足そうな顔だった。
「いいじゃねぇか!俺達は……そうじゃなかったけど、守れる奴が守る!それでいいんだよ、お前は間違った選択はしてなかった。むしろ安心したぜ。お前は仲間を大切にするけどその時にあまりにも他人を犠牲にするところあるからな。俺達を安全にするためにこの街の冒険者全員をほっとくかとも思ったぜ。」
「お前の中の俺ってそんなに冷酷なのか…。まぁ状況が状況ならその選択もしなくはないけどな…。」
カインと悠仁は出会う前、自分達よりも先輩の冒険者によって気分の悪い目に遭わされている。もちろん何も調べなかった自分たちが悪いのだが、それでも先輩という物は後輩の先頭に立って手本を見せるべき存在である。その過去があってもなお自分よりも弱い人間を守ろうとするカインの姿に、悠仁はある種の感動を覚えていた。
「いいんだよ、今回間違えてなかったらな。よっしゃ!気合入れるぜぇ!」
急にテンションが上がったカインをメンバー全員が苦笑いで見ている。
(強がってるのが見え見えだっての…。)
声にはハリがある。だが、その足は少し震えていた。それを指摘するのは野暮という物だろう。悠仁は静かに視線を逸らした後全体に向けて話を再開する。
「さて、今回はさっき話をしたように討伐をしながら初心者冒険者を守るというかなりハードな依頼だ。基本的な立ち位置は変わらない。カインが先頭だ。その後ろに俺達ローブ職がいるんだが、ミーナに関してはあまりこっちで立ち位置を固定しない方が動きやすいだろ。」
「そうね、私はちょろちょろしてた方が貢献できると思う。」
ミーナはその職業特性上隠密と不意打ちが行動、攻撃の主軸になる。そしてそのような経験をしたことが他のメンバーにはないので、ミーナに関しては本人の判断で動いてもらうのが一番効果的だろう。
「じゃあミーナは外しておく。フルールは俺の横、アリスとステラは一番後ろだ。」
「ってことは今回は野球のホームベースみたいな形になるってことか?」
「あそこまで広がらずにもう少しスリムな形になるが、そんな感じだな。アリスは初心者冒険者を含め怪我の治療と、適宜攻撃を行うっていうかなりハードな立ち回りをすることになる。ステラも同じだな。攻撃をしながらアリスの援護、そしてメンバーの補助になる。いつでも休めるように後ろにいてくれ。フルールは俺と一緒に攻撃が主体になるから中間だな。」
それを聞いてメンバーはこくりと頷いた。今までとあまり変わっていないが、それでも毎回の確認というのは大切になる。
「自分の命を大切に…って言いたいところだが、今回はかなり厳しいかもしれない。怪我の治療は全て組合が持ってくれるらしいから多少の怪我なら問題ないだろうけど、死んだらさすがに生き返らせられない。だから…、その…」
自分がその状況になるようにしてしまったのだ。死なないでくれ。そう言いたいが何と烏滸がましいのだろう。続く言葉に詰まっていると暖かい感触が肩に伝わる。その方向を見るとアリスが悠仁の肩に手を置いて優しく笑っていた。
「大丈夫、大丈夫です。私がみんなを助けます。それにみんな強くなりました。簡単には死にませんよ。」
(あぁ、まただ…。)
悠仁はその声と表情を見て何とも言えない気分になる。こういった時、悠仁が躓きそうになった時、救ってくれるのはいつもアリスだった。自分よりも年下の小さな女の子。彼女に助けてもらうことは依存してしまいそうになる程心地よいが、それに頼りきりになっている自分が何とも情けない。自己嫌悪に苛まれながらも悠仁はその肩の手に自分の手を乗せる。
「…あぁ、そうだな。俺が心配しなくても、みんな強くなったもんな。」
ただ今は、それに甘える。もう依存症になってしまっているかもしれない状況に悠仁は笑いを零してしまった。
「よし…。アリス、カイン、ミーナは買い出しだ。消耗品と、今から言う食材を買ってきて聖堂へ持ってきてくれ。ステラは消耗品の作成に入ってくれ。場所は申し訳ないが聖堂の部屋を借りてほしい。消耗品の代金は組合に出させるから好きに使っていい。」
「……え。ほんとに?……それは、楽しみ。」
ステラの笑顔が少し邪悪なものに見えた気がしたが、気にしないでおこう。
「フルールと俺は聖堂の調理室を使って携帯食料の作成だ。まずは自分達のを作って、余裕があったら配るものだ。これも組合に出させるから今手元にある食材でアルゴラ台地に行った時に使わなかったものを使うのと、買ってきてもらったもので作ろう。」
「わかりました。こんなにたくさん作るなんて久しぶりだから楽しみですね。」
「ってことで買い出し班にリストを渡そう。ステラも必要な素材をここに書いてくれ。フルールも何が必要か書いてくれ。」
悠仁は収納から大き目な羊皮紙を取り出してテーブルの上に置く。
(どうか何事もなく終わりますよう…。)
羊皮紙に品目を書いているメンバーを見ながら、悠仁は明日へと思いを馳せていた。
買い出しの品目が並んでいく羊皮紙は、そのまま「生きて帰る」ための設計図だった。不安を手で潰すには、準備がいちばんいい。ペン先の音が続く間だけ、部屋の空気は少しだけ軽かった。




