不気味な静けさ②
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「ようこそ冒険者統括組合へ。私はこのヴァリエスタ支部の支部長を務めておりますハリヴァと申します。この度はお忙しい中当組合の依頼説明に参加していただきありがとうございます。」
ハリヴァと名乗る女性は、聖堂にいる受付嬢と同じような澄み渡る声で冒険者に呼びかける。ザワザワとしていた冒険者はその声を聞いた瞬間に静まり返りハリヴァへ視線を向けた。それを見たハリヴァは満足そうに、ただ少しだけ悲しそうに再度口を開く。
「今回皆様にお集まりいただいたのは組合から緊急の依頼があるからです。非常に危険な依頼ですので、内容を聞いて辞退される方は遠慮なく辞退していただいて何も問題ありません。」
『おい、緊急の依頼だってよ、なんか燃えてくるな。』
『すげぇ!これぞRPGって感じだよな!』
『こういう依頼って基本的に報酬もいいんだろ?多少の危険なんて何も問題ないぜっ』
『なんか怖いなぁ…辞めようかな…。』
ハリヴァの正面に集まった冒険者からは興奮気味な声が聞こえてくる。中にはその声色と言葉から恐怖を感じた冒険者が既に依頼の辞退をしようとしている。
(賢明な判断だろう…。)
悠仁も初心者の時に同じような依頼があったら喜んで受けてしまっていたかもしれない。そもそもこのゲームをやろうとする人間にはいくつかの種類がいる。まず第一にゲームが好きな人間。家庭用ゲーム機やPCなどで行うRPGが好きでその延長で来ている人間。第二に収入が欲しい人間。遊んで収入が得られるとなれば普段ゲームをしないような人でもやってみようという気になるものだ。第三に雇われている人間だ。これはごく少数だが誰かに現実世界で雇われてこのゲームを行っている人間もいる。
よってここに集まっている人間の大半は第一の理由で始めた冒険者であることが予想できる。そんな冒険者相手に組合からの依頼なんてものを提示しようものなら食いつかないわけはないだろう。
「辞退する方はこのロビーからの退出をお願いします。その後人数の確認と、この依頼を受注する冒険者様の登録を行います。さぁどうぞ、恥ずかしがる必要はありません。命あっての物種というでしょう。危険を察知する能力も冒険者には必要です。」
ハリヴァが逃げ道を用意した。他者の目を気にして退出できない者への配慮だったが、その言葉で動き出したのはほんの数人で9割以上の冒険者はそのまま残っていた。
「…なるほど、ではここに集まった冒険者様は依頼の受注をするということで間違いないですね?」
最後の確認を行う。聞くところによるとハリヴァはかなりの期間このヴァリエスタの冒険者統括組合の支部長をしているそうだ。それはつまり悠仁達と組合との連絡役の男性よりも初心者冒険者の死亡率の高さを知っているということだろう。だからこその警告だったのだが、それが初心者冒険者には分からなかったのだろう。聖堂の目もあることで大々的に参加を制限することはできないのでこういった方法しか取れなかったのは容易に想像できる。恐らくこの場にも聖堂と繋がっている者がいるのだろうから。
それが分かっていない冒険者はこれから起こるであろう依頼の発表に心を躍らせているようで段々とざわつきが大きくなる。
「…では今から依頼の内容をお話します。それを聞いてからでも辞退を受け付けますので慎重にご判断ください。」
ハリヴァは場の空気を換えるように咳ばらいをして依頼の内容を話し始めた。
「大陸各地で魔力の不穏な流れが確認されていました。これらの調査と聖堂からの報告によると本日深夜、若しくは明日中に強大なモンスターが出現するとされております。この街の住人は皆様のように自衛の手段を持ちません。そしてリットリア領の軍をこちらに回す時間も余力もない為、今回このように集まっていただきました。」
『なんか燃える展開だな…、俄然やる気が出てきたぜ!』
『ゲームによくある設定よね。領軍が間に合わないって。』
ハリヴァの説明に一つ一つ反応を返している。小学生の教室のようなこの状況は落ち着かない心情の表れであろう。
「測定方法は極秘だそうですが、今回のモンスターは書物に載るような強大なモンスターであることが観測された模様です。これを討伐し街、そして領の安全を確保するのが皆様への依頼となります。場所はここより南にあるアルゴラ台地。ここにいる冒険者、クラン『パーチ』の皆様がその観測を行ってくれました。そして今回の討伐依頼の参加者でもあります。」
ハリヴァは悠仁達を左手で指し示し、全員に紹介した。悠仁達はその冒険者たちにぺこりとお辞儀をする。
『おい、あのフルプレートアーマーの男。かなりやりそうだぜ…。』
『何言ってんだよ、俺も負けねぇぜ。』
『あのブロンドの女の子、お人形さんみたい…。持ち帰りたい…。』
『…オッドアイの設定なんてできたっけこのゲーム…。』
悠仁達を見て口々に感想を漏らす冒険者達はいい意味でも悪い意味でも初心者のようだった。そのざわつきを抑えるためにハリヴァは再度咳払いをして話の続きをする。
「こほん…。皆様の前にいるこの方々は上級職の冒険者です。皆様のはるか先を行っている方々であることを認識していただければそれで良いです。皆様はそれなりの実力を持っているかもしれませんが、この方々の経験には及びません。当日はこの方々の指示の下依頼を遂行していただければと思います。」
『なんだよ、お守り付きってことか。つまんねぇ。』
『今回の依頼でいいところ見せればスカウトしてもらえるかもしれないな…。』
『あのメイジみたいな人に色々聞いてみたいかも…。』
上級職の悠仁達が一緒に行くことに不満を持っている者もいるようだが、組合としても苦渋の選択だろう。あまり特定の冒険者に肩入れすることはこういった公的な施設が行ってはならないことである。
「さて、今回の報酬についてお話します。モンスターが仮にドロップアイテムを落とした場合、それは最後の攻撃を行ったクランの持ち物とします。クラン内での分配についてはクラン内でお話しください。そして領主、組合、聖堂からの合同での報酬があります。…もう決まった?」
ハリヴァは横に控えている補佐に話しかける。するとその女性は静かに頷いてハリヴァに紙を渡す。
「ええと……。これは…、間違いないの?うちは4枚しか出していないのだけれど…。」
「はい…。内訳としては我々が4枚領主様が5枚なので…。」
「そうですか…。」
何やらハリヴァは報酬金額のことで補佐の女性と確認をしているようだ。しかしそれも納得したようで紙を受け取って冒険者の方を向く。
「失礼いたしました。報酬は白金貨20枚となっております。これを参加した冒険者様全員に分配を行います。固定された参加報酬に加えてその戦闘においてどの程度貢献をしたかを我々組合の人間が同行して判断し、追加の報酬をそこへ上乗せいたします。尚、報酬の算定基準についてはお答えできませんので予めご了承ください。」
「白金貨20枚…。」
悠仁の横にいるアリスがその金額を聞いて呟く。
白金貨20枚、つまりそれは現在の日本円にして約2億円の価値があるということである。今目の前にいる冒険者を見るとその人数は恐らく300人弱、つまり全員が均等に貢献すれば70万円近い金が入ってくることになる。ここから消耗品、装備品の金が引かれていくので最終的な収入はそれよりも低くなるが、金貨7枚の収入があるのは初心者冒険者からすればかなり魅力的だ。
冒険者家業は金がかかる。このゲームの利用料金もかなりの金額だ。それらを賄って尚まだ手元に残るほどの報酬を聞いて引き下がることのできる冒険者はなかなかいない。
『おい…白金貨だってよ…』
『まじかよ!!…で、白金貨って現実世界でいくらだ?』
『ばっかお前白金貨だろ?100万だよ100万。』
『いや、1000万だから。ガセ流すな。』
『でも活躍しないともらえないわけでしょ?』
『逆をいえば活躍さえすればかなりの金が入ってくるってことだよな。』
(こうなることは簡単に予想できた…。つまり聖堂はこれを狙ってのことか…。)
聖堂が多くの出資をした理由は明白だろう。金によって冒険者を引き付けることだ。現に先ほどまで少し遠慮がちだった冒険者もこの報酬金額を聞いて急に目を輝かせ始めた。
(良い報酬の依頼には必ず裏があることも理解できてない初心者冒険者を捕まえるには十分すぎる金額か…。)
こうなってしまってはどのようなことを伝えても辞退するどころか反発を生むだろう。人の噂も七十五日とはいうが、この街で変な形で有名になってしまっては活動がしにくくなる。恐らくここも聖堂の思惑通りなのだろう。
「報酬は依頼遂行後にお支払する形になる…のが通常の手順なのですが、今回の依頼は危険を伴うことが予想され、冒険者様方にはその準備資金も必要だと組合では判断したので参加費の半額を前払いいたします。この後に参加表明をしていただくので、それと同時にお支払いいたします。尚、参加費の支払い完了後の辞退はできません。本当に、本当に慎重にお考え下さい。」
これが最後の砦だろう。これを超えてしまってはもう後戻りはできない。だが、無知の無鉄砲はそれをいとも簡単に超えるのだ。
『うぉぉぉおおお!!やるぜぇええ!!』
『前金まで払うなんて太っ腹だな!!気に入った!!俺は絶対に参加するぜ!!』
『そこまでしてくれるなら参加してもいいかなぁ、辞めようかと思ってたけど。』
(聖堂は何をしたいんだ…?)
熱狂する冒険者たちを見て悠仁は考える。参加者を募る、それだけならもっと魅力的な危険のないイベントを設ければよかっただろう。それなのにこのようなイベントを始める聖堂、そしてALGOの意図が悠仁には計りかねていた。
「依頼の概要はこれで以上になります。参加するクラン、パーティーの代表者はメンバー全員のプレイヤーカードを持って受付までお越しください。参加表明と引き換えに参加報酬の半額をお渡しします。依頼内容を聞いて辞退される方はこのままお帰りください。」
ハリヴァが話を終えて演台から降りると、話を聞いていた冒険者たちのざわつきは堰を切ったように大きくなり、受付には既に数人の冒険者が並んでいた。そしてその装備は…。
(まだ初心者真っ只中…ってところか…。)
悠仁が昔着ていたようなボロボロのローブ、そしてその横に控える仲間は傷だらけの鎧を着ていた。
あの装備の薄さに、昔の自分が重なる。違いは一つだけ。あの頃の悠仁の前には強大な敵がいなかったが、彼らの前には、明日それが来る。
「お疲れさまでした。」
ハリヴァが悠仁達に近づいてきて話しかけてきた。一緒に演台へ上がってもらったことへの礼を言いに来たのだろう。
「いえ、ハリヴァさん程では。…それにしても厄介なことになりましたね。」
「えぇ全く…。恐らくここにも聖堂の目があるでしょうから言葉を選ばなくてはいけませんでしたので、こちらの意図した方向へ話を持っていくことができませんでした…。極めつけに…。」
「報酬、ですね。」
「えぇ、まさかあそこまで高額な報酬を用意するなんて…。しかもこれは大陸全体での話ですので他の聖堂でも同じように報酬が支払われているはずですし、ここよりも危険な地域では場所に辿り着くまでの危険もありますので報酬はもっと支払われているはずです。これではもう止めようがありません…。」
ハリヴァも悠仁と同じことを思っていたようだ。この報酬ではもう初心者冒険者の心を掴んで離さないだろう。
「こうなった以上パーチの皆様には多大なご迷惑をおかけすることになると思います…。申し訳ありません。」
「いえ、さすがにこの事態までは予想していませんでしたが、ある程度先頭に立って戦うことは承知済みです。お気になさらず。」
「そう言っていただけると…。最新の報告ですと恐らく現実世界?の時間で20時頃が出現タイミングになることがわかっているようです。恐らくその時間ですとここでは真夜中です。お気を付けください。私どもの職員も現場には向かいますが、手を出すことはできませんので…。」
大晦日の真夜中。普段なら仕事も休みになって自宅でゆっくり年越しの準備をしているだろう。それがまさかこんなことになるなんて誰も予想だにしていなかったはずだ。
「ありがとうございます。メンバー全員、気を引き締めて事に当たりたいと思います。では私どもは今から準備と作戦会議をするので。」
「えぇ、よろしくお願いいたします。」
悠仁が頭を下げるとそれに倣う様にメンバー全員がハリヴァに向かって頭を下げた。悠仁達はすぐにクランハウスに向かった。
ロビーを出る間際、受付に並ぶ列の楽しげな声が背中に刺さった。あの声の何割が、明日の夜も同じ調子で笑っていられるだろう。考えても仕方のない勘定を、悠仁は頭から追い出せなかった。




