不気味な静けさ①
――12月30日 冒険者統括組合ロビー
ザワザワザワザワ……
ロビーではいくつものクラン、パーティーが犇めいており何が始まるのかを気にしている様子だった。悠仁達はその中にはおらずそれらと対面するような位置にいた。つまり組合側ということだ。
(これは予定調和なのか…それとも本当に無関係なのか…。)
話は前日に遡る。
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――1日前 ヴァリエスタ 冒険者統括組合
コンコンコン
丁寧な、そして規則的な3回のノックがクランハウスの中に響いた。知り合いもあまりいない悠仁達の部屋を訪ねる者など決まっていた。
「どうぞ。」
悠仁がそのノックに返事をすると、それに満足したかのようにドアが開く。ドアの向こうには組合の白い制服を着た男性が羊皮紙を持って立っていた。その表情からあまりいいニュースを持ってきたのではないことが伺える。
「お休み中のところ失礼します。緊急の知らせが入ったのでお知らせに参りました。」
男性が部屋の中に入ってきたのでアリスが椅子を用意して話し合いの場を作った。男性もそれを察したようにアリスに感謝してから座り込んだ。悠仁達もそれに対するように椅子を配置して話を聞く体勢を取る。
「…少し少ないようですが…。」
恐らく人数のことを言っているのだろう。
「他の者は買い出しに出かけています。なのでこの場は私と、サブマスターであるAliceがお聞きします。」
紹介されたアリスは椅子に座ったままぺこりとお辞儀をする。
「そうですか、では報告をさせていただきます。」
そういうと男性は羊皮紙に目線を落とす。
「つい先ほど大聖堂の方から連絡が入りました。どうやら大型モンスターが出現する予兆を捉えたと。そしてその場所は…」
「アルゴラ台地…ですね。」
「ご名答です。アルゴラ台地にて不穏な、モンスター出現の予兆が確認されたとのことです。モンスターの規模としてはエリアボスに匹敵するものだと。」
「エリアボス…。」
エリアボス。領地という物は人間が定めた物であり、それは生物の生息範囲とは別物である。故に生態系を見たら領地とは別の『エリア』が存在していることになる。そこのボスとしてスポーンするのがエリアボスである。その強さは通常のモンスターの比ではなく、そのエリアのボスに相応しい強さを持つ。これが完全に覚醒をしてしまうと集落や街に甚大な被害を及ぼすことがある。悠仁達が以前通ったことのあるカプランドはその被害を受けた街である。
「あくまでその魔力量を予測した結果だそうですが、幸い他のエリアで確認されている物よりも低い数値だそうですが、それでも普通のモンスターよりは遥かに強いことは間違いないでしょう。」
モンスターが出現する過程というのは一度も観測されたことがない。故に今回のようなことは珍しい為、詳しいことは分かっていないのだろう。
「今回のこと、どの程度まで公にするつもりで?」
「問題はそこなのです。」
男性は大きなため息をついて項垂れる。
「この件はクラン、及びパーティー向けの依頼という形で大々的に告知せよとのお達しが大聖堂から下りまして…。私どもも進言はしたのですが、大聖堂の持つ力は非常に強く条件をほぼそのまま飲むしかない状況になりました……。」
(まぁ、そうだろうな…。)
これはアニバーサリーイベントの中で予め告知されていたことだろう。そして聖堂は組合よりもHOPEのシステムの根幹に近い組織だ。これを秘密裏に片付けることなど許されないだろう。大聖堂としてはこれを大々的に告知して、参加者を募り、アニバーサリーイベントの最終イベントとして綺麗に飾りたい意図は明白だ。
「このことにより本日中に掲示板、及び宣伝紙を用いて街中の冒険者に告知し、明日にはこの依頼の説明をしなくてはなりません。」
「…多くの死者が予想されますね…。」
アリスが苦々しく吐き捨てる。
「仰る通りです…。神に仕えるはずの聖堂は何を考えているのか、私にはわかりませんが従うしかありません…。」
組合と聖堂の関係は分からないが、こうなってしまった以上仕方がない。悠仁はより良い方向へことが運ぶように考えを巡らせる。
「…レベル制限を設けるなどはどうでしょうか。」
「その件も伝えたのですが、本日始めたばかりの冒険者でも希望があれば参加させろとのことで…。」
「そんな……、右も左も分からない冒険者が参加などしたら…。」
アリスは口を押さえてその驚きを隠そうとしているが、その声色までは隠すことができていない。
「こうなってしまっては犠牲者が出ることは避けられません。確実に多数の死者が出るでしょう。我々はその数を如何にして減らすか、それを考えた方が建設的です。」
男性は半ばあきらめたような表情を浮かべている。疲労感と悲壮感の出ているその表情を見るに、普段より冒険者が安心安全に冒険ができるよう苦心しているのだろう。今回のことも聖堂との上下関係がなかったら断っていることなのだろうが、断腸の思いで受けたに違いなかった。
「…我々以外に戦力になりそうな冒険者はいますか?」
もう前線に出るしかないことを覚悟した悠仁はせめてもの希望に縋ることにした。しかし、男性の表情は芳しくない。
「初心者、というには高レベルの冒険者はいるのですが、正直なところ悠仁さん達と比べると経験の浅さは否めません。あくまで補助ができるくらいに考えておくのが良いでしょう。」
「なるほど…。」
(下手に使うとアリスの負担が…。)
目の前に瀕死の冒険者がいるのにそれを放って置くわけにもいかない。きっとアリスは全力で治療に当たるだろう。そしてクラン一の熱血漢であるカインも絶対に見捨てない。それらの気持ちはとても大切なのだが、自分の命が第一ではない時点でクランを危険に晒してしまう可能性がある。
「…その冒険者達は初心者冒険者達への指導と、護衛をお願いします…。」
結局のところ悠仁達が最前線で戦うしか選択肢が残されていないということだ。
(またこの展開か…。なんでこう何度も何度も…。)
悠仁達の冒険は常に命の危険と隣り合わせだった。もちろん他の冒険者もそうなのだが、その回数と危険度が段違いである。アリスと出会ってから8ヶ月余りの時間が流れているが、その間に何度危険な目に遭ったことか。
「…わかりました。私達にできることをできる限りやりましょう。最前線は私たちが引き受けます…。」
アリスは諦めたように首を振る。サブマスターであるアリスの発言をそのまま受け取ってもいいのかという顔で男性が悠仁の方を見る。
「サブマスターの意見はマスターの意見でありクランの総意です。そのまま受け取っていただいて問題ありません。私はサブマスターの考えと意見を尊重しておりますので。…私たちが前線を引き受けます。ただ、一つお伝えしておくことがあります。」
「…何でしょう。」
「私はこのクランのマスターです。他の冒険者は我々の後輩ともいえる存在であり仲間だと思っております。ただそれはクランメンバー以下です。私は仲間と他の冒険者に同時に危険が迫った場合迷わず仲間を選択します。それだけはご承知おきください。」
悠仁はまっすぐな視線で、有無を言わせないという語気を持って男性に伝える。それを聞いた男性は少し残念そうな、ただ予想はしていたという表情で返事をした。
「…えぇ、それで結構です。こちらからの一方的なお願いであることはわかっておりますので…。それでも受けていただかないと困る、そういった状況なのです。」
「わかりました。先ほどサブマスターからあったように私たちができる限りのことをしましょう。」
「ありがとうございます。では明日になりましたらロビーにて依頼内容の告知を行いますのでそれに参加していただけますか?」
どうやら悠仁達を旗印にして依頼を発布したいらしい。目立つのは好きではないが、顔を覚えてもらうには一番効果的だろう。自分の前に立つ人間を知っておかなければ助けを求めることもできないのだから。
「…わかりました。気乗りはしませんが仕方がありません。メンバー全員で参加します。」
「ありがとうございます。では私は告知の準備がありますのでこれで失礼します。また詳細が決まりましたらその都度連絡を差し上げますので。」
そういって男性は立ち上がり、軽い会釈をしたあと足早に部屋を去っていった。男性の居なくなった部屋の中に残された悠仁とアリスはお互いの顔も見ないで溜息をついていた。
溜息の後、どちらからともなく手分けが始まった。アリスは羊皮紙に必要な物を書き出し、悠仁は頭の中で地形を広げる。嘆く時間と備える時間、二つを同時にやれるようになったのが、この旅の成長かもしれなかった。




