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組合からの依頼

――ヴァリエスタ 冒険者統括組合 応接室


「……こんな感じでしたか?」


組合の制服を着た男性が、筆を動かす手を止めて羊皮紙をこちらへ向けてくる。そこには先ほどアルゴラ台地で見た心臓のような紫色の物体が描かれていた。


「はい、そのような感じです。もっと我々の血管のようなものが浮き出ていましたが、遠くから見たらそのような感じに見えると思います。」


悠仁はそれを見てコメントを返すと、絵を描いていた職員の男性はにこりと笑った後少しディテールを細かくする。


悠仁達はアルゴラ台地から全速力で帰ってくるとその足でそのまま組合へ向かった。ヴァリエスタは始まりの街としての機能を有しており、そこには初心者冒険者の多くが活動拠点を置いている。見た物が何なのかは分からないが、もしそれが強大で凶悪なものなのだとすれば放って置くわけにはいかない。すぐに組合に駆け込み状況の報告を行っていた。


(なんかこの感じ、カプランドの時を思い出すな…。)


カプランドにいたときに発生したエリアボス、その第一発見者も悠仁達だった。その時もすぐに組合に駆け込んで報告をしたものだ。今回はそんな事態にならないといいと思いながら足を運んだ。


「なるほど、わかりました。これは組合で共有しておきます。…ところで、素性を確認させていただいたところ、あなた方パーチは以前カプランドでエリアボスの攻略に携わったとか。」


「えぇ、そうですが。何故それを?」


カプランドでの出来事はかなり前の出来事であることに加えて、かなり短期間での出来事だった。ウェイル領での出来事なので領主であるウェイルやカプランドの組合などは知っていてもおかしくはないだろうが、ヴァリエスタでその話を聞くとは思わなかった。


「組合は街や領のみで運営されている物ではなく、大陸全体で運営されています。些事に関しては他へ出ませんがエリアボスともなると話は別です。場合によっては関連する事項の報告書や、対象の出来事における研究資料などを聖堂の図書館へ納める必要も出てきますので。…恐らく今回はレッドゾーンの手前での出来事なので大問題となるのは間違いないでしょう。」


「レッドゾーン…」


危険地帯のことであるが、アルゴラ台地がその周辺であることは確認をしていなかった。


「えぇ、あそこは準レッドゾーンですね。ただ、上級職の冒険者様が見つけてくださって本当に助かりました。これで初心者冒険者が運よくアルゴラ台地に辿り着いて触って死人が出ることになったら大変でしたから…。」


「初心者の頃っていい意味では好奇心旺盛ですけど、悪い意味では無鉄砲ですからね…。」


「もう本当に…。特にここではそういったことが頻発していますので…。この間も…ってこんな話はいいですね。それよりも。」


職員の男性は佇まいを直して悠仁に向き直る。いかにも大切な話があるといった様子だ。悠仁達もその雰囲気に押されて背筋を伸ばす。部屋には沈黙が訪れる。ドアの向こうでは元気のいい冒険者の喧騒が聞こえていた。


「実はここ最近、不穏な噂が流れているんです。」


「噂…、マナの流れですか?」


「よくご存じで。しかしそれは噂の一部分でしかありません。……パーチの皆さまのおかげで噂ではないことが確認されてしまいましたがね。」


職員の男性は困ったような笑顔を向けてくる。ヴァリエスタの組合での激務が容易に想像できる。こういった初心者冒険者が集まる街では人命にかかわる問題は特に慎重に扱うのだろう。


「他にも何か噂が?」


噂、といってもこの話はフルールが組合の職員と仲良くなって聞いてきた話だ。これだって世間には大々的には広まっていないだろう。そして悠仁達もそれ以上の噂を聞いていない。


「出自は分かりません。なのでこの噂はここだけにしてください。…そもそも魔力の流れに関する噂も漏洩厳禁だったはずなのですが…。まぁこれに関しては魔力の流れに敏感な人なら気づいてしまうのは時間の問題だったから良しとしましょう。」


職員の男性は溜息をつきながら眉間に指を当てている。HOPEの世界は地球の中世における文化が色濃く出ているため、技術レベルもその程度である。もちろん魔法が存在していたり銃器が存在していないことで違いはあるが、それも味だろう。そしてその時代から情報の管理という物は難しかったことは想像に難くない。


「それで、その噂というのは…。」


「あぁ、申し訳ありません。イベントなるものが始まってから忙しくてつい愚痴が…。実はこれから強大なモンスターが大陸各地に出現されることが噂されています。何故かこの噂はヴァリエスタから広まったとされているのですが、我々もその詳細は確認できていません。」


(強大なモンスター…。レイドボスのことか…?)


イベント最終日に行われるレイドボス戦。単体のクランやパーティーでは倒せないものとされているので強大であることに間違いはないだろう。HOPEの世界の情報はどこまでがAIが管理していてどこまでが現地の人の管轄なのかは不明だが、少なくとも組合にはその話が流れてきていないことがわかる。


「なるほど…。それを我々に話してしまってもよかったのですか?」


「この街、ヴァリエスタは皆様もご存知の通り始まりの街です。初心者冒険者がたくさんいて、活気がありつつも非常に危うい街でもあります。そこに皆様のような上級職の冒険者様がいることはかなり珍しいことなのです。お金にもなりませんしね。クエストや依頼で来る人が大半ですぐに街を発ってしまう冒険者が大半です。」


職員の男性が言いたいことがなんとなく予想できてくる。


「つまり、この街に留まっていざというときに対処してほしいと。」


「…仰る通りです。」


分からない話ではない。確かにHOPEの世界はゲームで、その中の住人はデータ上の存在なのだろう。でもそれらが死んだら本当の人間のように帰ってこないのだ。つまりデータ上であっても人的資源は有限であることが示されているのだ。


「軍などは使えないのですか?」


「確かにリットリア領の軍は他の中小領地に比べて大きいですが、主にレッドゾーンの対処を行っている上に領主の居る街の警護に多くの人員が割かれているためこちらにまで回ってこないのです。リットリア領のレッドゾーン以外は確かに初心者冒険者でも活動できるくらい安全ではあるので。」


「なるほど…。」


軍の使い方は領主に任せられる。もちろん領主の行いが不誠実であればすぐにその玉座から引きずり降ろされてしまうのだが、見ての通りヴァリエスタは丁寧に整備されており、初心者冒険者にも優しい街の造りになっていることから、問題は起きていないのだ。もし何か文句があり、自分の思い通りにしたいのであれば自分が領主になるしかないのだ。


「私共も職員で戦闘のできる者を出しますが、それもなかなか…。そこで噂にもなっているパーチの皆様にお願いしたいということです。」


悠仁達は決してHOPE全体で高レベルという訳ではない。世の中には化け物みたいな高レベル冒険者がいる。それこそウェイルのような冒険者だ。それから見れば悠仁達などまだ中級もいいところだった。しかし、初心者冒険者から見ればかなり上の存在であることには間違いないだろう。そして義理や人情で動くのもいいが、相手は個人ではなく組合だ。こうなってくれば。


「もちろん、消耗品その他の支給はしていただけるんですよね。」


「それはもちろん、謝礼も組合からお支払するつもりですし、治療費もお支払いします。こちらからの一方的な要請ですから。」


手ごたえは良さそうだ。


「まだどのようなモンスターが来るのかわからないので、何とも言えませんが、私の仲間にそれなりの危険を要求するのです。それなりの報酬も用意していただけると助かります。」


「も、もちろんです。」


言いたいことは伝わったのだろう。街を守るというのはかなりの重責だ。その活動をしたのに金貨数枚程度で済まされてしまっては困るのだ。相手の弱みに付け込んでいるようで申し訳ない気もするが、仕事には相応の対価が必要である。


「わかりました。それでしたらできる限りのことはします。ただ失敗した場合でも治療費と消耗品の金額だけは保証していただきたいですね。」


「わかりました。そのように手配しますので、どうかよろしくお願いいたします。お休みの際はクランハウスでお願いいたします。連絡があればそちらにいたしますので。」


「……?確かヴァリエスタへの移動申請はしていなかったはずですが…。」


ヴァリエスタへの大移動をする際に、特に滞在するつもりもなかったのでクランハウスの移動申請は出していなかった。


「誠に勝手ながらこちらで手続きをさせていただき、既に移動が完了しております。もちろん費用はいただきませんし、違う場所への移動申請の際の費用もこちらが持ちますのでご安心ください。」


「まぁ、それだったら…。」


勝手に話が進められてしまっていたのはやや不本意だが、料金を全て持つというのだから仕方がない。


「では私たちはいつ来るか分からないそれの為に準備をしますので、これで失礼してもよろしいですか?」


「えぇ、大丈夫です。今回は依頼を受けていただきありがとうございます。何かあったらすぐに連絡をさせていただきますので、お待ちください。」


「わかりました。では失礼します。」


悠仁が立ち上がって一礼をすると、他のメンバーも立ち上がって部屋を出ていく。応接室から出て右手にある階段を上がり3階までたどり着くとドアの横に「クラン パーチ」と札のかけられた部屋がある。


「ホントに移動してるし…。」


悠仁が若干呆れながらドアを開け放つと、そこは見慣れた光景だった。


「作戦会議なんかはあとだ。疲れたから休もう。」


悠仁が中に入り、後ろを振り向いてそういうと全員は「さんせー…」と口々に漏らし各々椅子に座ったりベッドに寝転がったりと自由に行動を始める。


(さて…、どうなることやら…。)


依頼を受けてしまった以上もう引き返せない。悠仁はこれからくる事態へ向けて既に頭を回し始めていた。


暖炉の火を眺めながら、頭の中で数え上げる。消耗品、陣形、逃げ道、そして守るべき街の広さ。カプランドの時と違うのは、今の六人が上級職で、そして、守り方を知っていることだった。

レッドゾーン(システム)

各領地の危険地域を示す用語。危険度は様々なことによって測定されるが、基本的にはそこに生息しているモンスターの脅威度から判定されることが多い。リットリア領の場合、ヴァリエスタがある北の地域は比較的安全だが、南はレッドゾーンとして扱われている。初心者冒険者では太刀打ちのできない強いモンスターが闊歩しているため、組合では注意喚起をしている。レッドゾーンの反対用語をグリーンゾーンといい、その中間を準レッドゾーンと呼称する。

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