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見えない物

――リットリア領 アルゴラ台地麓


「台地っていうよりも…いや、こういうのが台地っていうのか…」


「まぁそうだろうな。先の方が先細りになってたら山っていうんだろうが。」


悠仁達6人は馬車乗り場で借りた馬でアルゴラ台地の麓までやってきていた。深々と降り続ける雪の中、ゆっくりと馬を走らせてやってきたそこは、さながら雪山だった。一応昇ることのできる道がある為、現在はそこを昇り始めている。幸い馬が歩くことができるくらいの深さな為ゆっくりだが確実に昇っていけている。


「んー、確かに。話の通りですね。」


「マナの流れですか?」


「そうですそうです。Aliceさんは感じませんか?」


「私はそこまで…恐らくエレメンタリストの方とは魔力に対する感覚が雲泥の差だと思います。」


どうやらここに来る前の話通り、マナの流れが不自然であるようだった。カーディナルであるアリスはあまりその流れについて感じ取ることができないようだが、エレメンタリストであるフルールは風の流れのように感じることができるようだ。悠仁も何となくだが感じられるようになっている。


(ま、気がするだけなんだけどな。)


とはいえ、かなり集中していないと欠片すら掴むことができないことから相当ゆっくり移動していることがわかる。魔法の使用者がいないこの状況でこのマナの流れは不自然である。


「どうやら台地の上へ集まっているようです。それにこれは…。」


「どうした?」


「うん、ちょっとあまり良くない気がして…。」


噂通りだったのでそこは無駄骨にならずによかったのだが、なんだかフルールの表情が浮かない。質問をしたカインはマナの流れを感じることができないのでさっぱりといった様子だ。


「あまり良くないっていうのは、具体的に説明できるか?」


「んー…。感覚なのであまり綺麗に表現できないんですけど…。こう、あまり良くないマナと言いますか…。純粋なんですけど、これは良い方向に純粋ではないというか…。なんていうんでしょう…。」


「悪意のようなものが混じってるって感じ?」


「あー!そうです!そんな感じです!ミーナさんはたとえが上手ですね。」


「そうでもないわよ。それが台地の上に集まってる…。なんか気に入らないわね…。」


悪意。きっとそれは表現上使ったもので、本当に人間が抱く悪意が集まっているわけではないのだろう。ただそれに準ずるものが集まっているとなるとあまりいい気がしないのは確かである。悠仁は握っている手綱をぎゅっと握りしめてこれからのことに動じないよう気合を入れ直す。


サクサクと少し硬くなった雪を馬が踏みしめる。遥か上に見えていた台地の頂上は段々と手の届く範囲になってきた。曲がりくねった坂道を登り終わると、そこには一面の銀世界が広がっており、ぴょんぴょんとその雪から花が飛び出していた。


「わぁー、綺麗ですねぇ。」


アリスが馬を降りて雪を踏む。目視できる花の場所まで歩いていき、その上に積もっていた雪をぽんぽんとはたき落としていた。コスモスに似たその花はそれに感謝するようにゆらゆらと揺れている。恐らく同じような花が雪の下に埋まっているのだろう。もしこれが現実世界だったら全て枯れてしまうだろうが、ここではどうなのか。


「ん……。」


「どうした?」


息を漏らしたフルールに悠仁が声をかける。フルールは目を瞑ったまま深呼吸をしており、マナの流れを感じ取っているようだ。しばらく深呼吸を続け、ゆっくりと瞼を上げると今まで感じていたことを話しだした。


「んー…おかしいんですよね。確かに魔力は流れているんです。あっちのほうに。」


フルールが台地の先を指差す。登ってきた場所とは正反対の場所である。距離にして300メートル程。しかしそこには何もなかった。


「確かにあっちなのか?」


「えぇ、間違いありません。台地の下で感じたものよりも早くて大きい流れを感じます。絶対にあの辺に何かあるはずなんです。けど、何故か崖の下に落ちるみたいにふっと消えてるんですよ。」


「そうか…。」


悠仁もその方向を見てみるが何も見えない。そもそもハンターのスキルを持っているフルールが見えないのだから悠仁には何も見えないだろう。まっさらなキャンバスに足跡を付けながら悠仁は1歩1歩前に足を進める。如何すればそれを確かめることができるのか。


雪原は静かすぎた。花の頭が雪から覗く長閑な景色の中に、見えない何かが口を開けて待っている。綺麗な場所ほど、異物は上手に隠れる。


(見えない…。見えない…。なんで見えないんだ?)


雪のせいではない。そんなに吹雪いていない雪は確かに視界を不良にしているが300メートル先が見えない程ではない。本来なら遥か遠くに見えるはずの山が見えなくなる程度だ。つまり他に何か要因があるのだ。それかそもそも何も無いか。


(フルールでも見えない。ってことは俺達には見ることができない…。視力的な問題じゃないってこと……ん?)


悠仁は思考を回しながらある一つの考えに辿り着く。


「…カイン、アリス。ちょっとついてきてくれないか。」


「ん?おぉ、別にいいけどどうした?」


「あぁ、フェリス。雪は食べちゃ……あれ、呼びましたか?」


「あぁ、ちょっと来てくれ。」


悠仁はカインとアリスを自分の元に集めて自分の考えを話す。


「……ってことなんだけど、一緒に確かめてくれるか?」


「なるほどな。よし、わかった。」


「わかりました。試してみる価値はありそうですね。」


納得したカインとアリスは悠仁の案に乗ることを決め、それを聞いた悠仁はアリスを連れてカインを先頭に台地の中央まで歩く。心配そうに後ろで待機しているメンバーにひらひらと手を振りながら。台地の中央、フルールが言っていた場所の少し手前、そこに差し掛かったところで悠仁はフルールに確認をする。


「フルール!ここで合ってるか!」


「もう少し奥ですけど!そのあたりです!」


悠仁にも何となくはわかるのだが、フルールほどはっきりと流れがわからないので確認を行う。合っていることを確認して悠仁はアリスに向かって頷く。アリスもそれに頷き返して杖を構えた。


「私達を陥れるその悪意を 白日の下に晒し 私に示せ」


両手で杖を握って地面に向かって垂直になるように振り上げる。


「ディテクトトラップ!」


ザスッ!という雪に杖を差し込む音が聞こえた後、その着地点を中心に白い光が広がっていった。以前に使った時よりもその効果範囲は広くなっているようで半径10メートル近い円にまで広がっていった。前回と同じくアリス以外はそれを見ているだけで、何が起きているのか、何を感じているのか、何を見ているのかはわからない。アリスが目を閉じて何かを確認するようにうんうんと頷いた後、辺りを見渡してある一点を指差す。


「あそこ…。あそこがなんかおかしいです…。トラップではないんですけど、何かあります。あるというか囲われているというか…。」


「囲われてる…?」


アリスに指差された場所に歩き出そうとする悠仁をカインが制止する。


「ちょっと待っとけ、俺が行ってくる。」


もしものことを考えたのだろう。何か悪意のあるトラップなどが仕掛けられていた場合、体力のあるカインの方が致命傷になりにくい。カインはアリスの示した方向、フルールの初めに言っていた場所へ辿り着き、手を伸ばした。


ふわっ…


まるで水面に波紋が広がるように、カインの目の前、つまり空中に波紋が広がっていく。つまりこれが意味するところは…。


「見えない壁…?」


悠仁がそれを見て呟く。恐らく悠仁の思っていることは皆が思っていることでもあるだろう。この何もないような場所に何かを隠すために見えない壁が設置されているのだ。そしてそれは透過性のようでカインの腕はその先へ入り込んでおり、悠仁の場所からは既に見えなくなっている。これからどうすればいいのか悩んでいるカインは悠仁の方を振り向いて指示を仰ぐ。


「手は…何ともないのか?」


「お、おう…。本当にカモフラージュされてるだけみてぇで、何も掴めたりしないわ。」


ごくり…、悠仁が喉を鳴らす。誰が何のためにこんな場所に手のかかるものを置いたのか。設置型の幻惑の魔法であることが予測できるこの壁は、初心者なんかには設置することはできない。悠仁は一先ず手を突っ込んでいるカインが何ともないことを確認して、その壁に体を押し付けた。


ズズズズズズ…


抵抗があるようなないような。少し粘り気のある空気を押し広げているような感覚がしたと思ったら、悠仁は既に壁を抜けていたようだった。悠仁が振り向くと、悠仁の方からは外側を視認することができるようでメンバーが心配そうに眺めているのが見えた。まるで精巧なマジックミラーである。ひとまず危険がないことがわかった悠仁は再度振り向いて様子を窺うとそこには驚くべきものがあった。


「これは……何だ…?」


ドクン…ドクン…と周期的に動くそれは生き物の心臓を彷彿とさせる。紫色のそれはいびつな楕円形をしておりごつごつしていた。動いている様子からすると硬度はそんなにないようだが、見ていていい気はしないものだった。


「と、とりあえず皆を呼ぶか…。」


悠仁は体を翻して壁の外に出て仲間を呼んでくる。中に危険がないことを確認した悠仁は見た物の説明をして仲間を壁の内側に呼んだ。


「…これですね…。」


フルールが脈打つそれを見て言葉を漏らした。恐らくマナの流れについて言っているのだろう。


「これにマナが吸収されています。…そしてほんの微量ですが吸収するマナの量が増えているようです。とてもゆっくりですが…。」


「この気持ち悪いのに?」


「えぇ、間違いありません。これに吸収されています。先ほどまで壁のせいでマナの流れが読めませんでしたが今なら確実です。これが周囲のマナをゆっくりとかき集めているようです。」


「いったいこれって…。」


悠仁がそれに手を伸ばそうとするとアリスが悠仁の手を掴んで制止する。アリスの顔を見るとアリスは悠仁の眼を見ながら首を横に振っていた。


「私も気になるんですが、触るのはやめておきましょう…。何だか嫌な予感がします…。」


「そうだな…。ちょっと軽率だった。これは組合に報告すべき案件だ。皆、食事もとっていないところ申し訳ないがすぐにヴァリエスタに帰ろう。今のところ脅威はないが、禍々しさを感じるこれを放っておいていい気もしない。」


「……賛成。……これ、なんていうか……上手く言葉にできないけど、嫌な予感がする。」


ステラも近づいてそれを360度グルグルと見ているが、同意見のようだった。悠仁達はすぐに壁の外側に出て馬に跨り、ヴァリエスタへの道を急いだ。


帰りの雪道は、来た時よりも速かった。誰も振り返らなかったが、あの規則正しい鼓動の音が、耳の奥にこびりついて離れない。急かされているのは馬ではなく、六人の胸の内だった。

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