噂
――訓練から翌日 ヴァリエスタ中央広場
「はぁ…はぁ…どこだ…」
息を切らしている悠仁の方を何者かがとんとんと叩く。
「Yujiさん。ちょっといいですか?」
聞き覚えのある声だった。悠仁はその声に従う様に振り向くとそこには見慣れた仲間が立っていた。銀の髪に赤と橙のオッドアイ、見間違えるはずがない。悠仁は特にやることもないため早めにログインしたのだが、聖堂へフルールから悠仁宛の手紙が届いており、至急中央広場に来てほしいとのことだった。悠仁はその手紙を見て緊急事態でも起きたのではないかと思って走ってきたのだが、フルールの様子からしてそこまで緊急の用事ではないようだった。
「な、なんかあったのかと思って…急いできたんだが…はぁ…。」
「あ、すみません!言葉足らずで誤解させてしまいました…。」
「いや、いいんだ…はぁ…。それで、何があったんだ?」
「あぁ、そうでした。実は…。」
フルールが悠仁達がログアウトしている間のことを話し始めようとしたが、長くなると判断したのか近くにあったベンチへ悠仁を促す。悠仁もそれを察してフルールの隣に座った。
「つめたっ…。」
「まだ寒いからな、ほらこれ貸すから着た方がいい。」
「すみません、ありがとうございます。私も装備を新調しないといけませんね。」
そういいながらフルールは悠仁からローブを受け取って身に着ける。そしてこほんと咳ばらいをしてから話し始めた。
「今回行われているアニバーサリーイベント。それの最後を締めくくるのは何だったか覚えていますか?」
「あぁ、レイドボスだろ?忘れるはずないさ。ただ…」
「情報がない、ですか?」
「そうだ。これにはレイドボスとの戦闘と書いてあるがその詳細はどこにも書いてない。」
悠仁は初日に配られたアニバーサリーイベントについて書かれているチラシを取り出してそれを眺める。細かいイベントの日程は書いてあるものの、それらの詳細は明かされておらず、特にレイドボスについては聖堂での問い合わせもできない状態だった。直前に発表になるのではないかと思っていたので、ここでその話題が出るとは思わなかった。
「そうなんですよね、レイドボスは31日。日本では大晦日っていうんでしたよね、その日に行われるとするならばあと3日後。イベント最後なのにここまで情報を伏せているのはちょっとおかしいと思ったんです。」
フルールの言っていることはもっともである。こういったことは適度に情報をリークすることでユーザーの好奇心と期待を盛り上げるものだが、今回に至ってはその話は一切出てきていない。HOPEならありえるのでは、とも思えてしまうが少し不自然でもある。
「まぁ、確かに。それで、それがどうしたんだ?」
「実は組合のあたりの動きが慌ただしくなっているようで…。」
「組合が?」
冒険者統括組合、通称組合と呼ばれている施設・団体だがそれらが受け持つ仕事は多く、クランの設立や解散を始め通常クエストやクラン専用クエストの斡旋、冒険者への支援など行うことは幅広い。その中でもクランの活動を応援するための支援が大きい。その組合がこの時期になぜ慌ただしく動いているのか。
「はい、それでちょっと仲良くなった職員さんに聞いてみたんです。」
どうやらフルールはソロで行動している時にはかなりアクティブに動いているようだ。組合の知り合いなど普通は作ることができない。
「そしたら、どうやら世界各地で魔力の動きが不自然になっていることがわかったそうです。」
「魔力の…、つまりマナの動きってことだよな?」
「そうです。何故か一か所に集まるようにゆっくり移動しているとか。それこそエレメンタリストでないと気が付かないくらいに。」
「マナが一か所に…。それは不自然だな…。」
魔力は空気中、自然があるところには濃度の違いはあれ普通に存在している物だ。それが1か所に集まっているように動くなど前代未聞である。魔法を使用したり、誰かが故意的に動かすなどしないとそのようなことは起きないのだが…。
「そうなんですよね…。それで詳しく調べたところ近くに魔法の使用者などもいなかったようなのと、これが世界規模で起きていることから組合ではかなり危険視しているって話を聞きました。」
「なるほど…。それは確かに重大な事件かもしれない。」
使役している人間がいないにもかかわらず魔力が不自然な動きをしている。どう考えてもおかしい。しかもそれが世界規模で発生しているとなると、時期を考えても思い浮かぶのが…。
「レイドボスの予兆…、って線があるのか…。」
「そうなんです。少なくとも私はそう思っています。」
「ちなみにそれはこの近くでも観測されていることなのか?」
世界各地で観測されているという話、恐らくそれは人口密集地の近くであろうことが想像できる。そうでなければイベントとして成立させるのは難しいからだ。
「はい、アルテミラ草原とアルテミラの森の南、そこで確認されているようです。」
「ってなるとアルゴラ台地ってことか?」
「あぁ、そうです、アルゴラ。その名前が出ていました。」
悠仁の予想通りこの近くでも観測されていたようだった。アルゴラ台地はアルテミラ草原とアルテミラの森の南に位置している台地で、ヴァリエスタの南西に位置している。綺麗な台地になっていて、その上は綺麗な花が一年中咲き誇っているという。ただ、アルテミラ草原などに比べてモンスターのレベルが高く、初心者ではなかなか近づくことができない。かといってそこまでレベルが高いわけでもないのだが、大抵はそのレベルに達するときには皆アリーシャへ行ってしまう。
「なるほど…。それは気になるな。雪の影響でどうなってるかわからないけど、イベントに関係あることなら少し確認しておきたいな。フルールがいれば何かわかるかもしれないし、ステラやアリスもいれば新しいことが見つかるかもしれない。皆今日もくるって言ってたから大丈夫だろう。ログインしてきたら行ってみないか?」
「私もそう提案しようと思っていたんです。何も無かったらそれはそれで、何かあれば準備しなくちゃいけませんからね。」
「そうと決まれば時間をかけるのがおしいし、食事は向こうでしよう。メインシェフ、食材の買い出しを提案したいのだが、いいだろうか?」
今日の時間設定だと、帰り道では既に真っ暗だろう。そう考えると食事は現地で行った方が安全だ。
「ふふっ、そういえば私の方が料理人スキル高かったですね。こほんっ、よろしい見習いシェフ、その提案を受諾しよう、ただいまより体の温まる食事の食材を調達しに行く、私に続け。……でいいですか?」
「上出来だ。いつでもクランマスターの任を預けられるな。よし、じゃあみんなが来る前に買い出しをしようか。」
「はい。いきましょう。………」
「……あー、カインなら鍋とか好きだぞ。」
歩き出したフルールが何かを思案している顔だったが、どう見ても考えているのは今日の献立で、誰に合わせたものなのかも手に取るように分かった悠仁はぼそりとヒントを出す。それを聞いたフルールは白い頬を紅潮させた。
「そ、そんなこと考えてませんって!そんなこというYujiさんの具材は甘くしますからね!」
「シェ、シェフ…それはご勘弁を…。」
そうして悠仁とフルールは偵察のための食材を買い出しに行き、仲間と合流したのはその1時間半後だった。
市場を回る間、フルールは何度か遠くを見る目になった。マナの流れとやらが、ずっと肌に触れているのかもしれない。それでも籠に食材を選び入れる手つきは丁寧で、その落ち着きが、悠仁には何より頼もしかった。
アルゴラ台地 (地名)
リットリア領中央に位置する台地。時期問わず美しい花々が咲き乱れ、観光地にできる程美しいとされているが、モンスターのレベルの高さ故あまり人が立ち入らない場所である。そのレベルもさほど高くはないのだが、始まりの街であるヴァリエスタにいる冒険者からするとまだ高レベルである。台地のモンスターに挑戦できるレベルになる頃にはアリーシャへと旅立つ冒険者が大半な為、アルゴラ台地に足を踏み入れたことのある冒険者はそう多くはないのが現状である。




