訓練③
「ぐぁああああ!!」
凄まじい轟音と光に包まれたカインの悲痛な声が聞こえる。土煙が晴れると体にパチパチと雷を纏っているカインが現れる。髪からは煙が上がっており、まるで直撃したような雰囲気だ。悠仁は自分の発動した魔法の威力に驚きつつ、カインの心配をするように正面を向いていた。
「……地に還れ、パニッシュメント……あれ?」
「は?」
カインのことを心配していた悠仁の耳に恐ろしいフレーズが聞こえる。
その声の主を見る。緑色のくりくりとした眼が印象的な可愛い少女。どうやら目を瞑って集中しながら詠唱を行っていたらしい。悠仁が放った魔法がどのようなことになっているかも把握していなかったようだ。アリスが発動したのはパニッシュメント。一度ステラがスクロールで発動したことのある魔法だ。とてつもない威力だったが、それでも本職が使う魔法よりも威力は減衰しているものだった。それを本職のアリスが使ったらどうなるか。
「ちょっ…」
「それはっ…」
何も無い天井から光が差しこみ、それを前衛の二人が見上げる。見ているだけで安らかな気持ちになるそこからは音もなく、いつもの青い光でできた何者かの手に握られた巨大なメイスが出現した。ここからのシナリオは想像に難くない。
ライトニングボルトに巻き込まれないよう回避行動を取っていたミーナとフルールが走り出す。テラーマッドは既に解けているため足場は悪くないのだが悠仁の攻撃を受けて一時的に行動がしにくくなっているカインは素早い行動ができる状態にない。つまりこの攻撃を回避する手段を持っていないのだ。ミーナとフルールはカインの元へ辿り着き二人でその両腕を引こうとする。
「お、おもっ…!」
「これじゃあっ…!」
どうやら新しい鎧を着たカインは二人の想像を超える重さだったようだ。振り上げられたメイスは巨大で、その効果範囲も大きい。どうやっても今からでは効果範囲外に逃げることは難しいだろう。そして3人のうち二人は魔法防御力のない人間だ。訓練所では死にはしない。そう『死にはしない』のだ、しかしその裏を返せば直前まではありえるということだ。
「光よ 我が魔力を糧に 彼らを守る障壁を!」
自身が行ってしまったことを認識したアリスは素早く詠唱し、ドーム状にしたプロテクションを3人の上に展開した。攻撃が始まる前に発動したのを確認したかのように、メイスが振り下ろされる。
ズンッ……。
音ではなく、衝撃が体を貫く。どう考えても耳が拾うことのできる音を超えた故の静けさ。地面が揺れた、そこに隕石が落下したかのような衝撃で、立っていることが困難だった悠仁は膝をついてしまった。アリスやステラも同様だったようで土煙の向こうでは手をついている二人の姿が見えた。
「カインは…!」
悠仁がカインの方を見ると、天から現れたメイスはアリスのプロテクションで止まっているのが見えた。しかし威力は高く、完全に防ぎきれないようでパキ、パキと音を立ててヒビが入っていく。
「………。」
カインが何かを呟いた。悠仁の場所まで聞こえなかったが、それを聞いたミーナとフルールはカインの後ろに隠れる。カインはその体に鞭を打って立ち上がり、悠仁のライトニングボルトを防いだ時のように頭上に盾を構えた。その瞬間、プロテクションの防御力を上回ったメイスがカインの盾目がけて振り下ろされた。
バァァアアアアン!!
金属同士が勢いよくぶつかったような音が辺り一面に広がった。悠仁はその姿から目を逸らさない。確かにプロテクションによって勢いは減少していた。それでも。
「防いだのか…?」
カインは立っていた。そのメイスを盾で受け止めて。数秒後、メイスが持ち上げられてそれを持っていた手ごと光の中に消えていった。
「カインさん!」
アリスがカインの元へ駆け寄って回復魔法をかける。カインはミーナの膝の上に頭を置きながら横になっていた。悠仁もアリスに続いてカインの元へ駆け寄る。
「お、おい、大丈夫か?」
悠仁が駆け寄ってカインの様子を窺う。顔は煤のせいで墨を塗ったかのように黒くなっており、髪はいまだにチリチリと煙を立てていた。鎧には所々掠り傷がついており、最初の前衛二人の攻撃が完全に防ぎきれていないことが伺えた。
「ま、まぁなんとか…。ってかみんなつえぇな…。防ぐだけでいっぱいいっぱいだったぜ…。特に最後のアリスちゃんのあれ、マジで死んだかと思ったわ…。」
「す、すみません…。よく周りを確認していなかったので…。」
ミーナとフルールの激しい攻撃を受けても怪我をしていなかったカインを見て安心していたのだろう。悠仁と目を合わせるまでは目を閉じて集中していたのだから。
「いや、生きてるからいいんだけどよ…。まぁ俺も少しは強くなったって感じかな…。」
「少しどころか随分と強くなったさ。よくもまぁあれだけの攻撃を防げるもんだって感心してたよ。」
悠仁はカインの胸辺りをゴツンと殴る。
「一番怖かったのは最初のミーナだけどな。マジで首狙ってくるとか…。」
回復魔法が効いてきたのか段々と話し方が戻ってくる。その様子を見てアリスも悠仁も安堵の息を漏らした。
「死にはしないって聞いてたからどうなるのかと思ってやっちゃったわよ。私個人としてはアリスの無慈悲なパニッシュメントの方が怖かったけど。あれは人に使う物じゃないわね。」
「ミ、ミーナちゃん…。」
不注意であったとはいえアリスの発動したパニッシュメントは確かに人に使う物ではなかった。あれを使用されたら普通の冒険者は死んでいただろう。カインがフォートレスに転職していて、更に技術があったから何とかなっただけである。
「これなら俺の背中を任せられるな!!…つつ…。」
「俺達も喜んでお前の後ろにいることにするよ。今はまずその怪我治せ。骨折くらいはしてるんじゃないか?鎧のせいで見えないけど。」
ゲーム内のステータス補正があるとはいえ、アリスのパニッシュメントは強力すぎた。プロテクションの減衰があったとしても相当な衝撃だっただろう。
「……あ。そういえば、これ、作ったんだった。……よかったら、どうぞ。」
そういってステラが試験管のような小瓶に入った黄色い液体を取り出す。かなり濁っていて小瓶の中で煙まで発生させているようだった。
「な、なんだこれ…。」
さすがのカインも受け取ったもののかなりビビっている様子だ。
「……それ、悠仁の転職試験の後にもらったレシピを元に作った、鎮痛剤。……試作品だけど、使ってみて。」
「使ってみろって言ったって…。」
どう見ても悪影響を及ぼしそうな見た目だ。これを使ってみろと言われてもかなりの勇気がいるだろう。しかも試作品と但し書きまでされているのだから。
「……あ、違う違う。それ、飲むんじゃなくて、振りかけるの。」
「あ、あぁ…そうなのか…。ビビったぜ…。」
飲むものだと早とちりをしていたカインはその言葉を聞いて安心したように蓋を開けて自分の腕に振りかけた。変化が起こるにしても鎧の下で起こっているはずなので外見では何の変化もない。
「…どうだ?」
「おお…。こりゃすげぇな…。完全に痛みがなくなるってわけじゃねぇが、かなり痛みが引くな。筋肉痛レベルだ。これなら強がりなしでもう1戦闘は余裕で行けそうだぜ。」
「はー、すごいのねこれ。」
ミーナが空き瓶を手に取ってくるくると回しながら眺めている。
「……たぶん、私のポーション作成師スキルが上がれば、もっと効く。……アルケミストの効果で少し上がってるとはいえ、本職の作成師には、勝てないから。」
ステラは少し残念そうにカインを見た。
「広く、浅くって感じだもんなアルケミストって。色々使えるけど本職には届かない的な…。」
「……それが、楽しみでもあるんだけど。……せっかくだから、1つくらいは、極めたい。」
「今でも十分助かってるから自由にして行ってくれればいいさ。…アリス、今時間はどのくらいだ?」
悠仁はアリスに時間の確認をする。この中で一番時間に正確なのはアリスだ。
「えーっと……、恐らくあと30分は余ってます。」
どのメンバーも最初から全力を出し切ったので、そんなに体力が持続するわけもなく時間もそんなに経っていない状態だった。
「時間いっぱい使わなくちゃいけないわけでもないしここらで切り上げるか、カインの気も晴れただろ。」
「もう腹いっぱいだぜ…。」
悠仁の言葉を聞いてカインは「おー、痛かった」と呟きながら腕を撫でていた。
「カインはお疲れのようだし、今日はここで解散しよう。今は半額期間だからスキルを取りに行っても良し、買い物をしてくるもよしだ。そろそろイベント最終日だからクランで集まって活動していない時間は有意義に使ってくれ。」
「そうねー、私は新しい防具でも見てこようかしら。せっかくくノ一になったのにハンターの装備のままっていうのもねぇ。」
「あ、じゃあ私もついていっていいですか?私もエレメンタリストになったのに装備変わっていないので…。」
「そっか、じゃあ一緒に行きましょ。アリスとステラはどうする?」
はなから悠仁とカインは誘われないことになっているようだった。買い物に行くことが決定したミーナは他の2人にも声をかけている。
「……アルケミストって、どっちかっていうと装備より、道具なんだけど。……気になるから、一緒に行く。」
「私も特に替えるものはないんですけど、せっかくのお誘いなので行ってみたいです!」
「よし、じゃあ行こうか!後の手続きは任せちゃっていい?」
「お、おう…。」
その返事を聞いたミーナは満足そうにうなずいて悠仁に後始末を依頼し、ミーナを筆頭とした女性陣はぺこりとお辞儀をして訓練所から出ていった。
「…俺達もどこか行くか…。」
「まずはこの腕どうにかしてからだけどな…うまいもんでも食ってログアウトしようぜ…。」
元々二人で行動していたので慣れた雰囲気と言えばそれまでなのだが、女性陣がいなくなると少し寂しくなってしまう男性陣だった。
それでも、二人で歩く帰り道は悪くなかった。互いの魔法と盾の感想を言い合ううちに、話は自然と昔の無茶な狩りの思い出になっていく。強くなった実感は、昔話を少しだけ誇らしくする。




