訓練②
「おいおい…急にやる気じゃねぇか…。」
対峙されたカインがぼやく。今まで一緒に戦ってきた仲間だが、手の内全てを知っているわけではない。しかも最近上級職に転職したばかりなのだから戦闘力は確実に上がっているはず。そんな人間5人と対峙しているのだから緊張もするだろう。
「人型相手って一回試してみたかったのよねー。」
ミーナが右手で握っている短刀を撫でながらニコニコと笑っている。端から見るとかなり危ない光景である。
「人型ってお前…相手カインだぞ…。」
どうにも転職試験を受けてから雰囲気が変わってしまったミーナを見て悠仁が牽制する。死ぬことはないが何かあってからでは遅い。
「あいつの防御力と技術は知ってるから何でも防いでくれそうなのよね。だから思う存分攻め込めるっていうか。」
「まぁ、簡単には死ななそうではあるが…。」
さすがに仲間なのでそこまで無茶なことをするとは思っていないが、事故ということもあるため悠仁は全体に目を配っておくことを意識することにした。
「よし、じゃあお前の合図で始めるからいつでも言ってくれ!」
悠仁がカインに声をかけると、カインは何回か肩を上下させる。どうやら深呼吸をしているようだ。それが終わると各部のチェックを行い、そして…。
「よしっ!!こいっ!!」
カインが大きな声で合図を出す。その瞬間、弾かれたようにミーナとフルールが飛び出した。
(はやっ…!)
攻撃されるはずのない、隣にいた悠仁が驚いてしまう。開始の合図から1秒も経たないうちに50メートル近い距離は7割ほど詰められていた。そのままフルールが先頭になってカインに切りかかる。取り出した短剣の刀身は緑色に輝いており、魔力が注ぎ込まれていることがわかる。ゴンッゴンッとまるで鈍器で叩いているような鈍い音が響き渡っている。どうやら魔法剣にはいろいろな使い方があるようだ。
(ん?ミーナは…。)
フルールの攻撃の派手さに気を取られてミーナを見失う。この障害物の何もない場所で人一人を見失うことなど通常あり得ない。恐らくくノ一の職業特性なのだろうが、場所が認識できない。悠仁が目を凝らしてカインを凝視したその時。
「ぐっ…!!」
カインが不自然に体を捻った。左手で持っている盾で正面にいるフルールの攻撃をいなしているため右手が空いていたのだが、それを使って突然右後方を防御したのだ。必然的に体を開く体勢になるので盾役としてはあまり好ましくない状況だ。
「こ、こえぇぇ…お前普通に首狙ってくるなよ…。」
「あら、良く気付いたわね。私の隠密もまだまだかしらね…。」
カインがぶつぶつと何かを後ろに向かって呟いているので、悠仁が角度をずらして見ると右後方には先ほどまで姿を確認できなかったミーナがいた。そしてその短剣で確実にカインの首を狙っていたのだ。鎧の守りがない場所を確実に狙っていた。カインの技術がなかったら恐らくこの時点で終わっていただろう。
「よーやるわ…。」
悠仁はそんな二人の姿を見て呆れてしまう。これが訓練所だからよかったものの、普通なら違反行為として取られかねない行動だ。
「……いいね。じゃあ、私も…。」
そういって横にいたステラがスクロールの封を切った。それも二つ同時にである。
(みんなやる気過ぎないか…?)
そんな悠仁の思いとは裏腹にカインに向けての攻撃は激しくなっていく。
「っと…。こっちこっち…。ファイヤーボール!…」
魔法名を宣言するとスクロールがはらはらと崩れ去って、ステラの目の前に火球が現れる。悠仁が先ほど発動したものよりは数段劣るが、それでもダメージを与えるには十分だろう。狙いを定めたステラは前方で戦闘をしている二人の動きを見ながら射出する。次の瞬間、もう一つ封を切っていたスクロールの発動も行った。
「テラーマッド」
恐らくその声はカインに届いていないだろう。追尾系の魔法は意識さえすれば基本的に必中である。それ故今から自分に向けられる魔法が何であるかわかるのは大きなアドバンテージになる。逆に言えば相手に何を発動するか悟られてしまうのは非常に不利になるため、基本的には詠唱は素早く行うのがベストだ。
フルールとミーナは相変わらずカインに切りかかっているが、カインはなんとかそれをしのぎ切る。攻撃する意思がないのか、それとも攻撃が激しく攻勢に出られないのかは分からないが、防戦一方である。それでもまだ攻撃を受けていないのはさすがだ。そして前衛の二人が後方から迫ってくる火球に気が付かないわけがなく、着弾直前に左右に開いた。
「ぐぅぅ!!」
カインは今までフルールの攻撃を防いでいた盾を正面に向けて火球を受け止める。少しだけ後方に飛ぶことによって衝撃を緩和したようだが、あれだけ二人の攻撃を集中して受けていたのによくそこまで機転が利くものだと悠仁は驚いた。しかし、訓練である為収入は得られないこの状況では、ステラとしては節約したい状況だろうがファイヤーボールという1小節の魔法を何も考えずに発動するだろうか。と考えた悠仁の疑問はすぐに解消される。
「うぉっ!!」
カインの体が少し沈む。膝を曲げているわけではない。足首は見えず、明らかに沈んでいることがわかる。
(そういえば…。)
カインの行動に驚嘆して忘れていたが、ステラは2つスクロールの封を切った。その二つ目であるテラーマッドは沼地を形成し、相手の行動力を著しく制限するものだ。それはカインの後方に展開されており、攻撃を防いだカインはそこに嵌ってしまったのだ。それを見たフルールはすかさず接近して攻撃を始める。ミーナは離れた場所から矢を射掛けようとしていた。
「えげつないな…。」
攻撃パターンが多く、1対多の状態ではこのようなことが起きるのかと悠仁は恐怖する。しかも今回は相手が知能を持った人間である。簡単に包囲されて袋叩きにするのも難しくないだろう。
同時に、これが敵に回った時の想像が頭をかすめた。見えない刃、退路を奪う沼、待ち構える火。味方だから頼もしいものは、敵に回れば同じだけ恐ろしい。訓練とは、そういう想像力を養う時間でもあるらしい。
(ま、訓練だしな…俺も…。)
そう思いながら悠仁も杖を構えようとするとアリスと目が合う。どうすればいいかわからないといった顔をしているアリスに悠仁はウィンクで返す。訓練で、カインの練習でもあるが自分の練習でもあるのだ。少しくらいは攻撃をしないともったいない。そういった意図を込めて笑顔とウィンクで返した。その意図は伝わったようでアリスも笑顔になって杖を構えた。
(……ん?そういえば…。)
悠仁は魔導書に触りながら2日前のことを思い出す。アリスのエスコートをした日、試しにと魔導書の中にライトニングボルトをストックさせたのだ。その後は30分や一時間ごとに確認をしたのだがストックの状態が切れていなかったのでそのまま放置していたのだが、その後の状態を確認していなかった。
(まさかとは思うけど…。)
前回使っていた汎用型の激安魔導書はストックできる魔法の数が1であり、ストックできる魔法の時間も20分前後だった。それから比べるとそれでもかなり長いと思っていたのだが、もしやと思い魔導書を捲ると。
(嘘だろおい…。)
そこには2日前に見た魔法の文字が記されていた、何も変わらずそのままに。2日というと現実世界の時間で24時間だ。100倍以上の時間をストックできるとなるとかなり驚異的な数字だ。悠仁はそれに触れようとする。
『うーむ…だめじゃのう…。お主は雷という物がどんなものか理解しておらん。』
すると、また声が聞こえるのである。2度目ともなるとそこまで驚きもしないが。
『もっと自然の雷を思い返すがよい、あれを我々人間の力で行うことは非常に難しいが、近づけることはできる。例えばこう…。』
先ほどと同じように文字がちりちりと書き換わっていく。この魔導書には火属性と雷属性の魔法をストックすると威力が増大すると説明をされたが、恐らくこれがそうなのだろう。変な声付きではあるが。
『お主の刻んだ魔法ではこの改変が限界じゃろう。使ってみるとよい。』
「はぁ…。」
別に言い合いをするつもりもない。教えを施してくれるのであれば願ったり叶ったりなので、言われた通り魔法の発動をしてみる。
「ライトニングボルト」
魔法を宣言するといつも通りカインの上空に暗雲が出現する。
「いつもと変わらないじゃn…ん?」
いつもと変わらない。そう思ったが何かが違う。よく見るとその雲は影だと思えるくらい濃く、そして暗く、黒い。バチバチとそれ自体が帯電しており音もかなり激しい。
「これは…ちょっと…。」
「まずっ…」
フルールとミーナが回避行動に出る。魔法防御力がほぼ皆無な二人が受けたらまずい攻撃だと判断したのだろう。今までの雷は白に近い色をしていたのだが、今回の物は黒かった。
「ちょちょちょっとおい!」
それを見たカインが焦っている、当然だろう、発動した悠仁ですら焦っている。
(自然界のって言ってたけど黒い雷は自然界にはないって…。)
暗雲が発生して数秒後、沼地で足を取られて動けないカイン目がけて黒い稲妻が奔る。
パァアアアアアアアン!!!
すかさず盾を自身の上に向けて雷の直撃を防いだカインだが、この威力ともなるといくらミレニア鉱が使われていると言っても無傷では済まない。




