訓練①
――ヴァリエスタ 冒険者統括組合 戦闘訓練所
「おもったよりも簡単に借りられたな。」
組合の受付で使用方法を聞いたところ、受付で料金を支払って札を訓練所の職員に渡せばそれでよかった。一応それなりに丈夫な場所を使わせてもらうことになったので料金は半金貨だった。
中に入ると高い天井に、芝生。球場にでも来ている雰囲気だ。形は長方形で街の大きさを十分に生かしてとても広く設計されている。悠仁でも魔法を端から端まで正確に飛ばすのは難しそうだ。カインは先ほど造り終わったばかりの装備を手に取って少し離れた場所で悠仁達に対峙する。
「よし悠仁!まずはファイヤーボールでいいか!」
「おいおい、魔法を防げるようになったからっていきなりそれでいいのか?」
「おうよ!ちょっと試してみたいことがあるんだ!」
「まぁそういうなら…。」
カインがやる気になっている。訓練所の中ではダメージは通るが死ぬことはないので安心して魔法を発動できる。カイン自身が使ってほしいというなら止める理由はない。
「最大出力で頼むぜ!」
「最大って…デリヴォラを使う必要があるから嫌だよ。できるだけ強く出すからそれで我慢してくれ。」
悠仁は杖を構えて意識を集中する。ウィザードになってからマナの流れを繊細に感じられるようになった。脳内で火球をイメージする。紅く、紅く。ひたすらに熱く。段々と白くなっていくそれを鮮明にイメージし、形作る。大気中のマナを取り込むイメージ、それを杖に送り込んで詠唱を始める。
「炎よ…。」
(ん?あれ?)
そこで悠仁は思い出す。自分の腰に据えてあるものを。福引きの景品でもらったタバルの魔導書。これに一度火属性の魔法をストックしてから発動すると効果が増長されることを。
(それなら…。)
悠仁は左手で器用に魔導書を取り出してその封を解く。そのまま思い描いたものを魔導書に送り込む。するとバラバラバラ!と魔導書のページが捲られて白紙のページにちりちりと文字が刻まれる。
(よし、これで。)
ストック完了だ。これで意識をして魔法名を唱えれば発動ができる。
「カインー!いいかー!」
「おう!いつでもこい!!」
カインの準備を確認してから悠仁は魔導書に意識を集中する。
『まだまだじゃのう…、お主の魔法はまだ一歩しか進んでいないところにある。』
(!?!?)
魔導書に意識を集中した瞬間、脳内に聞いたことのない老人と思しき声が聞こえる。きょろきょろと周りを見渡しても誰も反応していないことから自分だけにしか聞こえていないものだとわかる。
(なんだ今の…。)
『たかが1小節の魔法だと侮ることなかれ。ファイヤーボールにはお主が到達していない可能性があるのじゃ…。例えばこう…。』
悠仁が詠唱を終わらせ、魔導書に魔力を注ぎ込んだ時に書き込まれた文字が一部修正されていく。
(だ、誰だ…?)
『そんなことは今は良い。さぁ、書に手を触れよ。文字に指を伸ばすのじゃ。』
(いや、杖を右手に握ってるんだから無理…)
『魔導書は浮くから心配するな。さぁ触れよ。』
(マジかよ…。)
脳内に聞こえる声を信じてそっと手を下に引くと本当に魔導書が宙に浮かんでいるではないか。
「おー、かっこいいわねぇ。」
ミーナが後ろでその様子を見て感想を述べる。確かに宙に魔導書を浮かせて杖を構えている姿は劇中で見る魔法使いそのものだ。悠仁もその雰囲気に浸りたいところなのだが脳内に流れてくる声がどうにも気になって集中しきれないでいた。仕方がないので脳内の声に従う様に魔導書に記された文字にそっと手を伸ばす。
(……は?)
一瞬の出来事だった。意識がふわっと宙に浮いた。確かに地面に立っているのだが、意識だけが別の空間に移動させられたような。そして目の前には悠仁では完成させることのできないような完璧な火球がある。蒼く、蒼く、まるで空を捕まえてきたようなその火球は科学の教科書で見たようなお手本の色だった。
(すげぇ…。)
『じゃろう?これがファイヤーボール、お主が使った魔法の先にある物じゃ。イメージ、そして経験が足りんのう。儂も他の属性はなかなか難しいが火属性とあと少しを極めることができた。今後も力を貸してやろう、儂の魔導書を持っている限りな。』
(もしかして貴方は…。)
『今はそんなことは良い。さぁ使ってみよ、本当のファイヤーボール、一小節の魔法を。』
悠仁は意識の中で目を瞑り、肉体のある場所に戻ってくる。どこからも声が上がっていないことからほんの数瞬の出来事であったことがわかる。そして声に従い杖を振った。
「ファイヤーボール!!」
魔導書から戻ってくる魔力、それは悠仁が注ぎ込んだものよりも確実に多かった。そして何も無い空間に出来上がる火球。悠仁がイメージした紅く燃え盛る火球を通り越し、蒼く染まった火球が現れる。使用者である悠仁ですら火傷しそうなその火球をまっすぐに見つめる。
(これがあの…。)
「わぁ!蒼いですね!」
後ろからアリスの感想が飛んでくる。ついでにいうと火球の向こうでは少しビビっているカインの顔が見えた。最大火力といったことを後悔させてやる。そう思いながら悠仁は杖を振り下ろした。
ゴォォ!!
心なしかいつもより速度が出ている気がした。数多くの戦闘を経験した今の悠仁が何も障害物のないこの場所ではカインとの距離を測れないはずがなく、まっすぐにカインに飛んでいく。
(完全にクリーンヒットだな。)
悠仁が心の中でそう思った瞬間。カインが驚きの行動に出る。
ガシャンッ!!
盾を床に捨てたのだ。それはカインのグリーヴにぶつかって金属音を立てる。
「お、おいっ!!」
エンフィールド鉱、そしてミレニア鉱が使われているとはいえ強化されたファイヤーボールをその鎧だけで受けるのはさすがに自殺行為である。悠仁が手を伸ばすが軌道を変えるにはもう遅すぎる。どうやっても火球の半分はぶつかるだろう。今は視覚に頼った誘導なので目を瞑って制御を失うわけにはいかず、その行く末を嫌でも見るしかなかった。
「頼むぜおやっさんっ!!」
驚くべきことに、カインは何かを叫びながら火球に向かって走り出す。ほんの数歩の距離だが、できるだけ速度を付けて、そして迫ってくる火球に向かってスキルを発動した。
「一閃!!」
ドンッ!!と地面が揺れ、土煙が舞い上がった。しかしそんな中でも火球は光度を保っており、それがどうなったかは後ろで見ている女性陣の距離であってもわかるだろう。そう火球が。
「切れた…?」
そう、カインの剣は悠仁が作り出した火球を叩き切ったのだ、ものの見事に。惑星の断面図のようにそれはもう綺麗だった。そのまま剣の角度に沿って火球は後ろへ飛んでいき壁にぶつかる。
ドォォォォン……。
石材でできているため延焼はしないが、それでも壁が真っ黒になる。一部は真っ赤に染まってふにゃりと形を変えていることから相当な温度であったことが伺える。
壁の焦げ跡を見て、悠仁は自分の掌を見下ろした。同じ詠唱、同じ魔力。変わったのはイメージだけだ。教わるという行為の底力を、その黒い染みが証明していた。
「ふぅ…おやっさんの言ってたことは本当だったな。」
心配する皆の様子など気にもせず、カインは剣を持ち上げて肩に担いだ。悠仁は近づいてカインに声をかける。
「お、おい、今のって。」
「おう、なんでもミレニア鉱を使ってるから魔法に干渉できるようになったんだと。今まであれだろ?魔法を防ぐことはできてもダメージは7割くらい通るし、盾とか剣の耐久度もかなり速い速度で落ちてただろ?ミレニア鉱は魔法に対しての耐性があるのはいいんだけど、耐久度が低くて普通は他の金属と混ぜて使うところが、このエンフィールド鉱を使ったことでほぼ耐久度の消費無しで魔法に干渉できるってことらしい。」
カインがジマルから説明されたと思しきことを丁寧に悠仁に説明してくれる。気付けば女性陣も悠仁の後ろにやってきておりその説明を聞いていた。
「……ミレニア鉱は、脆いのが唯一の欠点。見た目も綺麗で、場所によっては装飾品にも使われるけど——普段使いの指輪にしてたら、洗い物で壊れた、なんて話も聞いたことがある。」
ステラもミレニア鉱の耐久度問題については聞いたことがあるようだった。悠仁はこの手のことに関してはあまり知識がなかったのでそこまでとは知らなかった。
「へぇー。ってことはカインはこれから物理攻撃も魔法攻撃もそれなりに防げるようになるってこと?」
「まぁそういうことだが…、っておい何考えてる。」
フルールが大事なことを確認するようにニヤニヤとしながら質問をする。周りの女性陣もそれを察したのか何だかごそごそし始めた。一瞬気が付くのが遅れていたアリスも頭の上にはてなを浮かべた後にわたわたと慌てだした。
「み、皆さん!さすがにそれは…!」
「まぁまぁアリス、いいじゃないの。なんてったって私たちの命を預ける盾よ?どれくらい守るのか確かめないと…。」
ミーナは鞘から短刀を取り出してくるくると回し始める。要はこうだろう。物理攻撃も魔法攻撃も防げるようになった。そしてここでは誰も死ぬことがない。いくら魔法をぶっ放しても物理攻撃で壁を傷つけても問題ないのだ。そして皆上級職へと転職をしている。つまり力試しをしたいのだ。
「……私は、諸費用がかかるから。……そこまでは、参加できないけど。」
そういいながらステラもスクロールをいくつか取り出している。
「私も魔力消費が激しいから倒れない程度にしないと…。」
如何にも遠慮がちに言っているが、フルールが事の発端だ。一番やる気なのは目に見えている。
「はぁ…、皆…。」
「何やってんの、悠仁も参加するのよ。」
「は!?俺も!?」
「当り前じゃない、継続して魔法攻撃ができるのは悠仁しかいないんだから。フルールは魔力消費がすごいし、ステラはスクロールじゃない。魔法に対しての対応も覚えるには悠仁の参加が不可欠よ。」
どうやら静かにフェードアウトする作戦は無駄なようだ。いつの間にか訓練モードになったパーチのメンバーはカインと距離を取って対峙した。
訓練所の高い天井の下、六人の影が芝の上に長く伸びる。命の取り合いではない戦いを仲間とできる。その贅沢さを、全員がどこかで分かっていた。




