完成
――2日後 鍛冶屋「マスターアイアン」
カチャカチャカチャ…
金属同士が擦れ合う音が聞こえる。眼の下にクマができているカインが無言でそれらを身に着けようとしているところだった。
「…。」
「どうだ?」
ジマルがカインに声をかける。カインはそんな声に反応する暇がないという様にグリーヴに足を通し、つま先をコンコンと地面に着けたり、アキレス腱を伸ばすような姿勢を取ったりして機動性を確認している。次に胴体部分を着ていく。現実世界のように衝撃吸収のインナー等は必要ないが、一応肌着のようなものを着ているカインの体は現実世界で見た時のように筋骨が隆起している。それに合わせて作った鎧は相対的にゴツイものになる。
「…。」
相変わらず無言で装着を進める。着用が終わった後、軽くジャンプをしている。重さの確認でもしているのだろうか。満足したように頷いた後は手甲の装着を始める。命を吹き込まれた手甲は芸術的な程滑らかに動いていた。CGを見ているかのような錯覚に陥るほど繊細に動く指は、今までの鎧とは比べ物にならない。
そんな様子をパーチのメンバー全員が眺めている。もうそろそろ作業が終わるとジマルから手紙があったのだ。それまでヴァリエスタ周辺で変わった生態系の確認や、簡単なクエストをこなしていた悠仁達は作業を切り上げてマスターアイアンまで駆け付けたのである。
最後に関節部分の動きが悪くないか、不思議なダンスをしているかのようにも見える動きをしながらカインは息をはく。
「ふぅ…。」
「どうだ?」
ジマルが再度カインに尋ねる。カインは疲れた顔をジマルに向けて、サムズアップした。
「完璧だぜおやっさん。」
「そうか!!」
腹から出たその言葉は工房全体を震えさせるくらいの力があった。ミーナが耳を塞ぐレベルだった。
「顔の横おさえたけど、飾り物なのか?」
悠仁は人間の耳の方を抑えたミーナに対してふと浮かんだ疑問をぶつける。
「今そんなこといいでしょ…。どっちも聞こえるから手が足りないのよ…。」
文句を言いながらも律儀に答えてくれるようだ。そんなことは気にも留めずカインが口を開いた。
「軽い。とにかく軽いなこれ。これで強度が取れてるっていうんだから不思議だぜ。」
「素材がいいからな!量を少なくしてもここまで十分な強度を誇る素材なぞ俺は見たことがない!」
カインの感想を聞いてジマルは興奮したようにまくし立てる。
「後はお前の怪力には驚かされたぜ…。この硬い金属をスキルに頼らずに伸ばしてしまうんだからな…。おかげで細かい部分の薄さを調節するのが楽だった…。」
ジマルは思い出すように腕を組んでうんうんと首を振る。どうやらカインに制作を手伝わせた価値はあったようだ。
「後はこれが実戦で通用するか、だな。」
「そうだな。あと、これも持っていけ。」
そういってジマルは後ろにあった盾と剣を取り出す。
「おいおいこれって…。」
「おうよ、お前が寝てる間に拵えたもんだ。どっちにもエンフィールド鉱をふんだんに使ってる。強度は凄まじいぞ。」
「俺が疲れて寝てる間になんてもん作ってんだ…。」
ジマルが取り出したのは、装飾こそないものの堅牢な雰囲気が伝わってくる大剣。そしてタワーシールド。汎用品より少し小さいが、それでも十分な大きさがある。
「エンフィールド鉱は他の金属との親和性が高くてな。これには銀とミレニア鉱を混ぜ込んである。」
「ミレニア鉱って…おやっさん、店が傾くぞ…。」
ミレニア鉱は希少金属だ。埋蔵量はかなりあるとされているが、採掘できる人間が限られているので流通量は少ないという特徴がある。
「何言ってんだ、エンフィールド鉱のような金属を使って2流品を作ったことが広まる方が店が傾くぜ。そしてこっちの盾には残りのエンフィールド鉱全てと、ミレニア鉱を使った。魔法攻撃なんかも防げるようになるだろう。」
「タワーシールドってもっと大きいですけど、これが少し小さいのはなんで?」
剣と盾の説明をしているジマルにフルールが質問をする。
「一番は機動性だな。坊主たちのクランは機動性の高い職が多いと聞いたからな。盾もこまめに移動することが求められるだろう。タワーシールドはその後ろに全身を隠せることに意味があるが、フォートレスの盾なら少し小さくてもそれを補助できるパッシブスキルがある。それなら無理に大きい物を使わなくても大丈夫だ。まぁ後から手直しもできるからな、何か問題があったら持ってくるといい。」
「おやっさん…。」
カインは大切そうに両手でそれを受け取る。剣を器用にくるくると回したり、グリップの確認をしているようだ。盾も同時に構えての姿は敵が目の前に居なくても頼もしさを感じさせるのに十分な迫力を持っていた。
新しい装備に袖を通したカインは、心なしか背筋まで伸びて見えた。道具が人を作るというのは本当らしい。守られる側としては、これほど心強い眺めもない。
「わぁー!カインさんかっこいいですね!」
「お、そうか?」
疲れていても称賛に対応する余裕はあるのか少し胸を張ってキメた顔をする。
「調子乗ってると怪我するわよ、まったく。」
そんなカインの姿を見てミーナが牽制する。
「いいんだよ、敵が来た時にはしっかりするからよ。」
「後ろを守ってるのは私達よ、感謝して。」
フルールもそれに乗っかって背中をつつく。後ろに回られていることに気が付かなかったカインはびくりと肩を震わせて振り向く。
「お、おう。わかってるって。」
「本当にわかってんの?」
ミーナがその背後に回って背中を殴る。
「うおっ!お前気配ないんだよ!」
「これでもくノ一ですから。」
「はっはっはっ!モテモテだな坊主!」
そんな様子を見てジマルは嬉しそうだった。
「勘弁してくれよおやっさん…。」
「男は女の尻に敷かれてるくらいがちょうどいいんだ。お嬢さん方、こんなやつだが面倒見てやってくれ。」
ジマルは本当の父親のようにぺこりとお辞儀をする。
「大丈夫ですよ、しっかり面倒見ますから。」
「こいつってば私たちが付いてないと何にもできないんだから…。」
フルールもミーナも大丈夫だという様に返事をした。それを聞いてジマルは本当に嬉しそうだ。ヴァリエスタを離れてしばらくたつが本当に心配だったのだろう。一緒に旅をしている悠仁ですらカインの戦闘スタイルにひやひやすることがあったのだ。離れた場所で見守っているジマルの心配は相当なものだろう。
「それじゃあ俺は少し一眠りする。坊主たちはその装備の効果でも確かめてくるといい。組合の少し奥にクラン専用の訓練所がある。そこなら安全に訓練ができるだろう。」
「あー、そういえばそんなところあったな…。」
悠仁は思い出したように声を出した。クラン設立時にしてもらった説明の中にそんなものが含まれていたような気がする。街中でも安全に魔法の使用ができて、死亡する危険のない訓練所。クランに加入している冒険者限定だが使用することができた。
「よし!行くか!」
「行くかって、お前クマすごいぞ。寝てからの方がいいんじゃないか?」
それを聞いたカインが意気揚々と腕を振り上げたがどう見ても体調が万全ではない。悠仁が別日にすることを示唆するがカインは何を言っているといった顔で悠仁を見た。
「おいおい、善は急げっていうだろう。早めにこの装備に慣れることも考えたら少しの時間も惜しい。特に最終日にはレイドボスとの戦闘があるんだろ?」
「まぁそうだけど…。」
「それなら今からでも問題ないだろ!訓練が終わってから寝ればいいしな!」
「お前がそういうならいいけど…。無理はするなよ?」
「俺たちの冒険で無理しない場面があったか?」
「……ノーコメントだな。」
悠仁達の冒険はいつも危険と隣り合わせだった。それこそ一瞬の気の緩みが死を招くほどに。
「それに比べたら問題ないぜ。じゃあ早速…。」
「おい坊主。」
剣と盾を背中に背負って歩き出そうとするカインをジマルが引き留める。その腕を引いてカインをしゃがませて耳打ちをしている。
「実はな……。」
「………おいおいおい!マジかよ!そりゃロマンだな!」
「だろう?ミレニア鉱を使ったのはそういった理由もあるんだ。」
「さすがおやっさん!!わかってるぜ!!」
「おうよ!!」
そういってカインとジマルは腕をガシンとぶつける。どうやらいい情報をもらったようだ。
「そうとわかったら尚更急ぐ必要があるな!!悠仁!早く行こうぜ!」
「お、おう…。じゃあ親父さん。ヴァリエスタにはまだ滞在するのでまた来ます。」
「おう、待ってるぜ!」
そう言って悠仁はカインの後を追った。
工房を出ると、雪はまだ降り続いていた。背中の大剣と盾を鳴らして先を行くカインの足取りは、徹夜明けとは思えないほど弾んでいる。いい買い物といい贈り物は人を元気にする。作った側のジマルの寝顔は、きっともっと満足げだろう。
ミレニア鉱 (アイテム)
クチア地方で取ることのできる魔法鉱石。通常の鉱石と違い魔素に抵抗がある為ダメージを通すことがない上に魔法に触れることができる。凶悪なモンスターが跋扈している場所にしかない為、限られた人物しか採掘することができないのが難点。その為流通量は限られており相対的に高価になる。




