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エンフィールド鉱

――ヴァリエスタ 鍛冶屋「マスターアイアン」


温かい飲み物に暖かい部屋。和やかな空気、そして雪が降りしきっているため空は常に灰色。4日に及ぶ疲れはじんわりと体を包み、時間の感覚が曖昧になる。ジマルがアルコールを口にしながら、あそこは行ったのか、どんな敵がいたんだ、そのお嬢さんとはどこで、等々質問攻めをするので皆退屈しないまま談笑していた。


「…さて。」


アルコールと興奮で上気した顔でジマルは話に一区切りをつける。瞼を閉じてどこか懐かしさに浸っているようでもあった。


「久しぶりに外の話を聞いて楽しかった。店を構えて生産職についちまうとなかなか外に出る機会なんてなくなっちまうからな。それにここは始まりの街だ。まだ知識がない冒険者に吹っ掛けようと思えばいくらでもできるんだが、そんなことはしたくないしな…。」


「……あぁ、やっぱり。ここの装備、品質から見ても、かなり安い。」


ステラが周りにある商品に付けられている値札を見て反応する。新米冒険者がつける装備としてはそれなりの物だ。しかしその値段は明らかに相場の底辺かそれ以下だ。この値段にはジマルの思いが込められている。


「まだ金のないやつらからなけなしの資金をむしり取ろうとする奴もいるが、俺はそれよりも楽しく安全に冒険してほしいんだ。命あっての物種っていうしな。アフターサービスもしっかりしてやれば常連になってくれるし、薄利多売にはなるんだが…。あぁ、酔ってると話が纏まらないな…。」


ジマルは恥ずかしそうに顎髭を撫でる。


「あー、なんだ…。あぁそうだ。こんなことを話そうとしたんじゃなくてあれの話だ。ちょっと待っててくれ。」


そういってジマルは工房の奥に引っ込んでいく。ガタガタと音が聞こえた後ジマルは大きな物を抱えて悠仁達の元へ戻ってきた。それを皆が囲んでいるテーブルの上に置こうとしたが逡巡した後に地面に置いた。


「かぁー!こりゃ腰に来るな!」


腰をトントンと叩きながらその腰の燻りを声にして体から出す。ゴトンという音を立てて地面に置かれたそれはどこか見覚えがあった。


「おやっさん、これって。」


カインが思い出したようにそれを指差してジマルに尋ねる。


「あぁそうだ。磨いて形を整えてあるから見た目は変わっちまってるがこれが送られてきた例の物だ。」


磨かれて地面に置かれているそれは炉の明かりもあり少し暖色になっているので正確にはいえないのだが、鉄ともアルミニウムとも、銅とも金とも言えない色をしていた。今まで現実世界においても見たことのない鉱物が目の前にあるのだ。


「こりゃかなり特殊な金属だぜ。単体の金属というよりも合金だな。色々な金属が、高圧というか特殊な薬品というか…、まぁ何らかの方法で強制的に結合したものがこれだ。商会の鑑定士にも協力してもらったが少なくとも8種類の鉱物が混じっているらしい。しかもそれらが反発することなく調和した状態で。こんなものは今まで見たことがない。完全に新しい金属扱いになる。こいつを吐き出したエンフィールドってモンスターの名前を使ってこれを『エンフィールド鉱』と呼ぶことにしている。」


HOPEの世界でも合金を作ることは可能だ。しかし融点などの性質は現実世界の物と完全に一致しているわけではないので、生産職のスキルを持っている者はその点を留意して作業に取り掛かる必要がある。


「そして本来含有されている金属の量を存在させるにはかなりの体積が必要になるはずなんだが、それはどんな方法で圧縮したのかわからないがぎっしりと詰まっていてその体積になっている。だから大きさに反して重く感じるって訳だ。んでそれを加工するには…、ってまた話が長くなりがちだな。まぁとにかくテッドにも聞いたり、商会の知り合いにも聞いたりしてその金属を加工する方法を確立した。」


「……ジマルさんって、何者……?この短期間で、新しい金属の加工法を作るなんて……。」


その話を聞いていたステラはエンフィールド鉱を見ながら驚いていた。半眼が、めずらしくはっきりと開いている。


「しがない町工場の鍛冶師さ。…ま、そんなことはいいんだ。所有権はYujiにあることにしているから、これはお前の物だ。加工しようと思えばできるようになった。これをどうしたい?武器にしても防具にしてもかなり優秀な物になるだろう。」


「そりゃ、丈夫な金属って言われたらやることは決まってるって。」


悠仁は前々から決めていたこと、そして本人もそれを了承していることを口にした。


「カインの防具を作ってほしい。これを使えばいい物が作れるんだろ?親父さんなら完璧なものを作ってくれるって信じてるし、カインも親父さんの防具を使うなら安心だろ。買い替えたのももっとレベルが低い時だったし、それに…。」


悠仁はカインの鎧に目を向ける。カインのような盾役の身に着ける防具は様々なものがあるが、安全性を第一にするとフルプレートアーマーが一般的である。もちろん機動性を重視して軽装を好む冒険者もいるが、盾役をメインにして活動するならそれは自殺行為だ。そしてそれらは総じて高価だ。使う金属は多く、製作にはかなりの手間と労力を使う。丈夫なものを手に入れるなら金属の価値に応じて値段も跳ね上がっていく。そんなカインの防具はレベルにそぐわないものになっていた。


よく見ると修繕を重ねているものの、所々が曲がっておりこれから更に強大な敵に挑むとなると心許ないのは悠仁の眼から見ても明らかである。そんな時目の前に防具に使える金属があるのだ。これを使わない手はない。


あの鎧の曲がりの一つ一つに、覚えがあった。エンフィールドの触手を受けた時のもの、格上の攻撃を正面から支えた時のもの。つまりあれは、カインが皆の代わりに受けてきた攻撃の記録だった。新しい鎧を贈るのに、これ以上の理由は要らない。


「まぁ言いてぇことは分かる。かなり年季が入ってるな。」


「それにこいつ、フォートレスになったんだ。やっぱりそれに相応しい防具って言うのがあると思ってね。」


「おぉ!坊主!フォートレスになったのか!お前はきっとフォートレスになると思っとった!お前のいざというときの根性は大したものだったからな!」


ジマルは嬉しそうにバンバンとカインの鎧を叩いている。それを見ている周りもどことなく嬉しそうだ。


「こりゃどこでも使える鎧ってのを作ってやらんとな!明日から工房閉めて作ってやる!この良くわからんクリスマスイベントが終わる前に仕上げて見せるから待っとれ!」


ジマルはその逞しい腕にできた力こぶに更に力を入れて気合をアピールしてくる。


「おやっさんになら安心して任せられるな。じゃあ頼んだぜ。」


「なにいっとるんだ。サイズ測ったりするんだからお前はここに監禁だ!」


「えぇ!!??」


「ま、仕方ないな。カイン、親父さんの手伝い、任せたぞ。俺たちはいつもの宿屋にいるから。」


疲れもピークに達してきた悠仁は立ち上がってカインに手を振る。他のメンバーも流れがわかったようで皆立ち上がって移動の準備を始めた。


「おいおいおい!イベントは!」


「いや、親父さんが間に合わせてくれるって言ってるだろ。大丈夫だよ。色々揃えたりするだけだし、近場で活動するし、定期的に見に来るから。」


「そりゃないぜぇ…。」


カインががっくりと項垂れる。


「イベントに参加したいのならさっさと手伝いを始めることだな。かなりの力仕事になるから覚悟しとけ。」


ジマルはカインの首根っこを掴みながら笑う。ジマルのことだから恐らく工賃は格安だろう。しかしここまで珍しい金属の加工となると普通はかなり高額な工賃を取られていてもおかしくないのだ。それを勉強してもらうのであれば手伝いも致し方のないことだろう。


「よし、じゃあカインのこと頼みます。俺たちは栄光の杯にいますんで。」


「おうよ!連絡は手紙で送るから店主からもらっておいてくれ。」


こうして悠仁達はカインをジマルに預けて宿屋へと向かい、一段落ついたのだった。


店を出る時に振り返ると、炉の前ではもうジマルとカインが何やら図を描き始めていた。歳の離れた職人と弟子のようで、親子のようでもある。あの二人に任せておけば装備の心配は要らない。雪の道を歩く足が、自然と軽くなった。

エンフィールド鉱 (アイテム)

HOPEの世界においてまだ1つしか確認されていない金属。様々な金属がまじりあった合金であり、確認できるだけでも8種類の金属が混じっていることが判明している。それら全ての特性を有しており、優秀であるが硬度が凄まじく、並大抵の鍛冶師では加工することが困難である。名前はこの金属をドロップしたモンスターの名前からとられている。

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