到着
――翌日 アルテミラ草原
「…」
「…」
「…」
皆無言である。6人の間には沈黙と馬の放つ規則的な足音のみが流れている。気温はアリーシャを出た時よりも下がっているのに加えて、馬での移動をしているので体感温度は外気温を下回る。そこまで寒いと口も開かなくなるのは想像に難くないだろう。
「ん?えぁ?」
先頭を駆けるカインが間抜けな声を上げる。以前にもこの場面を見たような気がする。
「どうしt……ってこりゃ…寒いわけだな…。」
悠仁が異常がないか確かめようとすると視界に白いものが見える。悠仁の知識に間違いがなければこれは。
「雪か。」
「雪ですねー。」
悠仁の言葉に打てば響く鐘のようなタイミングでアリスが言葉を重ねてくる。空から落ちてきたのは雪。アルテミラ平原に四季はなく、雨天などの気候変動はあるものの基本的には春終の気候が設定されているはずだ。それなのに雪が降るなど前代未聞だったが、この寒さでは納得するしかない。
「まさか西以外で雪を見るとはね。」
ミーナもHOPEの世界で雪を見たことはないようだった。確かに悠仁達の活動範囲にはまだ雪が降る地域はなかった。
「……ダンジョンの中でも、見たけど。……もう、思い出したくない。」
ステラは未開のダンジョンでのことを思い出して眉を寄せる。冒険した感じはあったが常に命の危険に晒されているのは誰にとっても進んで再体験したくはないものだ。
「そういえばそろそろクリスマスか?」
「そういえばも何も今日がクリスマスですよ悠仁さん。」
「…まじか…。」
連続ログインで日付感覚が完全におかしくなっていた。アリスが言うのであれば間違いないだろう。
「クリスマスってあれですよね。なんかおっきい木に飾り付けをする。」
「そうそう……、って、あれ?こっちでクリスマスの催しって、やったことあったっけ。」
フルールが少し懐かしそうにつぶやいた台詞を聞いて、ステラが半眼のまま首を傾げる。
「そういえばそうだな…。」
それを聞いて悠仁も呟く、悠仁も3年近くこのゲームをしているが、クリスマスの催しなど見たことがない。雪国に行けばもしかすればとも思ったが。
「ん?あれ?そうですね?……??」
フルールも何故そんなことを口走ったのかわからないようだった。
「自分で言ったこともわからないのかよ。」
「うるさいわね。いいじゃない。誰にでもうっかりってあるでしょ。それにあなただって…。」
前を向きながら呟いたカインの言葉はしっかりとフルールの耳に入っていた上に虎の尾を踏んでしまったようだ。手綱を振って馬の速度を上げたフルールはカインと並走をする。
「口はなんやらってやつだな。」
「あ、悠仁さん。そんなこと言っていると聞かれちゃいますよ。」
「大丈夫だって、ほら。」
悠仁は前を指差してアリスの視線を誘導する。そこにはしょうもないことで言い合いをするカインとフルールがいた。お互い言葉のドッジボールをしているがその表情は柔らかい。
「…そうですね。」
それを見たアリスも釣られてふにゃりと笑った。
雪は少しずつ強くなっていたが、列の空気は逆に温かくなっていた。見慣れた街が近いというのは、それだけで薬になる。
「ん?あれは…。」
悠仁は前方に何かを発見する。すぐさま地図を取り出して辺りの風景と照らし合わせ、何かを確信したように前方に向かって声を張り上げる。
「カイン!前を見ろ!」
「…だからそれは謝っただろって……。ん?前…おぉ!!」
カインが驚きの声を上げる。その声に釣られて全員が前方へ視線を向ける。降り始めてきた雪によって視界は悪いが、目を凝らせば辛うじて見える。
「ヴァリエスタだ!!」
カインが宝物を発見した少年のような声を上げる。そう、灰色の石材造りの外壁、その外壁の上にたなびく旗。何度も何度も見たことのある光景だった。
「おっしゃー!!やっとだぜぇえ!!」
カインは上がったテンションをそのままに馬に鞭を打ち速度を上げる。あと少しのその距離を少しでも縮めようと。
「あ、ちょっと!話はまだ終わってないって!」
並走を解いたカインの背中に文句を投げたフルールも馬に鞭打ってその後を追う。4人も顔を見合わせて笑った後、馬にごめんと謝って鞭を打った。
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――始まりの街 ヴァリエスタ
「おぉ…すげぇなこりゃ。」
カインとフルールに遅れて4人もヴァリエスタに入ると中央広場に大きなものが設置されているのが見えた。ヴァリエスタは正面の入り口から中央広場までは中央通り一本で繋がっているため何の障害もなく先が見える。そこにあったのは現実世界にいる人間なら誰しもが見たことのある物だった。
「クリスマスツリーか。」
この世界に無いはずの電灯をふんだんに使ったクリスマスツリーが、噴水があったはずの中央広場に置かれていた。周りにはベンチが置かれており、住人や冒険者が腰掛けているのが遠目からでも見える。見たこともなかった厚着をした人々が行き交っており、雪など見たことのないだろう子どもがはしゃいで雪だるまを作っている。
(雪を見たことがなくても雪だるまを作ってみようっていう発想に至るんだな…。)
悠仁がそんなことを考えていると後ろから声がかかる。
「悠仁さん、どうやらカインさんとフルールさんは馬車乗り場に向かったようです。」
「テンション上がっててもその辺りしっかりしてるのがおかしいな。よし、じゃあ俺達も行こうか。」
悠仁達は乗っている馬を返すために馬車乗り場に急いだ。
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――ヴァリエスタ 馬車乗り場
馬を返す手続きは、すぐに済んだ。
雪のせいか、馬車乗り場はいつになく空いている。手綱を係に渡しながら、悠仁は何の気なしに、雑踏の方へ目をやった。
いない。
「……なぁ。ここに、案内役の子供がいなかったか。」
「案内役、ですか?」
書き付けをしていた係員が、顔を上げる。前にも見た覚えのある、古株の男だった。
「あぁ。このくらいの、すばしっこい子だ。初めて来た客の袖を引いて、倉庫やら宿やらに案内して、駄賃をもらってた。」
「……うちでは、子供は使っていませんよ。危ないですから。」
「いや、お宅の子じゃなくてもいい。この乗り場のあたりに、いつもいただろう。」
「さぁ……。私はここに12年おりますが、そういう子は、ちょっと。」
係員は、世辞でも面倒がるでもなく、本当に思い当たらないという顔をしていた。
「え、いたわよ?」
横で聞いていたミーナが口を挟む。
「ほら、私、駄賃あげたもの。あの子、真冬みたいな今日も裸足なんじゃないかって、ちょっと心配してたのよ。……ねぇ?」
「あぁ。……いた。確かに、いた。」
悠仁とミーナは顔を見合わせた。係員は困ったように頭を下げて、仕事に戻っていった。
(俺とミーナが、二人して同じ勘違いをするか……?)
あの子は確かにいた。袖を引かれた感触も、駄賃を受け取ったときの得意げな顔も——
——顔?
(………………思い出せない。)
袖を引かれたことは覚えている。手を振り返したことも覚えている。なのに、あの子の顔だけが、降り出した雪みたいに、輪郭から白く消えている。
「先輩?行くわよ?」
「……あぁ。今行く。」
悠仁は一度だけ、誰もいない乗り場の隅を振り返った。雪が、誰の足跡もない地面に、静かに積もり始めていた。
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――鍛冶屋 「マスターアイアン」
悠仁達が馬車乗り場で馬を返してジマルの店へ向かうと、店の前で先ほどまで背中を見ていた二人の姿があった。カインは後頭部をぽりぽりかいて、フルールは満足そうに何かを口にしていた。どうやらフルールにおやつを買うことで解決したらしい。
「もう喧嘩は終わったのか。」
「おー…、俺の負けだよ全く…。」
「ふふ、カインはそれでいいのよ。私のいうことを聞いていれば。」
フルールが手に持っていたのは温かそうな焼き菓子だった。甘い香りが数歩先まで漂ってくる。
「もう親父さん呼んだのか?」
「いや、一応そろうまで待とうってことになってな。」
「そうか、じゃあ。」
悠仁はまだ誰も店に声をかけていないことが確認できたのでドアをノックして店の奥に声をかける。
「ジマルの親父さん、俺です。Yujiです。」
悠仁が3回ノックをして声を出すと外にまで聞こえてくるくらいガタガタガタと物音を立てて、ドアの向こうで止まった。そしてドアの向こうには懐かしい人物がいた。
「おー坊主ども!久しぶりだな!ちょっと大きくなったか!」
「いや、この世界じゃ大きくならないよ。」
「がっはっは!!それもそうだな!っと、お嬢さん方。寒い中こいつらのお守りご苦労だったな。」
ジマルは後ろに控えていた女性陣に声をかける。4人はひらひらと手を振って返事をしていた。
「おうおう、こんな別嬪さんばっかり揃えちまってよ。なんでい、しっかり冒険してんのか?」
「別に美人だからって集めたわけじゃないって。それよりほら、女性もいることだし…。」
悠仁は店の奥を指差してジマルに合図する。
「おー、こりゃ悪かったな。お嬢さん方、寒いのに立たせちまって申し訳なかった。さ、中に入ってくれ。少し金属臭いが、炉に火が入ってるから暖かい。」
「「「「失礼しまーす。」」」」
女性陣はジマルに促されるまま店内に入っていく。
「おやっさん。久しぶり。」
横に控えていたカインがジマルの前に立つ。
「おう、元気だったか。」
「おう、平気だったぜ。おやっさんにもらった馬車も大活躍だったぜ。」
「へへっ、そりゃよかった。こっちにはしばらくいるんだろ?」
「そのつもりだぜ。鎧のこともあるしな。」
カインと話をするジマルはとてもやさしい表情を浮かべていた。
「おっとそうだった。お前らの顔見てたら忘れそうになってたぜ。そういうことなら冒険話はゆっくり聞かせてもらえるな。んじゃ中に入ってくれ。何か温かい物でも用意するからよ。」
こうして一行は無事悪天候の中、ウェイル領リアッツォからリットリア領のヴァリエスタまで、4日ログアウトなしでの大移動を完了させたのだった。
炉の熱と鉄の匂いに包まれた瞬間、張り詰めていた何かがほどけた。ここは拠点ですらないのに、帰ってきた、と全員の身体が言っていた。始まりの街とは、よく言ったものだ。




