異常気象
――砂漠の宝石 アリーシャ
「すまねぇな兄ちゃん、御覧の通り品切れでよ。」
「でしょうね…。」
「素材さえあれば仕立て屋がやってくれるんじゃねぇか?この街じゃ防寒具を仕立てられるやつぁそんなに居ねぇと思うが…。」
「探してみます…。」
カインが露店の主と話を終え、自分の体を抱きながらこちらに帰ってくる。
「聞こえてた。」
「くっそ…なんでこんな…。」
カインは寒そうにカタカタと震えながら身を縮こまらせている。巨体の男が随分と情けない姿になってしまったものだ。アリーシャは砂漠にある街なので、日中は本来鎧など脱ぎ捨ててしまいたくなるほどの高温になる。なのになぜこんなことになっているのか。事態は1日前に遡る。
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――1日前 1のダンジョン南
「ん?あれ?おかしいな…」
馬に乗って先頭を駆けるカインが違和感に気づいて声を上げる。
「どうした?」
「いや、もうこの辺りってアリーシャだろ?なんでこんなに日が差してないんだ?」
周りは砂漠になっている。ウェイル領が緑で覆われていた土地であるのと対照的にロレット領は砂漠に覆われた土地である。日中は常に強い日差しに照らされ、それが原因で亡くなった冒険者もいるという。そんな話があるくらいなのに行く先は雲に覆われているのである。
「……おかしい。」
アリーシャに一番長く滞在していたであろうステラも声を上げる。
「……私が露店を開いてた頃は、こんな日、一度もなかった。」
ステラが見たことがないとなると他のメンバーなら尚更だ。この異常気象とも呼べる状況で体調管理をするにはローブが必要になってくるが残念ながら人数分のローブは持っていない。そもそも鎧を着たまま着られるローブを誰も持っていないのだ。こうなると少し我慢して最寄りの街で購入するしかない。
「まぁ原因はともかくアリーシャまではそこまで遠くない。そこまで我慢しろ。」
「いやそれは…って言っても我慢するしかねぇんだから我慢するか…。」
ぶつくさ言いつつもカインは前方から目を離さないで先頭を駆け続けた。
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「仕立て屋って言っても…。」
周りを見ると前回アリーシャに来た時とは全く異なる光景が広がっている。薄着で活動していた冒険者はもう一人もおらず、皆雪国の住人のような恰好をしている。交易と露店の街であるアリーシャの人口は非常に多い。いかに供給の線が太くとも急な需要の高まりには追い付けない為、どこを見渡しても布や皮は品切れである。
「この様子だとどこも品切れよね。どうするの?さすがに盾役を凍えさせたまま移動っていうのは危険よ?」
「んー…。」
悠仁は腕を組んで思案する。凍えているというのは言わばデバフがかかってしまっている状態だ。この状態のままではカインの持っている力を十分に引き出すことはできない。
(あーだからか…。)
悠仁はここに来るまでのことを思い出していた。カプランドの大森林外縁では普段ワイルドウルフが幅を利かせているのだが、一体も見かけなかった。恐らくここの気象状況が変更されたことによって乱獲されたのだろう。
「あー、ダメ元でテッドさんを訪ねてみるか。」
「それがいい!」
「あんたは寒さが凌げればどこでもいいんでしょ?まったく。」
悠仁の提案に秒で食いついたカインを見てミーナが呆れている。寒いのは確かなのでカインの気持ちは分からなくない。
オードスミスへ向かう道すがら、アクセサリー通りの外れで、悠仁は見覚えのある荷車を見つけた。
ドーラだ。ただ、いつもと様子が違う。ガラクタの山に古い帆布を掛けて、店じまいの支度をしている。
「珍しいな、ばあさんが店を畳むなんて。」
「おや、いつかの坊やたちかい。……畳むんじゃないよ、逃げるんだ。ガラクタはね、湿気と寒さに弱いのさ。あたしの骨と一緒でね。」
ドーラは帆布の端を縛りながら、ちらりと空を見上げた。濁っていない方の目が、雲に覆われた砂漠の空を映す。
「……坊や。あたしはこの街で、知らないことはないんだがね。」
「あぁ、そう言ってたな。」
「この寒さは、知らないよ。」
縛る手が、止まった。
「六十年ここで商売してる婆さん連中も、隊商の古株も、誰も知らない。……あたしの帳面のどこにも、書いてない寒さだ。」
それだけ言うと、ドーラはまた手を動かし始めた。フルールが荷車に近づいて、ぺこりと頭を下げる。
「あの。……お元気で。」
「……嬢ちゃんもね。」
ドーラは顔も上げずに応えて、それから、ふと付け加えた。
「『待つ』のは、続けてるかい。」
「はい…!まだ、思い出せてませんけど。」
「そうかい。……いい顔だ。待ててる顔だよ。」
ロバが歩き出し、荷車が軋みながら通りを南へ遠ざかっていく。誰にも聞こえない声で何かをぼやいた気がしたが、それは風に紛れて届かなかった。
(帳面に書いてない寒さ、か……。)
何でも知っている顔をした人間が「知らない」と言う時ほど、不気味なものはない。悠仁は首の裏がすうすうするのを感じながら、皆の後を追った。
悠仁達はすぐにテッドの店「オードスミス」へ向かった。
道すがら、街の空気がいつもと違うことに嫌でも気付かされた。呼び込みの声が少なく、皆どこか早足で、露店の主人たちは空ばかり見ている。寒さそのものより、原因の分からなさのほうが、街を静かにさせているようだった。
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――アリーシャ オードスミス
悠仁が「休業中」と札が出されているドアを遠慮がちに開けるとカランカランとカウベルが店内に鳴り響いた。
「すみません、今日は休業なんですよ。」
その余韻が消えないうちに店の奥から聞き覚えのある声が聞こえる。
「こんにちはー。」
悠仁が少し背伸びをしながら声を出すと店の奥から足音が聞こえる。
「おっとこの声は…。」
恰幅のいい腹、ふさふさの白髪に顎髭。懐かしい声と共に懐かしい姿が視界に入る。
「随分早かったね。待っていましたよ。」
「お久しぶりですテッドさん。」
アリスが奥から出てきたテッドにお辞儀をする。
「これはこれはAliceさん。これはご丁寧に。…おや?その生き物は…。と、その前に。」
テッドは店の一角にある椅子に手を差し伸べる。
「立ち話も何です。座ってください。急造ですが暖炉も用意したんです。」
「はい、ありがとうございます。」
悠仁達は促されるままに椅子に座らせてもらう。少し遠くにあるが暖炉の火が暖かい。カインだけは椅子に座らずに暖炉の前に陣取り、手を温めていた。
「まさかこの街で温かい飲み物を出すことになるとはね。」
悠仁達が移動している間にテッドは奥で温かい飲み物を入れてきてくれたようだ。立ち上る湯気が鼻に入るとリラックスができる香りがした。
「わぁ。いい香りですね。」
アリスが嬉しそうに香りを嗅いでいる。
「これは、サルニヤのお茶ですか?」
「おっ、お嬢さん良く知ってますね。その通りです。」
フルールが使われている草を言い当ててテッドは嬉しそうだ。
「ご明察の通りこれはロレット領北の少し涼しい地域で取れるサルニヤという植物を使ったお茶です。見ての通り緑色の植物なのですが、現実世界の紅茶に近い楽しみ方をされています。特に効果もないので冒険者には好まれないのですが、私はこれが好きで冒険者さんに依頼ついでに取ってきてもらうんですよ。少し多めに作っておいてよかった。」
少し多めに作っていたのは事実らしく、店を訪ねるという連絡をしていなかったにも関わらず全員分のお茶が用意されていた。
「急に訪ねてしまってすみません。と言ってもすぐにアリーシャを発つのですが…。」
「あぁ知っていますよ。ヴァリエスタに行くんですよね。」
テッドは悠仁がその話をすることを知っていたかのように行き先を言い当てる。
「ご存じだったのですか!?」
「えぇ、兄から聞いていましたからね。もしかしたらアリーシャを通るかもと。そしてこれも…。」
テッドが悠仁に向かって4枚の小さな紙きれを寄こしてくる。何かが書いてあるようだ。
「これは…?」
「それは引換券です。」
「引換券?」
「えぇ、防寒具の。仕立て屋に依頼してありますから受け取ってきてください。」
驚くべきことにテッドは全員分ではないものの防寒具の準備をしてくれていたようだった。
「えぇ!?なんで!?」
「実は兄さんからの連絡には続きがあって、先日防寒具のことが書かれた手紙が届きまして…」
どうも雲行きが怪しくなって気温が下がってきたため、もしものことを考えて早めに素材を手に入れて仕立て屋に依頼するよう書かれていたようだった。何でもどうせ悠仁とカインのことだろうから自分たちの防寒具はそっちのけで冒険をしているのだろうというジマルの考えだったらしい。
「おぉう…。」
「あはは…、もう本当のお父さんみたいに理解されてますね…。」
恥ずかしそうに手で口元を隠した悠仁にアリスが笑いかける。本当にどこまでも悠仁達の面倒を見てくれる人だった。
「ということでこの引換券を持っていけば防寒具はもらえますよ。ミューリッツの毛皮を使った防寒具です。きっとこれからも使えるでしょう。足りない分は…。」
「あー、俺は大丈夫です。」
悠仁は自分の分はローブで何とかなると思い遠慮をするが、それではだめだとテッドは制す。
「今後の冒険にも防寒具は必須でしょう。この際ですから持っておくべきです。…そうですね…。」
テッドは何かを思いついたように店の裏に行く。帰ってきたテッドのその手には2枚のローブが握られていた。
「これを使うといいです。私のお古で申し訳ないですがそれなりにいい品です。もう冒険しない私には無用の長物ですので、是非使ってやってください。」
そう言って悠仁に紺色のローブを手渡してくる。
「いいんですか?」
「えぇ、もう使わなくなってしまったものです。埃を被っているのはこのローブとしても不本意でしょうから前途が明るい冒険者に持っておいてほしいのです。」
「そういうことでしたら。」
少し寂し気な表情を浮かべるテッドを見ると、このローブにも思い出があったのではと何とも言えない気分になるが、そのローブをしっかりと握ってその手から受け取る。
受け取った紺色は、袖口だけ色が深かった。長く同じ人の腕を通ってきた布の癖だ。物を譲るというのは、思い出の置き場所を人に貸すことなのかもしれなかった。
「では、もう一つは…。」
「では私がもらいます。」
アリスが手を挙げて立候補する。他に誰も候補者がいないことを確認してテッドはアリスに防寒具を手渡した。
「じゃあ、防寒具ももらったことだし俺とアリスが受け取りに行ってくるよ。みんなはここに居させてもらってくれ…。で、大丈夫ですかね。」
「あぁ構わないよ。二人が帰ってくるまでお土産話を聞かせてもらうからね。」
テッドは久しぶりに会った親戚のおじさんのような笑顔で二人を見送る。こうして悠仁達はジマルとテッドの計らいによって防寒具を手に入れ、この不測の事態に対処することができたのだった。
ミューリッツ (モンスター)
雪国に住む狐型のモンスター。単独で行動することが多いが、所帯を持つことで初めて集団で行動する。その気候に適応するため毛は分厚く、暖かい。その毛皮を使った防寒具は高品質なものが多く、その地で活動する冒険者にはとても助けになるものである。




