帰り道
――リアッツォ 領主の住まう城
「では、失礼します。」
「うむ、気を付けて行ってきたまえ。今度来た時にはまた冒険話を聞かせてくれ。」
「はい、是非。」
悠仁がぺこりと頭を下げるとウェイルは嬉しそうに頷いた。わざわざ一冒険者が領主に出発の報告をするのもどうなのかと思ったのだが世話になったので、と挨拶をしに行ったら見送りまでされてしまった。悠仁はそれに軽い会釈で返した。手綱を握り軽く動かすと馬がそれを察知して前へと歩き出すので皆が待っている場所まで馬を動かす。城門から出てしばらく進めばそこは中央広場だ。そこもさっさと抜けて街から出る。
「いやぁー、それにしてもこりゃ廃人だな。ゲーム廃人。」
カインが馬を走らせながら呟く。恐らくこの日程のことを言っているのだろう。転職試験が終わった後、メンバーはいったんログアウトして解散。各自自分達のホームの店へと帰ってから再度ログインする、という割とハードなスケジュールで動いている。これも求職中のなせる業だ。
「そうねぇ。最近はこっちに来ていない時の方が長い気がするわ。」
ミーナもカインと同様にぼやいている。ミーナの言う通り最近はゲーム内で過ごす時間が増えた。悠仁、ミーナ、カインは一応求職活動はしているのだが、生計が立てられてしまっているのでどうにも身が入らない。失業してからそのままずるずると時間が経って今に至る。
「……私は、こっちが本業みたいなものだから。……何も、言えない。」
ステラは『職は、無いようなもの』と言っていた通り、HOPEが本業のようなものらしい。最近は冒険のせいもあって稼ぎが減っているようだが、本人はあまり気にしていない様子だ。
「私はもう単位を十分にとってますから…。暇って言えば暇ですね…。」
以前の発言からもアリスが学生であることは分かっていたのだが、これだけゲームにログインしているにも関わらず成績は良好なようだ。
「それで、どのくらいかかる予定なの?」
ミーナが先頭を走る悠仁の背中に話しかけてくる。ヴァリエスタに行くまでの日程を聞いているのだろう。
「どれだけ急いでも丸4日だな。馬を途中で交代させてもやっとってところだろう。」
馬に不満があるわけではないが、急がせればそれだけ体力を消費する。途中の街にある馬車乗り場で馬を交換して再度レンタルを行って走り続けるのが一番早い手段だと悠仁は考えた。
馬車の荷台には消耗品やその他生産器具だったり、冒険に必要な小物だったりが載っていた。だがヴァリエスタに帰るだけであるならば全ては必要ない。もちろんそれらを持って行った方が安心で便利ではあるのだが、アニバーサリーイベントの期間は約2週間。その期間内に移動するならば馬車での移動は諦めるしかない。
ログインした時には夜だったのだが、ゲーム内では今夕方だ。夕焼けが辺りをオレンジ色に染めているが、これもそのうち無くなって暗闇に包まれるだろう。この辺りはまだ草木が生い茂っているためそこまで寒くはならないだろうが、悠仁は今日の夕飯を考えながら夕日に目を細めた。
振り返れば、初めてこの辺りを旅した頃は夕飯の心配など贅沢だった。今は六人と一匹分の献立を考える立場だ。旅の年季というものは、案外こういうところに一番よく出る。
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「ふんふん、なるほど…。」
「なので、ここなら問題ないかと。ただ時間が遅いと危険な可能性があります。今くらいの時間だとむしろ突っ切ってしまった方が…。」
「そうだよな。うん、じゃあ遅くならないように考えながらそこに差し掛かるように調整しよう。」
「そうですね、悠仁さんの言う通りそれが一番いいと思います。」
悠仁とアリスは馬を寄せてゆっくりと走りながら地図を広げて指をさしながら話している。話しているのはこれからの予定だ。馬車を置いてくることで問題になったのが食糧問題である。馬に食べさせる草、自分達の食料、そして安全、それらを満たすルートをアリスと悠仁で相談しながら決めているのだ。
これまでのように人間の食料も馬の食料も消耗品も全て荷台に乗っている状態だとある程度自由なルートで予定を組むことができるのだが、馬だけを使っての移動は制約がかかってくる。
「じゃあこのことを後ろのみんなにも伝えてきてくれるか?」
「わかりました、伝えておきますね。」
そういうとアリスは速度を落として後ろに計画を伝えに行った。
(こりゃかなり疲れるな…)
馬車での移動の際はカプランドからリアッツォまで3日の道のりだった。悠仁達の中では初めての長距離移動だったのでかなり慎重に行動したのも災いしてかなりの時間がかかったのを覚えている。HOPE内の馬はかなり頑強な造りをしている。現実世界の馬とはスタミナが違う。その為、今の状況なら休みを入れてもかなりの速度を維持することができるだろう。冒険者もステータスによってかなりの補正がかかっているが、馬同様限界がある。今まで乗馬などあまり経験がないのでかなり疲れることは火を見るよりも明らかだった。
「悠仁さーん!だいじょーぶでーす!」
後ろからアリスの元気な声が聞こえる。悠仁は振り向かずに手を上げて馬の速度を上げた。
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――リアッツォを出発して3時間
「お…俺はもう…だめだ…」
カインが馬から降りて小鹿のようにプルプルしている。
「さすがに私も疲れたわね…。」
ミーナも腰をトントンと叩きながらため息をついている。
「もう歳だな…。」
カインほどまではいかないが悠仁もかなり足腰に来てしまっている。少なくとも30分は休憩しないと動けそうにない。ここまで3時間、かなりの速度で馬を走らせた。借りられる馬の中でもかなり上位の個体。現実世界では倒れてしまうような速度と距離を走らせてもぴんぴんしているのはさすがだ。
「はいはーい、休憩ですよー。」
「こっちよ、おいで。」
アリスとフルールが馬を誘導して草と水があるところへ誘導する。馬たちは慣れているのかトコトコと歩いていく。上位の個体になると躾もしっかりされているらしい。
「ステラも結構余裕なのな…。」
悠仁はステラが平然としているのを見て呟く。同じ距離を同じ速度で走ったにも関わらずアリスとフルール、ステラは平気な顔をしている。
「……昔、こういう移動ばっかり、してたから。……慣れ。」
「そんなもんか…。」
乗馬はするだけでダイエット効果があるくらいの運動量だと聞く。ゲームの中ではダイエットも何もないのだが、かなりのスタミナを消費するのは分かった。
「……私も最初は、腰を押さえて、休みを要求してた。……懐かしい。……動けそう?」
「まぁ少しは…。」
「じゃあアリスさん達の方へ行きましょう。カインも、大丈夫ですか?」
「牛歩なら…。」
ミーナとステラは老人を介護するようにカインの横について歩行の補助をする。運動が得意なカインがここまでへばるのは予想外だった。鎧の重さやそれによる可動域の制限も影響しているのだろうか。
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「アリスとフルールはかなり体力あるんだな。びっくりしたよ。」
パチパチと弾ける焚火を中心に円を描くように座った一行は夕飯ができるまでの間雑談を始めた。
「私、小さいころから乗馬をしていたので。さすがにここまで長い距離は走ったことないですけど慣れてるのがあると思いますよ。ステータス上のスタミナはそんなに差がなかったはずですし。」
「私もですかね。イザベラと移動するときは馬が多かったです。主に後ろに乗ってるだけでしたが。」
二人とも乗馬の経験があってこそのスタミナだったようだ。ステラも経験者であったようなので経験というのはかなり大きいのだろう。
「ってことは経験不足で馬についていけてないって感じだったんだな…。」
悠仁は得心がいったようではぁー、と間抜けな声を出す。ミーナは横でカインの介護をしていた。しかし、いつしかその手を止めて辺りを見渡す。草を食んでいた馬も少し落ち着きがない。
(…こんな時は…。)
そう思った悠仁はフルールの方を見る。するとフルールも辺りの様子を窺っていた。
「敵か?」
「えぇ、恐らく。数はそんなに多くないですね。ただ敵意は向けているようです。」
以前よりも感覚が鋭敏になっているのかフルールは数、距離、敵意まで感じ取れるようになっているようだった。
「フルール、場所って正確にわかる?」
「えぇ、分かりますよ。」
「指示して、ちょっとやってみるから。」
ミーナが腰につけていた短刀を取り出して戦闘態勢に入る。目つきが変わって完全にやる気になっているのがわかった。
「おいおい、まだレベル1だぞ。無理するな。」
「大丈夫よ、何かあったらすぐに戻ってくるわ。これでも10メートルの堀をジャンプで跳び越したのよ。危険があったらすぐに帰ってこれるわよ。ただ、ちょっと補助が欲しいわね…。カイン、ちょっと叫んでくれる?」
「は?」
急に話を振られたカインは間抜けな声を出したが、何か策があるのだと理解して立ち上がる。
「どのくらいがいい。」
「そこまで大きくなくていいわ。少し目線が誘導できるくらいで。」
「いつやる。」
ミーナが腰を低く落とす。
「カウント3で。」
「いくぞ…、、、ウォォォオオ!!」
いつもよりも控えめだが、それでも腹に響いてくる声が森全体に響く。その瞬間。
「わぁ!」
アリスが感嘆の声を上げる。
「はぁ!?」
悠仁も思わず声を上げてしまった。それもそのはず。そこにいたはずのミーナが、まるで溶けるように消えたのだ。カインの横に落ち葉が落ちてくる。悠仁がすぐに視線を動かすと横の草が最後の一揺れをするのが見えた。
「3時!5!」
フルールが何も見えない森に向かって指示を飛ばす。悠仁達には何をしているのかさっぱりわからなかった。
「11時!10!」
恐らく敵の位置を指示しているのだろう。
「7時と2時!どっちも6!」
「何しているのかさっぱりだな…。」
カインが悠仁とアリスの傍に寄ってきて呟く。ちゃっかり盾を取り出しているのを見ると気は緩めていないようだ。
「…………それで終わりです!」
フルールが森に終了の言葉を送ってしばらくするとズルズルという音を立てながらミーナが戻ってきた。右手は血に染まっていたが、そこには首を落とされた4体の中型野生生物が握られていた。無表情なミーナを見て悠仁は少し背筋が寒くなったが、ミーナは取り繕う様に笑顔になる。
「いやぁー!フルールの指示が的確で助かったわ!これ、夕飯にできそう?」
「ミーナさんの隠密こそすごいですね、味方が倒されても気付いていませんでしたよ。…これは、夕飯にできそうですね。悠仁さん手伝ってもらっていいですか?」
「お、おう…。」
悠仁達の理解の外で会話が進行していてついていけてなかった。
「ミーナちゃん、怪我ない?大丈夫?」
体の所々が血で染まっているミーナを心配してアリスが駆け寄る。
「大丈夫大丈夫、これ私の血じゃなくて返り血だから!さ、肉も手に入ったしアリスも食べよ。」
「それならいいけど…。」
そんな様子のミーナを見てアリスは少し心配そうだった。そして悠仁は死体の解体をしながら改めて感じた。上級職の持つ力の強大さを。
解体の手を動かしながら、悠仁は頭の中で新しい台帳を開いていた。誰が何をできるようになり、何ができなくなったのか。全部書き直しだ。面倒よりも先に、少しわくわくしている自分がいた。
馬 (モンスター)
主に人間に飼育されているモンスター。家畜なのだが分類上はモンスターになっている。モンスター中でも個体差が大きく、その個体差によって用途は様々であるが、総じて言えるのが現実世界の馬よりも頑健であるということである。HOPEの世界では機械式の移動手段はほぼ存在しない為馬による移動が主流である。その為の措置であると考えられているが運営からの公式な発表はされていない。主に馬車乗り場でレンタルすることができる。最上級の個体だと現実世界のサラブレッドよりも少し遅いくらいの速度で1日走り切ることができるという。




