祝賀会①
――リアッツォ 酒場「完徹」
「ではではー!全員の転職試験合格を祝って!」
アリスがここぞとばかりに張り切ってジョッキを掲げる。酔ってもいないのに、そのジョッキからは中身が少しこぼれていた。なみなみと注がれている証拠だ。他のメンバーもその声に合わせ、めいめいジョッキを上へ持ち上げる。
「かんぱーーーーい!!」
「「「「かんぱーい…。」」」」
転職試験を受けたメンバーは、その疲労ゆえにアリスのテンションとは真逆の声色だった。ゲーム内時間は夕方だが、現実世界では既に夜の12時を回っている。遠方から来ているステラは、今から帰るとなると難しい時間だ。もう夜も遅いということで、メンバー全員がゲーム内で夜を過ごすことにしたのだった。
ジョッキがぶつかる音は、揃わないなりに温かかった。試験という関門をそれぞれ一人でくぐって、また同じ卓に集まっている。その当たり前が、今日は少しだけ特別に見えた。
熱が冷めぬうちに祝賀会を――というアリスたっての希望で、こうして酒場に来ている。皆、気分は悪くない。ただそれよりも体力の方がきつかった。それでも、このまま寝てしまうのは何となくもったいない。誰もがそう感じたのだろう。拒否する者は一人もいなかった。
「あぁ…染みるな…。」
カインが大きな一口で飲んだ麦酒に、しみじみとしている。まるで縁側の老人だ。そんなことを思っていた悠仁だが、同じように飲み物へ口を付けてみると――確かに、染みた。
「まったくだ…。転職試験がこんなに大変なものだとは思わなかった。…いや、文献の上では知っていたつもりなんだが、想像するのと経験するのとでは随分違ったな…。」
水分不足もあったのか、一口、また一口と酒が進んでいく。
「私の試験って結構あっけなかったのですが、皆さんの試験内容ってどんなものだったんですか?」
一人だけ違う時期に転職試験を受けたアリスが、興味津々で皆に聞いてくる。その瞳はキラキラと輝いていた。
「おう、俺はドラゴンが相手だったぜ。」
自然と、一番最初に試験を受けたカインが話し始める空気になる。カインは試験内容を語り出した。
「えぇ!ドラゴンってあのドラゴンですよね!?」
それを聞いたアリスは、さすがに驚いている。声こそ出さなかったが、悠仁も口に含んだものを噴き出しそうになるくらいには驚いていた。
「おうよ、あのドラゴンだ。真っ赤で硬い鱗に覆われた体、鋭い眼光、絶望的なまでの戦力差…。ありゃ死んだと思ったな…。絶望しか感じなかったぜ…。あいつの攻撃を防ぎきるって言うのが試験内容だった…ように感じるな。」
「なんだその感じるって。」
歯切れの悪い言い方をするカインに、悠仁が突っ込みを入れる。
「いやよ、試験内容の説明がくっそ短くて、何が合格の条件だったかすら伝えてもらえなかったんだよ。なんか『あ、これ死んだわ』って思った瞬間に合格になったからよ、よくわかんねぇんだよな。」
「ほーん、そんなことあるんだな。」
合格基準が分からない試験なんて、落ちた者からクレームの嵐だろうな。そう思いながら悠仁はもう一口、酒を含む。
「そういえば私も、合格の基準は教えてもらえませんでしたねぇ…。あっという間に発表されて帰されてしまいました。そんな悠仁さんは、どんな試験内容だったんですか?」
アリスが悠仁に話を振る。
「俺は…ひたすらにモンスターを倒してくって感じの試験だった。ただ、適切な属性の魔法を使わないと倒せないようなモンスターばっかりでな。魔法の連続使用もそうだけど、頭を使うって感じだったな。最後のデーモンがマジできつかった…またあれ使う羽目になったしな…。」
「デーモンですか…。あれにはイザベラもかなり苦戦していましたね…。群れで行動するし魔法も使うしで、かなり厄介なモンスターだったはずです。」
フルールは以前のことを思い出しながら、悠仁の話に同調する。
「っていうか悠仁さん、またあれ使ったんですか!?」
アリスは、悠仁がデリヴォラを使ったと聞いて詰め寄ってくる。顔が近い。酒の影響なのか、照明の影響なのか、その頬が赤く見えた。
「ま、まぁ…使わないと勝てない状態だったし…。」
「どこか痛むところはないですか!使えなくなってる場所とか!」
「だ、大丈夫だって…。確かに右目と傷がちょっと大変なことになったけど、ポッドを抜けたら治ったから…。」
「まったくもう!悠仁さんはそうやっていつもいつも…。」
酔っているのか、アリスは悠仁に対して小言を始めようとする。そんなアリスの背後から、近づく影があった。
「はいはーい、アリスはこっちでお姉さんと仲良くしようねぇ。」
「あ、ちょっとミーナちゃん!まだ悠仁さんに話が!」
ミーナは、話が長くなりそうだったアリスを捕まえて悠仁から引き離してくれた。アリスには申し訳ないが、この場で小言が始まると場の空気が大変なことになりそうだったので助かった。ただ、悠仁としてもアリスの言いたいことは分かる。もし逆の立場だったら。アリスがそう判断したのであれば間違った選択ではないのだろうが、それでも小言を言ってしまいたくなるくらい、心配はするだろう。
「ん。」
そう思った悠仁は立ち上がり、ミーナに連れていかれたアリスの元へ歩み寄る。ミーナに巧みに羽交い締めにされているアリスの頭に、ぽんと手を置いた。急に悠仁に触れられたアリスは、驚きでぴたっと動きを止めてしまう。
「俺のために怒ってくれたんだよな。ありがとう。なるべく無理はせず、アリスに心配かけないようにするよ。」
そんな悠仁の言葉を聞いたアリスは、かぁっと顔を赤くしてそっぽを向いてしまう。
「そ、そんな言葉では誤魔化されませんからね…。」
変わった雰囲気を感じ取ったのか、フェリスがもぞもぞと起き上がる。アリスの頭の上にのせてある悠仁の手に顎を乗せ、ふんすと息をはいた。
「お、フェリスもありがとな。試験に受かったのはお前のおかげかもしれないな。…ほれ、礼だ。」
悠仁は酒場に来る前に買っておいたストリダの実を取り出し、フェリスの鼻の前に持っていって匂いを嗅がせる。しばらく鼻を動かした後、それが自分の好物だと分かったのか、フェリスは口を開けた。
「食わせろってか。まぁいいさ。ほれ。」
悠仁が口を上げているフェリスの口にストリダの実を運んでやると、フェリスは口をもぐもぐと動かして咀嚼していた。それを見て満足した悠仁は、もう一度アリスの頭を撫でてから自分の席に戻る。
「さてと、俺の話はこんなもんだ。…そういやフルール、その目、どうしたんだ?」
「あぁ…これはですね…。」
自分の番が回ってきたと分かったフルールは、ジョッキから口を離して話を始める態勢になる。離れた席ではアリスがフェリスの頭を撫でながら、『おやつもらえてよかったねー。』と言葉をかけていた。
「私は…っていうか私も、よく合格条件を教えてもらえなくて困っていたんですけど…。その、途中でイフリートに会いましたね。」
「んっ!?ゴホッゴホッ!」
それを聞いたステラが噎せ返る。
「イ、イフリートって……あのイフリート……?」
「えぇ、多分あなたが考えてるイフリートよ。私が使うフレアジャベリンの、本当の持ち主。」
「ふーん、そんなにすげぇことなのか?」
あまり状況が見えていないカインが、間抜けな声で質問を飛ばす。その質問はふわふわと空中を漂っていたが、ステラにキャッチされた。
「……イフリート、だよ。炎の精霊で、いちばん上位の存在。あらゆる炎の魔法を使えて……しかも世界中の眷属……妖精の力を集約させるから、力は自然災害に匹敵するの。気難しくて、無礼を働いた相手は、躊躇なく殺すって言われてる……」
普段は気だるげなステラが、世界の話題になった途端、わずかに早口になっていた。
「お、おぉ…。そんなすげぇのか…。」
ステラの剣幕に、カインはたじたじである。
「そう、それでイフリートが私に力を貸してくれるって言って、目に何かをされたの。それでこんな風に…。」
「……精霊が、力を貸す、なんて。」
ステラはその言葉を聞いて、顎が外れるのではないかと思うくらい大口を開けてしまっている。
「じゃ、じゃあ……もしかして、あなたのフレアジャベリンも……。」
「あぁ、そういえば試してなかったわね。じゃあ。」
フルールも、どんな風に変化するか気になるのか、立ち上がって詠唱を始める。
「猛々しく燃える火の精霊よ私の手を取り力を貸して」
「あ、ちょ!おい!」
急に酒場の真ん中で詠唱を始めたフルールに、カインは慌てる。だが疲労と酔いで足が上手く動かなかったらしく、フルールを制止できなかった。
「魔手に握られたその槍を 貴方の僕に仇為す輩に 裁きの灼熱を」
フルールは、皆も聞いたことのある詠唱を完了させてしまう。右手を前に出し、魔法名を口にした。
「フレアジャベリン!」
フルールの右手に魔力が集まる。酒場にいた人間は、急に立ち上がって詠唱を始めたフルールに興味津々だ。そもそも酒の席で乱闘が始まるのは珍しいことではなく、魔法が発動されることも珍しくはない。ただ街は安全区域に設定されているため、魔法を発動して相手にぶつけたところでダメージは入らない。無意味なのだ。なので店主が皆に『街の外でやってこい』と言うのは恒例だった。
ただ今回は、規模が違った。4小節の魔法が放つ雰囲気は、通常のそれを遥かに超えていた。段々と形を成していく魔力に目が行きがちだが、ステラは他の変化も見逃さない。
「……フルール。あなた、目が……。」
フルールのオレンジに染まった目。それを覗き込むと、奥で炎が揺れていた。
「ふっ!」
いつもより魔力を込めたのか、フルールは短く息を吐く。次の瞬間、目の前に太陽ができたように、一気に魔力が光を放った。フルールの手に握られていたのは、正真正銘の魔槍。もちろんレプリカであることに間違いはないが、完成度が段違いだった。細かい装飾も、刻まれた文字すらも見える。抜けないように返しが付いていることなど、今まではわからなかった。キラキラと輝く魔力の塵が、槍から舞い落ちる。街の中だから感じないが、街の外なら周りの物を焼き尽くしてしまうことは容易に想像できた。
「はぁー。」
フルールは間抜けな声を上げて、自分の手の中の槍を見つめる。作った本人が、一番驚いているようだ。次の瞬間。
『『『ワァアアアアアアア!!』』』
酒場全体から歓声が上がる。あまりの声の圧に、パーチのメンバーは体をびくりと震わせた。
『やるじゃねぇかねーちゃん!!』
『いいもの見せてもらったぜ!!』
『もしかしてあれって噂になってる、エレメンタリストになったっていう…。』
『眩しい。』
急に魔法を発動したフルールが注目されることは当然だが、使った魔法が魔法だった。しかもイフリートの力を借りられたというのは本当のことのようで、魔法の威力は凄まじいものになっていた。酔った勢いだったのだろう、周囲の視線に晒されていることに気が付いたフルールは、顔を真っ赤にして座り込む。
「し、失礼しましたぁ…。」
「あぁ全く…。」
何故かカインが頭を悩ませている。
「街の外じゃなくてよかったな…。これが外だったら大変なことになってたぞ…。」
悠仁もそれとなく釘をさしておく。ただの魔法ならいいが、今フルールが使用したのはかなり強力な魔法だった。今が祭りで浮ついている空気且つ、酒の席だったからいいものの、これが見知らぬ街で急に発動なんてしようものなら、衛兵に囲まれても文句は言えない。
それでも、槍を見つめていたフルールの横顔を、悠仁は悪くないと思っていた。新しい力を初めて自分の手で確かめた人間の顔だ。ああいう顔は、叱った後でちゃんと祝ってやるに限る。
「ス、ステラはどうだったの…?」
恥ずかしさを払拭するように、フルールはステラに話を振った。




