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転職試験(ウィザード)①

――リアッツォ 大聖堂 ロビー


「おおぅ…」


帰ってきたミーナ、カイン、フルールの様子を悠仁は本越しに横目で追った。カインとフルールは満身創痍、ミーナに至っては魂がどこかへ抜け落ちている。鎧の擦り傷、煤けたローブ、足取りの覚束なさ。それぞれが自分の試験で何を潜り抜けてきたかを無言で語っていた。


(フルールは一応メイジの上級職を受けたんだろ…?なんであんなに満身創痍になってるんだよ…。)


上級職への転職試験はかなり厳しいものだと聞いてはいるし調べてもきた。だが実際に自分が経験したことではない。体力バカのカインがあそこまで疲れ果て、体力があってローブ職の試験を受けたフルールが倒れ込んでいる。それを見ているとどうにも気が気ではなかった。ローブ職――つまり自分と同じ後衛があの有様なのだ。


と、ポッドの方から、場違いに軽い足取りが歩いてきた。


軽装の女剣士だ。防具らしい防具を着けていない。腰の剣が一本きり。試験帰りだろうに煤も擦り傷もなく、それどころか上機嫌に首を回している。


「あっぶな。……防具着けてたら、死んでたな、今の。」


アゲハだ。1のダンジョンの入口で名乗られ、砂漠で、それからあの戦場でも見かけた顔。今日も防具らしい防具を着けていない。


視線に気づいたのか、女はこちらを見て、にっと笑った。


「よぉ、あんたもか。……何、その顔。ああ、これ?」


女は自分の軽装を親指で指した。


「縛ってんの。防具を着けると、緊張しなくなっちゃったから。」


「……まだ縛ってたのか。緊張しなくなったら、駄目なのか。」


思わず聞き返してしまった。女は、当たり前のことを聞くな、という顔をした。


「駄目でしょ。飽きるじゃん。」


(——相変わらずだ。)


装備も魔法もわざと縛って、格上にばかり挑む。初めて会った日から、この人はずっとこの調子だ。


「あんた、これから試験?」


「あぁ。……ウィザードの。」


「ふうん。」


女は悠仁を上から下まで眺めて、それから、ふっと真顔になった。


「……あんた、追い詰められてからが本番のタイプでしょ。目が、そういう目してる。」


「……そうでもないさ。」


「そ。ならいいけど。」


女はひらひらと手を振って、ロビーの出口の方へ歩き出した。すれ違いざま、独り言のように言う。


「死なない程度に、死にそうなことするのが、一番楽しいんだよねぇ。」


受付から声が飛んだ。


「アゲハ様!合格証の発行がまだですー!お戻りくださーい!」


「あ、忘れてた。」


アゲハは悪びれもせず引き返していった。相変わらず、嵐みたいな人だった。



(大丈夫なのか…俺…。)


器用貧乏。攻撃魔法はひと通り扱えるし参謀として戦況を読むこともできる。だが最後の最後で殴り勝つ火力の壁を悠仁はいつも越えられずにいた。一人きりの試験でその壁にぶつかったら――。心配している顔が見られないように本へ顔を埋めていると、ふと肩を叩かれる感触がした。


「な、なんd…ってフェリスか。」


アリスの首から離れたフェリスが、こちらの背中を駆け上ってきていたのだ。悠仁がアリスの方を見やると、にっこりと笑っている。


「何だ、心配してきてくれたのか。」


動物は人間よりも人間の感情の機微に鋭いという。フェリスも悠仁の不安を感じてやってきたのだろうか。返事が返ってくるわけもなく、フェリスはいつもアリスにしているように悠仁の首へ巻きつく。ふんっと鼻を鳴らしながら尻尾をパタパタと動かしている。


(あー、なんかアリスの香りがする。)


四六時中アリスの首に巻き付いているせいだろう、パタパタと動く尻尾からはフェリス本来の匂いとアリスの甘い香りがした。なんだかそれを嗅いでいるだけで少し安心できるのは何故なのか。強張っていた肩から、ほんの少しだけ力が抜ける。


「…ありがとな。フルールとステラも今頑張ってるみたいだから、俺も頑張る。」


そう言いながらフェリスの体を撫でていると、受付から番号を呼ぶ大きな声が聞こえた。


「番号札1190番でお待ちの冒険者様!大変お待たせ致しました!受付までお越しください!」


相変わらず、慌ただしさが声だけで伝わってくる。悠仁は持っていた本を閉じ、収納にしまい込んだ。


「頑張ってください。悠仁さんならきっとできますから。」


立ち上がった悠仁に、アリスが声をかける。


「あぁ、ありがとう。じゃあ行ってくる……ってフェリス?」


受付へ向かおうと腰を上げたのに、フェリスが肩から降りる気配がない。いつもならアリスと少しでも離れるとすぐに戻っていくのに。


「…一緒に行きたいんじゃないですかね。」


「いやまぁ…別についてきてもいいけど…。転職試験に持ち込んでいいものなのか?」


「私の時は平気でしたけど…。」


どうやらアリスの転職試験の時にも、フェリスは同行したらしい。どういった扱いになるのか分からないが、そういった実績があるのならいいのだろう。


「じゃあ行くかフェリス。」


フェリスは片目を開けて悠仁の顔を確認すると、また鼻からふんすっと長い息を出す。アリスとフェリス双方の了承が得られたところで悠仁は受付へ歩き出した。受付では他のメンバーがされていたような説明を受け、そのままポッドへ入り込む。


(どうなることやら…。)


ポッドの蓋が閉じ、暗闇に包まれる。悠仁もそれに合わせて目を閉じた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

――ウィザード 試験場


自動でポッドの蓋が開く。音を聞きつけて、悠仁は目を開けた。そこには、驚きの光景が広がっていた。


「うぉぉ…すげぇ…。」


思わず唸る。アルテミラの草原のように、ただ広く平穏な草原が広がっている。設定されている時刻は夜。空には手を伸ばせば届いてしまいそうなくらい瞬く満天の星空があった。夜風が草を撫で、頬に触れる空気はひんやりと澄んでいる。これを見られただけで試験料分の価値がありそうな気がする。悠仁はその景色に見とれつつポッドから体を出して辺りを見回した。すると草原にも関わらず椅子と机が用意してあり、そこには一人の男性が座っていた。


「…あの。」


悠仁はその人物に近づき、おずおずと手を伸ばしながら声をかける。その声に気が付いて、その人は悠仁の方を振り向いた。


「ん?おぉ。そうじゃったな。受験したい者が来ると聞いとったんじゃった。…随分と可愛いお友達も連れているようじゃの。」


ほっほっほ、と梟が鳴いているような声で笑うのは、長い白髪と白く長い髭を拵えた男性だった。悠仁が着ているような黒い魔法使い用のローブを着ているが、魔法の糸が織り込まれているのか所々キラキラと蒼く光っている。


「儂が今回の試験を担当するウィンストンじゃ。儂の名前などどうでもよいな。早速試験内容の説明を行うが、いいかの?」


「はい、よろしくお願いします。」


「うむ。魔法を修める者は謙虚でなくてはならんからな。実によい姿勢じゃ。では試験内容の説明を行う。」


ウィンストンは杖に体重をかけ、椅子から立ち上がる。その動作の遅さからかなりの年齢であることが伺えた。たまにする咳が痛ましい。


「ふぅ…。今よりモンスターの召喚を行う。出てきたモンスターを討伐すればそれで試験終了。消耗品の使用も可能じゃ。そこにあるマナポーションを好きなだけ使うといい。」


ウィンストンが指差す先には、様々な種類のヒーリングポーションとマナポーションが展示品のように置かれている。等級の低いものからかなりの等級のものまで揃っているようだ。


「わかりました。」


「うむ、よい返事だ。すぐに始める。そこに立って準備をしたまえ。」


ウィンストンが軽く杖を振るうと、元々ポッドがあった場所から更に数m離れた場所の地面が光る。悠仁はその案内に従い、ウィンストンに背を向けて歩き出した。歩きながら杖を右手に持つ。悠仁の旅は緊張続きで、戦闘時において緊張していなかった時の方が少ないくらいだ。今回もそう。杖を握る手に汗をかいて滑りそうになるが、それを抑えるようにぎゅっと握りしめる。


(大丈夫…大丈夫…)


場数は少ない。それも圧倒的に。だが内容の濃い戦闘は何度も繰り返してきた。練習以上の成果は出せない。今、自分が持てる最高のパフォーマンスを出すだけだ。それで落ちたら生きて帰るだけでいい。一度だけ深く息を吸い、夜気を肺の底まで通すと腹が据わった。


「では、始めるぞ。構えなさい。」


悠仁が開始地点に立ったことを確認し、ウィンストンが声をかける。悠仁はその声に従って杖を構えた。


「ではこれより、ウィザードの転職試験を始める。その貯め込んだ知恵と技術、存分に発揮するといい。」


そう言って、ウィンストンは杖を天に向かって大きく振る。


(…?)


しばらく待っても、何も起きない。何か問題でも起きたのではないか――そう思ったその時。


「星が…!?」


空に浮かんでいた星の一つが赤く瞬き、落下してくる。


ドォォォォオオン!!


目の前の草原にクレーターができる。あまりの衝撃に悠仁は腕で顔を覆ったが、なるべく早くその覆いを解いて状況を確認する。土埃と焦げた草の匂いが鼻を突いた。


「ゴブリン…しかもこれは…。」


目の前に落ちてきたのはゴブリン。緑色の皮膚がその証拠である。しかしその体つきは下っ端のものではなかった。少なくともハイ、悠仁の観察が正しければエリートクラスの個体だ。筋張った腕、油断のない目配り。下っ端なら開幕から雄叫びを上げて突っ込んでくるが、こいつは出会い頭にこちらの杖を一瞥した。武器の見極めをしている。


(先手必勝!)


「炎よ…。」


昔よりも思考は早くなった。装備のおかげで威力も上がったし、レベルの上昇に伴いコントロールもできるようになった。そして何より、今までずっと頼ってきて助けてくれた魔法――それを使う。


「ファイヤーボール!!」


1小節の短い詠唱を完了させて発動した魔法は、杖の前に火球を作り出す。それはもう初心者だったころの面影は残っておらず、1小節ながらも十分に敵へダメージを与えることができるものだった。悠仁は杖を振ってその火球を放つ。ゴブリンは自身がターゲットにされていることに気が付き、回避行動に出る。


(くそっ頭を使ってるな…。)


ゴブリンもタダの下っ端ではないようだった。魔法攻撃はその対象を知覚していれば必中で、一番手っ取り早いのは視界内に収めることだ。それを防ぐために草むらへ倒れ込み、視界から外れる。魔法攻撃の弱点と対処法がわかっているということは、相当の戦闘経験を積んだはずだ。


(だが…。)


ゴブリンは確かに回避行動を取った。しかし悠仁は薄暗いこの空間でも回避する直前の様子を捉えていた。火球の灯りが、ほんの一瞬その輪郭を照らしたのだ。


(左に重心が移動していた…。ってことは…!!)


杖を右にずらす。火球を視界内に収めてコントロールし、ゴブリンがいるであろう場所へ誘導する。地面に着弾した瞬間、草むらから悲鳴が上がった。


「ギェエエエエエエ!!!」


明らかに植物が灼けた後には出ない煙が上がる。回避したはずのゴブリンが、驚きと痛みで飛び上がった。そのすきを見逃すほど悠仁はビギナーではない。


「水よ 槍持たぬ我の槍となり 我らの敵を討て……アイススピア!」


詠唱を終えると同時に、弧を描くように自身の左から右へ杖を振る。悠仁の上空には太い氷の槍が6本出来上がった。鋭さも太さも長さも、今までとはけた違いだ。


(手負いのモンスター程危険なものはない…)


窮鼠猫を噛む。窮地に陥った者はやぶれかぶれの思いもよらない行動に出る。それをされる前にとどめを刺すのだ。逃げ道を一本ずつ潰すように、6本の照準を体の各所へ割り振る。


「ふっ!!」


ゴブリンに向かって勢いよく杖を振る。杖の先端にある宝玉が星に照らされて煌めく。短い息と共に射出された氷の槍は、凄まじい速度と正確性でゴブリンの元まで飛んでいき、額をはじめ腕、足、胴体と6本すべてを命中させて地面に縫い付けた。その速度故、ゴブリンは認識ができていなかったかもしれない。


棍棒を持っていたゴブリンの右手から力が抜け、地面に落ちる。それが、絶命の合図となった。


「ほぅ、やるもんじゃのう。では次じゃ。」


机に頬杖をついて眺めていたウィンストンが、ほんの少し目を細める。間髪入れずに再び杖を振った。すると先ほどと同様、天から星が一つ落ちてくる。みるみるうちに巨大化するそれは、耳を劈くような音を立てて地面に落ちた。


『グルルルルル…』


次に出現したのはミノタウロス。両手で人間が鍛造したと思われる斧を所持している。鈍く光る刃が恐怖を掻き立てる。眼は赤く光り、戦闘状態であることが伺えた。ミノタウロスの強靭な肉体と足腰は少しの攻撃で止まることはなく、驚くべき速度で距離を詰めてくる。


頭の使うゴブリンの次は、力で押し潰す型。試験官はこちらの引き出しを一つずつ検めているのだ。それを知っている悠仁は、すぐさま杖を構えて詠唱を始めた。


「駆けろ閃光 我に仇為す眼前の敵に 等しく死を齎せ!」


悠仁はミノタウロスをしっかりと視界に収め、距離を確認する。地響きが足の裏から伝わってくる。一歩ごとに、間合いが削れていく。


「ライトニングボルト!」


ライトニングボルトは敵の頭上から雷を落とす魔法だが、ファイヤーボールと違い自身から射出されるわけではない為、相手との距離を正確に把握する必要がある。つまり遠ければ遠いほど距離が正確に測りにくくなるので当てにくくなるのだ。だから――引きつける。距離が縮むのは恐怖だが、縮むほど雷は当たる。


悠仁の詠唱に気づいたミノタウロスは、悠仁の方向へ走り出す。響く振動と巻き上げられている土を見れば、すぐに接近されることは目に見えている。しかしそれも雷の速さ程ではない。


ズシャァアアアン!!


けたたましい音と共にミノタウロスの体に雷が落ちる。体の自由が奪われたのか、ミノタウロスは全身を硬直させ、勢いそのままに前方へ倒れ込んだ。ズシャアアアアっと音を立てながら滑っている。


(これだけ近ければ…!)


「水よ 地より出で敵を串刺しにせよ……アイシクルパイル!」


ズドドドド!!


悠仁の胸辺りまでの高さがある氷の杭が、倒れ込んだミノタウロスの体を地面から貫く。以前使用した時よりも格段に鋭利さが増しており、ミノタウロスの耐久力の高い皮膚を内臓ごと貫いた。


『ブモッ……』


豚の断末魔のような鳴き声を上げながら手足をじたばたと動かすが、更に深く杭が刺さっていく。悠仁はマナポーションを飲み干し、追加の詠唱を行う。喉を焼くような薬の苦みがかえって頭を冴えさせた。


「水よ 槍持たぬ我の槍となり 我らの敵を討て」


油断をしない。敵が絶命するまでは油断してはいけないのだ。それで多くの冒険者が命を落としてきたことを悠仁は知っている。今も勝利は確実に見える状況だが、まだ勝利はしていない。目の前の勝利に胡坐をかいていると、それは時折手の届かない場所へ移動してしまうのだ。


「アイススピア!」


送り込むマナを調節し、1本だけの槍にする。頭の中でより鋭利なものを想像し、頭上に作り出す。悠仁はしっかりと狙いを定め、杖を振り抜いた。


ズドンッ!


射出された氷の槍がミノタウロスの頭蓋に突き刺さる。後頭部から30cm程先端が見えているので確実に貫通している。ミノタウロスはびくんびくんと痙攣をして小便を漏らしていた。30秒ほど痙攣を続けた後、その手足はだらんと力なく垂れ、絶命したことが確認できた。


「よしっ……。」


ひとまず無傷で2体の討伐に成功した。額の汗を拭い、悠仁は短く息を吐く。だが気は緩めない。星空はまだ満ちている。落ちてくる星もまだ尽きていない。


「うんうん、よいよい。では次じゃ。」


ウィンストンは満足そうに杖を振り、次のモンスターを召喚した。

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