転職試験(アルケミスト)②
「……よし。……これで」
自分が想定している戦闘の流れに沿ったスクロールを作り上げたステラは、満足そうに息を吐く。半眼の奥に、設計が嵌まったときだけの小さな光。腰のホルダーに、発動順へ差し込んだスクロールが整列していて、指でひと撫でして並びを確かめた。その足でステラはマチルダの場所へ行き、準備完了を伝える。
「もういいのかい?」
「……ん。……だいじょぶ。……お願い、します」
そう伝えられたマチルダは立ち上がり、部屋の隅まで歩いていく。懐から杖を取り出してその床を叩くと、今までそこにあった床が消え去って階段が出現する。冷えた空気が地の底から這い上がってきた。
「さぁ、この奥にガーゴイルが待っている。」
「……わかった」
ステラは残り時間が迫っていることを認識しているため、急ぎ足でその階段に足を踏み入れる。
「死なないようにね。そこまで助けてやることはできないから。」
「……ん。……いってきます」
ステラはその気持ちに小さく頷いて階段を降りる。3分ほど駆け降りると、そこには石でできた扉があり、両手を扉に押し付けて力を込める。低い背では全身で押すしかない。肩で、腰で、爪先で、体重を一点に集める。ゴゴゴゴゴという石材同士が擦れ合う音を出しながら扉は動き、中の様子をあらわにする。
「……あれが」
部屋は円形だった。さながらコロシアムである。その中央よりも奥、そこに翼で自身を包んで球体のようになっている石像がある。待機している時のガーゴイルの特徴である。しかし、問題があった。
「……2体」
想定していたのは1体との戦闘だった。2体となると話は別であり、今さら準備をし直している時間はない為、どうにか工夫するしかない。腹の底がひやりと冷えた。
(……どうすれば。)
冷えた書庫の匂いはもうなく、代わりに石と埃の乾いた気配が喉に張りつく。半眼の奥の光がにわかに張りつめた。そもそも試験内容がこちらのレベルに合わせているかすらも分からず、つまりガーゴイルのレベルがステラのレベルよりも高い場合だってあるのだ。時間がないからと言って決断を急ぐと命に関わる。試験とはいえ、ここはHOPEの中。試験官が言っていたように死亡まではしないだろうが、死亡寸前までは追い込まれる。
「……。」
本の内容を思い出し、脳の中から情報を引き出し、戦闘のシミュレーションを行う。気だるさはもうどこにもない。重い体。低い機動。石化の硬さ。組んだ流れを2体ぶんに引き伸ばすには、片方を縛ってからもう片方へ手を回すしかない。1対2を1対1の連続に分解する。
(……いや。……でも、これだと。)
シミュレーションが絶対なはずがないが、それでも想定はできる。その姿形、本に記載されていた情報、この場所の特徴などを勘案して相手が取り得る行動を予測する。円い床。逃げ場のない壁。重い翼。飛ぶまでの一拍がこちらの猶予だ。
(……何にせよ、このスクロールの通用しない相手だったら。)
そう、どんな作戦を立てても、自身が作成したスクロールの威力を上回る防御力だった場合、それらは全て水泡に帰すのだ。だが、それでも考えるのをやめてはいけない。そうでない場合もあるのだから。最初の一手で威力が通るか通らないかを測る。それが設計の前提を確かめる試し打ちになる。
(……よし。……これで。)
ある程度の戦闘の流れをイメージしたステラは、部屋の中央まで歩みを進めてスクロールを開く。指の震えは、寒さではない。
「アクセラレーション」
スクロールを開いて魔法名を口にすると、スクロールが輝いた後、塵となって消え去る。その輝きが自身の体を包んだ瞬間、体が軽くなる。自身が作成したスクロールの効果を確かめて半眼の奥でひとつ頷く。設計どおりだ。ステラは杖を取り出す。
「さぁ怒れ 怒りに身を任せて 地の底に引きずり込むがいい」
珍しく、ステラが詠唱を行う。小声のとぎれが、詠唱の間だけは途切れない。3小節の詠唱を完了させて杖を振る。
「グラウンドシェイカー」
魔法を発動すると地面が揺れだす。主に、2体のガーゴイルのいる地点が。攻撃魔法が自身に使われていることを認識したガーゴイルは、すぐに翼を広げて飛び上がろうとし、ばさり、と石の翼が空気を叩いて砂埃が床から立ち昇った。それを確認したステラは、すぐさま次のスクロールを取り出してその封を解く。読み通り、飛ぶ。飛ぶ前の、一拍。
「エアバインド」
風属性の拘束魔法。かなりのレベルが予想されるガーゴイルだが、弱点属性が風であることは既に確認済みである。その為、レベルが多少足りていなくても……。
『!?!?』
向かって左側のガーゴイルは足が固定されてしまって飛び上がることができなかった。グラウンドシェイカーの効果で割れた地面に下半身が挟まれている。
(……よし。……1対1に、持ち込める。……そして。)
設計の一手目が嵌まった。半眼の奥が得意げに光る。1対2が、たった今、1対1へ折りたたまれた。相方が捕まったことに驚いたもう片方のガーゴイルは、飛び上がりながら一瞬だけ顔を下に向けた。
(……今!)
ステラはその瞬間を見逃さない。順番に使えるように腰に据え付けておいたスクロールを手に取り、封を解く。整列させておいた手が迷わず正しい一枚を抜く。
「ガスト!」
魔法が発動した瞬間、空中にいたガーゴイルは金槌で殴られたかのように吹き飛ぶ。それも、仲間の方へ。
ゴンッッ!!
硬度の高い物同士が強くぶつかる音がする。ガーゴイルは石化の魔法を使いこなすが、それは自身に対してでもあり、自身の体表面に石化の魔法をかけることによって高い防御力を保持している。それにより中々攻撃を通すことが難しくなっているが、それが同じ硬度同士なら話は簡単だ。硬い守りを硬い守りで殴る。防御を、そのまま凶器に変える。
ガラガラガラ……。
地面にいた方のガーゴイルの翼が片方崩れていく。高い硬度同士ならば、崩れるくらいの力で叩きつければいい話である。本で読んだ一文が、そのまま手の中で形になる感触。知識が現実に化けた一瞬に、背筋を薄い高揚が走り抜ける。しかし、ここで気を抜くと大変なことになるため、ステラは次のスクロールを取り出す。
「ミディアムフォグ」
魔法を発動すると、辺りに霧が立ち込める。石化の魔法対策だ。行動を封じられたガーゴイルが行うのは、こちらの行動を制限することだと考えたためである。自身と敵との間に霧を発生させ、アクセラレーションの加速で側方へ移動をすれば。霧が肌をなで、視界が乳白に溶ける。冷たく湿った膜が彼我の間に降りる。
『……??』
敵からはまるで消えたように見える。対象がいなければ魔法を発動することもできず、ガーゴイルの感知能力の低さを利用した作戦だ。2体ともステラの姿は捉えることができていない。低い背は霧の中ではむしろ隠れやすい。短いことが初めて利になる。
(……初めは1体だと思ってたけど。……何とか。)
思ったほどではなかった相手に少し安心しながら、2枚のスクロールを同時に開封する。
「ウィンドカッター!」
声を張ると、2回分の魔法がガーゴイル達を襲う。ウィザードでしか成し得ない魔法の同時発動をこなせるのもスクロールの大きな利点である。空気でできた刃はガーゴイルの防御力を超えていたらしく、飛んでいた個体は1枚、地面に固定されていた個体はその双翼を切断され、地面に嵌っている個体に関しては腕を切断することに成功した。通った。半眼の奥が確かな手応えに細められる。威力は足りている。前提は、正しかった。
『ゴォォォォ…!』
声帯が存在しないのか、空気が揺れるような音を出してくる。だが、息も絶え絶えになっているのは明らかだ。
「……これで、数が減れば」
更にもう1枚、スクロールを取り出す。あまり作ったことのないスクロールで、作るのに手間取ったのを覚えている。だが、作れる風属性魔法の中では高い威力を誇っている。
(……もう数が少ないけど。)
「ドレッドゲイル」
目の前で空気の圧縮が起きる。周りの気圧が下がっているように感じるが、気のせいではないだろう。視界も歪んできており、鼓膜が内側へ吸われるように痛んだ。そのまま風船の一部分に針を刺したかのように、一方向へ向かって疾風が吹き付ける。エアブラストの弱体化版といってしまえばそれまでだが、精霊の力を借りなくていい分、コストはかからない。
『!!!』
間一髪のところで、固定されていない方のガーゴイルは空中へ逃げる。さすがにエアバインドで固定もしていないのに、留め続けることは無理があった。しかし、床に挟まれているガーゴイルには直撃し、その首を風化させ、落としていた。
(……問題は、あと1体だけど。)
この2体、同一のものではないことは既に分かっていた。ぶつけても壊れるのはもう1体の方であり、ウィンドカッターでも片翼しか切断することができなかったことを踏まえると、レベルに違いがあるのは明白だった。半眼の奥が観察する者の冷たさで細められる。崩れた方は格下。残った方が、本命。
(……あっちだけ。)
逃げたガーゴイルは空中からステラのことを見下ろしている。先ほど読んだ文献でしかガーゴイルを見たことがないので、次に何をしてくるか想像もつかない。本に載っていない一手が来るとすれば、ここからだ。
(……? 見られ……!?!?)
ステラはガーゴイルの眼が赤く光っていることに気が付かなかった。さっきはミディアムフォグとアクセラレーションの組み合わせで視界から逃れていたため何も気に留めていなかったが、ガーゴイルの真骨頂は石化の魔法。ステラはその視界から逃れようとするが、既に動かなくなっている足に気が付く。
「……足、っ」
視線を下におろすと、両足が石化していた。膝から下が自分のものでない重さに変わっている。冷たさが骨の芯から這い上がってきた。これでは動くことはできないし、物理攻撃をもらった時には損壊する恐れがある。ガーゴイルが脅威なのは、身体欠損の恐れがあるためであり、それを十分に気にしていたつもりだが、1体目を倒したことで気が緩んでいたのか、視界内に留まることへの危機感が薄くなっていた。設計の外側を踏んだ、と頭の冷たい部分が告げる。読み筋に無かった一手。詰めの甘さが足を石に変えた。
(……早く、しないと。)
対策をしていなかったわけではない。ステラはすぐにスクロールを取り出して封を解く。
「キュアペトリファクション」
石化解除の魔法を発動するが、その効果は自身の能力と相手の能力の差によって進行度が変化する。使われたのはステラが作ることのできるスクロールのレベルよりも高かったもののようで、ゆっくりと石化が解けていくのが見える。膝、脛、足首――解凍はもどかしいほど遅い。だが、それを敵が悠長に待っているはずがなく……。
(……来るっ。)
まだ石化の解除が終わっていないが、ここで攻撃をもらうのは致命傷になる。それがわかったステラは、より生存率の高い方を選ぶ。石化が解けていないことを認識しながらも、歯を食いしばってその足を動かした。天秤の片方に命、片方に右足。頭の冷たい部分が迷わず命を選ぶ。
「……っ、あ……!」
石化解除の終わっていなかった右足の外側、それらが石化の解除が終わった場所から剥離する。形としては筋肉を引き千切られたのに近い。めり、と内側で何かが裂ける鈍い音。目の前がチカチカするような激痛が走るが、命だけは助かったことを実感する。その証拠に、今までステラが立っていた場所はガーゴイルの拳によって小さなクレーターができていた。
(……痛い。……でも、想定より、浅い。)
痛覚をどこか遠くに押しやって半眼の奥で被害を見積もる。剥離は外側だけ。骨は無事。動ける。続けざまにスクロールを開く。
「ヒール! アクセラレーション! ミディアムフォグ!」
痛みを緩和して移動速度を上昇させ、姿を消す。セットアップが早いのも利点だ。三枚を、息継ぎひとつで切る。
(……私が、敵より優れてるのは。)
スクロールを使う最も大きな利点は、発動が速いことである。詠唱を省略できるため、運用を間違えなければプレイヤースキルの高くない魔法使いのそれを上回る。ステラは腰につけているスクロールの種類を確認しながら霧の中で呼吸を整え、とぎれとぎれの呼気が霧に溶ける。残りは指で数えられるほど。一枚も、無駄にはできない。
(……次。……次で。)
頭の中で先のことをシミュレーションして、大きく息を吸い、スクロールを開く。
「ファイヤーボール!」
ターゲットを定めずに、上空へファイヤーボールを放つ。賭けだが、仕方がない。これに少しでも気を取られてくれることを祈って。すぐに2つ目、3つ目のスクロールを開放しながら勢いよく霧から飛び出す。ヒールで痛みは緩和しているものの、出血は完全に止まっていない。ステラの動線には痛々しく血液の線ができている。霧の白に、点々と赤が落ちていく。
「ガスト!」
魔法の発動により、ガーゴイルは地面に叩き落とされる。機動性に欠ける現在のステラは、移動だけで視界から逃れることは難しい。よって、生命線の最後のスクロールを発動する。
「ミディアムフォグ!」
ガーゴイルと自身との間に霧を発生させる。視界を遮りこれ以上の石化を防ぐが、自分からも見えない。ただ、こちらは人間で、モンスターよりも行動を細かく予測することができる。見えないのは互いに同じ。なら、先に読んだ方が勝つ。
(……どうせ、飛ぼうとするんだから。)
ステラはスクロールを開封しながら霧を出る。まさか正面から突っ込んでくると思わなかったのか、石化の魔法は発動していない上に翼を広げて飛び立とうとしていた。読み筋に嵌まった。最後の一手が設計の枠へ収まる。
「エアバインド!」
その瞬間、見えない蔓がガーゴイルの全身を押さえつけて行動を封じる。その視界に入らないように、ステラは後方へと回り込む。引きずる右足が床に赤い弧を描いた。そのまま畳みかけるようにスクロールを開いた。
「……ドレッドゲイル」
疲れて発声が上手くいかなかったが、魔法は発動したようで、ガーゴイルの顔、それも真正面に魔法の発動を行うことに成功し……。
ドンッ!!
爆発に近い音が鳴ったと思ったら、その首は風化して地面に落ちていた。足の痛みで自身が勝利したことをすぐに認識できなかったステラは、そのままぺたんと床に座り込む。冷たい石が、石化の解けたばかりの足にじわりとしみた。
「……は。……痛い」
まともにダメージをもらうのは久しぶりで、いつもは守ってもらってばかりで、後方からの攻撃がメインになるので、物理攻撃も魔法攻撃ももらうことは、もうしばらくなかった。
「……でも」
ステラは自身の傷口を、指先でそっとなぞる。
「……痛いの、やだな」
眠たげな半眼を、ゆっくりと細める。痛みは、嫌だ。それは本当だ。ただ――。
「……でも、データは、とれた。……あの個体、レベル差、結構あった。……スクロールの威力、ぎりぎり通った……石化の進行度、私の作成師レベルだと、解除が、間に合わない……次は、対策、要る」
誰にも聞こえないのをいいことに、ステラの口だけがひとりでに早くなり、痛みも出血もそのままに、頭の中の覚え書きへ一行ずつ書き込んでいく。剥離は外側のみ/骨に異常なし/致命圏は赤眼の射程一拍/キュアの等級不足は事前石化で補える――。痛みはいちばん遠い棚へ片付けてしまえばいい。それが、この子の生きてる証だった。
「……まあ、いいか」
ステラは、はっと我に返ったように口を閉じ、出血もそのままに立ち上がって上階へと進んでいった。右足を引きずる、その一歩ごとに赤い点が階段へ続いた。
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「おや、無事帰ってきたようだね。」
「……これが無事の、うちに入るなら。……無事、なんでしょうね」
ステラは自身のローブ――モーブグレーの裾を捲って傷口をマチルダに見せる。灰がかった藤色の布が血で濃く染まっていた。布の繊維に乾きかけた血がこびりつき、捲るとぴり、と痛んだ。
「足が無くなっていなければ無事だね。」
「……まあ、そうとも言える。……それにしても。ガーゴイルが2体いるなら、先に、言ってくれれば……って。……試験官は、そういうの、言えないんだ」
「そういうことさね。さて、では生き残った冒険者には褒美を与えねば…。」
マチルダは咳ばらいをして話を続ける。
「冒険者ステラ。貴女をアルケミストの資格ありと認めましょう。この場所から帰ったその瞬間から貴女はアルケミストとして活動することが認められ、スキルの習得ができるようになり、ステータスもアルケミストの補正がかかります。尚、ステータスはある程度メイジから引き継がれるがレベルは1に戻るので無理な活動は死を招くので気を付けるように。」
合格の発表が言い渡され、半眼の奥でステラは静かにそれを受け止めた。報われた、というより、収まるところに収まった、という静けさだった。
「それに加えて、アルケミストの試験に合格したため、魔具製作師レベル10、ポーション作成師レベル10の2つの生産スキルを付与します。上手に使いなさい。……それと…」
マチルダは少し呆れたように続ける。
「ここからは試験官としてではなく、一人の冒険者としてのアドバイスですが…。今回、貴女の試験は死と隣り合わせでした。持っているのはスクロールのみ、しかもかなり限定されていたものでした。確かにガーゴイルの弱点属性は風ですが、あれはスクロール製作師のレベルが高かったから何とかなった作戦で、普通なら死亡していますよ。」
「……うん。……わかってる」
老婆の言葉は、ステラ自身が覚え書きに書きつけたばかりの結論とぴたりと重なっていた。
「もっと多彩な魔具を使いこなすのも大切ですよ。仲間の為にもね。…長話をしてしまってごめんなさいね。ではポッドに入って戻り、プレイヤーカードを更新するといいでしょう。…あ、それと。」
何かを思い出したように、マチルダは小瓶を投げてくる。ステラは半眼のまま両手でそれを受け止めた。とん、と手のひらに収まる、ぬくもりの残る硝子。その中には赤色の液体がなみなみと入れられていた。
「合格祝いです。それを傷口にかければその傷は治るでしょう。私のお手製です。」
「……ありがと。……でも」
ステラはポッドに向かいながら振り向かずに答える。小瓶を、灯りに透かすように一度だけ掲げて。赤い液面の中で暖炉の火が小さく揺れた。
「……これ、組成、あとで、見たい。……傷が治る前に、効きかた、観察したいから。……少し、後で使う」
「……貴女も、もう冒険者中毒ですね。」
ポッドに入ってマチルダを見ると、心配そうな顔をこちらに向けていた。ステラは半眼のまま、ほんの少しだけ口角を上げて――それは笑みと呼ぶには薄すぎたが、確かに温度のある何かを返して、ポッドの蓋を閉じた。右足の痛みは、まだ遠い棚の上にある。




