転職試験(アルケミスト)①
――リアッツォ 大聖堂 ロビー
「番号札1181でお待ちの冒険者様、大変お待たせ致しました。受付までお越しください。」
「……あ。……私、ですね」
ステラは自身の番号が呼ばれたことを確認してのそりと立ち上がる。長い椅子の冷たさが座っていた間に膝の裏へ移っていた。
「……二人とも、受かったんだ。……じゃあ、私も。流れ、乗っとかないと」
既にミーナとカインが転職試験を終えている。どちらも合格したことは流れを引き寄せているともいえるが、これから試験を受ける者のプレッシャーにもなっているだろう。眠たげな半眼の奥がほんの少しだけ落ち着かず、緊張しているのか、ステラの語尾がいつもより細くなった。
順番を待つ間、ロビーを見るともなしに見ていて、ステラはふと、柱の陰に目を留めた。
灰色の外套。目元まで覆う、無地の仮面。受験者の列に並ぶでもなく、ただ、手元の帳面に何かを書き続けている。
(……また、いる。)
リアッツォの関所で見た、あの『審判』。……転職試験も、査定の内、ということなのだろうか。考えて、やめた。今は、自分の試験のことだけでいい。
「……はぁ。……緊張、する」
「ステラさんなら大丈夫ですよ。あれだけ経験を重ねてるんですから。」
アリスが励ますように声をかける。その言葉にステラは半眼のまま小さく頷いた。星をあしらった魔女帽子のつばがこくりと前に揺れる。
「……ん。ありがと。……じゃ、行ってくる」
ステラは受付へ説明を受けに行く。
「…アルケミストの試験を受ける方は追加での注意事項があります。」
「……はい。……なんでしょう」
受付にて共通事項の話が終わった後に、追加の説明を始められた。
「アルケミストの転職試験では実際に魔具を作る試験が課される場合がありますので、いつも自身が使っている製作道具などを持ち込んでいただくことになります。用意はできていますか?」
「……だいじょぶ。……いつも、持ち歩いてるから」
腰の小袋に指先で触れる。ペン、定規、薬研、刷毛と、指がそらで数えていく。
それを聞いた受付嬢は満足そうに笑って言葉を続ける。
「それはよかったです。では説明は以上になりますのでポッドへどうぞ。既に試験官が待っています。」
ステラは受付嬢に促されて、ポッドへと向かった。
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――アルケミスト 試験場
ステラがポッドから出ると、そこは静謐な書庫のような場所で、古めかしい雰囲気と黴の臭いが想像を掻き立てる。鼻の奥にざらつく古紙の匂いに、乾いた革と糊の落ちた背表紙のわずかに甘い腐りかけのような匂いが混じる。背の高い書架が両側から覆いかぶさってきて、自分の小ささをいっそう思い知らされた。ステラの身長の3倍ほどある書架でできている廊下を少し進むと、床に魔法陣が描かれている空間に出る。形を推測するに、この場所を中心に放射線状に書架が並んでいるようだった。
書架の間を抜けるとき、一冊だけ、背に木札の下がった本があった。染みの浮いた古い札に、几帳面な字が読める。
『タバル文書・孫写し。閲覧可否ハ本部審議ニ拠ル』
(……タバル。)
聞かない名前だ。それに——本部審議。灰の図書館の、あの黒い鉄の扉と、同じ言い回し。どうしてこんな場所に、と考えかけて、ステラは足を進めた。今は、試験だ。
これだけ本があると火気厳禁だとは思うのだが、その空間には暖炉が設置されており、その前にはロッキングチェアに腰掛けた老婆の姿が見えた。炎の熱が一歩進むごとに頬に届いて黴の冷気とまだら模様になる。ステラは星をあしらった魔女帽子のつばを軽く押さえ、その人物に近づいて声をかける。
「……もし。……試験を、受けに来たんだけど。……貴女が、試験官?」
魔導師帽を深くかぶり込んでいた老婆は帽子の縁をくいっと上げて視界を広げる。ステラの顔を――幼い顔立ちと眠たげな半眼を――見ると、その口を動かし始めた。
「如何にも。私が今回の試験を担当するマチルダです。貴女が受験者のステラね。そこに椅子があるので座ってください。」
椅子に座るよう促されたステラは素直に腰掛ける。低い背では脚立を借りなければ届かない棚もありそうだ、と半眼の端で書架を見上げながら。腰掛けると爪先が床に届かず宙に浮いた。ステラが椅子に座ったことを確認して、マチルダはロッキングチェアから立ち上がって咳ばらいをした。
「こほん、では早速試験に関する話を始めます。貴女が目指しているアルケミストとは言わば魔法道具のエキスパート。使うだけでなく作ることも求められる職業です。そしてなにより知識が求められる職業でもあります。アルケミストの戦闘力は用いる魔法道具とその知識に比例し、それらが遺憾なく発揮された時にはパーティーに多大な貢献ができるでしょう。」
知識、という一語に、ステラの半眼の奥でわずかに光が灯る。気だるさの底にぽつりと熱が点った。
マチルダは目を閉じて思い出すように話を続けていく。
「よってあなたに課す試験内容はそれらを試すものになります。」
マチルダは一呼吸置いてから試験内容を発表した。
「今から貴女にはガーゴイルとの戦闘を行ってもらいます。ガーゴイルの生態について、有効な対処法についての書物は全てここにそろっています。各書架の前には目録が置かれているので探す役に立つでしょう。何の魔具を用いるかは貴女にお任せしますが、ガーゴイルの討伐が最終目標です。試験時間は製作の時間も考慮して3時間とします。」
「……3、っ!?」
ステラはつい声を上げてしまった。気だるげな半眼がめずらしく丸くなる。3時間など製作だけで終わってしまいそうな時間で、頭の中で素早く配分が引かれる――調べる、選ぶ、作る、戦う。どれを削っても穴が空く。
「はい、アルケミストを目指すのであれば十分な道具を現地で集めることすら求められる状況が来てもおかしくはありません。そして戦闘中に魔具の製作をする場面もあります。そういった状況を想定すると素早く正確な魔具製作は非常に重要です。内容は以上になりますが何か質問は。」
「……素材は。……製作に使う素材、どうするの」
問いの形は短いが、ステラの頭の中では既に分岐していた。素材の有無で作れる魔具の幅がまるごと変わる。
「あぁ、そうでしたね。申し訳ありません。素材はそこのドアを開けた先にあらゆるものがありますので上手く使ってください。」
マチルダが指差した先には、この場に合わない真新しいドアがあった。
「……わかった。……質問は、おわり」
その答えを聞いたマチルダは満足そうに顔を上下に二回振った。
「では今よりアルケミストの転職試験を開始します。貴女が死亡寸前になるか制限時間に達するまで試験を止めないのでそのつもりでいてください。準備が終わったら声をかけてください。ガーゴイルのいる場所に案内します。」
そこまで言うと、マチルダは先ほどまで座っていたロッキングチェアに再度腰掛けてゆらゆらと揺れ始めた。ぎい、ぎい、と木の軋む音が試験の秒針のように規則正しく落ちる。
「……。」
海に放り出されたかのような気持ちだ。周りにあるのは知識、そして多種多様な素材で、さながら知識の海に放り出されたといったところだろう。指先が勝手にうずき、気だるさの底で別の何かがゆっくりと頭をもたげていた。
(ガーゴイル……戦ったこと、ないけど……。)
話には聞いたことがある。ファンタジーゲームの定番だが、姿形は場所によって違うため、このゲームでの特徴を調べる必要があった。知らない相手をいきなり殴っても防御の硬い壁に拳をぶつけるだけだ。まず、知ること。
(……ってことは、まず……。)
ステラは無数にある本の中から、ガーゴイルに関する書物を探すところから始めなくてはならなかった。眠たげだった半眼がふっと焦点を結び、すぐに手近にある目録を手に取って、その書架に収められている本の確認を始める。指がページを滑る速度が、さっきまでの気だるさとは別人のものだ。紙のささくれが指の腹を引っかく感触すら、今は心地いい。
(……ここは、違う。)
目の前の書架には、大陸の歴史について事細かに書かれた書物が収められているらしい。興味は引かれるが、今回はそこではない為諦める。後ろ髪を引かれながらも、そのまま2つ3つと目録を確認していくと、目に付く単語が見つかった。
(……悪魔。)
確か、ガーゴイルは悪魔の手先だったと思い出し、ステラはそのままその本がある場所へと足を運ぶ。自身の背よりも――低い背では、ことさら――高い場所にあったので、脚立を引きずってきてつま先立ちで手を伸ばす。木の脚立が床を擦る、ずず、という音。指がぎりぎり届いた。
『大陸に住まう悪魔(中級)』
目録で目にした本だった。ステラはその場で本をパラパラと捲っていくと、目的のページを発見する。
「……あった」
そこにはガーゴイルについての詳細な情報が書かれていた。
『ガーゴイルとは、冥界の王グリアジュールの眷属である。大陸に広く分布しており情報収集と斥候の役割を果たすモンスターである。大きな翼を持っているが自身の重量がかなりあるため移動速度自体は高くない。石化の魔法を巧みに操り標的を捕獲する。自身にもその魔法をかけており、防御力は非常に高い。加えて弱点も少なく、体力も高い為長期戦に持ち込まれることが多い。その為弱点をしっかりと把握したうえで効率的に攻撃を重ねていく必要がある。』
イラスト付きで丁寧に解説している。ページを捲ると他のモンスターについても書かれていたため、これを持ち出すことができたらいくらでも時間が潰せそうである。半眼の奥の光がちらりと欲をのぞかせる。
(……これ、全部、読みたい。……自分の重量で移動速度が落ちる、石化は自分にもかけて防御に回す……だから弱点が少なくて長期戦……ふぅん、よくできてる……。)
読みながら、頭の片隅で勝手に設計が回り始める。重い、ということは飛ぶのに手間がいる。飛ぶ前に縛れば地に縫いとめられる。石化が防御なら、その硬さをこちらの利に変える手はないか――。
しかし今回は時間がない為、必要な情報を集めてすぐに本を閉じるが、とん、と表紙を撫でて棚に戻すのが少しだけ名残惜しい。
(……機動性を封じて、弱点属性の風で削る。……間髪入れないようにするには……。)
弱点は風。なら、風で押さえ、風で削り、風で落とす。一手ごとに相手の取れる手を奪っていく組み立てだ。頭の中の白紙に、まだ薄い線が一本引かれた。
ステラは頭を回しながら、ぱたぱたと靴を鳴らして試験開始地点まで戻り、マチルダが示したドアを開ける。
「……わ」
ドアの向こうの光景を見た瞬間、思案していたことが全て飛びそうだった。所狭しと置かれた数々の素材は、大陸半分の店を全て集めても、この品ぞろえを再現するのではないかと思えるほどの量で、もはや廊下の先は見えない。これだけあればなんだって作れる。なんだってできる。そう思わせてくれるような場所だった。半開きだったステラの口が、知らず、ひらいたままになる。
「……っ。……だめ、見惚れてる場合じゃ、ない」
見惚れている場合ではない、時間がないのだ。ステラは手元にあった目録を読みながら歩を進める。しかしついつい足が止まりそうになる。何せ等級が2や3の素材がごろごろ転がっているのだ。その中でも一際目を引いたのが。
「……っ。……これ」
カンテラの光だけで照らされている廊下なため全てがぼんやり見えているのだが、その中でキラキラと光っているものがあった。
「……これ、もしかして。……妖精の輝薄羽……?」
以前図書館で見たことのあるもので、等級は1。ステラは慌てて目録を見ると、しっかりと『妖精の輝薄羽』という文字が躍っていた。半眼が、今度こそ大きく見ひらかれる。
「……実物。……見られるなんて」
声に、めずらしく熱がにじむ。それを手に取る。重さは何も感じない。常に淡い光を漏らしており、見る角度によって色が変わっている。指先に乗せても、羽というより光そのものを掬っているようで、息を詰めるとそれだけで崩れそうだった。
「……っと。……また、寄り道してた」
はっと我に返って、ステラはそれを丁寧に棚に戻し、名残惜しさを半眼の下に押し込めて更に先へと進む。今は等級1の宝より確実に手が届く素材だと、頭の冷たい部分が欲を脇へ寄せる。
(……インクは置いてない。……ってことは、同等のインクの代わりを、用意しないと。)
ステラはスクロール製作において多大な経験を持っているが、その他はあまり詳しくない。今回も他の魔具を作れれば多少は楽なのだろうが、諦めてスクロール一本でいくことにした。下手に不慣れな魔具へ手を広げて失敗するより、手に馴染んだ一本で詰めるほうが速い。これもひとつの設計だ。
「……えっと。……この辺、に」
少し上を見上げると、目録に載っている目的の品を発見する。
「……あった。……これ。クチア産の、ブラッドオニキス」
現実世界のサードオニキスに近い色をしているが、かなり濃い色をしており透明度は低い。これを砕いてインクに用いることができれば、コカトリスの血と同様の効果が得られる。手のひらで転がすと、石は見た目より冷たくずしりと重く、砕けば赤い。血の代わり、という符合に半眼がふっと細められた。
「……あとは」
ステラは色々なものに目を奪われながら、必要な素材を丁寧に集めていった。半眼の下で頭の中の設計図に一本ずつ線が引かれていく。素地はインクに合わせて。拘束、削り、隠れ、削り、止め――流れに沿って、必要な属性の数を指折り数える。
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「……よし。……作ろう」
恐らく情報収集と素材集めで1時間以上を消費してしまっている。戦闘を行うことを考えると、手早くスクロールの製作をしていく必要がある。残り2時間弱。頭の中の砂時計がはっきりと音を立てて落ちている。
用意されていた机を使って、皮紙に魔法陣を書き込んでいく。今回使用するのはフライキャットの翼膜である。色が暗いので、書き間違えの無いように注意しながら書き込んでいく。本来のインクを用いることができれば、その等級にあった羊皮紙を使うことで解決するのだが、今回使用するのはブラッドオニキスを使ったインクなので、スクロールの素地も変えなくてはならなかったのだ。ペン先が走る、かり、かり、という乾いた音だけが書庫に落ちる。暖炉の薪が時折ぱちりと弾けた。
(……あっ。……もう。)
インクにする際に砕く力が足りなかったのか、ブラッドオニキスの粒が混ざっており、素地にペン先が引っかかってしまった。インクがにじみ、眉がほんの少しだけ寄る。にじみの一点を見つめて、原因と対処が同時に頭をよぎる。砕きが甘い。次は薬研をもう数往復。
(……もっと、丁寧に。)
結局、一番早く仕上げるのは丁寧にやるしかないのだ。予備で持ってきていた素地に切り替えて、伏せていた一枚をそっと表に返し、再開する。一拍呼吸を整え、ペン先を置く位置を見定めてから線を引く。焦りは線に出る。
「おやまぁ…これまた珍しいねぇ。」
マチルダが、いつの間にかステラの後ろに立っていた。
「……っ!?」
「おっと、驚かせてすまないね。本当は試験官が私語をすることはダメなんだけどね。ちょっと珍しかったから。」
マチルダはしわくちゃの顔を更にしわくちゃにして笑う。皺の谷に暖炉の橙が溜まっていた。
「スクロールしか使わないのかい?」
「……ん。……スクロール以外、作ったこと、ないから。……その、生産スキルも、持ってないし」
それを聞いたマチルダは、驚きと喜びを合わせたような表情をする。
「ほー、色々な方向性があっていいと思うけど貴女みたいな人は珍しいね。それにしても…。」
話ながらスクロールを作り続けるステラの手元を見ながら、マチルダは呟く。老いた目がペン先のひと運びひと運びを追っているのが、見なくても分かった。
「随分と手馴れているようだねぇ…。その速度でスクロールを作れる製作師はそうはいないよ。」
「……そう?……ん。ありがと」
淡々とスクロールを作り続けてきたステラの頭には、数多くのスクロール製作に関しての知識が詰め込まれており、ある程度のスクロールであれば何も見なくても作れる。手だけが半眼の気だるさを置き去りにして勝手に動き、視線は素地、頭は次の一枚の魔法陣をもう描き始めている。
「エアバインド、ミスト、ウィンドカッター、ガスト…方向性は決まっているみたいだね。」
マチルダはうんうんと嬉しそうに頷いている。あまりそういうことを試験官が言ってはいけないのではとも思うが、別に助言をされてこのラインナップにしたわけではないのでいいのだろう。並べた魔法名から組み立てを読み取られたことに、ステラは内心わずかに目を細めた。見る人は、見ている。ステラはその卓越した手際で、1時間のうちに20枚近くのスクロールを作り上げた。机の端に薄い羊皮の山が静かに積み上がっていく。
妖精の輝薄羽 (アイテム)
妖精が死ぬ間際に落とすと言われているアイテム。妖精の生涯が詰め込まれているその翅は地面に落ちると儚く崩れていく。このアイテムは消える寸前の、ぎりぎり精霊になれなかった妖精と信頼関係を築いた者しか手に入れることができない。通常の冒険者は妖精を視認することは難しい為、手に入れることは困難を極める。加えて、信頼関係を築けており、その死に立ち会えた者のみが入手できるというその特異性から等級は1に設定されており、高度な魔具や武具の素材に使うことができる。




