転職試験(エレメンタリスト)②
――エレメンタリスト 試験場
妖精に案内され、小さな祠のような場所についた。中には弱弱しい光を発している妖精の姿があった。今にも消え入りそうなその点滅は、息も絶え絶えに灯りを保とうとする蝋燭の炎を思わせた。
【ねぇ!ねぇ!木の実もらってきたよ。ほら。】
案内をしてくれた妖精は、フルールの手から水晶のように透き通った木の実を取って、仲間の場所まで持っていく。すぐに食べられないと悟ったのか、近くに木の実を置いた。純粋なマナが木の実から流れ出しているため、近くにいればよい効果が得られるのは確かだろう。しばらくすると光が少し強くなったようで、動き始めた。
【あぁ!よかった!よかった!】
仲間が少し元気になったことで妖精が喜んでいる。フルールは寝込んでいた妖精の体力が少し回復したのを見て、木の実を削って食べやすくしてやる。指先に冷たい果汁が滲み、ひんやりとしたマナが手の甲を撫でていく。するとそれを口に運んだ妖精は光をチカチカさせた。
「……?」
何かがおかしい。確かに一緒にいた妖精は光の点滅で合図を出していたのだが、助けた妖精は何かが違う。その証拠に、先ほどまで仲間が元気になって喜んでいた方は、ぴたりと動きを止めてしまった。
【ど、どうしたの?】
【う、うぅ……。】
フルールの脳内にうめき声が伝わってくる。どうやら苦しんでいるようだ。ただ、元気になっているのも事実である。フルールは妖精と話すことはできるが、妖精の生態に詳しいわけではないので、治療行為はできない。
しかし、木の実に毒物が入っていないことは本能的にわかる。もし毒物が入っているのであれば、あそこまで純粋なマナがあふれ出ることはないからだ。
「さぁ、もう一回木の実を。」
フルールはもう一欠片を削り、食べるように促す。素直にそれを受け取って口に運んだ妖精は、更に苦しみだした。
【う…】
フルールはその姿をよく観察する。元気になっているはずなのに苦しむ、その矛盾の理由がどこかにあるはずだった。するとあることに気が付いた。
(何?あの黒い点。)
よく見ると、妖精の光の中に黒い点がある。回復したマナに照らされて、その一点だけが光を吸い込むように沈んでいた。本来純粋なマナの集合体である妖精には、そのようなものは存在しない。
「…ちょっと痛むかもしれないけど、ごめんね。」
それが原因と踏んだフルールは、その黒点に手を伸ばす。
カリッ。
硬い感触が指に伝わる。やわらかなマナの中で、そこだけが石粒のように冷たく異質だった。どう考えても異常なその物体を、妖精の体の中から勢いよく取り出す。
【あぁぁああ!!】
悲痛な声が脳裏を貫く。胸の奥がぎゅっと締めつけられたが、それでもフルールは、その小さな物体を引き抜くことに成功した。
「これは…種?」
その黒い物体をよく見てみると、朝顔の種のように黒く小さく硬い種だった。異物を取り除かれた妖精は、先ほどまでの苦痛が無くなっていることに驚いている様子だ。
【よかった!よかった!元気になった!】
仲間の妖精は8の字を描くように飛んで、喜びを表現している。一体どういうことが重なってこういう事態になったのかは分からないが、ひとまず安心だ。
「もう大丈夫?」
【多分…。】
少し不安そうだが、自身の体を確認したところ何も異常がなかったようで、チカチカと点滅をしている。
【エルフのお姉さん!ありがとう!】
先ほどからエルフと勘違いされているが、種族は人間なはず。何故彼らはエルフとフルールを勘違いするのか。原因は分からない。自分が何者であるか――その問いはいつも答えのない方向へ滑り落ちていく。しかし礼を言われているだけなので、そのまま受け取っておく。
「うん、元気になってよかった。…それにしてもこれ、何かわかる?」
フルールは妖精の体から取り出した物体を手にもって、2体の妖精に見せる。その周りをくるくると飛んで確認しているが。
【んー、わかんない。種にも見えるけど。】
結果は芳しくないようだ。種に見えるのは、フルールと同様らしい。
「そっか、じゃあ埋めてみようかな。」
土壌汚染の心配もあったが、毒物の気配は感じない為、地面に植えてみる。すると驚くべきことが起きた。
【わわっ!】
埋めたその数秒後、すぐに芽をだしたのだ。そのままするすると茎が伸びていき、ゼンマイのように先端がカールしたと思ったら、青い実がすぐに出来上がった。
「…どういうこと?」
先ほどの物体が種であることには間違いなかったが、植物がこのような速度で成長するのは異常だ。その証拠にその植物の周りの雑草は枯れ果てており、周りから無理矢理生命力を吸収していたことがわかる。みずみずしい青い実とは裏腹に、根本の土は乾いて白茶け、命を吸い尽くされた草が灰のように崩れていた。
「でもまぁ…」
フルールはなった木の実をもぎ取り、割ってみる。するとそこには、驚くべきものが入っていた。
「…鍵?」
通常であれば種が入っているような場所に、未開のダンジョンで見かけたような鍵が入っていた。白い果肉に埋まっているその鍵を手に取ると。
フッ…。
辺りが暗くなる。突然の出来事に驚いたフルールが周りを見渡しても、真っ暗で何も見えない。短剣を手に取り、身構える。地面に触れる足から伝わる感触は明らかに硬質なものに変わっており、場所すらも移動させられたことがわかる。足裏に伝わる冷たい石の感触と、湿った緑の匂いが消え失せたことがそれを何より雄弁に告げていた。
(誰かに見られてる…。)
どこかもわからない、誰かもわからないが、視線を感じる。攻撃をしてこないことに疑問を抱きつつも、全てに対応できるように低姿勢になった。短剣の柄を握る手に、じわりと汗が滲む。
【……何用か。】
ビクッとフルールの体が跳ねる。急に、腹に響くような声を脳内に送られてきたためである。直接思念を送ってきているため、どこにいるか分からない。周りをきょろきょろと見渡すと、狐火が浮かんでいた。
(…あれは……。)
フルールは集中してその火を見る。青白く光るそれは段々と大きさを増していき、バスケットボール大に膨らんだところで。
ボンッ!!!
爆発した。あまりの衝撃にフルールは目を覆って後ずさる。肌が灼けるような熱風が体を包んだ。耳が圧でぼうっと詰まり、産毛が焦げるような感覚が腕を走る。その熱風が落ち着いたことを確認して目を開けると、そこには驚きの光景が広がっていた。
「ここ…。」
フルールを中心に円を描くように炎が配置されて、周りが照らされている。どこかの遺跡の中なのだろうか。周りは石材で囲まれていて、とても閉塞感がある。広さは大聖堂のロビーほどあったが、人影は見えなかった。そう、人影は。
【貴様、我の領域に侵入するとは。】
フルールは背中に汗をかきながら顔を上げる。そこには、話には聞いていたあるものがいた。
「…イフリート…。」
エンフィールドの第2形態と同じくらい巨大。その体は燃え盛る火炎に包まれており、うまくシルエットをとらえることができなかった。辛うじて人型をしていることは分かる。目と鼻、口からは炎が漏れ出していた。立ちのぼる陽炎が天井を歪ませ、足下の石床がじりじりと焦げる音を立てている。一歩ごとに大気がぐらりと揺れ、肺に入ってくる空気そのものが熱を帯びていた。
【左様。我が炎を司る精霊イフリートである。】
膨大なマナを感じる。精霊は妖精の上位種であり、その体は全てマナで形成されている。凄まじい量のマナに充てられてフルールは吐き気を催すが、口を押えて何とか耐える。あの妖精たちの温かなマナとは桁が違う。これは近くにいるだけで存在を押し潰そうとしてくる圧力だった。
【……ふむ。我の眷属を救ったのか。】
恐らく、体の中の異物を取り除いたことについてだろう。妖精は集団であり個。一種のテレパシーのようなもので意思の疎通ができるため、それが伝わったのだろう。
【それに免じて我が領域に侵入したことは許してやる。速やかに去れ。】
精霊に会えるのは冒険者であっても稀だ。そもそも適性のある人間以外には、イフリートでさえも炎の球にしか見えないだろう。そして精霊はそれぞれ司る属性があり、イフリートの場合それは炎であり力だ。この貴重な機会をみすみす逃すほどフルールも馬鹿ではない。喉の奥が干上がり、心臓が早鐘を打っているが、それでも引くつもりはなかった。
「…ちょっとお願いがあるんだけど。」
【無礼な。だが許そう、我は寛大であるが故な。】
怒気が言葉に含まれた瞬間、大気の温度が数度上がったように感じた。イフリートが本気を出せば空間そのものを燃焼させることができる。その脅威を目の前にして、フルールは喉を鳴らしながら自分でも不躾だと思う言葉を発する。
「あなたの力が欲しいの、貸してくれないかしら。」
【無礼者!!!!】
言葉が弾ける。目の前でダイナマイトが爆発したように、イフリートを中心に爆発が起きた。その勢いは凄まじく、フルールは10m以上吹き飛ばされる。背中から石壁に叩きつけられ、息が詰まった。視界に火花が散り、肺の空気が一瞬で押し出される。手の甲は焼け焦げていた。皮膚の引きつれる痛みとこげた匂いが、遅れて押し寄せてくる。
【一度の無礼なら許した。それを抜け抜けと。命はないと思え。】
完全に怒らせたようだ。イフリートの足元から溶岩が噴出し始める。否、噴出しているのではなく、あまりの怒気で大気が高温になり、地面が溶けているのだ。とろりと光る石の流れがぱちぱちと火花を散らしながら広がっていく。
【我の力を欲しがるなど笑止千万。その無礼を我が灼熱の中で悔いながら死ぬがよい。】
イフリートはその相棒である槍を顕現させる。フルールも持ったことのあるそれは、大きさも質も段違いであり、前に自分が作ったものがおもちゃに思えた。穂先の一振りごとに空気が裂け、陽炎がねじれて立ちのぼる。
(は、はは…)
乾いた笑いがこみあげそうになる。目の前には炎と力の権化。その手に持つのは山すら焼き尽くす魔槍。死は確実だった。
(ただで死ぬもんか。)
フルールはおとなしそうな外見と裏腹に、意外と負けず嫌いだ。今回もその例に漏れず、相手が精霊だろうと関係ない。逃げ場のないこの状況でも、心の芯のどこかは奇妙なほど冷えていた。フルールは口を動かし始めた。
「魔手に握られたその槍を 貴方の僕に仇為す輩に 裁きの灼熱を」
過去に何度か使ったことのある魔法。消費する魔力が多い為、使用頻度は高くなかった。詠唱を紡ぐそばから、こめかみの奥がじわりと熱を持ち始める。
「フレアジャベリン。」
静かに呟くと、フルールの右手にはイフリートが持つ魔槍のレプリカが握られる。柄を握る手のひらに、ちりちりと炎のマナが脈打った。
【…ほう。】
それを見たイフリートは、感心した声を上げた。
【それは我の魔槍だな。粗悪な模造品だが、形はよく似ている。…ふむ、面白い。】
イフリートは炎の槍をくるくると回転させながら何かを思案した後、何かを決めたように声を出した。
【よかろう。では今から言うことができたら命を助け、力を貸してやってもいい。】
暴力の象徴ともいえるイフリートが、随分と建設的な話し合いに臨んできた。どんな無理難題を言われるのか不安になるが、このままいても待つのは死。受けるしかない。
「…なにかしら。」
【その槍、見ているだけで不快だ。贋作とはいえ我の魔槍がそのように表現されるのは不愉快極まりない。よって…。】
一呼吸おいて、イフリートが言葉を送ってくる。周囲の炎が、その言葉に合わせるようにごうと膨らんだ。
【今より我の魔槍を再現して見せよ。】
「…は?」
何をいっているのかわかっているのだろうか。ただの人間であるフルールがイフリートの魔槍など手に取ろうものなら、塵すらも残らず消滅するだろう。
【何、わかっている。人間如きが我の魔槍を持ったら何も残らないことなど。せめてもう少し似させることができれば許してやろうと言っているのだ。】
「……。」
今ですら使用すると頭痛が激しくなる、この魔法。それを更に再現しろと言ってるのだ。手の中のレプリカを握り直すと、もうこめかみが鈍く脈打っていた。
(だけど…。)
これは提案ではない、命令だ。背けば死ぬ。ただそれだけのこと。こうなってしまっては、やることは決まっている。
「…わかった。」
その答えを聞いて、イフリートの周りの温度が上昇した。
イフリート(精霊)
炎を司る上位精霊。世界中に存在する炎を司る妖精たちの頂点。炎と力の権化である。精霊の中でも気性が荒い傾向があるが、契約を守る義理堅さもある。精霊の存在は揺らぎでできているため、どこにいるかは分からない。彼の持つ魔槍は一度の投擲で山を焼き尽くし、湖の水を全て蒸発させてしまう。




