転職試験(エレメンタリスト)①
――リアッツォ 大聖堂 ロビー
「番号札1179番でお待ちの冒険者様、大変お待たせ致しました。受付までお越しください。」
「1179…?」
試験が終わったはずのカインが声を出す。その番号に聞き覚えがあったからだ。
「あ、私ね。随分遅かったわね。」
フルールが番号札と受付とを視線で往復する。しばらく見ていると呼ばれるのは必ずしも番号順ではないことがわかる。申し込みをしている職によって違うようだった。特にフルールの申し込んだエレメンタリストという単語は、これだけ長くいるにもかかわらず1回も聞こえてこない。広いロビーには絶え間なく別の職の番号と名が反響していて、その喧騒の中でだけ自分の職だけが綺麗に抜け落ちているように感じられた。
(私だけ、呼ばれないんだ。)
ふと、そんな考えがよぎる。深い意味はない。ただこうして大勢の中に紛れていても、自分だけ少しだけ違う場所に立っているような――そういう感覚がときどき胸の奥をかすめていく。フルールはその感覚に名前をつけられないまま、軽く首を振って隣のベンチへ目を向けた。
「Alice、ミーナ。これお願いできる?あ、膝枕はしなくていいからね。」
「はい、大丈夫ですよ。」
アリスは既に上級職への転職を済ませているので試験を受ける必要はなく、今回はスキル習得試験を受けようとしているのだが、転職試験よりも申し込みが多いらしくしばらく呼ばれる気配がない為、ベンチで皆の帰りを待っている状態だ。
「これってなんだよこれって…。」
物扱いされて不満げな声を上げるものの、疲労で動くことのできないカインはされるがままだ。
ゴンッ!!
「いっっっ…!!」
足をどかされ、ベンチに強かに後頭部を打ち付けたカインが、絞り出すような声を上げる。そう仕向けたフルールはどこ吹く風で立ち去ろうとした。
「それじゃ、行ってくるわ。後よろしくね。」
カインの世話をアリスとミーナに任せたフルールは受付に行き、転職試験についての説明を受ける。
「大変お待たせして申し訳ありません。エレメンタリストの試験は準備に時間がかかりますので。では、冒険者フルール様、審査の結果貴女はエレメンタリストの転職試験を受けることができると判断されましたので、これより別室へ移動していただき試験を受けていただきます。合格は現地の試験官から直接言い渡され、その結果は同時にこちらにも届きます。合格した暁には貴女はエレメンタリストとして活動することが許可され、ステータス、スキル共にエレメンタリストのものを使用、取得することができるようになります。ご不明な点がございましたら現地の試験官にお尋ねください。」
他のメンバーが説明されていたのを聞いていたフルールは、別段考えることもなくそれを聞き流していた。
「ただし。」
しかし、最後に受付嬢が付け加えてくる。突然の事に驚いたが、ひとまずしっかりと向き直って話の続きを聞く。
「エレメンタリストは他の職に比べて努力では何ともならない適性が強く反映される職業です。試験の合否は試験官の一存で行われます。試験に不合格だった場合のクレーム等は一切受け付けることはできませんので、その点だけご了承ください。」
「え、えぇ。わかったわ。」
緊張など微塵もしていなかったのに、その言葉を聞いて少しだけ緊張してしまう。努力ではどうにもならない適性という言葉が妙に耳に残った。生まれ持ったもので合否が分かれるという話が、なぜだか他人事に思えなかったのだ。フルールの返事を聞いた受付嬢はにっこりと笑って、奥のポッドに手を向けて移動を促してくる。フルールはそれに素直に従ってポッドに入り込んだ。
(みんながいつも使ってるポッドってこんな風になってるんだ…。)
初めての体験に少し感動しながらポッドの蓋を閉じると、闇に包まれる。ひんやりとした内壁の感触と、自分の呼吸の音だけがそこにあった。数秒後にはポッドの蓋が開いた。
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――エレメンタリスト 試験場
ポッドから出る前から景色は見えている。見渡す限りの木、木、木。つまりここは。
「…森?」
青々とした木が生い茂るそこは、誰がどう見ても森だった。むせ返るほどの緑の匂い。葉擦れの音が四方からさざめいて、足の裏には湿った腐葉土が沈む。木洩れ日が斑になって肩に落ち、どこか遠くで鳥が一声鳴いた。しかし木々の先。自然の中、とりわけ森の中では基本的に見ることのない色が見えた。
「…白。」
白い何かが見えたフルールは、それに釣られてまっすぐ歩いていく。しかしその時、小さな光がフルールの行く先を塞いだ。
「あれ?どうしたの?」
この光は妖精だ。まだ精霊になることのできていない小さな生き物。言葉も発することのできないそれはチカチカと自身を光らせて、地面付近をくるくる回っている。
「そこに何があるの?」
フルールがしゃがんでその付近を見ると、少しだけ、本当に少し、ハンター職であるフルールが近くでじっと目を凝らさないと分からないくらい少しだけ、土の質が違っているのが確認できた。踏み固められた地面と、その一画だけが妙にふわりとしていて、色も淡い。
(…どうしてここだけ……)
不審に思ったフルールは、落ちていた木の棒でその土を叩く。すると。
どさっ…。
土が下に落下していく。
(落とし穴…。)
フルールが中を覗き込む。成人男性の腰くらいの高さのある針が何本も立っていた。土が被ってしまっているので見えにくくなっているが、先端には何か液体が塗ってあるのが見えた。
(恐らく毒物、悪質ね。こんなの落ちたらほぼ終わりじゃない。)
底から立ちのぼる、つんと鼻を刺す薬品の匂い。喉の奥がいがらっぽくなるその気配にフルールは小さく顔をしかめる。一歩でも踏み込んでいれば針が体を貫いて、それからこの匂いに包まれて終わっていた。そういう種類の悪意がこの穴には込められている。フルールは立ち上がって手を伸ばす。そこに光が乗ってくる。
「ありがとう、あなたのおかげで助かったわ。これを知らせてくれていたのね。」
フルールがにっこり微笑むと、光は嬉しそうにポンポンと手の上で跳ねた。手のひらに伝わってくるのは熱でも重みでもなく、くすぐったいような温かなマナの脈動だった。
「ふふ、でももう大丈夫よ。あなたも疲れちゃうでしょ。もう休んで、ね?」
その光はフルールの頭上をくるくると回った後、森の奥へ消えていった。
「さて…。」
フルールがあそこに出現するのは限られた人間しか知らない。そして自分が見えるような位置に故意的に立ち、その動線にトラップを設置する。これは試験官にしかできないことである。つまり、木の向こうにいるのは。
(あれが試験官…。)
フルールはトラップを回避して茂みを通り抜け、その対象に近づく。下生えを掻き分けるたびに葉が頬を撫で、湿った青い匂いが鼻先を流れていく。
「随分なお出迎えね。」
指に小鳥を乗せていたその人物は声を聞き、ぴくりと反応した後、フルールの方を向き直る。
「あら、引っかからなかったのですね。」
瞼を下ろしたままのその人物が、小鳥の乗っている手を高く上げた。最高点に達した時、小鳥は静かに飛び去る。白く薄い生地で作られた服、さながらシーツを体に巻き付けただけのような恰好をしているため、立ち上がった瞬間たなびいてドレスのように見えた。少し見とれてしまいそうになったが、毅然とした態度で話を進める。
「えぇ、友達が教えてくれたから。」
「まぁ、それはよかった。あそこでリタイアする方も多いんですよ。リタイアと言っても死亡なのですが。」
物騒なことを笑顔で言い放つその女性に、フルールは不気味さを覚えた。あの毒針の底を思えば彼女の言う「リタイア」が比喩でないことはよくわかる。その不気味さを噛み砕いていくと、一つの違和感に辿り着く。
「…貴女、目が見えないの?」
そう、話し始めてから一度も目を開けていないのだ。
「その通りです。私は盲目。この目では何も見ることができませんが、それ以外の能力を手に入れました。なので不自由はしていません。お気になさらず、それにしても…。」
試験官がゆっくりとその瞼を開ける。その双眸はまるで星を湛えたようにきらめいていたが、どう見ても人間のそれではない。
「近くに来た時からわかっていたけど……貴女はとても綺麗。ふふ、妖精に愛されているのね。」
試験官には何が見えているのか、見えないはずの瞳はくりくりと動いて、実験体を観察するような雰囲気でフルールの全身を舐め回すように見てくる。背筋に、見られているという感触だけが冷たく這った。値踏みされているというのではない。もっと根本的なところ――自分が何でできているのか、その奥まで覗き込まれているような居心地の悪さがあった。
「…それで、貴女が試験官で間違いないのかしら。」
「あらあら、いつもこうなのよね。ごめんなさい。さて、では説明を。」
仕切り直しと言わんばかりに、試験官らしき女性は佇まいを直してフルールに向かい合う。
「ようこそエレメンタリストの試験場へ。私はフリージア、今回の試験の監督をします。」
フルールが考えていたように、目の前にいる女性は試験官だったようだ。というよりこんな場所で出会う人間が試験官じゃないはずがない。
「自己紹介が終わったところで、試験内容の説明をします。」
(きた。)
エレメンタリストの試験内容は、図書館でも数少ない文献にしか書かれていなかった。それもかなり少ない内容で。参考にならないからと流し読みをしようとしていたのだが、不思議なことにそれら全てがほぼ共通していた。それは…。
「貴女にはこの森を散歩してもらいます。試験内容は森が知っています。自分の足で歩き、自分の目で見て、耳で聴き、肌で感じて、語り掛けてください。そうすれば何をすればいいかわかります。制限時間は6時間。もちろんそれよりも早く終わる人はたくさんいます。私が見た中で一番早い人は1時間程度で終わっていたかしら。」
そう、試験内容が明かされないのだ。これでは何を評価しているのかわからない。しかしこれ以外に説明がない為、対策のしようがないのだ。
「では、試験を開始します。私はここにいますので、終わったら戻ってきてください。」
フリージアが口笛を吹くと、鳥がひょこひょこと茂みから出てきたり、小動物がやってきたりで、フリージアの周りはすぐに動物でいっぱいになった。保育園で読み聞かせを聞く園児のように、フリージアの周りに集まっている。
(不気味な人だと思ったけど…。)
この人は世界に愛されている。フルールはそう感じた。集まる小動物の一匹一匹が、まるで母鳥の羽の下に潜り込むように彼女を信じきっている。その光景を見ているとなぜだか胸の奥がほんの少しだけ痛んだ。世界に愛されるという当たり前のことが、自分にとっては当たり前ではない気がして――そこまで考えて、フルールはその思考をそっと畳む。フルールは動物を驚かさないようにその場を立ち去った。
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――20分後
森は試験会場という割には本当に何もなく、しばらく歩いていても何も見つからなかった。茂みに何か隠されているのではないか、木に何かを彫っているのではないか。そう思って目を凝らすが、何も手掛かりはない。葉擦れと、自分の足音だけが規則正しく続いていく。
「そもそも試験時間が6時間って…。」
つまり6時間かかる可能性があるということで、さらに言えば6時間では足りない可能性もあるということだ。これから何をさせられるのかを考えているだけで頭痛がしてきそうだが、試験と言われてしまっては仕方がない。
そのまま直進を続けていると、フルールの目に何かが映る。
「…あれは……。」
ふよふよと飛んでいる光球。光の度合いから見て、一番初めにフルールと出会った妖精に見えた。
「あんなところで何しているのかしら。」
パキッ!
フルールは光球に向かって近づくが、途中で枝を踏んでしまって音を立ててしまった。その音に驚いたのか、光球は不自然な軌道でグルグルと飛び回ってしまっている。
「ああ、ごめんなさい。驚かせるつもりはなかったの。あなた、私に落とし穴を教えてくれた子でしょう?何か困っているように見えたから来たのだけど、どうかしたの?」
フルールが優しく呼びかけると、光球は落ち着きを取り戻したようで、ゆっくりとフルールの肩に乗ってきた。よく見ると、少しだけ人型をしている。
「驚かせてしまってごめんなさい。どうかしたの?」
フルールが声をかけると、妖精はゆっくりと思念を伝えてくる。
【実は、私のお友達の調子が悪くて…。向こうに見える果実を食べさせられればきっと良くなるって感じるんだけど、周りに意地悪な子がいて…。】
「取らせてもらえないの?」
【うん…】
妖精はしゅんとしたように、その明るさを落としてしまう。試験時間は6時間もあって、まだ始まったばかりだ。困っている妖精の一人くらい助ける時間は十分にあるだろう。それに、と心の隅で思う。困っている誰かを放っておけないのは、いつものことだった。
「よし、じゃあお姉ちゃんに任せて。ちょっとお願いしてきてあげるから。」
【ほんとっ?】
妖精はその言葉を聞いてぱっと明るくなる。文字通りの意味で。
「うん、大丈夫。任せて。じゃあここで待っててね。ちょっとお願いしてくるから。」
フルールは妖精が頷くのを確認して、目的の木まで歩いていく。その木にはリンゴのような赤い果実が成っているが、数個だけクリスタルのような果実も出来上がっており、幻想的な風景を醸し出している。クリスタルの実は梢を抜けてくる光を受けて、内側からほのかに発光していた。その木の周りには光球が3つほど漂っており、それがすぐに妖精の言っている『意地悪な子』だということがわかった。
「ちょっといいかしら。」
フルールが声をかけると、少し驚いたようなそぶりを見せながらも、3つの光球が寄ってきた。皆人型をしており、先ほどの妖精よりも力を持っていることは見るだけで分かった。纏うマナの輪郭が濃く、揺らぎが大きい。
【何かしら。】
「ちょっと、お願いがあるんだけど。」
【……貴女からはあいつのマナを感じるわね。きっとあいつに頼まれてこの木の実を取りに来たってことでしょ。】
その中でも光が強い妖精が、強気な態度でフルールに当たってくる。ふくれっ面をするように、その光がちりちりと荒っぽく明滅した。
「うんうんそうなの。お友達の調子が悪いんだって。だからその木の実を分けてほしいんだ。」
【いやよ!この木の実は貴重なのよ!】
見るからに貴重なのは分かる。フルールは再度木を見上げてその木の実を見ると、周りには綺麗なマナが漂っていることから、摂取すればマナが回復できることがわかる。透き通った果実の周囲だけ、空気が淡く粒だって光っているようにさえ見えた。
「うーん…。でも、あなたのお友達が調子が悪くて、この木の実を食べないと消えてしまうってなったら食べさせてあげるでしょ?」
【当り前じゃない。】
「そうだよね。私はあなたとまだ知り合ったばかりだけど、あなたが消えてしまったら悲しいわ。折角会えたのだもの。それは向こうにいる子も同じよ。そしてあの子のお友達が消えかかっているのを悲しんでいる子はいるはずだわ。助けてあげてもらえないかな…。」
妖精というのは基本的に精神年齢が低い。子供をあやすように話を進めていく。声を低く、柔らかく、急かさないように。困らせるためではなく安心させるための言葉を選ぶ。
【……あなた、エルフなのね。】
妖精はフルールを見ながら呟く。何故人間と勘違いしているのかはわからないが、否定しても話がこじれるだけなので、勘違いを放置して話を進める。
「そうよ、あなた達のお友達。そしてあの子も、私のお友達なの。お願い、一つだけ分けてくれないかな。」
フルールは必死に頼み込む。妖精の持っている潜在能力は人の命など簡単につぶしてしまえる程なのだが、まだそれを行使するだけの器量が備わっていないとされ、自身の系統を管理する上位精霊によって力が封じられている。その為力づくということもできるが、なるべくならその手段はとりたくない。怖がらせて言うことを聞かせるのはフルールの好むやり方ではなかった。
【ふんっ!勝手にすれば!】
そう言って、3つの光球は木の周りをぐるぐると回り始める。素直に頼みごとを聞くのが恥ずかしいのだろう。そんな姿に、少し笑ってしまう。
「ありがとう、あなた達は優しいんだね。」
フルールは木によじ登り、綺麗に実っている木の実を一つ切り取った。幹に手をかけると樹皮がしっとりと湿っていて、葉の隙間から零れる光が頬を温める。木を降りてその場を去ろうとしても、先ほどの光球はまだ木の周りを回っていた。何を話していいか分からない幼子のように。
「頼んだら聞いてくれる綺麗な心を持ったあなた達は、きっと素敵な精霊になれるわ。だからあの子と何があったかは分からないけど、仲良くしてあげてくれると嬉しいな。私たちはみんなお友達なんだから。」
そう言葉をかけると、光球の飛び方がゆっくりになり、そのまま去っていった。
(さてと…)
フルールは木の実をもって、先ほどの妖精のところへ戻る。
【あ!それは!】
妖精はフルールの手に握られている実を見て嬉しくなったのか、ぽんぽんと跳ねる。
「うん、お願いしてもらってきたの。」
【意地悪されなかった?】
「大丈夫だよ。みんなちょっと素直になれないだけで、いい子たちだったから。」
【…そう、お姉さんが意地悪されないでよかった。ありがとう。】
「ふふ、あなたは優しいのね。じゃあこの実は重いから、あなたのお友達のところまで持って行ってあげるから案内してくれる?」
【うん!わかった!】
妖精は嬉しそうに蛇行飛行をしながら、フルールを自身の友達のところまで案内していった。




