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転職試験(フォートレス)②

――フォートレス試験会場 平原


(まずいまずいまずいまずいっ…!!)


足の動きが鈍くなる。スタミナ切れだ。無理はない、4つの村を回り男の子を救出し、距離にして10km近くを全力で走っている。今も走れていることが奇跡に近いのだ。空の色は濃くなり、背後では、感知系のスキルを持っていないカインでも感じられるほどの脅威が覚醒しかけている。


「おじちゃん…僕のことは置いて…。」


「はぁ!?うるせぇ!!こっちは走るのに必死なんだよ!しゃべりかけんな!!」


見捨てるという論外の話を持ち掛けてくる男の子を、一喝する。見捨てるという選択肢など、はなから存在しないのだ。そんな言葉に返事しているくらいなら、もっと酸素が欲しい。


(あーくそっ…アクセラレーションって滅茶苦茶重要じゃねぇか…。)


アリスがいつも使ってくれていたアクセラレーションのありがたみが、身に染みてわかった。足は重いし動きは鈍い。届くと思っていた場所まで届かない足に、イラつきが募っていく。それでも走り続けると、村人が避難していると思われる洞窟が見えてくる。しかし遂に。


「グォォオオオオオオオオオオオ!!!」


背後で咆哮が聞こえる。


本能がカインの動きを止めさせ、振り向かせた。


空からゆっくりと降りてくる、巨大な生物。先ほどまで体を包んでいた翼は広がり、体の周りには紅く煌めく塵が降り注いでおり、神々しさすら感じる。翼が一度はためくたび、遠雷のような音が大気を叩き、足元の草がざわりと波打った。何十kmも離れているのは確実だが、それでも胸を埋め尽くすのは『あれには敵わない』という気持ちだ。どうあがいてもどう対応しても勝てない。本能が、逃げろ、と全身の細胞で叫んでいる。そしてこの距離なのに、その金色に輝く眼光がカインの体を貫いた。


(嘘だろ…この距離で…。)


完全に捕捉されている。どのような仕組みなのかはわからないが、この距離でも確実に捕捉してきていることがわかった。あの目からは逃げられない。見ただけで、そう思わせてくる。


「おじちゃん…?」


カインは走り出す。目の前の洞窟がどれくらい続いているかわからないが、平原の真ん中に立ち止まっているよりは、はるかにましだ。


「おじちゃん!!後ろ!!」


脇に抱えている男の子が叫ぶ。反射的に振り返ると、ドラゴンが大口を開けていた。口元がキラキラと光ったと思ったら、だんだんと火球ができあがり、大きさを増していく。家一軒など丸ごと飲み込みそうな灼熱の塊は、悠仁が作るものとは質も大きさも桁違いだ。そもそも人間があの領域に辿り着くことはできない。あれが放たれればこの平原ごと焼き払われると、直感がそう告げていた。


「とにかく走るぞ。いいか坊主、あいつが火球を吐いてきたら叫べ。いいな?」


「う、うん。」


完全に運試しだ。だがやらないわけにはいかない。やらなかったら待っているのは、確実な死だ。一握りにも満たない希望に縋って、カインは走り出す。洞窟までは恐らく600m弱、洞窟に近づきすぎると巻き込む可能性がある。カインは洞窟の入り口ではなく、右方向へと走り出した。


「あぁ!」


洞窟の方から母親らしき女性の声が聞こえるが、これも巻き込まないための方策であることは、理解してもらうしかなかった。ジョギング程度の速度で走っていると、抱えている子供が叫ぶ。


「きた!」


その声を聞いてカインは、全力で走り出す。もしこれが魔法だったら必中で、どれだけ逃げても逃れることはできない。その存在が知覚されている以上、追尾を続けてくる。逃げ続けるだけでは、いずれ必ず捕まる。


(だったら、考えろ。逃げ方じゃねぇ。受け方だ。)


しかし、もしこれが魔法ではなかったら、とカインは考えた。悠仁がファイヤーボールを使うときには必ず詠唱をしていたし、アリーシャで行ったリッチとの戦闘でもリッチは詠唱していた。つまり冒険者であってもモンスターであっても魔法の発動には詠唱が必要なのだろうが、ドラゴンがそれをしたようには見えなかった。口を開き、ただ火球を練り上げただけ。あの一連の動作に、言葉を紡ぐ間はなかった。


(詠唱なしで撃てるなら、あれは魔法じゃねぇ。なら――)


(あれが物理攻撃なら…)


物理攻撃なら避けることができる。少しだけ首を捻り後方を確認すると、まるで太陽が落ちてきたような錯覚に陥りそうな白い火球が迫ってきているのが見える。離れているのに既に熱気を感じるこの火球に触れてしまえば、骨すらも残らないのではないかと思ってしまう。


幸い、まだ距離がある。カインは走り続けた。しかしその瞬間は、すぐに訪れる。


「おじちゃん!!」


子どもが叫んだ。その声を聞いたカインは、右腕に抱えていた子供を左腕に持ち替えた後、右腕を背中に伸ばしてブリスクからもらったタワーシールドを掴む。持ち手を手だけで探したので少し時間がかかったが、問題ない。


いうことを聞かなくなり始めている足に鞭を打ち、左方へ跳躍すると同時に、体を捻って後方を向く。空気の壁を突き破るような熱風が、頬を焼きながら追い越していった。


初めてのことだったがタイミングは完璧で、カインの目に映るのは、ドラゴンが火球を吐き出した時にカインがいた場所に着弾する瞬間。まるで隕石が落ちてきたかのようなその熱と衝撃は、地面を一瞬で溶かしてクレーターを作り始める。ドオオオオン!!と腹の底に響く轟音が遅れて押し寄せ、視界が真っ白に染まった。読みは当たった。あれは、避けられる。


「ぐぅぅ…!!!」


タワーシールドを構えてもなお、体に伝わってくるその衝撃。直撃は避けられたが、余波だけでも空中に浮かぶカインの体を数百m吹き飛ばすのに十分な力を持っており、子供を抱えたままのカインは、洞窟の目の前付近に着地する。着地とは名ばかりで、見た目は完全に墜落だ。ズシャーー!!と音を立てて、洞窟へ転がり込んだ。


「クリム!」


「ママ!」


カインの必死の対応によって、子供はほぼ無傷。対してカインは、空中で体を捻り、子供に怪我の無いように地面と接触したため、自身の体は激痛に包まれた。


「ふっ…ふっ…!」


激痛に言葉が出ず、呼吸が浅く短くなり、鳩尾を力いっぱい殴られた時を思い出した。肋骨のどこかが軋み、息を吸うたびに脇腹に火花が散る。痛みが脳全体を支配していて何も考えることができない。それでも腕の力だけは緩めず、子供を地面に打ちつけはしなかった。


「冒険者様!」


一人の女性が近づいてくるが、反応を返すことができない。女性は跪いてカインに手を当てると、その手がぼんやりと光る。しばらくじっとしていると、痛みが少しだけ和らいできた。


「…回復、魔法を?」


「はい、私は聖職者家系の出でして、少しであれば回復魔法を使うことができます。」


「あぁ…なるほど…。」


その痛みが抜けていくような心地よい感覚に身を任せているが、すぐに現実に引き戻されることになる。


「く、くるよ!」


洞窟内に避難している子供の一人が叫んだ。反射的に外を見ると、ドラゴンが空中に停滞していた体勢から飛行する体勢に変わったのが見えた。


(くそっ…なんで襲ってくるんだ…。)


カインはまだ、ドラゴンの生態に詳しくなかった。ドラゴンは種族的に好戦的であることが確認されている。生物の中では珍しく、人間のように娯楽で生き物を殺すことのある種である。今回もそれに該当していた。ただ目の前に虫けらのような生き物がいたから、殺してみるだけ。その位の感覚なのだ。


みるみるうちに、その姿が巨大化してくる。絶望で眩暈がしそうだが、後ろを振り向く。武器も持たない村人、戦う術を知らない子ども、肩を寄せ合って震える老人、泣き出した赤子を必死であやす母親。ぱっと見でも100人を超えるその人たちの怯えきった瞳が、すがるように一斉にカインへ向けられる。それを前にしたカインがすることは決まっていた。逃げればこの全員が死ぬ。スタミナ切れの体に鞭を打ち、震える膝を叱咤して立ち上がる。


「おじちゃん…?」


先ほど助けた子供が、心配そうな声を出してカインに近づいてくる。カインはその頭を、そっと撫でた。


「その呼び方は、あいつに似てるな。ったく、子供っていうのは手がかかる。」


カプランドでのことを思い出しながら、カインは苦笑する。ここはゲーム内でドラゴンなど現実にはいないが、このゲームでの死は現実世界での死でもある。故にあのドラゴンも、ある意味では現実なのだ。恐怖で足が震えているが、悟られないようにと力を入れる。


「下がってろ。いいか、ドラゴンの攻撃は俺が先頭で受ける。だからお前はみんなを守れ、いいな。」


カインは自分が装備していた盾を、子供に渡す。そこまで大きくないが、筋力値が高くないその子は、両手で持っただけでふらふらしている。しかしその目は、力強く輝いていた。


「うん、わかった。」


「よし『お兄さん』との約束だ。頼んだぞ。」


カインがその子の肩に手を乗せると、男の子は大きくうなずいて戻っていった。


「み、皆さん!下がりましょう!」


クリムは大きな声で村人に声をかけた。その姿を見たカインは、口角を上げて鼻から息を吐いた。そして、振り返る。タイミングを見計らったように、地面が揺れる。ドラゴンが、洞窟の入り口に着地したのだ。洞窟の入り口は決して小さいわけではないのだが、ドラゴンはその巨体故入り込むことはできない為、首を曲げて洞窟内を覗き込んだ。


カインの持つタワーシールドと同じくらい大きな、爬虫類特有の鋭い目がぎょろぎょろと動いた後、カインに合う。


(あぁ…今日で死ぬかもなぁ…)


少し目を閉じる。右手に感じるタワーシールドの重みが、何とも疲れを増長させてくる。


(抜かせ。俺はそんなタマじゃないだろ。それに。)


カインは目を見開いて、その鋭い視線に真っ向から立ち向かう。


(俺に、後ろに守らないといけない人間がいるのに、逃げるなんてできるのか?)


盾職にとって死ぬのは逃げである。守るべき人間がいるのに先に死ぬのは盾失格だ。何が何でも死んではならないし、そして守り抜かなければならない。後ろにいるのがもし悠仁だったら、ミーナだったら、アリスだったら、ステラだったら、そしてフルールだったら。あの軽口を叩く顔が、ひとつひとつ脳裏をよぎる。守ると決めた連中だ。その考えが頭を巡ったその瞬間、腹の底がすうっと据わって、もうカインの足は震えていなかった。


「ウォオオオオオオオオオオオオオ!!!」


盾と足を地面に叩きつけ、鎧と盾を打ち付けて音を出す。地面は揺れ、その大きな咆哮は、大気を揺るがす。それを聞いたドラゴンは数歩後退して、こちらに向けて口を開く。大口を開けたが、先ほどと違いキラキラと輝いておらず、その代わりに、喉が赤く光りだした。


「いいか!!俺の後ろから出るな!広がりすぎると死ぬぞ!!」


カインは後ろに叫ぶ。それを聞いた村人は、団子状に集まってドラゴンとカインの延長線上にうずくまった。


(よし…)


相手はドラゴン。神に匹敵する力を持つ伝説の生き物。その一撃は、山などいとも簡単に打ち壊す。だがカインは、逃げない。後ろに助けを求める人間がいる限り。


ドンッ!!


タワーシールドを地面に立てる。タワーシールドのような巨大な盾には、内側下方に地面固定用の杭がある。地面に強く叩きつけると出る仕組みになっており、上へ強く引くと簡単に抜ける機構になっている。自身が装備しているタワーシールドがしっかりと機能していることを確認したカインは、自分の体をしっかりとその後ろに隠す。


次の瞬間、世界がズレた。


盾越しにカインを襲った衝撃、それはドラゴンの放ったブレスが盾に直撃したものだった。


「ぐぅぅううううううう!!!」


今までに感じたことのない重さは、まるでトラックと力比べをしているようだ。骨という骨が軋み、肩の関節が外れそうな圧が絶え間なく腕を押し潰してくる。歯を食いしばりすぎて、口の中に鉄の味が滲んだ。少し目を開けると周りはオレンジ色に染まっているが、それは盾にぶつかったブレスが流線形を描いて後方へ流れているためだ。焦って後ろを振り向くと、ぎりぎり村人に当たっていなかったが、服の裾が燃えているのが見えた。鎧に垂れた汗はジュッと音を立てて瞬時に蒸発し、睫毛の先まで熱に炙られ、瞬きすら焼けるようだった。


あまりの勢いに、地面に極太の杭を刺しているにもかかわらず、段々と後ろに下げられていく。杭が土を抉る、ゴリ、ゴリという嫌な振動が、足裏から脳天まで突き上げてくる。


(くっそ…!!やべぇ…このままだと…)


村人の更に後方では、壁の岩が溶けて溶岩と化し、どろりと滴り落ちている。後ろに下がりすぎると、それに巻き込まれる可能性もある。下がれない。一歩も。ただここでカインに、一つの疑問が浮かぶ。


(この盾…なんで…。)


ブリスクから借りているこの盾の材質は聞いていない。だがこれだけブレスを受け続けても、辛うじて形を保っている。確かにあまりの熱に赤く染まり今にも溶けてしまいそうだが、それでもまだ耐えている。


(直撃なら死ぬが、まだ盾は生きてる…、なら俺が先にへばるわけにはいかない…!!)


「ふんっっ!!!!」


カインは踏ん張る足に力を込めて、力強く踏み込む。爪先が土を噛み、ふくらはぎが千切れそうに張る。後ろに下がる速度が少しだけ落ち、そして、不思議なことが起きる。


(あれ、盾の色…)


盾の色が少しだけ暗くなったような気がした。じっくり眺めると、それは気のせいではないことが分かった。確実に暗くなっている。しかし次の瞬間。


カッ!!


目の前が白くなり、腕に伝わる衝撃も強くなる。反射的に目を閉じてしまったが、すぐさま目を開けると、炎の色がオレンジ色から白に変化している。先ほどまでとは比べ物にならない熱量が、盾の縁から漏れ出して頬を炙る。勢いも増していてどんどんと後ろに下げられ、せっかく落とした後退の速度がまた上がっていく。


(くそっくそっ!!なんで!なんで!!俺は!!)


後ろを振り向く。目に映るのは、絶望的な状況を憂いて抱き合う人、泣いている人。そして、カインの盾を持って不安げに、ただ信じている目で見つめてくる子ども。


「………」


発汗した瞬間に汗は蒸発し、直撃していないにも拘わらず顔の皮膚はところどころ爛れている。腕の感覚はとうに焼け落ち、ただ盾にしがみついているだけの肉の塊になりかけていた。正直、素直に死んでしまった方が楽だろう。ここで手を離せばこの熱から解放されると、その甘い誘惑が頭の隅で囁く。だが自分を信じている人間がいるというそれだけで、倒れる、諦める選択肢は無くなるのだ。音が遠くに聞こえ、世界の時間がゆっくりになった気がする。


無音の中、カインは倒れ込みそうだった体を起こして、盾に全身を当てる。もう体の感覚はなく、この防御もいつまで続くか分からない。ただ精一杯に力を込めた、次の瞬間。


ふわっ…


無重力を感じた。どさりという優しい音と共に、全身に軽い衝撃を感じる。あれほど全身を炙っていた灼熱が嘘のように消えていて、代わりに頬を撫でるのは穏やかな風だ。目も開けたくない程疲れてはいたが、突然の事態にゆっくりと瞼を上げると、そこは試験開始時の草原だった。青々とした草が、何事もなかったかのように風に揺れている。目の前には、説明が終わった時と同じような体勢で佇むブリスクが見えた。


「ふむ、ぎりぎり合格としよう。」


ブリスクが呟く。


「あ、あの人たちは…。」


自分の試験の合否などどうでもいい。自分が守り続けていた人たちがどうなったのか、それだけが気がかりだった。


その問いに、ブリスクはわずかに首を傾げ、それからゆっくりと頷いた。


「ん、あぁ。君と同時に転送させたよ。ここはあくまでシミュレーションの世界だからね。君の試験に無実の人間を巻き込んではいけない。まぁ君が死んだら本当に現実でも死んでしまう仕様は変わってないのだが…。」


そういいながら、ブリスクはカインに近づいてきた。


「まだ判断が粗削りなところもある。技術ももう少し生かせるといい。ただ君の気概は、一流のフォートレスにも負けないものだった。死ぬとわかっていてあそこまでできる人間は、そうはいない。我々フォートレスとは、何があっても対象を守り抜くのが使命だ。そして、自分も死んではならない。自分が死んだら、もう守れないからね。君にはそれがあった。」


表情は分からない。だがブリスクが笑っているのは、その声色で分かった。


「さて、試験官として宣言しなくてね。」


わざとらしい咳ばらいをして、ブリスクが続ける。


「冒険者カイン。貴公をフォートレスの資格ありと認める。この場所から帰ったその瞬間から貴公はフォートレスとして活動することが認められ、スキルの習得ができるようになり、ステータスもフォートレスの補正がかかる。尚、ステータスはある程度現職から引き継がれるが、レベルは1に戻るので無理な活動は死を招くので心得ておくように。」


優し気な声で伝えられたのは、合格の発表だった。しかし、あまりの疲労にカインは、立つことができなかった。


「ふむ、仕方ないな。その気概に免じて…」


ブリスクはカインの体を起こして、肩を貸す。そのままポッドまで連れていき、椅子に座らせる。


「良きフォートレスになることを祈っている。幸運を。」


そう言って、ブリスクはポッドの蓋を閉めた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

――リアッツォ 大聖堂


「大丈夫?」


カインが目を開けると、見慣れた顔があった。フルールだ。


「ここは…」


カインは重さを感じる頭を動かして周りを見渡すと、どうやら大聖堂のようだった。


「試験でどんなことをしたかはわからないけど、ポッドの中で意識を失っててここまで運んできたのよ。全く何したらそこまでなるのよ…。プレイヤーカードは自分で取ってきてね。本人しか発行できないみたいだから。」


「…おう。」


呆れたようなフルールの声を受け流して、カインは視線を下に動かす。腕には少し溶けた鎧が見え、土がついていた。指先には、今もあの盾の重みが残っている気がした。あれはシミュレーションではあったが夢ではなく、あの100人は確かに生きて帰った。それがわかったカインは、手の甲を目に当てる。


「…どうしたの?どこか痛む?」


フルールが心配そうに声をかけてくる。


「いや…。」


カインは目を覆ったまま、口角を上げて少し涙声で答える。


「よかった。」


その声は、大聖堂の喧騒に消えていった。

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