転職試験(フォートレス)①
――リアッツォ 大聖堂 ロビー
「……。」
「緊張してるのか?」
悠仁がカインに声をかける。どんな敵が目の前に来ても物怖じしなかったカインが貧乏ゆすりをしながら膝の上で指を組み替えている。視線は床の一点に落ちたまま、誰よりも図太いはずの男がこうして黙り込んでいるのが何だかおかしくて、つい笑ってしまった。
「俺だって人間だからな…。特に…。」
「特に?」
「今回は金がかかってる!失敗するわけにはいかねぇんだよ!」
カインは少し大袈裟にアクションを取りながら大声を出す。幸い周りは大量の人で埋め尽くされているので、大声を出しても注目を浴びることはなかった。
「うるせぇうるせぇ。それで、フォートレスってどんな試験内容だったんだ?」
先ほどまで図書館でフォートレスの試験について調べていたのを知っている悠仁は、カインに内容を聞いてみる。全く同じ試験ということはあり得ないことなのだが、それでも参考になる書物もある。
「まぁ基本的には耐久力を試すような試験らしい。本によって書かれていた試験内容が違ったから結局は出たとこ勝負なんだろうけど…その中にドラゴンのブレスをずっと耐え続けるとかいう拷問みたいな試験もあってな…。」
「それって死なないのか…?」
「まぁ本を残してるってことは生きてるんじゃないか…?俺は死にそうだけど…。」
カインは頭を抱えて、わざとらしく天井を仰ぐ。いくら物怖じしないとはいえカインも人間だ。痛いのは避けたいし辛いこともできればしたくない。ましてや延々と続く拷問など想像するだけで胃の底が冷えるが、それでも口の端が引きつるだけで逃げ出す気はさらさらないらしい。
「番号札1175でお待ちの冒険者様、受付までお越しください。」
「お、俺の番か。行ってくるわ。」
カインは自分の番号札を確かめて、ベンチから腰を上げる。
「防御バカのお前なら大丈夫だ。行ってこい。」
「防御バカってお前な…。まぁいいや、行ってくる。」
悠仁が差し出した拳に、自身の拳をこつんと合わせる。乾いた音がひとつ響き、それで肩から余計な力が抜けた気がして、カインは悠仁に背を向ける。受付で説明を受けたカインはポッドへ誘導されたので、そのまま入り込んで試験会場への転送を待った。蓋が閉まると視界が一瞬で闇に落ち、心臓の音だけがやけに大きく聞こえた。
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――フォートレス 試験会場
ポッドの蓋が開いたので、カインは地面に降りる。腰を上げた瞬間、ポッドは塵となって消え去った。
辺りを見回すと、気持ちの良いくらいの快晴とそれに照らされる青々とした草原が広がっている。そしてカインの目の前には、フルプレートアーマーを着こんだ一人の人物が立っていた。剣を地面に突き刺してそれに手を乗せて佇んでいる姿は、杖を持っている英国紳士のようにも見えた。ヘルメットまでしっかりと着用しているためその表情や顔つきを見ることはできず、足元にはなぜか1枚のタワーシールドが転がっている。
「ようこそ冒険者カイン。私は今回の試験の試験官ブリスクだ。」
「よろしくお願いします。」
カインは頭を下げる。こういったものは礼儀が大切だ。自分の心を落ち着かせるためにも落ち着きのある行動を心掛ける。行動は気持ちに影響を及ぼすことは、今までの戦闘で嫌という程分かっている。
「うむ、礼儀正しい青年だ。実に好感が持てる。では早速試験内容を説明する。」
「はい、お願いします。」
丁寧な返事を聞いて、ブリスクはうんうんと頷いている。
「今よりこの一帯に1体のモンスターが現れる。どんなモンスターが出現するかは実施規定により話せないことをわかってほしい。しかしそのモンスターは獰猛で人を襲うことが確認されている。そしてこの一帯には小さな村落が点在しており、そこには住人がいる。」
「はい。」
「説明は以上だ。」
「…はい?」
あまりにも短い説明に、カインはつい変な返事をしてしまう。目的も何も話されていないのに、説明を終わらされても困る。
「フォートレスの試験規定に則り、今後一切の質問には応じられない。試験時間は無制限。私の足元にあるタワーシールドの他、着用している装備をそのまま使用してよいものとし、消耗品の使用は禁止とする。では、これより試験を開始する。」
一方的に打ち切られた説明に、ぽかんと口が開いてしまう。それ以上話すことはないと言わんばかりに、草原の彼方を見始めたブリスク。話しかけることができないカインは、頭を回す。
(待てよ。ここでの判断も含めて試験なんだ…。ということはこうやってじっとしているのも評価に入るってことだ…。考えろ、何を求めているかを…。)
カインは頭を回す。しかし、何も思いつかない。
(あぁくっそ…出題者の意図を、なんていうのは得意じゃねぇんだ…。どうすれば…。)
「…あぁ、言い忘れましたが。」
ブリスクが、カインの方を向かないまま声を出す。
「村に兵士はいません。丁度徴兵されたようで、女子供しか残ってないみたいですね。どうするのでしょうか。」
「え…。」
衛兵もいない状況でモンスターが村を襲えば、その後の展開は想像に難くない。逃げ惑う背中、追いつかれる足音。カインの脳裏に、エンフィールドと接敵した時の状況と、そして自身の過去が思い浮かぶ。一面に広がる真っ赤な血液とこと切れた遺体。鼻の奥にありもしない鉄錆の匂いが蘇った気がして、奥歯が軋む。
(そんなのは…そんなのは…!!)
カインは足に力を込める。
(村は複数あると言っていた。どこから回れば…!?)
カインは周りを見渡す。このためだけに拵えたように、少し台地のようになっている現地点。そこからは、いくつかの村が見えた。
(この高さの台地なら目算の2倍の距離を想定して…。一番近いのは…)
「あそこだ!」
カインはブリスクの足元に転がっているタワーシールドを手に取り、一番近いと判断した村に向かって走り出す。走り出したカインの後ろ、聞こえないくらいの声でブリスクが呟く。
「さて、どこまで耐えられますかね。」
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――名もない村落
「はっはっはっ…!!」
息を切らせてたどり着いた村には、ブリスクが言っていたように女子供しかいなかった。村の入り口には誰もおらず、危機意識が低いことが伺えた。
「おい!!早く逃げろ!!」
カインが入り口で大きな声を出すと、家の外で作業をしていた村人がカインに注目する。見るからに怪訝そうな視線を向けて来るが、それどころではない。
「この村の代表は誰だ!」
村人は顔を見合わせて、コソコソと話をしている。どうやら完全に不審者扱いされているようだ。こんなことをしている時間はないのに、と思いつつも、不信感を抱かれては話が進まない為、手短に説明をする。
「モンスターがここを襲うかもしれないという情報を手に入れた!早く代表者を!!」
カインの必死の形相を見た村人は、ただ事ではないと判断したのか、すぐに一人の老婆を連れてきた。
「私はこの村の村長ですが…。何用ですかな。」
「聞いてただろ!この村に…!!」
「………。」
「おい!何とか言ったらどうなんd…?」
急に黙り込んだ村長に怒鳴ってしまうが、様子がおかしい。焦点がカインに合っていないのだ。その瞳は、カインの後方を見ていた。そしてその口は、わなわなと震えている。背筋に冷や汗が流れる感触がした。カインはゆっくりと振り返る。そこには、驚くべき光景が広がっていた。
「おいおいおいおいおいっ!!!嘘だろおいっ!!」
先ほどまで晴天だった空には、台風の目のような雲が渦巻いていた。その色はヴォーマの大地のように赤黒く、バリバリと雷が迸っている。空気がびりびりと震え、肌の産毛が逆立つのが分かった。渦巻いた暗雲の中からは何かが見えている。こちら側に召喚されているようだがその速度はゆっくりで、認識不可能なほどの部位しか見えていない。それでもその一部だけで、見上げた誰もが息を呑むほどの大きさだった。
(あれがなんだかわからないがまずい。絶対にまずい。あれは災厄だ。)
カインは村長に向き直り、肩を両手でつかんで揺する。
「わかっただろ!今すぐ村人を連れて逃げろ!!このあたりで隠れられる洞窟なんかはあるか!」
「え、えぇ…北に少し行ったところに…。」
茫然自失としているが、何とかして意識をこっちに引き戻している村長。その村長に、話を続ける。
「よし、今すぐそこに避難しろ。もう一つ聞きたいんだが、ここから一番近い村はどこだ!」
「あ、あぁぁ…。」
自分の命がちっぽけに見えてしまう程の災厄を目の前にして、しっかりと意識を保てていない村長。その肩を、再度揺さぶる。
「お前が村長なんだろ!!しっかり村人を守れ!それで一番近い村は!!」
「あ、あっちに少し行ったところに…。」
「よし、この近くに村は他にいくつある!」
「よ、4つです…。」
「わかった、俺はその村にも様子を見に行く!お前は今すぐ村人を連れて逃げろ!いいな!」
「は、はい…。」
返事がはっきりとしないが、それを聞いていた他の村民が村長の肩を抱いて誘導していたので、そちらに任せる。
カインは村長に聞き取りのできた村の方向へ走り出した。雲からは既に、両足らしきものが出ていた。
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――名もなき村落 4つ目
「わ、わかりました。」
比較的若い村長代理の女は、カインの誘導に素直に従ってくれた。女性はすぐに、村の中心で避難誘導を始める。
「あぁ!なんてこと!」
突然、村の中で大きな声が聞こえる。その声は悲壮感が漂っており、ただ事ではないことがカインにも分かった。すぐさまその女性に近づいて、事情を聞く。
「どうした!」
「わ、私の息子が向こうの平原に遊びに…。」
「はぁ!?」
それを聞いたカインは、空を見上げる。想像したくないが、人間の高い知能はそれを許さない。雲はもう半分以上が裂け、その奥にいるものの輪郭が露わになりつつある。この距離でも巨大だとわかるその体躯と、紅く染まる体表面。爬虫類特有の鱗に、その巨大な体躯を覆いつくすほどの大きな翼。鱗の一枚一枚が陽光を弾き、まるで炎を纏っているように見えた。ここまでくれば冒険者なら誰でもわかる。一度現れれば全てが灰燼と化す空想上の生物、だがこの世界では実在するその生物は。
(ドラゴン…)
上位種で高レベルの個体であれば神とも渡り合えるともいわれているその生物が、今、天空より召喚されているのだ。まだ召喚途中で覚醒していない為、今のうちに逃げれば奇跡的に事なきを得られるかもしれない。しかし、はぐれた子供がそれを許さない。
「わかった。俺が連れていく。だからあんたは他の人と一緒に洞窟へ行け。いいな。」
「で、ですが…。」
女性は、様々な感情が渦めく瞳でカインを見つめてくる。
「大丈夫だ、俺を信じろ。必ず連れていく。見た通り俺は戦士だ。攻撃を防ぐのなんてお手の物なんだよ。」
虚勢だ。あんな怪物を目の前にして勝てる自信などどこにもなく、一撃すら防ぐのは難しいだろう。膝の裏が今も小さく震えている。だがここで虚勢を張らなければこの女性は動かない。それがわかっているカインは、自分の恐怖に蓋をして嘘の仮面を被って説得する。胸の奥で、二度と誰かを失いたくないという声が低く鳴っていた。
「…わかりました…。よろしくお願いします。」
嘘が成功したのかしていないのかはわからないが、説得は成功したようだ。カインは大きくゆっくり頷いて、女性が示した方向へ走り出す。5分ほど走ると、棒を片手に持ってぼんやりと上空を眺めている子供を発見した。
「おい!何してる!行くぞ!」
「……。」
空を見つめたまま動かなくなってしまっているその子供を抱きかかえて、カインは走り出す。
「おじちゃん…。」
後ろ姿のまま抱きかかえたので性別は分からなかったが、声質的に男の子のようだ。
「おじちゃんじゃないけどな!なんだ!」
走りながら、その言葉に応える。
「僕たち、死ぬの?」
「あぁ!?冗談言っているくらいなら口閉じとけ!俺がいるんだ死ぬはずねぇだろ!」
たかがレベル30ちょいの戦士に何ができるのか。自分でも疑問だが、ここで弱気になっていても話は進まないので、精一杯の語気で応えた。腕の中の小さな体が、しがみつく力をほんの少し強める。洞窟の方向は分かるが距離は分からない。ただひたすらに走るカインの先、先ほどまで青かった空は暗雲がたちこめていた。背後で、地を踏み鳴らすような重い音が確かに近づいてきていた。
ドラゴン(モンスター)
モンスターの中でも神獣に分類されるもの。高位の生物の為種類は多岐にわたるが、多くの種族に共通しているのが巨大な体躯と翼、鋭い爪と牙である。魔法適正を有している個体も多く、大抵は物理攻撃と魔法攻撃の両方を行ってくる。ただし、ブレスなどの魔法に見える物理攻撃も行ってくるため、観察を密に行わないと大事故に繋がる。並大抵の冒険者では、視界に入った瞬間に死の宣告をされたのと同義である。
攻撃的なその性格の為戦闘を好み、神々の争う地に生息している。上位種の上位個体は神に匹敵する戦闘力を持ち合わせており、神との戦闘を繰り返している。ドラゴンから採れる素材は全て一級品の質を誇っており、最高等級の武具を作るには欠かせない。その討伐難度から、討伐したことを証明できた場合、冒険者統括組合から『ドラゴンスレイヤー』の称号を受け取ることができる。高い知能故人語を介する個体もおり、過去にドラゴンと意思疎通を行い魔法を授かった冒険者がいたとされるが定かではない。冒険者には使うことのできない高度な魔法の数々を会得しているため、研究が終わることはない。
※この記録は多くの冒険者の犠牲と努力の結果持ち帰られたものである。これらの記録を編纂するにあたって尽力した冒険者に、我々は敬意を払わなくてはならない。




