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転職試験(くノ一)②

――白鉄の城 外壁


「ひ、ひえぇぇ…。」


試験官の前では勇んだ声を出していたのに、今は急に情けない声が漏れる。


「うぅ…」


下を見ると、周りの暗さも相まって底は見えない。風が吹き上げてくるたびに、足場の窪みが思ったより浅いことを思い知らされ、以前に見たログハウスの階段を思い出す。落ちてしまえば、待っているのは確実な死。それがわかるからこそ手が震え、窪みにかける足から力が抜けそうになる。人間の恐怖はその知能ゆえで、未来を予測できるからこその恐怖だ。つまり――落ちた自分を予測しているから、恐怖が起きるのだ。


「選択肢、間違えたかなぁぁぁぁ…。」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

――20分前 白鉄の城 城門


「……」


ミーナは茂みに身を隠しながら城門を見つめていた。葉の裏に頬を寄せ、息を殺す。門番は4人。松明の灯りを背に、それぞれが違う方角へ目を配っていて、完全に侵入者を想定している様子だ。ミーナにできるのは軽やかな身のこなしであって、気配を消したりする技術やスキルはフルールに遠く及ばない。つまり、この状況を打破できるカードは手元に一枚もなかった。


(こうなったら…)


城門は諦めて迂回する。側面に回ると、これもまたお約束通り、水を溜めた堀があった。水面は黒く、月をぼんやりと滲ませていて、その中で一番距離が短いところを探し出す。ただしこれは現実世界にあるような現実的な幅の堀で、通常の人間なら橋を架けないと反対側へはたどり着けない。


(私なら…。)


軽量で、運動経験があるという自身の特性。そこにハンターの身のこなしと、ステータス補正が乗れば――届く、と思う。届かなければ、黒い水の底だ。そう考えたミーナは助走の距離を取り、自分の今までを信じて走り出す。


(絶対!あの試験官を驚かせて!!)


バッ!!


堀のギリギリ、走り幅跳びなら反則ギリギリではないかというラインで踏み切る。距離は15mを超えている。それでも、今までの努力は裏切らない。撃ち出された砲弾のように、きれいな放物線を描いたミーナの右手が、堀の先の塀の瓦を掴んだ。指先が冷たい瓦に食い込む。


「うわっ!」


跳躍の勢いに負けて瓦が崩れる。落ちる、と背中が総毛立った刹那、すかさず左手を伸ばし、別の瓦を掴んで事なきを得た。足の下に、黒い水が口を開けている。


(あっぶな…。今の声聞かれてないといいけど…。ただこれで…。)


息を整え、門の方へ耳を澄ますと、松明の揺れる音以外、変わった気配はない。こうしてミーナは塀をよじ登り、中へ侵入。あとは敵兵の目をかいくぐりながら城内へ――と、話がうまくいくはずもなく、逃げに逃げていたら、いつの間にか外壁へ追いやられていた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「ここで引き返すわけにも…。」


自分に言い聞かせるように呟き、ミーナは次の出っ張りに手を伸ばす。爪の先まで神経を集中させ、確かな出っ張りだけに体重を預ける。


「こういうのは、天守閣の一番上に、宝があるって、相場が、決まってんのよ…!」


一歩、また一歩と昇っていく。しかし、ネズミ返しのようになった城特有の屋根の形状に阻まれ、それ以上は昇れなくなってしまった。


(都合よく時代劇で出て来るようなかぎ爪なんて持ってないし…。仕方ないか…。)


ミーナは格子のかかっていない手近な窓から城の中へ侵入した。内部は修学旅行で見学したような構造をしていて、木と古い畳の匂いが鼻の奥をくすぐり、少し懐かしい気分になる。


廊下から見える各部屋の襖は、どれも閉め切られている。中を窺うことはできないが、笑い声が漏れてくるのだから、人がいてしかも起きていることは明白だった。盃を打つ音、誰かが手を叩く音。宴の気配が、襖一枚を隔てたすぐそこにある。このエリアは半月の設定で、月明かりが窓から差し込んでいるため、窓際にいると姿が見えてしまう。そう考えたミーナは窓から離れて、上階へ行く階段を探し始めた。


時折、足元から響く「ギッ」という音が、心臓を締め付ける。


(こういうの鶯張りっていうんだっけ…。予想以上に音が鳴るのね…。)


侵入者避けのために施された鶯張り。昨今ではただの老朽化のせいだという説もあるが、ここのは意図的なものだろう。どれだけ気を付けても数回に一回は鳴るので、一歩踏み出すたびに、踏み込む前に体重を逃がすところを探す。心臓が、足の裏に移ったみたいだった。


「あった。」


慎重に進んでいると、上階へ上がる階段が見えた。少し気が緩んで、歩く速度を速めてしまう。すると。


ギギッ!!


一際大きな音が、廊下に響き渡った。全身の毛穴という毛穴から汗が噴き出す。背後の襖の向こうで、笑い声がぴたりと止んだ。


「……ん?今下で物音がしたな。ちょっと見てくる。」


「本当に侵入者がいた場合一人では危ないだろう、私も行こう。」


見回りの兵が上階にいたらしい。今の軋む音を、しっかり聞かれてしまっていた。


(まずいまずいまずい…!!)


隠れる場所を探すが、どこにもない。階段の裏に潜もうともしたが、床に物が多く置かれていてぶつかってしまいそうだ。ギッギッギッと音を鳴らしながら誰かが階段を降りてきて、白い足袋が見えた。姿を見られるまで、あと数秒。逃げ場も隠れる場所もない。残った道は、ひとつだけ。


(必要があれば……)


棗の言葉が、耳の奥で反響する。今まで自分の手で人型の相手に刃を向けたことはなく、完全に人外のモンスターを斬るのとは訳が違う。指先が、わずかに冷えていく。だが――もし自分の仲間に危機が迫っていたのなら。誰かを助けるために、やらなくてはいけないのなら。


(落ちついて、心を穏やかに、目の前の敵に集中して…)


試験官がやってみせた気配殺し。どこまで再現できるかはわからないが、ただ殺気を気取られないよう、心を穏やかに。跳ね上がる心拍は、それだけで行動を雑にする。ゆっくりと短刀を鞘から抜くと、城の中は影だらけで、その刀身はもう見えない。見えない刃に自分の心を投影して、ゆっくりと息を吐く。吐ききった後の、奇妙な静けさ。恐怖が、すっと一段、遠のいた。


「…ふむ、確かにあれは床が鳴る音だったのだが…」


「隠れているのかもしれない、私はこっちを探す、其方はそっちを。」


「心得た。」


見回りは二手に分かれたようで、一人はミーナから離れ、もう一人はまっすぐこちらへ向かってくる。段々と大きくなる足音が接近を告げ、距離に反比例して心拍が上がろうとするが、ミーナは目を閉じてそれを抑え込んだ。瞼の裏で、相手の歩幅を数える。一、二、三――。


「ふむ、ここには…」


その声を出した見回りが、ミーナの潜む曲がり角に差し掛かる。陰に身を沈めたまま、ミーナは右手で柄を優しく握り、見えた首に刃を当て――撫でるように、滑らせた。


「か、かふっ…」


軟骨を切り裂く感触が、手に伝わってくる。それは思っていたより、ずっと現実だった。手ごたえを感じたミーナはもう一人の見張りに気づかれないよう、その体を自分の方へ引き込んだ。


「こ、こぽっ」


頸動脈を切断した際の血が気道へ流れ込んでいるのだろう。まともに声を上げられていない。


「ごめんなさい。」


ミーナはその男の目を手で覆い、心臓に刀を突き刺す。見えない刃は、それでも豆腐に包丁を入れるかのように簡単に皮膚を裂き、心臓を割った。びくんと大きく痙攣した男は、そのまま動かなくなる。腕の中で、生き物の重みが急に物の重みに変わった。短刀を体から抜いてその男の衣服で拭うが、刀身は隠れていても、付着した血液までは隠せていない。


自分の装備には男の血液が染み込み、重く、温かく、そして鉄臭かった。

服を着たままぬるま湯に浸かったような、気持ちの悪い感覚が、肌を通して脳に届く。胃の奥が、ぐっとせり上がる。それを、奥歯を噛んで押し戻した。


(あと一人。)


考えるな、と自分に言い聞かせる。今は、あと一人。見張りは二人だったから、一人がいなくなって時間が経てば、不審に思って増援を呼ぶかもしれない。


「こっちにはいなかったぞ。そっちはどうだ。」


そう考えているうちにもう一人の声が聞こえ、ミーナがいる場所とは違う方向の確認が終わったらしい。


「おい、聞いてるのか?…全く、返事はしっかりせんとわからんだろうが。」


呆れたような声。こちらへ歩いてくる音が、ギッギッギッと近づく。だが――ここで問題が発生した。


「…ん?あれは…。」


もう一人の男が、ミーナの方向へ来る足を止めた。


(え、何。死体はしっかりこっちに……。…!!)


死体は確かに隠せていた。しかし、そこから流れ出した血液が床を染め、曲がり角の先まで伸びていて、その血だまりの先端が月明かりに照らされて光ったのだ。


(しまった……。)


「まさか…。」


カチャリと音がする。ミーナが殺した男も帯刀していたから、恐らくもう一人も同じで、その柄に手をかけたのだ。間合いを取られれば不利で、一瞬の躊躇が勝敗を分ける。ミーナは曲がり角を飛び出した。


「なっ!?」


急な侵入者の登場に、男の体が固まる。既に刀を構えていたようで、刀身が月明かりに照らされて輝いていた。


(チャンスは1回。落ち着いて、そして速く。)


壁をスターティングブロックのように蹴り、勢いよく走り出す。高い俊敏性と、誓った覚悟。そこから生まれた速度は、スキルすら使っていないのにカインの一閃を超えていた。敵までの距離はおよそ5m。それを、たった一歩で詰める。男の目が、追いつけない速さに見開かれる。見えない刀身が空気を切り裂き、キィィ…と音を立てた、その後。


「……!!」


空気が粘度だけを感じたと思えるほどの、滑らかな斬撃。ミーナの視界には既に敵の姿はなく、壁だけが見えていた。


ゴトン…


背後で、重く硬いものの落下音。何が落ちたかは、容易に想像できる。


「足いった……。」


血液すら付着しなかった刀身を鞘へしまい込み、ミーナは振り向いて階段を目指した。二人を殺した後のその顔は、無表情だった。何も感じないわけではなく、感じることに蓋をしただけだ。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

――白鉄の城 外縁 試験開始地点


「…おや、戻ってきましたね。」


数m先を歩いていたミーナの足音を聞き分けて、試験官の棗が反応する。


(相変わらずどんな耳してんのよ。)


職業特性なのか、はたまたスキルなのか分からない。だが、ミーナが棗の存在を感知するよりも先に棗が反応していて、そのことに、改めて驚く。


「どうでしたか?」


「気分は良くないですね。」


ミーナはぶっきらぼうに答える。それを聞いた棗は、面頬で口元が隠れているにも関わらず、笑っているように感じられ、目尻がほんのわずかに和らいだ気がした。


「そうでしょうね。その姿を見ればわかります。」


月明かりが雲の隙間から差し込み、ミーナの体を照らす。その体は血に塗れ、顔も朱く染まっていた。


「…これで試験は終わりですか?」


ミーナは、宝物庫に収められていた巻物を試験官に手渡そうとする。


「あぁ、それは持っていって構いません。本当にくノ一の心構えが書かれています。よく読んでおくといいでしょう。そしてくノ一のスキル習得の際1回だけ無料になります。…それよりも、何人殺しました?」


「10人から先は覚えていません。」


「人に手をかける時、何を感じましたか?」


「…何故そんなこと聞くんです?」


試験開始時とは比べ物にならないほど饒舌になった試験官に、ミーナは不機嫌な態度で接し、問い返す声に、隠しきれない棘が混じった。


「まぁ、答えてください。」


「…もう覚えていないです。」


覚えていないのではない。覚えていたくないのだ。その違いを、棗は分かっていて訊いている気がした。


「そうですか。実はですね、この試験は私がくノ一になる時にされた試験と同じなんですよ。私は何度かこの試験内容で試験をしていますが、壁を登り始めるのはあなたが2人目でした。」


棗は何かを思い出すように、くっくっくと喉を鳴らす。その声に、初めて人らしい温度がにじんだ。


「…装備も洗いたいので早く終わらせてもらってもいいですか?」


「あー、すみません。では一応試験官なので。冒険者ミーナ。貴女をくノ一の資格ありと認めます。この場所から帰ったその瞬間から貴女はくノ一として活動することが認められ、スキルの習得ができるようになり、ステータスもくノ一の補正がかかります。尚、ステータスはある程度ハンターから引き継がれますがレベルは1に戻るので無理な活動は死を招くのでお気を付けください。」


棗が試験官らしい説明を並べるが、ミーナはそれよりも早く、風呂に入りたかった。肌に張り付いた血の感触を、一刻も早く洗い流したかった。


「ではポッドにてお戻りください。新しいプレイヤーカードは受付でお受け取りください。」


「わかりました。」


ミーナの背後でシュウウウという音がしたと思ったら、そこにはポッドが現れていて、ミーナは棗に背を向けてポッドへ入り込む。目を瞑り、蓋を閉じる――その前に、突然、口から言葉が零れた。


「…あの人たちは、冒険者だったんですか?NPCだったんですか?」


「…死んだ人間のことは気にしない方がいいでしょう。特に自分が手をかけた人間は。」


その答えは、肯定でも否定でもなかった。ただ、訊くべきではなかったことだけが分かった。


「…それもそうですね。では。」


ミーナはポッドの蓋を閉じる。内部照明が消え去り、数秒で蓋が開くと、そこは見慣れた聖堂だった。ざわめきと、灯りのぬるさ。さっきまでの森の闇が、嘘のようだった。装備はリセットしてくれたようで血は付着していないが、殺すのに手間取った相手にわき腹を強く殴られた痛みだけは抜けておらず、体を動かすたび、鈍い疼きがそこにあると教えてくる。ミーナはポッドから体を出して受付へ向かい、プレイヤーカードを受け取る。受付嬢が何か説明していたが、耳には入ってこなかった。


「ミーナちゃん!」


金髪の、背の小さい女の子がこちらへ走ってくる。アリスだ。そう認識できるまで時間がかかったが、何故なのかはわからない。いつもなら自然に笑顔になれるのに、表情筋が動いていないのがわかったので、無理に笑いを浮かべる。


「どうでした?」


鈴の音のような、心地よい声が耳に届く。その明るさが、今はやけに眩しい。


「大丈夫、受かったわよ。」


今さっきまで人を殺していたなんて、言えない。言いたくない。だからそれが悟られないよう、笑顔で応える。


「…ミーナちゃん?」


「ん?どうしたの?」


アリスが急に心配そうな表情を浮かべて、こちらを見てくる。怪我をしているのが、ばれてしまったのか。平静を装って笑顔を続けるが。


「何で泣いてるんですか…?」


「…え?」


ミーナが自分の頬を触ると、少し冷たくなった涙の感触がした。

上級職転職試験 (システム)

上級職へ転職するための試験、大聖堂のみで受けることができる。高額な試験料の為、能力はさることながら資金力も必要になる。試験内容が多岐にわたるため対策をすることは難しい。その為その上級職の前提である職業の技能を高め、身につけておく必要がある。試験内容と試験官によっては合格の基準が明かされない場合がある。心身共に追い詰める試験もあるため、職業によってはリタイアする冒険者が続出する。

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