露店とポーション
――ヴァリエスタ 大聖堂
途切れたはずの意識がはっきりしてくる。目を開ける前に感じるのは、少し埃のまざった風。顔に吹き付けるそれだけで、今日もいい天気だということが肌で感じられる。
相変わらずにぎやかだな。悠仁はそんな感想を抱きつつ覚醒する。
目を開けると、まず大聖堂の高い天井が視界に入る。石造りの空間はひんやりとしていて、外の熱気と喧騒はここまで届く間に柱の列で薄められている。香を焚いたような匂いがかすかに漂っているのは聖堂という場所の設定なのか、それとも誰かが実際に焚いているのか。こちら側に来るたびに体の輪郭が少しずつはっきりしていくこの数秒が、悠仁は嫌いではなかった。現実の疲れが、向こう側に置いてきた荷物のように少しだけ遠くなる。
「おかえりなさい、Yuji様。本日も良い冒険を。」
ポッドから出ると、受付に居る受付嬢に声をかけられる。現実世界の受付にいる女性と、顔といい背格好といい瓜二つなのだが、これは現実世界の女性を模したものなのか、それともこちらのキャラクターにそっくりな人を起用したのか、気になるところである。
ちなみにYujiというのは悠仁のプレイヤーネームだ。名前をそのまま使っているのは、考えるのが面倒臭かったからだ。他の名前にこだわりがあるわけでもなく、他のゲームでも同様の名前を使用していたため、これを使っている。
ここは大聖堂。プレイヤーは現実世界との行き来を、ここに据え付けられている転送装置で行う。格式高そうな聖堂にバリバリハイテク感が満載の機械があるのは違和感があるが、そういった仕様なのだから仕方がない。
大聖堂は大きな施設なため小規模な街には存在しないが、この街のような初心者が集まる、所謂拠点になるような街や、世界の各地にある大都市には必ず存在している。中規模の町であれば、普通の聖堂が存在している。
「あぁ、ありがとう。」
悠仁は軽く返事をして外へ向かう。扉があるわけではないので、外とここを隔てるものは何もない。大理石だと思われる柱の間を抜けると、そこはもう外だ。
柱の間には常に人の流れがある。これから狩りに出る者は装備の留め具を確かめながら足早に階段を降りていき、戻ってきた者は肩の力を抜いた顔で聖堂へ吸い込まれていく。行きと帰りが同じ場所で交差するのは駅にも似て、少しだけ港にも似ている。丘の上から見下ろすヴァリエスタの街並みは今日も赤茶けた屋根が陽に焼けていて、その隙間を縫うように人の粒が動いていた。
柱の脇には、板張りの掲示板が一枚ある。その前で足を止める者が、行きにも帰りにも、何人かいた。悠仁は今日は、見ないことにした。
「さて、約束の酒場に向かうか。」
フレンドであるカインとは、酒場「栄光の杯」で待ち合わせをしている。ここから歩いて15分程度だが、ステータスによる補正もあるので現実世界ほど疲れを感じない。苦になる距離ではない。
ヴァリエスタの大聖堂は丘の上に位置しているため、大聖堂を出るとまず階段を降りる必要がある。階段を降りたら、そこはもう中央通りだ。
中世ヨーロッパのような石材で作られた家屋が並び、NPCはそこで生活をしている。顔などはプレイヤーと全く見分けがつかないし、話しかけたときの反応も人間そのものだ。判断するのは服装である。冒険者であるプレイヤーは街で生活するような服装をしておらず、鎧などを装備しているためすぐにわかる。
大通りの脇には様々な露店が並んでいる。
ヴァリエスタでは主にNPCが店を出しているが、商会で一定額の上納金を納めることで一般のプレイヤーでも露店を開く権利を購入することができ、そこで商売をすることができる。
モンスターの討伐や採集によって得られるアイテムはNPCの店で売ることができるが、値段はランクに応じた定額で取引されてしまう。もちろんそれで安定した収入を得ることは出来るが、質のいい素材や、モンスターからの希少なドロップ品、自身のスキルで作ったアイテムや武具などは、こういった露店で販売されることが多い。
ランク以外の付加価値のあるアイテムは、プレイヤー間での取引の方が利益が大きいのだ。
「少し時間があるし、覗いていくか。」
現実世界では見られないような色とりどりのアイテムが並ぶ露店は、見ているだけでも満足できてしまう。いくつか目ぼしい店があったが、色とりどりのポーションが並べてある店を見てみることにした。
武具を並べた店では店主が革砥で刃物の手入れをしていて、客が覗き込んでも手を止めない。乾燥させた薬草を軒先に吊るした店は、近づくだけで鼻の奥が涼しくなる。焼き菓子の屋台の前では子供のNPCが二人、掌の銅貨を数えては足りずに顔を見合わせていた。通りの角の定食屋の店先には、銅貨六枚と彫った木札が掛かっている。木札だけがやけに古く、値段には書き直された跡がない。どの店にもそれぞれの商売の呼吸があって、通りを歩くだけで暮らしの音が耳に入ってくる。作り物の世界だと頭では分かっていても、この市場は生きている。
「いらっしゃい。」
悠仁が店の前まで行くと、新緑色のローブを身に纏った青年が声をかけてくる。
「商品の説明をしてもらえるかい?」
扱っている物はポーション類のようだが、詳しくは分からないので説明をしてもらうことにする。丁寧な説明をすれば購入してくれる人も増えるため、相当な頑固者でもなければ説明を拒むことはない。
「わかりました、えと、お兄さんの職業は魔法職…、メイジですかね。」
「そうだ、まだ駆け出しだけどな。」
何故この青年は、言わなくても悠仁の職業が分かったか。答えは簡単、装備である。
魔法職であるメイジは、ローブの使用を好む。戦士職が使用するような金属製の鎧や装備を身につけることができないわけではないが、能力値が足りないので行動のペナルティがかかる上に、魔力は金属を好まず、魔法の使用が困難になる。
その為、魔力を織り込んだ布で作られたローブを身につけることが多い。といっても、魔力の糸を織り込んだローブはとても高い。万年金欠プレイヤーである悠仁がそんなものを買える訳がなく、ただの布のローブを着ている。他にもローブを身に着ける職はあるが、駆け出しメイジが装備するローブだったので、すぐに気付いたのだろう。
「となると、お探しの品はマナポーションですか?」
魔法は使用することで魔力を消費する。レベルが上がれば保有できる魔力量は増加していくが、連続使用には限界がある。よって継続的な戦闘を行うためには、マナポーションが必須だ。
「もちろんそうなんだが、相方が近接職でね。いいヒーリングポーションがあれば一緒に見せてもらえないか?」
「わかりました、それでしたらこちらになります。」
青年が、赤い液体で満たされた小瓶を差し出してくる。
「これは君のお手製かい?」
「そうです、これらは素材の収集から作成まで私が行ったものになります。」
「ほう、差し支えなければポーション作成スキルのレベルを聞いても?」
「レベルは5になります。」
HOPEでは攻撃にも生産にもスキルを使用し、スキルにはスキルレベルが存在している。
スキルレベルには上限が無く、経験によってどこまでも上昇すると言われているが、上がれば上がるほど次のレベルに必要な経験と知識量は増えていくため、実質的な打ち止めはある。戦闘でも生産でも、スキルレベルが10を超えれば中級者、30を越えれば上級者、50を越える頃には化け物だ。数は少ないが、こういった生産スキルのレベルが50を超えているプレイヤーも存在していると聞く。
「なるほど…、ちなみにいくらだい?」
「マナポーションが80銅貨、ヒーリングポーションも80銅貨です。あわせて買っていただけるなら、銀貨1枚と30銅貨にしますがいかがでしょう。」
「なかなか魅力的な提案だな。そうだな…じゃあいただこうか。代金だ。」
相場よりも少し安めの価格設定だった。買い込みたいところだが、残念ながら財布は軽い。必要最低限の分だけ購入することにする。
代金を数える悠仁の手元を、青年は急かすでもなく待っている。よく見ればその指先には薬草の汁が染みたような緑色が薄く残っていて、爪の間にも同じ色があった。素材の収集から自分でやっていると言ったのは本当らしい。駆け出しが駆け出しから買う。互いの財布の軽さが分かっているから、値段の付け方にも人柄が出るというものだ。
「ありがとうございます、ではこちらをお持ちください。お買い上げありがとうございます。」
ポーションを受け取り、ベルトに備え付けられている収納へしまう。
受け取った小瓶は掌に収まる大きさで、ガラス越しに赤い液体がとろりと揺れた。栓の蝋の封も丁寧な仕事で、こういう細部に作り手の性分が出る。80銅貨の中身としては上等だろう。
「ありがとう、また機会があれば。」
そういって店に背を向ける。
「やれやれ、収入もまともにないのに買い物をしてしまった。」
空を見上げると、わずかに太陽の位置が変わっている。
この世界の空は、現実よりも少しだけ青が深い気がする。気のせいかもしれないし、そういう調整なのかもしれない。どちらでもいいと思えるくらいには、この空の下を歩く時間が好きになっていた。
「っと、長居しすぎたか。」
思いのほか時間がかかってしまった悠仁は、自分が遅刻してしまうことに気付き「栄光の杯」へ急いだ。
「メイジ」(クラス)
魔法を使用できる低級のクラス。上級職への試験をパスすることが出来れば、転職が可能になる。クラス適正武器は「杖」。長さは問わない。使用する杖の性能によって攻撃力や、保有可能マナ量が変化する。
「ポーション作成師」(生産スキル)
ポーションの作成に特化したスキル。薬草や他のドロップアイテムなどを使用してポーションを作成することが可能になる。低レベルで留めておき、現地調達した薬草でポーションを作成するのが良くある使われ方であるが、上級のポーションを作成するためには専用の設備や器具と、相応のスキルレベルが必要になるため、ポーションを作成して生計を立てるには技能・知識共に研鑽が必要である。ポーションは戦闘の生命線でもあるため、高位のポーション作成師はどのパーティーどの街でも重宝される。




